大魔導士リンネの異世界交信記 異界の者よ、我が呼びかけに応えよ   作:哀川まひる

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第04話 真夜中の学校

 コツコツコツと、3人分の足音が夜中の学校にこだまする。騒々しい日中の学校と比べると、静かな分余計に足音が強調されていて、中々に不気味である。おまけに守衛に見つからないように行動しなくてはならないので、廊下の電気も点けられない。灯りは学校指定の腕時計のライト3人分のみ。最低限の灯りだけである。なので、酷くうす暗い。一応目に魔力を集めて暗視は出来るようにしているが、それでもだ。

 

 それにしても、まるでホラー映画の冒頭のようだと思うのは俺だけじゃない筈だ。若い男女が夜中の学校に忍び込むなんて、いかにもありがちな展開だろ?

 

 3人の配置は前衛にリンネ、中衛にエマ、後衛に俺といった具合になっている。前方や後方から何かあった時、すぐに対処が出来るようにだ。中衛のエマはサポート要員である。

 

 エマは練成科らしく「爆弾は持っていますので何かあれば任せてください」と拳を堅くして微笑んだ。だが、仕草は可愛いが発言は物騒だ。こればかりはどんなにエマが可愛い顔しても擁護しきれないし、流石の俺も騙されたりなんかしない。練成科の女子は怒らすと爆弾を投げてくる、というのは学校内で専らの噂である。

 

 そして、出来ることなら校舎の中で爆弾なんか使ってほしくないね。爆発音で守衛に見つかるとかそういう次元ではなく、単純に爆弾を使用した際の校舎の弁償代が高そうだからだ。まさか爆弾を使って誰にもばれずに逃げおおせるというのは不可能だと俺は思う。

 

 こういうのは大抵どっかで目撃情報は出てくるもんで、逃げ切るのは無理だと相場は決まっているもんだ。そうだな、例えば学校近くのコンビニの監視カメラに映っているだろう、うちの制服を着た少女二人組とかな。

 

 こんな時間に制服姿でうろつく少女……学校で何か事件が起これば怪しまれて当然だ。直ぐに関与を疑われることだろう。少なくとも俺が警察の立場なら真っ先に疑うね。多感な時期の少年少女は、その熱いリビドーで一体何をするか解らんからな、今の俺たちのように!

 

「一つ目ね」

 

 そんなことを考えている内に、俺たちは一つ目の鏡を発見した。一階と二階の間にある踊り場に出たのだ。鏡には俺たち3人が映っており、三者三様の顔をしていた。もちろんリンネはワクワクが止まらなそうな顔をしているし、エマは真面目そうな顔をしており、俺はげんなりとした顔をしていた。

 

 だが、それだけである。リンネは鏡を確認してみると言って、鏡に左手を当ててみたが、別段腕が吸い込まれることもなく、鏡に映る俺たちが突然笑いだすこともなく、突然鏡が光りだすこともなく、鏡はただただ夜の不気味な風景を映し出すだけだった。

 

「外れね」

 

 リンネは特に落胆した様子もなく、次の踊り場の鏡を確認するため階段を上り始める。エマと俺もそれに続いた。

 

 それにしても、こいつは4月、5月とこんなことを一人で放課後に延々とやっていたのだろうか。俺はその時のリンネの顔を想像してみて、今のこいつとは違う不機嫌そうな面だったんだろうなあ、と何となく思った。

 

 それから暫くして。一通り踊り場の鏡の確認は終わった。案の定というか当然というか、不思議な鏡は現れやしなかった。

 

 時間は校舎に侵入してから丁度一時間くらい経ったあたりか。腕時計を確認すると午前1時過ぎである。俺たちは最初に侵入した一階の窓の付近に戻って来ていた。だがこれでまだ終わりではないことを俺は知っている。リンネはそんなに簡単に諦めるような奴じゃない。むしろここからが本番なのだ。

 

「どうやら本館ではないみたいね」

 

「だな。まあ、他の七不思議なんかも特別教室のある別館だし」

 

「では、移動しましょうか」

 

 エマの台詞を合図に、俺たちは別館に移動することにした。距離は本館からそこまで遠くない、直ぐ近くだ。その証拠に歩き出して数分もしない内に到着した。

 

「じゃあ、ヴェルナーお願い」

 

「はいよ」

 

 すっかりリンネに重宝されている糸で、俺は別館の窓の鍵を開ける。そして先程と同じように忍び込む。

 

「今度は何かあると良いわね」

 

「そうですね」

 

 俺としては出来ればこのまま何事もなく終わって欲しいのだが、そうするとエマの知り合いの行方も知れないままになってしまう。となると当然エマが悲しむわけで……。うん、エマが悲しそうな顔をするのは俺も御免なので「そうだな」と同意してこう。

 

 さて、ところでだが、別館も本館と同様に広い。心持ち本館の方が広いが、それでも特別教室と文科系部活動の部室、それから倉庫代わりに使われている教室があるので、探索するには十分な広さを備えている。そして別館の階段途中にも踊り場は存在し、鏡もきちんと用意されている。

 

