大魔導士リンネの異世界交信記 異界の者よ、我が呼びかけに応えよ   作:哀川まひる

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第03話 七不思議

「異世界との境界線が移動したってことは、新しい境界線近辺でも何か不思議な現象が起こっている気がするのよね」

 

「今回の神隠しのようにでしょうか」

 

「そうそう。確か七不思議にもあったでしょ。深夜の学校の鏡は見ちゃいけないって奴が」

 

「ああ、見たら鏡の世界に連れ去られるってやつか」

 

「そう、それ。良く考えなくても、鏡が異世界への入り口ってことだと思うのよね」

 

「となると、今度は鏡の調査か?」

 

「……そうねえ。異世界に直接通じてそうな七不思議と言えば深夜の鏡くらいだし、先ずは手始めに鏡の調査をしましょうか。丁度今回の事件の神隠しに似ているっていえば、似ている話だし」

 

「だとすると、問題となるのは時間ですね」

 

 俺とリンネとエマは放課後、3人で話し合っていた。話している場所は学校の中庭にあるベンチである。端から見ると美少女2人と男子1人が楽しく駄弁っているように見えるだろう。何も知らない他の男子から見たら、俺はさぞ羨ましがられるポジションに違いない。

 

 だが肝心の話の中身は学校の七不思議である。怖い話が苦手な奴なら、少し聞いただけで一目散に逃げるだろうし、それに美少女の片割れは既に異世界オタクとして名が広まっているリンネである。顔は可愛いが、行動力の化身のような奴だ。散々振り回された挙句、もう関わりたくないというのがオチだろう。一緒に反省文を書かされた俺が言うんだ、間違いない。

 

 きっと今回も深夜の学校に忍び込むことになるんだろうよ。俺は遠い目をしながら言った。

 

「つまり夜中の学校に忍び込むのか」

 

「当然よ」

 

と、リンネはポニーテールを揺らしながら胸を張った。やっぱりな。それにしても深夜の学校の鏡を見たら鏡の中の世界に連れていかれました、なんて七不思議、一体どういう経緯で出来たんだろうな。俺達みたいにわざわざ深夜の学校に忍び込んだ連中がいたのか、それとも単に夜中の鏡って怖そうだよなって妄想だけで七不思議入りしたのか、もしくは守衛がたまたま映った自分の顔にビビッて流したデマなのか、そこんとこ、どうなんだろう。

 

 俺がそんな風に一人七不思議について考えていると、リンネは思い出したかのように衝撃の言葉をぽつりと零した。

 

「一応わたし、放課後に校舎にある全ての鏡を見て回ったんだけど、その時はそれらしい鏡はなかったのよね」

 

 初耳である。

 

「おいおい。まさかとは思うがお前、既に七不思議を網羅してたのか」

 

 俺はリンネに尋ねた。すると彼女はポニーテールを揺らし、「当然よ」とさっきと丸っきり同じセリフを吐いた。何が当然なんだろう。

 

「異世界交信部の立ち上げが失敗してからこっち、時間だけが余っちゃったからね。一人で調査できる分はとっくにやっちゃったわよ。七不思議なんか一番最初に取り組んだわ。ま、結果は残念だったけど」

 

 相変わらず行動力の化身のような奴である。その時、俺は誘われていなかったので、本当に一人で調査していたのだろう。どうやらリンネは元気が有り余っているようだ。羨ましい。

 

「でも、そのときも流石に深夜には忍び込んでないのよね。取りあえず、放課後の空いた時間に片っ端から七不思議を調査して、異世界と交信出来るか試してたわけ」

 

「ふーん。怖くはなかったのか?」と俺。

 

「怖くはないわよ。不思議なことが起こるってことは異世界が近くにあるって事よ? むしろワクワクしてたわね。まあ、何も起こらなくて肩透かし喰らったんだけど」

 

「そうかい」

 

「でも、今回は本当に神隠しが起きちゃった。七不思議とは違うけど、異世界があるって証明出来そうで嬉しいわ」

 

 ニヤリと獰猛な笑顔を浮かべるリンネ。何がこいつをこんなに駆り立てるんだろうね。言われるまでもなく異世界か、本当にあるんだろうか異世界って奴は。俺が遠い目をしながら思考の彼方に身を委ねようとしたとき、今まで黙っていたエマが口を開いた。

 

「ですが、夜中の学校に忍び込むとなると、鍵はどうします? 夜間は学校も鍵を閉めていますよね。窓を割るとなると音がします。守衛さんに気付かれてしまう可能性が高いような気がしますが……」

