大魔導士リンネの異世界交信記 異界の者よ、我が呼びかけに応えよ   作:哀川まひる

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第07話 洞窟の奥

 洞窟の中は暗闇が広がっていた。まあ、地上もずっと暗闇だったので今更だが。真っ暗闇の洞窟の中を俺は光球と共にテクテクと進んでいく。天井も高いし意外と幅がある。高さは3メートルくらい、横幅も3メートルくらいといったところか。両手を広げても随分と余りがある。

 

 そして今のところ、何処まで続いているのかも解らない。誰が掘ったのかは知らんが、感心するくらいに見事な洞窟だ。これじゃあ例の噂話は、桜の木の下には死体があったというより、桜の木の近くには洞窟があったと訂正した方が良い。

 

 と、そんなことを考えている内に俺は足を止めた。洞窟の中に扉があったのだ。それも洞窟の幅いっぱいの巨大な扉が。

 

「……こんなところに扉?」

 

 洞窟の中に扉なんて、どう考えたって不自然だ。十中八九罠に違いない。いや、この洞窟がダンジョンだとすると、ボスのいる間にでも出たのかもしれない。どっちにしろ戦闘が予想される。試しに扉の前で魔力感知を行ったところ、リンネとエマの魔力も扉の向こう側に続いていた。

 

 どう見ても罠だが、リンネの奴は罠だと解っていて飛び込んだのか、あるいは単純に面白そうだから飛び込んだのか。それは解らないが、飛び込んでいったことだけは解っている。エマはどうだったんだろう。彼女も躊躇なく飛び込んでいったのだろうか? それともリンネに促されるまま一緒に飛び込んだのか。

 

 ……考えても無駄か。どちらにせよ、扉を開けないという選択肢はない。虎穴に入らずんば虎子を得ず。俺は気合を入れて扉を開けた。すると扉の先から眩いくらいの光が差し込んだ。

 

「あら、遅かったじゃない」

 

 俺を出迎えたのはリンネの声だった。扉の向う側は真っ暗闇な地上とは違って明るかった。むしろこっちが地上だと勘違いしてしまいそうな程に。だが、それよりも気になったのは。

 

「……何してるんだ?」

 

「何って、見て解らない? ゲームよ、ゲーム」

 

 リンネはコントローラーを手に持ち、テレビゲームをしていた。いや、それは見たら解る。解らないのは何故ここにゲーム機なんかが置いてあるってことだ。それにテレビも。

 

「あ、やっぱり驚かれますよね。学校にゲーム機があると」

 

 エマがそう言うが驚いているのはそこじゃない。

 

「何だよ、この部屋……いや、部屋であっているのか?」

 

 扉を抜けた先にあったのはだだっ広い白い空間。そしてテレビとゲーム機。それからリンネとエマと4人の少女。そしてその6人がわいわいと仲良くテレビゲームをしている姿。俺が思っていたのとまるで違う光景がそこに広がっていた。

 

「俺はてっきりダンジョンコアがあると思っていたんだけどな」

 

 そしてコアを守る魔物とトラップがひしめいていると予想していた。なのに、それらしきものは一つもない。

 

「あら、その認識は正しいわよ。ここには魔物とトラップがてんこ盛りだったらしいから」

 

 リンネは軽い調子でそう答える。どうやら俺の予想は正しかったらしい。じゃあ、何で今はないんだということになるが。そんな俺の疑問にもリンネが答えた。

 

「そんなのわたし達より先にやってきた華道部の先輩が皆やっつけちゃったからに決まっているじゃない」

 

 リンネは飄々とそう言って残りの4人を見回した。すると件の華道部の皆さんだろう、が口々に話し出す。

 

「えーっと、実はわたし達、最初っからこの部屋に放り込まれて」

 

「目の前には大量の魔物がいて」

 

「とにかく死なない為、にありったけの爆弾を投げていたら、全部倒しちゃったみたいで」

 

 そして最後に全員が1人の少女に注目する。

 

「だからわたしは降参したんです。でも、どうせ死ぬなら最後に思い出を作りたいと言って皆さんに遊んでもらっていたんです」

 

 どうやら彼女がダンジョンコアらしい。人型のダンジョンコアってあるのか……初めて聞くが。取りあえず話が通じるなら確認しとくか。

 

「えーっと、君がダンジョンコアで良いのか?」

 

「はい」

 

「じゃあ七不思議を操っていたのもキミ?」

 

「はい」

 

 すんなりとイエスと答える少女。はっきり言って肩透かしだ。俺は質問を続けた。

 

「何で人型か聞いても大丈夫?」

 

「改造されたんです。わたし元は人間なんです。心臓の替わりにダンジョンコアを埋め込まれて、ダンジョンになったんです」

 

 ……果たしてそんなことは可能なのだろうか。人からダンジョンへと変わるだなんて聞いたことがない。だが彼女が嘘を吐いているようにも見えない。

 

「それはいつ位から?」

 

「もうずっと前です。聞いたことありませんか? 体育館横の桜の木の下で死体が出たって。それがわたしです。でもわたしは生きていたんです。鏡の世界で。現実世界でのわたしはもう死んでしまったけど、鏡の世界ではずっと生きてきました、長い時間を。長くて長くて、本当に長くて。生きてる意味ももうないんじゃないかって思えるくらいに。でもわたしは死ねません。ダンジョンだから。ダンジョンってなんなんでしょうね。魔物? 人? わたしってダンジョン? いえ、わたしは人です。人のはずなんです。あら、あなたは人ですね。じゃあわたしのお友達。さあ、一緒に遊びましょう」

 

 何だか様子がおかしい。会話も支離滅裂だ。どうなっている?

