大魔導士リンネの異世界交信記 異界の者よ、我が呼びかけに応えよ   作:哀川まひる

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第06話 残る七不思議

 コツコツコツと1人分の足音が暗闇の校舎に鳴り響く。まだ俺は別館の校舎の中だ。というのも、結局俺は人体模型を天井に縫い付けた後、美術室に寄ることにしたからである。我ながら律儀な奴だと思う、本気で。

 

 もう七不思議にこだわる必要性はちっとも感じていない俺なのだが、それでも何故俺が美術室に立ち寄ろうと思ったかというと、それはリンネとエマ、それから例の華道部3人が美術室にいるかもしれないと思ったからだった。……ウソだ、本当はいないだろうなと思っていた、確率的に。だが、それでも一応念の為に確認は必要だと思ったのさ。折角別館にいることだしな。

 

 実は美術室に捕らわれていましたー、とか後で知って、またここまで戻ってくるのは面倒だろ? 戻ってきたら天井に縫い付けてある人体模型ともまた顔を合わせなきゃいけなくなるし。あんまり見ていて気持ちの良いもんじゃないぜ、天井に張り付けられてもぞもぞ動いている人体模型ってのは。やった俺が言うのもなんだけど。

 

 そういうわけで、俺は美術室の扉をガラリと開けた。鍵は掛かっちゃいなかった。ただ、やはりというか、まあ、そうだろうなというか、何というか、美術室には誰もいなかった。うすうす解っていたことだけどさ。

 

 その代わりといってはなんだが、美術室では誰もいないのに、筆だけが空中に浮き、キャンバスに絵を描いていた。言わずもがな、美術室の怪談である。

 

 せっかく美術室に立ち寄ってみたので、俺はキャンバスに近寄って、怪談が描いている絵の内容を確認してみることにした。誰もいないのは既に確認したが、これくらいしないと本当にここに来た意味がなくなるからな。まあ、俺の気分の問題だ。

 

 確認すると、描かれていたのは6人の生徒、俺とリンネとエマ、それから顔の知らない女子生徒3人の姿だった。多分、鏡の世界に囚われた6人を描いているんだろう。

 

 ……6人か。美術室に寄ってみたのは結果的に正解だったのかもしれない。描かれている俺たち以外の3人は華道部の3人に違いあるまい。まさか無関係な人間を描くことはない筈だ。これでようやく華道部3人もこの世界にいるという確信が持てたわけだ。良かった良かった。それにしても、モデルが現場にいない状態でよくもまあ綺麗に描けるもんだと俺は素直に感心したね。流石は怪談である。

 

 で、俺は美術室を一通り見て回ると、何もせずそのまま部屋を後にした。だって絵を描いているだけだったからな。流石に無抵抗の筆を糸でばっさりとはやらないさ。俺はシリアルキラーではないのだ。

 

 音楽室のピアノのように催眠音波を流してくるでもなし、人体模型のように追いかけてくるでもなし、何でこれが七不思議に入っているのかと正直疑問なのだが、1つくらいはこういう無害な七不思議があっても良いのかもしれない。人畜無害な不思議ばかりの方が、はっきり言って俺の気が休まる。

 

 リンネ辺りなら絵が完成するまで待って、次は何の絵を描くのかしらとワクワクとじいっと見ているのかもしれないが、生憎俺は美術室の怪談にそれほど興味があるわけではなかったので、さっさと部屋を出た。これで別館には目ぼしいものはもう何もない。俺は溜息を吐きながら早々に別館を出ることに決めた。

 

 それにしても、正直なところ不思議はもう腹いっぱいだ。今日はもう十分以上に不思議体験をしたのだから、さっさと家に帰って睡眠を貪りたい。

 

 ……そんな訳にもいかないが。

 

 俺は一人ゴチる。そうなのだ、最低でもリンネとエマくらいは見つけなくてはならない。そうじゃなきゃ今回、深夜の学校に忍び込んで行方不明者をただ増やしただけになる。いや、華道部3人も探すけどさ。それに帰る手段を見つけないと、俺だって永遠にこの鏡の世界から抜け出せない。ここでやることはまだ多い。

 

 そんなことを悶々と考えつつ、俺は別館の1階に辿りつくと、鍵を開けて外に出た。これでやっと別館の探索は終わりだ。別館だけで七つある七不思議のうち、鏡も含めると四つもあるとか偏りすぎだろう。もう少しバランスとか考えられなかったのかね。誰に言えばいいのか解らん文句が口からつらつらと出てきそうだ。俺は「ふう」と息を吐く。

 

 外に出ても相変わらず空に月は出ていないし真っ暗闇だった。光源は俺の出した光球だけである。

 