 つまり、全部を見て回るのには、中々に時間が掛かるということだ。俺は時計を確認する。現在午前1時過ぎなのだが、さて、家に帰れるのは何時になるのか。明日の登校までに寝られる時間は確保できるのか、頭はそんなことでいっぱいになっていた。そんな時だ。リンネが真剣な表情で口を開いたのは。

 

「わたし、ちょっとトイレに行ってくるから」

 

 真剣な表情で言うことがそれかよ。おおかたコンビニでアイスを食っていたのが原因だろう。腹が冷えたんだ、きっと。俺は溜息を吐きながらエマの方を見た。すると彼女も申し訳なさそうに、

 

「すみません。わたしもです」

 

と言った。お前もかよ! こんな時俺はどんな顔をすればいいのかね。ごゆっくりーとでも言えばいいのか? ぶん殴られそうだな、やめておこう。取りあえず、女性陣は気が合うみたいだ。もしこれが出来の悪いホラー映画だとしたら、彼女らがトイレに行った途端何か起こりそうだが、リンネにそんなことを言ったら「それはそれで面白いわね。むしろドンと来いよ!」とか言い出しそうなので、俺は何も言わずに二人を見送った。こういう時、男はじっと待つのみである。

 

 リンネたちがトイレに入ってから数分が経過した。トイレ前の廊下で、俺は二人が出てくるのを一人ひっそりと佇んで待っていた。だが、中々一向に出てくる気配がない。もしや便秘で出が悪いのだろうか。

 

 ……いやいや、アイスの食いすぎだろ。便秘じゃなくて下痢の方か。下痢の場合はしんどいからな。俺も下痢でトイレに長時間こもった記憶がある。まあ、ベタな展開でもあるまいし、夜中の学校でトイレに行ったくらいで何かに巻き込まれたりは早々しないだろう。もうちょっと待ってみよう。そう思ったのが悪かったのか。

 

「……いくらなんでも遅すぎる」

 

 別に俺が短気なわけじゃない。あれから更に十分程待ってみたが、リンネたちが一向にトイレから出てこないのだ。いくら女のトイレは長いと言っても限度があるだろう。まさか化粧に時間を食っているわけじゃないだろうし。それに真夜中の学校だ。ちょっと小便するのにも躊躇しそうなシチュエーションで、長々とトイレにこもる理由が俺には想像できないね。もしかして本気で何かに巻き込まれたか?

 

 あと考えられるのは俺にドッキリを仕掛けるくらいだが、調査をほっぽってそんなことをして喜ぶような奴らでもない。リンネ辺りなら逆に自分をドッキリさせろとか言いだすだろう。

 

「リンネ」

 

 俺は女子トイレの入り口付近まで近づいて声を掛ける。返事はない。

 

「入るぞ」

 

 一言断ってから、俺は意を決して女子トイレに入った。しかし女子トイレの個室の扉は全て開いてある。俺は一つ一つ中を窺うように確認していく、……が誰もいない。いったいリンネとエマは何処に行っちまったんだ?

 

 俺は右手を顎に当て、考えるポーズを取る。七不思議にトイレに関するものはあったか? ……いや、ない筈だ。学校の七不思議は全部で七つ。一つ、俺たちが探していた不思議な鏡。二つ、走る人体模型。三つ、音楽室から聞こえてくる物悲しいメロディー。四つ、美術室にある描き足される絵。五つ、体育館で跳ねるボール。六つ、校庭を走る銅像。七つ、プールに引きずり込もうとしてくる手。以上七つで七不思議。間違ってもトイレ関連での怪奇現象はなかった筈だ。

 

 ではこれは? なんでリンネとエマは居なくなっている。まさか二人とも例の華道部の3人のように神隠しにでも遭ったのか?

 

「…………解らん」

 

 俺なんかの頭じゃ、いくら考えても答えが出る筈もなかった。とうに俺の頭で解決できるような現象じゃあない。誰かオカルトに詳しい奴が考えてくれ。そして俺にその答えを教えてくれ。頼むから。

 

 取りあえず俺のやることは家に帰って警察に連絡することじゃなかろうか。夜中に学校に忍び込んだのはそりゃ叱られるだろうが、そんなのはもうどうでもいい。それより二人の安否が気がかりだ。わざわざ夜中の学校に忍び込んで、行方不明者を増やしましたなんて笑える話だ。それにしても、この数日で行方不明者が5人になるとか、リンネじゃないけどマジでこの学校何かあると思えてくるぜ。

 

 そう考えて俺は女子トイレの入り口に戻ろうとした。そしてその時にチラッと入り口付近の洗面台が目に入ったのだ。……何だろう、何か気になる。

 

「そういえば、洗面台にも鏡はついてるんだよな」

 

 そう呟いて鏡をのぞき込む。何か手掛かりでもあるんじゃないかと思って。すると鏡の中の俺は笑っていた。何がそんなに可笑しいのかと思うくらいに顔を歪ませて笑っていた。下手をすれば笑っているのかどうかすら怪しい醜悪な顔だった。ああ、そうか。七不思議の鏡はここにあったのか。そう俺が理解すると同時に世界は暗転した。

