大魔導士リンネの異世界交信記 異界の者よ、我が呼びかけに応えよ   作:哀川まひる

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第05話 エマを探せ

 コツコツコツと、2人分の足音が静かな学校にこだまする。真っ暗闇の校舎の中、頼りになる灯りは俺が作り出した光球だけだ。リンネは相変わらず俺のすぐそばを歩いている。肩と肩がぶつかりそうな距離である。

 

 それにしても、黙って隣を歩く分にはリンネ・スカーレットは美少女だ。既にその本性を知っているであろう、うちの学校の男子生徒らも、彼女が異世界オタクでさえなければなあと思っていることだろう。俺もそう思う。そしてこいつがいつまでも黙っていないのを俺は既に知っていた。

 

「それにしても、まさか女子トイレの洗面台の鏡とはねえ」

 

「お前がトイレに行きたいなんて言わなけりゃ、絶対に見つからなかったな」

 

 俺はてっきり、七不思議に出てくる不思議な鏡は階段の踊り場の鏡だと思っていた。何故かって? そりゃ踊り場の鏡は全身が映るくらいでかい鏡だからだ。小さな鏡と大きな鏡、単純に考えてでかい鏡の方が不気味だろ、真っ暗闇の中だとさ。

 

 それに鏡の世界に連れ去られるって話だったからな。てっきり鏡から青白い透明の腕でも生えて来て、引きずり込まれると思っていたのさ。そう考えると大きな鏡の方が如何にもって感じがするだろう? それがまさか、あんな小さな鏡が異界への入口だったとは。いやはや、何もかも想像と違いすぎる。

 

「お手柄だったでしょ!」

 

 リンネはポニーテールを揺らしながら、そう言って胸を張る。

 

「まあな」

 

 一応俺は頷いて見せた。果たしてあの鏡を発見したのは運が良かったのか悪かったのか。あの鏡を見なければこの世界に引きずり込まれることもなかったのだが。まあ、お陰で集団生徒失踪事件は進展を見せている。

 

 恐らくいなくなった華道部の3人もこの鏡の世界にいるんだろう。これで実は関係ありませんでしたというオチはない筈だ。そんなに沢山不思議なことが一度に起こってたまるか。もしこれで実は別件でしたー、なんてオチになれば、俺は匙を投げだすだろう。もう投げそうだが。

 

 しかし、無関係でないのだとすれば、華道部3人も探す必要がある。まさか見捨てていくわけにもいくまい。その前にエマを探さなきゃいけないがな。

 

 そんなことをリンネと二人、駄弁りながら歩いていると、ピアノの旋律が聞こえてきた。どことなく物悲しいメロディーだ。

 

「……音楽室の怪談か」

 

「行ってみましょう! エマもいるかもしれないわ」

 

 リンネがそう提案してきた。その顔には溢れんばかりの好奇心が窺える。ちょっとは隠す努力をしろと言いたくなる顔だ。

 

「そうだな」

 

 俺は頷いて、音楽室へと足を向けた。やれやれだ。

 

 音楽室に到着すると、既に扉は開いていた。中を窺うと、部屋の中心にピアノと椅子が置かれてあった。椅子には誰も座っていないのに、鍵盤は規則正しく演奏を奏でている。暗闇の中、只ひたすら音楽だけが流れるというのは中々に不気味である。

 

「誰もいないみたいだな」

 

「そうね」

 

 一応音楽室の中に入って確認してみるが、やはり部屋の中には誰もいなかった。俺たちが音楽室に侵入しても演奏は続いている。だが、それだけだ。洗面台の鏡の時のように、ピアノが突然俺たちに向かって襲い掛かってくるわけでもなく、演奏を垂れ流しているだけ。

 

 ……いや、この音にはちょっとした洗脳作用が含まれているか。俺は耳を魔力でガードしながら辺りを見回す。そしてリンネにもそれを伝えようとしたとき、音が一段階大きくなった。そしてその音に比例するかのように洗脳作用も一段と大きくなる。俺は急いでピアノの方を振り向いた。すると何だか一回りピアノの大きさが大きくなったような気がした。

 

 もしかして……。俺はピアノの方を注意深く見た。するとまた音が大きくなった。そして見間違いじゃなかった。音が大きくなると同時にピアノ自身も一回り大きくなっていた。これはもしや、俺たちを押しつぶす気じゃなかろうか。

 

「リンネ、部屋を出るぞ」

 

 この部屋に用はもうない。誰もいないのは確認済みだ。俺はリンネにそう声を掛ける。しかしリンネは動かない。まるで俺の台詞がリンネには聞こえていないようである。

 

「リンネ!」

 

