大魔導士リンネの異世界交信記 異界の者よ、我が呼びかけに応えよ 作:哀川まひる
「これは事件ね」
「まあ、事件だろうよ。3人も行方不明になったんだからな」
リンネはワクワクとした表情で俺を見つめる。まるで新しいおもちゃを買ってもらった子供のような顔だ。
「やっぱり異世界はあったんだわ! そしてこれは間違いなく神隠しよ!」
ここ最近すっかり大人しかったリンネの目が爛々と輝いている。相変わらず可愛い顔をしているのに、言動で全てが台無しな奴である、もったいない。しかしまあ、幾分興奮しすぎの気もするが、彼女の言わんとすることも分かるっちゃあ分かる。なんせ、うちの学校の生徒が3人も失踪したんだからな。
魔物にやられたという線もあるが、3人まとめて失踪というのは少し不自然だ。失踪場所も学校の中だったし、何らかの事件に巻き込まれたと考えるのが普通だろう。それが神隠しかどうかは分からないが。
「きっと異世界に連れていかれたんだわ。そしてわたし達の助けを待っているのよ!」
リンネの助けを待っているかどうかはともかく、失踪したのは確かである。俺は軽く息を吐いた。今後リンネがどうするのか、うすうす解っていたからだ。そして俺もそれに付き合わされることになるんだろう。ノーと言えない自分が恨めしい。
「それでどうする」
「どうするもこうするも調査でしょ。先ずは片っ端から聞き込みをして目撃情報を得て、何処でいなくなったのかを確認しなくっちゃ!」
リンネは早口でまくし立てた。やっぱりな。そういうのは既に警察がやっていると思うぞ、警察に聞いたらどうだ、と俺は思ったが、口に出すのは止めておいた。警察が関係のない素人である俺たちに、わざわざご丁寧に情報を提供してくれるとは思えないし、それに何より、楽しそうにしているリンネに口を挟むのもどうかと思ったからだ。馬に蹴られる趣味は俺にはない。
そんな訳で俺たちは学校内で色々と聞き込みを行った。するとすぐに情報は集まった。まあ、当然かもしれないがな。なんせ失踪した場所はうちの学校だし、既に噂にもなっているくらいだ。これで情報が出てこない方がおかしい。で、出てきた情報をまとめると以下の通りになる。
今日で失踪して3日目。失踪したのは3人。いずれも練成科の3年生の女子生徒である。ちなみに3人とも華道部所属とのこと。失踪した時間帯は放課後、部活動中だった。多分午後5時頃。失踪場所は恐らく体育館横にある花壇付近。失踪当時の目撃者はいなかった。
ちなみに体育館横の花壇のあたりには黄色いテープが張ってあった。誰も立ち入らないよう警察が張っていったのだろう。何人かの生徒は遠巻きに興味深そうにそれを見ていた。
そして放課後、俺たちは件の現場に訪れていた。
「じゃあ、ヴェルナー。よろしく」
「分かったよ」
俺は地面に右手を当て、地面を這うように魔力を薄く薄く伸ばしていく。魔力に対する反応を見るためだ。刑事ドラマや探偵ドラマなんかでも事件現場を確認する際に使われているお馴染みの方法である。すると、確かに3人分の痕跡が僅かに残っているのが確認できた。もっとも確認は出来たが、ここで途切れてしまっていたが。
「確かにここで痕跡がなくなっているな。警察もその確認はしたと思うが、正直なところ、そこまでだと思う」
俺がそう言うと、リンネは大きく頷いた。
「ということは、ここが異世界との境目に違いないわね」
あくまでも異世界にこだわるリンネ。さて、ここからどうするのだろうとリンネの方を見ていると、彼女は突然両手を組み、目を閉じ祈り始めた。
「異界の者よ、我が呼びかけに応えよ。我が名はリンネ、リンネ・スカーレット。異界との交信を望むものである」
ひょっとしてこれがリンネの言っていた異世界との交信なのだろうか。こんなんで本当に交信できるのかね。俺は半信半疑に彼女を見つめる。そして俺たちは暫しその場に立ち続けた。だが、暫く待ってみたが何も変化は起こらなかった。そりゃそうだ。