 

「あれ。おかしいですね。なんでわたしの催眠がきいててていないんですすすす?」

 

 ……どうやら彼女は催眠使いのようである。つまりリンネもエマも華道部の3人も全員操られているって訳か。敵の言葉を鵜呑みにするのもどうかと我ながら思うが。それも支離滅裂で会話も出来ていない少女の言葉を。そして俺が彼女に操られていない理由は、扉を開ける前に戦闘態勢を取ったせいだろう。俺の身体は今、魔力で覆われている。簡単な催眠はレジスト出来る状態だ。

 

 ……だが取りあえず、本性を現したのは間違いない。先手必勝、俺は少女に糸を投げつける。

 

「むだだだだ」

 

 が、糸は少女をすり抜けた。どうやら相手は少女の姿をした気体の魔物らしい。いや、影の魔物か? ダンジョンコアって実物はクリスタルだと聞いていたのだが、どうやら俺の認識は間違っていたらしい。彼女はどう見ても実態を持たない魔物か幽霊だ。

 

 こりゃ、爆弾では倒せないわな。華道部3人が操られているのにも納得がいく。彼女たちは魔物を倒し切ったんじゃない。本体であるダンジョンコアを倒しきれなかったんだ。そして洗脳された。

 

 もしくは、俺がそうだったように、寝ている状態でこの部屋に連れてこられたのだとしたら、その間に洗脳されたんだろう。そこまで考えて、リンネとエマもその口か、と納得した。いくらリンネの魔力量が高くても、寝ている間ならば防御出来ない。

 

「厄介だな」

 

 そして俺の糸は物理的に相手を縛るのに特化している。液体や気体、それから実態を持たない魔物相手にはすこぶる相性が悪い。これで人質を取られているとなると状況はますますやばい。どうする?

 

 どうもこうもない。戦闘は静かに始まった。俺の糸を躱す気配もなく、少女はケタケタと笑っている。ちらりと他の連中に目を配る。するとリンネをはじめとする他の女子生徒も少女と同じくケタケタと笑い始めた。

 

「操られているのは間違いないな」

 

 俺がそう呟くと同時に、リンネが魔力を練ってこちらに魔弾で攻撃してくる。残りの4人も同様に。俺はたまらず距離を取った。後方に大きくジャンプして魔弾を躱す。しかし追撃が次から次へと飛んでくる。

 

 ……リンネの魔力量だと底をついたりはしないだろうな。それにエマはともかく、他の3人も3年生。魔力量には余裕があるとみていいだろう。また、彼女たちの手持ちの爆弾にどれだけ余裕があるのかも解らんが、爆弾を使われても厄介だ。エマは間違いなく爆弾をまだ持っているだろうしな。

 

 しかしどうする。こっちの糸は攻撃には使えない。まさか助けに来た相手をなます切りにするわけにもいかんだろう。どうにかして、ダンジョンコアである少女にだけ攻撃を当てなくちゃならんのだが。

 

「うわっと」

 

 考え事をしながら避けていると、丁度死角から攻撃される。魔弾が鼻先を掠めていった。これは不味いな。一対六だと防戦一方になる。俺は糸を天井に張り付け、ワイヤーアクションの要領で離脱した。

 

「あはははははははは! たたたたた楽しいいいいい!」

 

 ダンジョンコアは大層御機嫌のようだ。そんなに戦闘が楽しいのかね。少女はまるで戦闘狂のように雄たけびを上げる。

 

「俺はちっとも楽しくないぞっと」

 

 どちらかと言えば早く家に帰りたい。早く帰って家で寝たい。そもそも今日ここに来るのだって俺はあまり乗り気じゃなかったのだ。リンネが言うから渋々着いてきただけ。それなのに俺を連れてきた元凶が敵に操られて人質になっているってのはどういう状況だよ、まったく。俺は内心、毒づいた。しかし戦況には何も変化はない。こうなりゃ切り札を切るべきか。切らずにじり貧になるより、切って活路を見出すべきか。……よし、切ろう!