 ……見える範囲にリンネもエマもいないか。あの2人もこの世界にいるのなら、恐らく俺と同じように光球を出している筈である。いくら目に魔力を集めて暗視出来ると言っても、それだけだと視界が悪いからな。灯りくらい用意するだろう。

 

 しかし、キョロキョロと首を動かして辺りを見回してみても、俺が出している光球以外の光源は何処にも見当たらなかった。それに爆発音も戦闘音も聞こえない。学校はしんと静寂に包まれている。

 

 あまりにも静かなので、まるでこの世界には自分一人しかいないんじゃないかと錯覚してしまいそうな程だ。それに、リンネなら自分の位置を知らせるために魔力解放してもよさそうなのに、それもない。いったい二人は何処にいるのやら。俺は顎に右手を当てて思考する。

 

 ……考えられるとしたら、地下か? 地上で俺以外の光源も、音も、魔力の振動もないとくれば、相当遠くにいるか、残るは地下くらいしか思いつかん。七不思議の探索に来て、まさか学校の外にいるというのはないと思う。リンネが七不思議を放って別の場所に行くとも思えないしな。つーか七不思議の鏡に連れてこられたのに、これで学校の外に出るとか、自ら元の世界に帰るのを放棄するような行動だ。する筈がない。

 

 だが、そうすると七不思議巡りをしている俺とリンネが何故バッティングしてないのかが謎なのだが……まあ、そこら辺は考えても答えが出ない。リンネの方が先に体育館や運動場、プールなんかを巡っていてまだ出会っていないのか、それとも他にリンネの興味を引きそうなものでもあったのかもしれん。それこそ、七不思議以上の不思議が学校の地下にあるとかな。

 

 俺が地下にこだわるのは理由がある。心当たりが一つあるからだ。それは体育館横にある桜の木の下に死体が埋まっているという噂。そう、例の警察が黄色いテープを張っていた花壇の辺りだ。

 

 失踪事件当初、俺はリンネではないが、学校の怪談が原因で生徒が失踪したのかと考えた。そう考えた理由は言わずもがな、体育館横にある桜の木の噂話を知っていたからだ。噂話とほぼ同じ場所で事件が起きたのだ、怪談が実際に起こったと思っても、誰が俺を責められようか。だが、実際には桜の木の下に死体など埋まっていなかった。件の怪談ではなかったのである。

 

 だが、ここで注目すべき点がある。

 

 それは、この学校には七不思議以外にも曰く付きの噂話がいくつかあるということ。そして例の偽リンネあたりは、俺に七不思議の世界に迷い込んだと思わせたかったに違いなかったということ。

 

 なんでそう思うかって? そんなの、彼女のあからさまな誘導がそれを物語っている。思い出しても見て欲しい。偽リンネは執拗に俺に七不思議を見て回るように提案していたし、実際その様に行動していた。あれは俺を七不思議に誘導し、他の不思議な話には近づけたくなかった、と考えれば納得できる。

 

 偽リンネは何故そのような行動を取ったのか? 考えられる理由としては、本体から俺を引き離すためという線がやはり濃厚だろう。七不思議を作り出している本体さえ見つけ出してしまえば、それを討伐すれば話は終わるんだからな。そうされない為に偽リンネは、あの手この手で本体から俺を遠ざけて、可能なら殺してしまおうと目論んでいたに違いない。

 

 だが、結果として偽リンネはやりすぎた。あからさまに七不思議に誘ってくるので、俺に不信感を抱かせてしまったのだ。まあ、本物のリンネも七不思議が実際にあると知ったら、似たような行動を取りそうな所ではあるが、ここではそれはスルーしておくことにする。

 

 重要なのは、あの偽物は俺に桜の木の下の噂話には触れて欲しくなかった点だ。桜の木の下の死体の話を俺に振られたとき、偽リンネは強い拒否反応を示した。あの時の偽リンネの反応、あれは、そこに大切な守るべきものでもあるかのような反応だった。

 

 こういう動きをする魔物を俺は知っている。それはダンジョンと呼ばれる魔物だ。ダンジョンは本体であるダンジョンコアを守りつつ、獲物をおびき寄せて殺し、糧とする。こないだの学校の授業でも習った話だ。

 

 そんなダンジョンが学校に発生したと考えれば、忽然と華道部3人が姿を消したのも納得できるし、俺たちが鏡をのぞき込んでこの世界にやってきたのも納得できる。恐らく俺たちをここに連れてきたのは転移トラップの一種だろう。ダンジョンという魔物が持つ特殊能力で、ある一定条件を満たすと発動する。

