この身は怪獣、されどヒーロー 作:全ての道はところてんに通ず
「……でっけぇヴィラン、怪獣みたいだ」
8号は駅前で暴れる巨大な男の姿を廃墟の窓から見やり、独り言をつぶやく。
研究所で目覚めて三日、研究所跡地で最低限の装備を整えた彼は現在山のふもとある町に点在する廃墟を転々としていた。
森の中に暮らし続けることを考えなくはなかったが、それは人間の生活とは程遠い。
何より、研究所の近くに居続けるということは常に己の
なればこその人の多い街での潜伏。木を隠すなら森の中ならぬ、人を隠すなら人ごみの中というわけだ。
男の暴れる衝撃と爆音によって強制的に目覚めさせられた8号は、眠たげな眼を擦りながら脇に置いた荷物を背負い廃墟を後にする。
外へ出れば、多くの人々が爆音の響く方向を見つめ歓声を上げたり写真や動画を撮っていた。
『はい下がってー、ここから先は危ないからねー。ご協力お願いしまーす』
「おいアレ見ろよ!バックドラフトだぜ!」
「デステゴロも来てるらしいぞ!あっちでガレキを支えてた!」
「マジか!テンション上がるー!」
そんな彼らの傍を抜けて、現場から静かに離れる。
元の自分なら、それこそあの野次馬の一員に紛れ、ヒーロー達の活躍に目を輝かせていたのだろう。
個性を持たない──ヒーローには絶対になれない事実から目を逸らしながら。
「……」
胸に沸き上がるわずかな苛立ちを無視して、8号は路地裏へと入る。
そうして次の仮宿を探していると、背後に気配を察知した。
「Mサイズの隠れ蓑……!」
瞬時に跳躍で液体を躱し、左右の壁を蹴って空中で背後に回る。
襲撃者は自身の倍ほどの体積のあるヘドロで、顔らしき場所には二つの球体が浮かんでいた。
8号が地面へ着地すると同時に、彼が先ほどいた地面へとへばりついたヘドロは不思議そうにこちらに振り返る。
「完全に取り込めたと思ったのに……増強系の個性か?ますます欲しいなぁ!」
「……何が目的?」
「言えば取り込ませてくれんのかよ!大人しく捕まれや!」
そう叫ぶと、ヘドロ男はこちらへ複数の触腕を伸ばしていく。
組織の追っ手かどうかわかれば穏便に済ませることもできたのだが、どうやら難しいらしい。
──殺すか。
驚くほど冷徹に、8号は判断を下す。
ただのごろつきでも、追っ手であっても関係ない。殺してしまえば残るのは物言わぬ骸だけだ。
8号は伸ばした触腕を最低限の動作で躱し、ゆっくりと歩きだす。
軽くこぶしを握りながら、その右腕を黒く変質させていく。
そして、怪獣の感覚で見通したもっとも力の凝縮する場所、核に向けて致命の一撃を放とうとした。
「ハーハッハッハ!!」
その時、高笑いと共に何かがこちらに急速で接近してくる。
それは身長2mをゆうに超える大男だった。
ピッチリとした白いタンクトップを身にまとい、二本の触角を生やした独特のヘアスタイルをしている。
……なんだこの不審者。
男はそのまま8号とヘドロの間に着地するとこぶしを振りぬき、風圧のみで液体を吹き飛ばした。
『少年、もう大丈夫だ!何故って……私が来た!』
聞き覚えのあるその声に、一瞬思考が停止する。
オールマイト、圧倒的パワーと絶大な人気を持つ日本が誇るNo.1ヒーロー。
……そして、出久のオリジンとも呼べる存在がそこにはいた。
「いやぁ、ヴィラン退治に巻き込んでしまってすまなかった。怪我はないかい?」
「あ、はい、どこも怪我してないです……オールマイトさん、ですよね?」
「そうだとも!よかったらサイン、いるかい?」
「あ、それは大丈夫です。それよりも」
そんなぁ!と何処からか聞こえる声を振り払い、8号は指をさす。
それはオールマイトの腹部、正確には左わき腹をさしていた。
「
そこまで言いかけて、言葉を止める。
わざわざ彼の怪我を指摘したところで、なんになるというのか。
むしろ不用意に目立つ言動だ、メリットがどこにもない。
そのはずなのに、自分は無意識にその言葉を紡いでいたのだ。