 

「まさか、念の為に持ってきたこれを使うことになるとはな」

 

 俺はマジックポーチからペットボトルを取り出した。そしてキャップを外し、

 

「行け」

 

と、少女の方に飲み口を向けた。すると、ペットボトルの中に入っていた聖水が少女目掛けて飛んでいく。これで無理なら俺の手持ちに彼女を倒せるようなのはもうほぼない。後は魔法のごり押しになる。俺は祈りながら推移を見守った。

 

「ぎゃあああああああああああ!!!」

 

 聖水は少女を直撃した。そして少女の口から出る絶叫。

 

「よしっ、効いてるな」

 

 流石は聖水。気体や液体の魔物と遭遇した時の保険用に買っていただけはある。効果は抜群だ! 高かったけど。

 

「ああああああああああ!!!」

 

 しかし決定打にはならない。あくまでも弱らせただけ。見ると少女はこちらを凄まじい形相で睨んでいる。何か来る!

 

「……こんなことならもう1本持ってきとけば良かった」

 

 舌打ちするも、手持ちにはこれ1本。後持ってきているのは……。マジックポーチを探るが、ろくな道具がない。と、そんな時だった。自信に満ちた声が聞こえたのは。

 

「弱らせただけで十分よ。良くやったわ、ヴェルナー」

 

 俺はハッと顔を上げた。そこにはいつものように獰猛そうな笑顔を浮かべているリンネの姿があった。もう洗脳から解放されたのか。流石、規格外の魔力量を有しているだけはある。

 

「よくもまあ、このわたしを操ってくれたわね。覚悟は出来ているんでしょうねえ?」

 

 ポキポキと指を鳴らすリンネ。どうやら無茶苦茶お怒りのご様子。然もありなん。

 

「光よ、光。我がもとに集え。邪悪なる闇を打ち滅ぼすために。我が名はリンネ、リンネ・スカーレット。喰らいなさい!」

 

 呪文を呟きながらリンネは魔力を解放をした。かなりの規模だ。俺も踏ん張っていないと飛ばされそうだ。ちなみにエマや華道部の面々はリンネと距離が近かったせいで、吹き飛ばされている。ちょっとは加減しろよ、お前。

 

 そして呪文を読み終えると同時に、リンネの指先から収束された光が放たれた。狙う対象はもちろんダンジョンコアである少女だ。光線は一直線に少女に向かって放たれる。そしてその光はダンジョンコアの少女を貫き、音もなく彼女を消し去った。

 

「ふう」

 

 リンネが息を吐く。相変わらずとんでもない魔力量だ。俺も同じ魔法は使えるが、はっきり言って規模がケタ違いだ。相手に攻撃させる間もなく、一瞬でダンジョンコアを消滅させてしまった。

 

「やったな」

 

 俺はリンネへと声を掛ける。すると彼女は恥ずかしそうに、

 

「ええ、まあ、うん」

 

と、口をゴニョゴニョさせていた。

 

「どうかしたのか」

 

 俺が尋ねるとリンネは顔を赤くして、

 

「ヴェルナー、これで勝ったと思わないことね! いーい? 次こそはわたしがちゃんと活躍するんだから!」

 

と怒鳴ってきた。一体、何を言っているんだ、こいつは。……ははあん、もしかして、敵に捕まって操られていたのが恥ずかしかったんだな? こいつの魔力量だと操られるなんて初めての経験だろうしなあ。それにしても、人並みにリンネにも羞恥心はあったのかと俺は驚いた。

 

 そんな風に俺たちが言葉を交わしていると、他の皆も目を覚ましたようで。

 

「あれ、わたし。どうしてヴェルナーさんと戦っていたんでしょう?」

 

「ふあああ。良く寝たー」

 

「およ、なんでわたしこんな所にいるのー?」

 

「ずっとゲームしてた気がするー」

 

 ……先程の殺伐とした空気はいったい何処へやら。すっかり緊張感もなくなった弛緩した空気の中、白い空間で俺が溜息を吐いていると、ピシという音と共に空間が割れ始めた。ダンジョンコアを破壊したおかげで、この空間を維持できなくなったんだろう。ようやく帰還か。そして時間を置くこともなく、俺たちは部屋の崩壊と共に光に包まれた。

 

 気が付いたら再び暗闇の中にいた。俺は腕時計を確認する。午前4時44分だった。

 

「どうやらダンジョンから帰ってきたみたいだな」

 

 現在位置は、俺たちが鏡の世界に囚われる前にいた、女子トイレの洗面台の前。鏡に向かってポーズを取ると、ちゃんと鏡の中の自分もポーズを取った。リンネとエマの二人も一緒だ。

 

 ここにいない華道部の3人は、恐らく失踪前にいた花壇の辺りに帰ってきたのだろう。さっさと迎えに行ってやらねばならない。恐らく何があったのか解らず混乱しているだろうからな。それが終わったら、後は守衛にでも挨拶して帰るか。どうせ華道部の3人が帰ってきたのが解ったら、俺たちが忍び込んだこともバレるだろうし。

 

 俺はちらりとリンネの方を見た。すると彼女はまだ恥ずかしかったのか、頬を赤くしてぷいっとそっぽを向いていた。いつもこうなら可愛いのにな。

 

 カチリと時計の分針が進む音がした気がする。俺は、ふわあと大きな欠伸を一つする。さあ、早く帰って一眠りしよう、10分だけでも。帰宅するべく、俺は歩きだした。

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