 俺は叫んだ。しかしやはりリンネは動かない。俺の台詞は完全に彼女に聞こえていないようだ。演奏の音がまた一段とうるさくなった。俺はリンネの肩を掴んで音楽室を脱出しようとしたが、彼女はへたり込んでその場を動かない。

 

「くそっ」

 

 その場を動かないように洗脳されているのか? 仕方ない。俺はピアノと向き合い、手元にある糸に魔力を込めていく。そして糸をピアノに巻き付けた。

 

「切断」

 

 ピン、と糸を弾く。するとピアノは糸に込められた魔力で寸断されていった。だが、簡単にくたばったとは思わない。まだ何かあるんじゃないかと残心は怠らなかった。

 

 しかし、ピアノはバラバラになったあと、ピクリとも動かないし音も出さない。完全に沈黙したようだった。警戒していたんだが、どうやら杞憂だったようだ。そして音が聞こえなくなるとリンネは我に返ったようで、

 

「あら、何かあったの?」

 

と、素っ頓狂な顔をして聞いてきた。聞けばどうやらリンネは魔力で耳をガードし忘れたのだという。あのメロディーには人を洗脳する力があった。俺は音楽室に来る前から既に耳と脳に魔力を集めて操られないようにしていたが、こいつはそれをしていなかったようだ。

 

「音楽室の怪談なんだから、音に関連する攻撃くらい予想しろよ」

 

「むー」

 

 俺の説教にぶーたれているリンネを連れて、俺は音楽室を出た。この部屋には今度こそもう用事はないからだ。それより今後どうするかを決めなくてはならない。

 

「次は何処へ行く?」

 

「音楽室から近いのは美術室ね」

 

 俺がリンネに尋ねると、彼女はそう提案してきた。……また七不思議か。行く当てがないのは確かだが。

 

「もしかしたらエマも七不思議巡りをしているかもしれないわ」

 

 エマはきっと俺たちと華道部の3人を探しているに違いない、となれば七不思議巡りをしている筈、それに仮にどこかに捕らわれているとしたら一番可能性のありそうなのはやはり七不思議だろう、とリンネは言う。

 

「その意見に従うのはやぶさかじゃないが、本音は七不思議巡りをしたいだけだろうお前」

 

「ぎくっ」

 

 そんな俺の台詞にリンネはギクリとした表情を見せたが口笛を吹いて誤魔化した。やっぱりか。だが良い機会だ、この場で聞いておこうと俺は思った。

 

「ところでお前に聞いておきたいことがあるんだが」

 

 俺は足を止めてリンネの方を向く。

 

「なによ。まださっきの音楽室の話? あんたもしつこいわねえ。あれはわたしが悪かったわよ。耳に対する警戒を怠ってたわ、ごめんってば」

 

「いや、そうじゃない」

 

「だったら何よ」

 

「俺の知っている七不思議とお前の知っている七不思議が違う可能性がある。確認しておきたいから、リンネの知っている七不思議を教えてくれないか?」

 

 俺がそう言うとリンネは憤慨した。

 

「なんでそんなこと聞くのよ! わたし達の認識に齟齬があるっていうの?」

 

「ああ。あるかもしれないから頼んでいるんだ」

 

「ほんとにー?」

 

「いいから答えろ」

 

「むう、解ったわよ」

 

 リンネは渋々といった様子で、右手を顎に当て記憶を探る。

 

「えーと、第一に不思議な鏡でしょ。それから第二に走る人体模型。第三に音楽室から聞こえてくる物悲しいメロディー。第四に美術室で描き足される絵。第五に体育館で跳ねるボール。第六に校庭を走る銅像。第七にプールに引きずり込む手、だったと思うわ」

 

「その七つで間違いないか?」

 

 俺はリンネに確認を取る。

 

「ええ、間違ってないと思うけど。まさか今更こんな初歩的なこと聞かれるとは思ってなかったわ。で、あんたの知ってる七不思議と違いはあった?」

 

 あるわけないわよね、といった顔をするリンネ。確かに俺と彼女の知っている七不思議に違いはない。ないが、俺はあえてここで嘘を吐く。

 

「ああ、俺の知っている七不思議と1つ違うな」

 

「はあ!? どれよ!」

 

 俺の発言にリンネは驚愕した。そしてマジマジと俺の顔を見つめてくる。

 

「七つ目のプールの手だ。俺はてっきり桜の木の下に死体が埋まっているという話だと思っていた」

 

 俺の発言にリンネは慌てる素振りを見せる。

 

「そ、そんなわけないじゃない! 誰かがあんたに嘘を教えたのよ。この学校のプールには生徒を引きずり込む腕があるの! それが七番目よ!」

 