 

 考えられる発動条件は、別館1階の女子トイレの洗面台の鏡を夜中に覗きこむこと。華道部3人の方はどういう条件を満たしたのかは解らないが、きっと俺たちと同じく転移トラップに引っ掛かったのだと思う、多分。

 

 つまりこの鏡の世界の正体は、何を隠そうダンジョンだったって訳だ。偽リンネはダンジョンコアを守るガーディアン。七不思議はダンジョンが作り出した魔物。そして本体であるダンジョンコアを破壊すれば俺たちは無事この鏡の世界から脱出できるんじゃないか、と推測できる。

 

 ……偉そうに推理をぶちまけてみたが、当たっているよな、これ? 我ながら穴だらけの理論のような気もするが、今までの偽リンネ等の行動を振り返って考えると、筋は通る気がするんだが。探せばそりゃ幾らでも粗はあるだろうけどさ。

 

 そういう訳で、俺は今回の事件が起こった始まりの場所、即ち体育館横の花壇のある場所に移動することにしたのだった。

 

 もう七不思議に関わるのはやめだ。つーか、七不思議を幾ら巡った所で、ダンジョンからは出られない、と俺は思っている。何故なら七不思議は本体に作り出された撒き餌みたいなものだからだ。これも俺の推理が正しければの話だが。

 

 だが、当たらずとも遠からずと言ったところだろう。それに仮に俺の予想が外れていて、七不思議巡りを再開することになったとしても、結局体育館には行くことになるんだからな。その場合も、体育館横の花壇なんて、ちょっとした寄り道程度さ。

 

 まあ、本体であるダンジョンコアを破壊すればきっと元の空間に戻れるだろうってのは、我ながらいささか楽観的ではあるというのは自覚しているが、現状取れる方法がそれくらいしか思い浮かばないのだから仕方ない。

 

 何にせよ、もう七不思議と相対するのは御免だ。一々相手をするのもそろそろ面倒臭くなってきた頃合いだ。

 

「そう思っていたんだけどな」

 

 俺の目の前には、跳ねるボールと、銅像と、それから地面から生えた腕があった。残りの七不思議、勢ぞろいである。

 

 関わりたくないと思った矢先にこれかよ。どうやら余程俺を花壇に近づけさせたくないようだ。だが、近づけさせないようにする為に残りの七不思議全部持ってきたのは悪手だろう。花壇に本命があると自分自身で言っているようなものである。それに、

 

「3体なら俺に敵うと思ったのか」

 

戦力を見誤りすぎだ。七不思議の魔物の実力は、鏡の偽物とピアノと人体模型である程度解っている。俺は敵が何か動きを見せる前に、魔力を込めた糸を放って3体の魔物に巻き付ける。

 

「切断」

 

 俺が糸をピンと弾くと、3体はヒュッという音と共に細切れになっていった。すると魔物たちはピクリとも動かなくなる。これじゃあ時間稼ぎにもならないだろ。俺は体育館横への歩みを止めなかった。

 

 そうして少し歩いて、俺は花壇近辺までやってきた。するとそこには巨大な穴がぽっかりと開いていた。現実世界にはなかった穴だ。中を覗きこむと、まるで洞窟のようである。

 

 やはり桜の木の下の死体の話が本命だったみたいだ。どうやら俺の推理は当たっていたみたいだな。ここがダンジョンの本当の入口で間違いあるまい。そして俺の予想が正しければリンネとエマもこの先にいる筈。まさかあの2人がダンジョンに捕まっているとは思わないが、行きそうな場所にはもうここくらいしか心当たりがない。

 

 ここじゃなかったら体育館か運動場かプールかしかないが、七不思議も美術室の怪談以外、さっき全部倒しちまったしなあ。目ぼしい敵はもういないし、見て回るのは後で良い。まあ、ここで魔力感知して確認すれば良いだけなんだけどさ。

 

 俺は右手を地面に置き、薄く薄く魔力を伸ばしていく。魔力感知だ。やっている間は無防備になる魔力感知だが、既に攻撃的な七不思議は全滅させている。それにここは狭い屋内でもないし、突然敵が襲ってきても迎撃する準備くらいは出来るだろう。

 

 そんなことを考えながら、俺は魔力を薄く伸ばしていく。すると穴の周辺にリンネとエマの魔力が感知できた。また、失踪したと思われる華道部3人の魔力の痕跡も発見した。

 

「ビンゴだ」

 

 特にリンネとエマの魔力の痕跡はまだ時間が経って間もない。間違いなくあの二人はこの洞窟の中にいる。それが確認できると同時に、俺は洞窟の中に入っていった。

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