「異世界との交信は失敗か?」
俺はリンネに声を掛ける。
「そのようね。まあ、最初から上手くいくとは思っていなかったけど。じゃあ、ちょっと離れてなさい」
「何するんだ」
「今度はもっと熱烈に訴えかけるのよ。ここにわたしはいるぞってね」
そう言うとリンネは魔力を解放した。そのあまりの魔力量に花壇に植えられた花はミシミシと音を立てて薙ぎ倒されていく。俺は慌ててリンネから距離を取った。すると勝ち誇った表情を浮かべたまま、彼女は先程の呪文を読み上げていく。
「いくわよ! 異界の者よ、我が呼びかけに応えよ。我が名はリンネ、リンネ・スカーレット。異界との交信を望むものである!」
確かにこれ以上熱烈な呼びかけはないだろう。大気がブルブルと震えている。
……だが、再び暫く待ってみるも反応はなし。背景にしーんという効果音が表示されそうな空気になった。
「何も起こらないな」
「うーん。魔力の解放だけじゃ足らないみたいね。ここが異世界との境界なのは間違いないと思うんだけど」
しかしリンネはそんな空気を特に気にした素振りも見せず、顎に左手を添え考える仕草をする。まったく大物だよ、こいつは。ただ、大物ではない俺はリンネなんか放っておいて、とっとと逃げればよかったのかもしれない。というのも、教師たちが血相を抱えてここにやってきたからだ。
「今の魔力解放は何だ!?」
「ここで何かあったのか!?」
ってな具合にな。もちろんリンネは笑顔で、異世界と交信してましたと言い切ったさ。だが、そんな理由で教師たちが「ああ、そう」だなんて納得するはずがない。
そんなわけで俺たち二人はこっぴどく叱られるのだった。しゃーない、現場検証も終っているのかどうかも解らない場所で、派手に魔力解放なんて行ったのだ。先程のリンネの魔力の嵐で、被害者である華道部3人の魔力の痕跡や、いるかどうかも解らない犯人の証拠が消えていてもおかしくはないのだからな。
ちなみに俺的には「自分は魔力解放とは関係ない、リンネが勝手にやったんだ」とも言えたが、どっちにしろ「何故止めなかったんだ」と責任を追及されるのは解っていたので、早々に白旗を挙げた。こういうのは下手な抵抗はせず、素直に謝るのが一番なのを俺は経験上知っていた。連帯責任って奴だ。
翌日の事である。俺とリンネが昨日教師らに書いてくるよう言い渡された反省文を担任に提出した後のことだった。
「あの、お二人とも。ちょっと良いですか?」
眼鏡を掛け、緑色の髪を大きな三つ編みにした少女が俺たちを訪ねてきた。中々の美少女である。彼女は確か、俺たちが異世界交信部なる部活を立ち上げるために勧誘しにいった、同じ1年生の練成科の首席だった筈。名前は確か……。
「あら、エマじゃない。どうしたのよ」
そうそう、エマだ。エマ・クラウゼだった。
「えっと、昨日のことをちょっとお聞きしたくて。昨日、リンネさんが失踪事件の事件現場で魔力解放をしたと聞いたんですが」
どうやら俺たちは早くも学校内で注目を浴びてしまったらしい。仕方ない。いくら放課後とはいえ、リンネのあの魔力解放は規模がでかかった。校内には部活に参加している生徒もいただろうし、教師も複数残っていた。目立たない筈がなかった。
リンネは悪びれもなく一歩前に出ると「そうよ」と言い切った。するとエマは「もしかして異世界関連ですか」と声を小さくして聞いてきた。
「うん、流石エマね。目の付け所が良いわ」
リンネは上機嫌に答える。お前は相手が異世界関係の話をすると、それだけで喜ぶもんな。俺は「やれやれ」と溜息を吐いた。するとエマはそのまま顔を俺の方に向け、真剣な表情で「何か解ったんですか」と聞いてきた。何かを期待しているようだが、残念ながらその期待には沿えることは出来ないな。俺は「いや、全然だ」と答え、教師に魔力解放したのを怒られただけだと正直に述べた。エマの表情は暗い。
「そうですか……」
「どうかしたのか?」と俺はエマに尋ねる。