「そうなのか?」

 

「え、ええ。もちろん」

 

 俺はそっと息を吐いた。これで証拠はそろった。もうこいつに用はない。俺はそっと糸をリンネにばれないように配置する。

 

「さっ、それよりも美術室に行きまっしょう!」

 

 そう言ってリンネは美術室へと足を向ける。その顔はどこか焦りを持っていた。だから俺は待ったをかけた。

 

「待て。質問はまだある。俺とリンネが交わした合言葉がある。それを教えてくれ」

 

「は?」

 

 俺の台詞を聞いた途端、リンネの足が止まる。表情を窺うと顔も強張っている。俺は続ける。

 

「合言葉だ。お前が本物のリンネなら知っているはずだ」

 

 リンネの顔色が悪くなる。

 

「どうした、答えられないのか」

 

「そ、そんな訳ないじゃない! でもちょっとど忘れしちゃって!」

 

「ああ、そう」

 

 俺は解らないように既にリンネに巻き付けてあった糸をくいっと引っ張る。するとリンネは細切れに切り裂かれていった。

 

「な、ん、で……」

 

 リンネの形を模したナニカは煙のように消えていく。

 

「お前はリンネ・スカーレットを馬鹿にしすぎだ」

 

 もちろん合言葉なんて決めていない。あれは俺のでまかせだ。ただ偽物がどんな反応をするのか見ておきたかっただけ。そして一々それを教えてやる必要もない。

 

「ふう」

 

 俺はそっと息を吐く。それにしてもこの偽物、リンネが魔道科の首席というのを知らなかったのだろうか。リンネが魔力でガードし忘れただって? 下手したらリンネの魔力量ならガードしなくても耐えきった可能性すらあるというのに。

 

 体内魔力量が多いということは、それだけ外からの魔力に対する耐性があるということ。どれくらいの耐性かと言うと、軽い洗脳なんかガードしなくても弾き飛ばせるくらいだ。それくらい彼女の潜在魔力量は規格外なのだ。だから俺は簡単に洗脳されたリンネを偽物だと疑った。

 

 彼女を偽物だと疑った原因は他にもある。それはリンネと再会したとき、手でも握ろうかと言って、右手を差し出してきたことだ。リンネは左利きだ。差し出してくるなら左手の筈だ。

 

 まあ、利き手の左手をフリーにしておきたいという理由から、右手を差し出してきたって可能性もあるにはあった。だから俺は怪しいなと思いながらも、様子見をしていたのだ。

 

 だが、先程考える素振りを見せたリンネは右手を顎に当てていた。それを見て俺は確信した、こいつは偽物だと。リンネは考える仕草をするとき、毎回左手を顎に当てていた。それを知らない俺じゃない。

 

 そしてあの偽リンネがどういった敵だったのか、おおよその見当はついている。恐らく鏡に映った俺たちだ。どういった理屈かは知らないが、鏡に映った相手の姿そっくりの偽物を現実に作り出せるのだろう。多分味方の姿を真似て、わざと足を引っ張ってこちらを殺しにかかるつもりだったのだ。もしくはこちらの戦力の見極めでもしていたか。

 

 ただ、利き手が左右逆なのは如何にも鏡の魔物らしいミスだ。何にせよあの偽物は、七不思議を前にえらく無防備だったし、本物であればしないような醜態を見せていた。いくら何でも警戒心がなさ過ぎた。あれでは疑ってくれと言っているようなものだ。俺でなくても直ぐに偽物と気付けただろう。登場の仕方も怪しさ満点だったしな。普通、あんなに直ぐに離れ離れになった奴と再会したりするもんか。

 

 もしかしたらリンネとエマの方にも俺の偽物が向かっている可能性はあるが、あの二人も直ぐにそれは偽物だと気付くだろう。もしかしたらリンネの方は偽物が現れたのを楽しんでいるかもしれないくらいだ。そして、何となく今回の事件における容疑者が見えてきた気もする。

 

「と、考えるのはここまでか」

 

 俺は思考の海から帰還した。見ると理科室の方から人体模型が走って来ていた。それにしても暗闇を走る人影ってのは不気味だな。それも全力疾走してくる人形は。確か追いつかれて捕まったら、身体のパーツを取り換えられるんだったか?

 

 そんなのは御免だ。俺は有無を言わさず人体模型を糸で天井に縫い付けた。人体模型は尚ももがいているが、天井に括りつけられてしまえば何もできまい。

 

 こんなのリンネなら魔法で吹き飛ばすだろうし、エマなら爆弾でやっぱり吹き飛ばすだろう。それを考えると、俺の魔法はやっぱりどこか地味だなと俺は思うのだった。

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