この身は怪獣、されどヒーロー 作:全ての道はところてんに通ず
──この町からは離れた方が良いのかもしれない。
そう考えていたはずなのに、ふと気が付くと8号は商店街の入り口にいた。
出店の立ち並ぶどこにでもある商店街は火の海になっており、その中心には先ほどオールマイトが吹き飛ばしていたヘドロのヴィランがその身体をくねらせながら暴れているのが見える。
「ヴィランが子どもを人質にしてるんだってよ!」
「近寄ろうにも子どもの個性のせいで近寄れねぇんだってさ」
「今いるヒーローじゃどうにもならないのよね。他のヒーロー待ちかしら……」
「そういえばさっき、近くでオールマイト見たぞ。こんだけ騒いでりゃすぐ来るでしょ」
「マジで!?じゃあそれまで我慢してもらう感じかなぁ」
野次馬は暢気なもので、現場の前で噂話に花を咲かせていた。
……いや、自分も気になってやって来たのだから同じ穴の狢か。
しかし気になるのは、その光景をヒーローもまた棒立ちで見守っていたということだった。
普段であれば、それこそ取り合いのようにヒーローたちは事件解決のために動いているはずだ。
彼らは基本的に歩合制で、活動に応じて給料をもらう仕組みになっているので、活動をすればするほどお金になる。
そんなヒーローが事件を目の前にして動こうとしないのは奇妙な話だ。
やはり野次馬が言うように、向こうに人質がいるのが原因なのだろうか。
よく見ると、野次馬の中には先ほど見た萎んだオールマイトが俯きながら口を噛みしめている。
そう言えば、彼は自分自身が怪我のせいで弱っていると話していた。
オールマイトの持つ個性の質力が怪我と共に低下し、ヒーローとしての活動に制限が加わっているという可能性は大いにあり得る。
つまり、この場にオールマイトは来ない。来るとしても、それは彼の長いインターバルが終えてからになるだろう。
……いや、だからなんだっていうんだ。
思えば、ここに来てヒーローたちに思いを巡らせているのもすべて
この事件が解決したところで良いことが起こるわけでもないし、逆に解決しなかったとしても今後の生活に何も影響しないだろう。
しいて言うなら、あのむかつくヘドロヴィランが世の中にのさばるくらいだ。
とはいえ、無差別に人を襲っている以上、あれは追っ手ではなかったのだろう。
そうなれば、8号が首を突っ込む理由はどこにもない。
この町に来てからというもの、8号は奇妙な感覚に襲われていた。
研究所を離れてからというもの、彼は追っ手から逃れるために目立たない行動を心掛けていた。
トラブルになりそうな行動は積極的に避け、常に警戒しながら生きていくようにしていたのだ。
しかしどうだ。この町に来てからというものの、いつもとは違う行動ばかりしてしまう。
やはりここは緑谷出久にとってゆかりのある場所なのだろう。
さっさと離れてしまうのが正解だったかもしれない。
その時、商店街の中心で再び爆発が巻き起こる。
ヘドロの個性では爆発は考えにくい。これは人質である子どもの個性なのだろう。
無意識に目が吸い寄せられ、学生服を身にまとう彼の瞳を視界に入れた──その瞬間だった。
『俺の前に立つんじゃねぇ、クソデク!』
『無個性のテメェが何をやっても無駄なんだよ!』
『付いてくんじゃねぇ!ぶっ殺すぞ!』
8号の中で蓋をされていた記憶が呼び起こされる。
ヴィランに囚われている爆豪勝己という男と、彼と歩んだ出久の思い出が、まるで早回しのようにフラッシュバックする。
……酷い記憶だ。だというのに、とても大切だと思えてしまうのはなぜだろう?
気がつけば、8号は野次馬を通り抜けヘドロヴィランへと走り始めていた。
「さっきのガキか……!死にやがれぇ!!」
ヴィランの声と共に振るわれる触腕を躱しながら、8号の体は変化していく。
身体は黒い筋肉に覆われ、顔は鬼面のような白い外角で覆われていく。
完全に変質が完了すると、余剰分のエネルギーが雷光として空気中に放出される。
彼の上げる咆哮は空気を震わせ、足元の地面を砕いた。
波紋のように広がる衝撃波は、アスファルトをめくり上げ、周囲の建物の窓ガラスを粉砕しながらも商店街に広がった炎をかき消していく。
「な、なんだその姿!それがテメェの個性──」
「──遅い」
そして次の瞬間、8号はヘドロヴィランの背後へと移動していた。
その片腕には、ヴィランが捕えていたはずの爆豪が抱えられている。
「ゴッ、ゲホッゲホッ、がぁっ」
どうやら無事のようだ。見る限り外傷もなく、きちんと息もできている。
8号は彼を地面へと下ろすと、ヘドロヴィランに向き直った。
「近づくんじゃねぇ!」
彼は怯えながらも、再び触腕を伸ばす。
しかしそれらは8号が無造作に振るう腕の風圧だけで掻き消えていく。
その上、時折その風がヴィランへと届くことで徐々に体が削られていくのだ。
──彼は理解した。己が相対しているその存在が、オールマイトに匹敵する化け物なのだと。
「な、なんだよ、なんなんだよお前は……!」
「攻撃は終わり?……なら次はこっちの番だね」
8号は深く息を吐きながら、腰を落とし、両足を広げる。
そして、ゆっくりと右腕を引き、こぶしを構えた。
空気が震え、地面の砂利が浮かび上がる。
青く輝くエネルギーが全身を駆け巡り、闘気のように空気が歪む。
次の瞬間、彼はヘドロヴィランの真正面に肉薄していた。
「ちょ、ちょっと待っ──
SMAASH!!
彼の言葉をかき消すように、空気が裂けた。
眩い閃光が一瞬視界を白く染め、次の瞬間、耳をつんざくような爆音が大地を震わせる。
こぶしから放たれた衝撃は、真上に広がっていたぶ厚い雲をすべて吹き飛ばした。
そして訪れたのは、不自然なまでの静寂。
その沈黙を打ち破るかのように、四散したヘドロの混じった黒い雨がぽつり、ぽつりと現場へと降り注ぎはじめる。
8号は立ち尽くし、その現場をただじっと見つめていた。
やがて地面に落ちたヘドロが再生しないことを確認すると、彼は現場を歩き去っていく。
その背を追おうとしたヒーローたちの足は、その一歩目を踏み出した瞬間に止まった。
理性ではなく、彼らの生物としての本能が大音量で危険信号を発していたのだ。
「ま……待てや、クソが……」
しかし、そんな8号に声を上げる者がいた。
彼が振り返ると、そこにはフラフラと足元がおぼつかないながらも立ち上がり、こちらを睨みつける爆豪の姿があった。
「ふざけんじゃ……ねぇ、ふざけんじゃねぇぞ……この、野郎」
「……」
「待てよ……待ちやがれ……待てって言ってんだろうが!」
「……」
「クソ……クソ、で、く……が」
そのまま地面へと崩れ落ちる爆豪を見ていた8号は、踵を返すと大きく跳躍する。
現場に残されたのは、地面へ倒れ伏した少年と、辺りに散らばったヘドロ、そして、それを呆然と見つめるヒーローと市民たちであった。