「いえ、今回の失踪事件の被害者にわたしの知り合いの方が含まれていまして。警察の方でも行方が解らないまま、進展がなさそうなので。もしリンネさんたちが何か解ったのなら教えて頂きたいなと思って、こうして来た次第です」
「そりゃ期待させて悪かったな」
「いいえ、お気になさらず。……ですがやはり噂の通り、神隠しなのでしょうか?」
エマは神妙な顔で呟いた。
「もっちろんよ! 3人同時に行方不明よ? それにヴェルナーが確認したところ、痕跡はあの花壇で消えていた。こんな不思議な現象、神隠し以外にあるもんですか!」
対するリンネはポニーテールを揺らしながら、胸を張って元気よく答えた。まかり間違っても、被害者の知り合いに対してする態度ではない。
……ただまあ、リンネの言い方はともかく、魔力反応を見る限りでは、神隠しかと聞かれると、そうだとしか言いようのないのも事実である。警察の方でも進展がないってのは、つまりはそういうことなのだろうと思う。
「そうですか」
しょんぼりとするエマ。そんな彼女の方を向き、顎に左手を当て、リンネはまるで探偵気取りのように口を開いた。
「例の3人は練成科で華道部だった。華道部は名前の通り、花を材料に練成術を行っている部活のようね。だから3人は花壇に花を摘みに来ていた。そして花を摘んでいる最中に神隠しに遭った。ここまでは良い?」
「はい」と、頷くエマ。
「だからわたしは花壇付近に異世界との境界線があると考えた。そして只の呼びかけじゃ反応がなかったから、魔力解放して熱烈に異世界に呼びかけてみた。けど、そこまでしても反応は何もなかった。……ここから考えられるのは、境界線が既に移動した可能性があるってこと」
「え?」
「異世界に行って帰って来たって人の話でも、消えた場所と同じ場所から帰ってきた人って意外と少ないのよ。家の近所でいなくなった人が、何年かして近くの山で発見されたとかね」
流石は異世界オタクである。その手の話には詳しいみたいだ。俺は素直に感心した。
つまりリンネは異世界への境界線は既に花壇付近ではなく、別の場所へ移動してしまったと判断したわけだ。だから魔力解放して呼びかけても効果はなかったと。相変わらずの異世界推しだが、話の筋自体は通っているように思う。既に境界線が移動したのなら、いくら呼びかけても反応はないだろうからな。俺は自説を語るリンネに声を掛けた。
「だが、それなら境界線は何処に行ったって話になるぞ」
そんな俺の問いに対して、リンネはこちらに振り向いて答えた。
「うーん、そうなのよね。でもうちの学校って結構広いから、まだ学校の敷地内に境界線は残っていそうじゃない? 学校ってほら、七不思議とかもあるし。きっと不思議な現象が起きやすいのよ」
「ふむ……」
学校の七不思議と今回の失踪事件を同列に扱っても良いのかという議論の余地は残るが、リンネの言い分は俺にも分かる。俺だって、学校の外と中のどちらで神隠しが発生しやすいかとか聞かれたら、学校の中かなあと思うくらいには色々と設備がそろっているし、曰く付きの噂話なんかもいくつかは聞いたことがある。
体育館横にある桜の木の下には死体が埋まっているとかな。これなんか正にそれっぽいだろ? 実際に今回神隠しがあったと思われる場所は、体育館横の花壇だったしな。偶然にしては場所が近すぎる。
まあ、仮にその噂が真実だとすると、警察は既に花壇を掘り返して死体の確認をしてなきゃおかしいし、俺が魔力感知を行った時も、地面を掘って死体を埋めたような反応は出なかったので無関係だというのは解っているが。
俺との問答を終えるとリンネはエマに向き直った。
「そんなわけだからエマ。あなたも一緒に探さない? 異世界への境界線。もしかしたらあなたの知り合い、見つかるかもしれないわよ」
エマは少し困惑した様子だったが、やがて意を決したように頷いた。きっと彼女もただ警察に頼るのではダメだと思っていたのだろう。こうして俺たちは、3人で行動を開始するのだった。