「どうしてそれが……個性か?いや、それよりも──」
恐る恐るオールマイトの顔を見上げると、彼は非常に狼狽した顔でポツリポツリと独り言をこぼす。
そして、8号の両肩をがっしりと捕まえると、そのまま背中に担ぐ。
「ちょっと場所を変えるよ!」
「え、ちょ、うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
オールマイトが跳躍したことで、急速に地面が離れていく。
放物線を描くように8号の悲鳴が周囲に轟くが、住民が反応する頃には遥か彼方へと連れ去られていた。
オールマイトはそのまま町はずれのビルまで飛んでいき、その屋上に着地する。
8号をその隙にオールマイトの拘束から抜け出し、一定の距離を取った。
「な、なんなんだ!まさか秘密を知られたからには……ってやつか!?」
「そんなことしないよ!?……いや、誤解させたのはこっちだ。それについては申し訳ない」
彼はそう言いながら、何度か咳払いをした。
同時に、彼の体が煙を上げながら徐々に縮んでいく。
2mを超える巨漢が、僅か十数秒間でガリガリの骸骨のように萎んでしまったのだ。
その姿こそ、彼の真の姿であると8号が気づくのに、時間はかからなかった。
萎んだオールマイトは、そのままシャツをめくる。
「この通りだ。私は五年前、ヴィランとの戦いで深手を負った。これは世間に公開されていない極秘事項でもある」
「……他言無用にしてくれってことですね」
「そういうことだ。平和の象徴は、決して悪には屈してはいけない。私が弱っていると知られれば、その灯は消えてしまう」
「わかりました。このことは誰にも言いません」
「ありがとう、助かるよ」
オールマイトはそう言い残すと、フラフラと8号の横を通り過ぎていく。
その姿をぼんやりと眺めていた8号だったが、不意に一つの疑問が浮かんだ。
……いや、この問いは、過去の出久がずっと聞きたかったことなのかもしれない。
「あの、一つ聞いてもいいですか」
「答えられる範囲であれば、構わないよ」
「もし仮に、あなたが何の力も持っていない無個性だったとして、それでもヒーローになりたいと思っていたとしたら……あなたはどうしますか?」
「……一応聞いておくんだけど、それは君の話かな?」
「いえ、これは……僕の、友達の話です」
8号は指先を少し変化させ、それをオールマイトに見せる。
その姿に彼はなぜか一瞬ほっとしたような表情を見せると、再び顔を引き締め言葉を紡ぐ。
「なら、その友達に伝えてほしい──プロは、いつだって命がけなんだ。力がなくても成り立つとは……口にできない。もし人を救いたいと思うのなら、警察や、医者という道もあるとね」
オールマイトはそう言い残すと、扉を開けて階段を降りていく。
屋上に取り残された8号は、柵に寄りかかり深いため息を吐く。
否定されることくらい、わかっていたはずだ。
分かっていたから、目いっぱい努力したんだ。
どれだけ否定されても、折れないために。
……しかしもう、その努力すら、8号には思い出すことができなかった。
当然だ、その積み重ねは己のものではなく、緑谷出久のものなのだから。
だから、胸の底に沸き上がるこの想いも、彼の残滓から来るものなのだろう。
──今の自分には、必要のないものだ。
そう思い、心の一部を切り離そうとしたその時、唐突に爆発音が響く。
爆心地は……商店街あたりか。
この町には初めて来たはずなのに、不意に頭の中で場所が浮かんだ。
もしかすると、この町は出久にとって思い入れのある場所なのかもしれない。
だとすれば、自分を知っている人間がいてもおかしくないだろう。
早々に、この町からは離れた方が良いかもしれない。
8号は屋上から飛び降り、ビルの壁伝いに空中を飛び回りながら、そんなことを考えるのだった。
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