 

 俺が床で寝ていた時間は5分もなかったらしい。腕時計で確認した。もう一度女子トイレの洗面台の鏡を見ると、今度は俺の姿が映っていない。どういうこった。色々とポーズを取ってみるも、変化はなし。鏡は暗闇を映すばかりである。

 

 ……良く解らん。解らんが、さっきのあれが七不思議の鏡なら、どうやら俺は鏡の世界に来たって事だけは解る。とすると、現実世界では鏡の前に誰もいないから何も映らないのかもしれん。本当にここが鏡の中の世界だとしたらな。

 

 でも、もしそうなら音を立てようが灯りを出そうが関係ない。この世界にはまさか守衛はいないだろうし、いたとしても、どっちにしろもう隠れてコソコソする必要はなくなったわけだ。俺は魔法で光球を作り出す。ライト代わりだ。

 

 さて、先ずは何においても優先するべきはリンネとエマとの合流だろう。まさか女子二人をほっぽって自分だけ帰ろうとは思わない。この鏡の世界からの脱出は後で考えよう。俺は女子トイレを出た。

 

 やはりというか当然と言うか、この世界も暗かった。しかもこちらの世界には月もないのか月明りすらない。窓の外は完全な暗闇だ。本当に鏡の世界に来たんだな、と空を見て実感させられる。ちなみに校舎の灯りをつけようとスイッチを押してみても反応せず。徹底的に光は排除されている。これじゃあ鏡の世界と言うより、むしろ暗闇の世界と言った方がしっくりくるぜ。

 

「リンネー、エマー!」

 

 取りあえず俺は叫んでみた。気が触れたとか思わないでほしい。確かにホラー映画とかで叫んだりする奴は真っ先に死んだりするのだが、そんなお約束は今は関係ない。人を探すんだったらこうした方が効率がいいのは自明の理だ。少なくとも俺はそう思う。すると上の階から音が聞こえてきた。

 

「上にいるのか」

 

 ほっと呟いて、上の階に向かう。知らず知らずのうちに早足になっている。すると登っている階段の途中でリンネと出会った。

 

「リンネ!」

 

「ヴェルナー!」

 

「心配したぞ」

 

 マジで。

 

「うん、ごめん。トイレに入って用を足したまでは良かったんだけど、洗面台で手を洗っているときに鏡を見たら、自分が変な顔で笑っていて……」

 

「良い。分かっている。俺も体験したからな。あの女子トイレの洗面台の鏡が原因で、俺たちは鏡の世界に囚われたんだ。それよりエマは?」

 

「ごめん、気が付いたら一人だった」

 

「そうか」

 

 俺は右手を顎に当てて考える。取りあえずリンネとの合流は出来た。危険を冒してまで叫んだ甲斐があるというものだ。後はエマだが……。

 

「リンネ。上の階から来たってことは、もうこの別館は探し終えたのか?」

 

「ううん、まだよ。ヴェルナーの声が聞こえたから、慌てて1階に降りてきたの」

 

 どうする。念の為別館をぐるっと見て回るか? だが別館には七不思議の内、人体模型と音楽室と美術室の怪談がある。鏡の怪談が本当にあった以上、他の怪談もあると考えて行動した方が良いだろう。

 

 その場合、自ら危険に飛び込んでも良いのだろうか。それにエマもわざわざ自ら危険に身を委ねるような行動を取るだろうか。どう動くのが正解だ? 俺が黙って考えていると、リンネが提案してきた。

 

「ねえ、ヴェルナー。別館を見て回らない? さっきのあんたの声、もしかしたらもっと上の階だとエマも聞こえてなかったかもしれないし」

 

「……そうだな」

 

 リンネも別館にいたのだからエマも別館にいる可能性はある。そもそも別館1階の女子トイレの洗面台から俺たちはこの世界にやってきたのだ。となると、全員別館にいる可能性は高い。俺たちはそう言葉を交わし、別館の探索に臨むことにした。

 

 ただし今度はリンネは前衛にはならず、俺と肩を横にして並んで歩いている。少し心境の変化があったのかもしれない。

 

「もしかして怖くなったのか?」

 

「そんな訳ないじゃない。前衛、後衛に分かれてたら、わたしが後ろ見えないでしょ。あんたが勝手にどっかに連れ去られたらどうすんのよ。また探すのも面倒だし、こうやって並んで歩いてあげてんの」

 

「そうかい」

 

「むしろあんたの方が怖がってんじゃない? なんなら手でも握ったげましょうか?」

 

 そう言うとリンネは右手を差し出してきた。俺は「遠慮しとく」とリンネに言ってまた歩き始めた。リンネは「恥ずかしがってんの?」とか煽ってきたが、鏡の中の世界がどれだけ危険か解らんのに、わざわざ片手を使えなくするのは愚の骨頂だ。

 

 俺がそう言うとリンネは「あっ、そう」と口をペリカンみたいにして、くっつくように俺の隣を歩き出した。歩きにくいだろと言っても、離れる様子はなかった。

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