 

 エマの心配はもっともである。だが、俺は鍵についてはあまり心配していなかった。それをエマに言ってやろうとする前に、リンネが横から口を挟んだ。

 

「ああ、それなら大丈夫よ。ヴェルナーがいるから」

 

「はい?」

 

 エマが首を傾げてリンネを見る。美少女のこういう姿は絵になるな。素直に可愛い。だが続くリンネの台詞は可愛くなかった。

 

「こいつ、鍵の掛かっている場所に忍び込むのには、うってつけの魔法が使えるから大丈夫。泥棒に向いているのよねー」

 

 そう言ってリンネは俺に笑顔を向ける。褒めているつもりなのかもしれないが、人を泥棒呼ばわりするのはよしてくれ。それに別にうってつけの魔法って訳じゃない。応用するとそういうことも出来るってだけだ。俺はリンネにそう抗議した。だがリンネはそんな俺の抗議をスルーして、

 

「ま、そういう訳だから心配しなくていいわよ」

 

と、あっさり流しやがった、おい。しかもエマも「リンネさんがそう言うんなら大丈夫そうですね。ヴェルナーさん、お願いします」と言う始末。何故かエマのリンネに対する評価って高いよな。不思議だ。

 

 まあ、そんな訳で積もる話もそこそこに。俺達は一旦帰宅し、夜中に再び集まることになった。集合場所は守衛に見つからないように学校の近所のコンビニである。夜中に外をうろつくなんて、初めてでドキドキします、とはエマの弁。あざとい。リンネ? 夜中は任せろとか言ってたよ。多分大丈夫じゃないかな。知らんけど。

 

 で、俺はといえば、家に帰り家族と一緒に夕飯を食い、風呂に入って目覚まし時計を夜の11時にセットし、暫しの間ベッドでゴロンと横になっていた。出来ることなら行きたくねえ、でも行かなかったら明日のリンネは凄いんだろうなあ、とか考えている間に次第に瞼が閉じていった。

 

「うわっと」

 

 目覚ましの音で目が覚めた。危うくベッドから落ちるとこだった。気分の方は、すっきり快眠とまではいかないが、今日一日の疲れはすっかり取れたようだ。ふわあ、と寝起きの欠伸をする。洗面所に行って顔でも洗ってこよう。

 

 顔を洗い、冷蔵庫に入ってあるお茶を一飲みして部屋に戻って時計を見ると、現在の時刻は午後11時15分だった。コンビニには確か12時集合だから、今から歩いていっても十分間に合う。

 

 俺は一応身バレ防止のために上下に黒いジャージを着て、腕時計をはめ、それから一応なんかあった時のために、最低限の道具をマジックポーチに放り込んで家を出た。こんな道具、使うことになるのかね。ま、用心は必要か。

 

 外は真っ暗闇で、生ぬるい風が吹いていた。光源は頼りない月明りと、等間隔に置いてある街灯、それからぽつぽつと光が漏れている住宅だけだ。いかにも何か出そうな雰囲気である。なんでもない街の光景でこれなのだから、これから行く夜の学校はもっと雰囲気が出るのだろうなと、俺はぼんやり思った。

 

 それにしてももう6月だ。梅雨の季節だし湿度が高い。雨が降っていないだけまだマシな方ではあるが。むわっとした空気の中、俺は一人コンビニを目指して歩いていった。等間隔に置かれてある街灯には夏が近いのだろう、虫が集っていた。

 

 コンビニに着くと、二人はもう揃っていた。アイスクリームを食べながら駄弁り中である。そして何故か二人とも制服のままだった。着替えに戻ったんじゃないのかよ。これだとジャージを着ている俺が一人だけ浮くじゃないか。そんなことを考えながら二人に近づくと、どうやらリンネが俺を見つけたようで、

 

「遅い!」

 

と、開口一番怒鳴ってきた。

 

「時間には間に合ってるだろ」と俺。

 

 腕時計を確認すると午後11時40分である。集合は12時だった筈だ。

 

「こういう時は30分前に行動するのが常識でしょう! 見なさい、エマなんか11時には居たのよ!」

 

 5分前行動は聞いたことがあるが30分前行動は初耳である。つーか早すぎでしょ、エマ。俺がそう言うとリンネは「ま、良いわ。次からは気を付けるように」と食べていた棒アイスをガジガジと齧り、残った棒をコンビニの前に置いてあるゴミ箱に突っ込んだ。俺としては次なんかない方が嬉しいんだがな。だが、それを言うとリンネにまた怒鳴られそうなので、俺は口をつぐんだ。

 

 で、コンビニに集合した俺たちはテクテクと学校へと向かって歩き始めた。といっても、このまま校門に向かうのはNGだ。わざわざ守衛に捕まえてくれと宣伝するようなものだからな。なので俺達は校門から大分離れた場所に向かって歩いていた。適当な場所から塀を乗り越えて侵入する算段だ。

 

「この辺りが良さそうね」

 

 リンネの足が止まった。どうやら忍び込むのに良さそうな場所を発見したようである。見ると、俺達の目の前には学校をぐるっと囲む塀があった。高さは3メートルくらいだろうか。

 

「じゃあ、忍び込むわよ」

 

「はい」

 

「いつでも」

 

 リンネとエマは足に魔力を溜めると、その力を利用して一気に跳躍して塀を飛び越えた。俺は二人とは違い、塀を垂直に歩いていく。俗に言う壁面歩行である。足の裏の魔力を操作することで可能な技術で、着地した時の音を考慮してこの方法を選んだのだが、二人とも跳躍しているので、然程この方法に意味はなかった。もっと静かに行動しようぜ、お二人さん。今更言っても無駄だがな。程なく俺たちは塀を乗り越えた。

 

「とーちゃく!」

 

「同じく」

 

「あとは校舎に忍び込むだけですね」

 

 それにしてもこの高さの塀の無意味なことよ。魔力持ちならリンネやエマのように足に魔力を溜めて跳躍するだけで飛び越えられるし、仮にもう少し塀が高くても、俺のように魔力コントロールに長けている者なら、壁面歩行で乗り越えられる。まあ、全く魔力のない一般人には出来ない方法だし、真昼間にそんなことをしていれば即通報されてしまうだろうが。

 

 塀を飛び越えた俺達は校舎の方に向かって歩き始めた。もちろん守衛には注意して。そうして俺達は放課後の話し合いの時に目的地と定めていた地点に辿り着いた。ここまでは順調である。問題はどうやって窓の鍵を開けて侵入するかだが。

 

「出番よ、ヴェルナー」

 

「はいはい」

 

 リンネからの要望で俺はポケットから糸を取り出す。

 

「糸?」

 

 エマが首を傾げる。

 

「見てたら分かるわ」とリンネ。

 

 俺は糸を操り、窓の隙間から侵入させる。そして手を引けば、

 

「あっ」

 

カチャリという音と共に鍵は開いた。

 

「いつ見ても良い手際ね。ヴェルナー、あなた立派な泥棒になれるわよ」

 

「泥棒はやめろ。せめてトレジャーハンターあたりにしてくれ」

 

「どっちも同じでしょ」

 

「その台詞は全トレジャーハンターを敵に回すぞ」

 

 もう回しているかもしれない。

 

「凄いです、ヴェルナーさん。糸を侵入させて鍵を開けるなんて」

 

 エマの台詞だけが唯一の癒しである。まあ、結界なんか張ってある窓だと糸を侵入させることは出来ないので、鍵破りをいつも期待されても困るっちゃ困るんだが。

 

 それにしても学校も結界石の一つや二つ用意すればいいのにと思うのは俺だけじゃない筈だ。こんな風に不良3人組に良いように侵入されるのは学校としてどうなんだろうか。理科室や美術室、音楽室なんかにはそれなりの貴重品も置いてあるだろうし、魔術室なんかにはかなり高額な魔術具も置いてあるはずだ。

 

 守衛1人で見回りきれる規模じゃないのだから、素直に結界石でも置いておけばいいのに、と思ったところで俺は気が付いた。……いや、結界石の方が逆に貴重品か、と。

 

 防犯用の結界石が逆に盗難にあったなんてのは良く聞く話だ。特に学校全体を囲むような結界石なんか幾らになるのか想像もつかん。結局のところ、完全な防犯なんて土台不可能な話で、国民全員のモラルにかかっているのだろう。

 

 そんな風に俺が世の中の犯罪についてしみじみと考えていると、ニヤリと獰猛な笑みを浮かべたリンネが宣言をする。これは間違いなく罪を犯しそうな奴の顔だと俺は思ったね。

 

「さて、それじゃあ忍び込むわよ。取りあえず踊り場の鏡から確認していきまっしょう!」

 

 その声は十分に嬉色を含んでいた。こうしてリンネの合図の元、俺たちは真夜中の校舎に忍び込むのだった。気分はさながら怪盗である。

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