大魔導士リンネの異世界交信記 異界の者よ、我が呼びかけに応えよ   作:哀川まひる

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第09話 始動

 集団生徒失踪事件を解決したとあって、学校内で一躍有名となった我が異世界交信部だが、一週間もすればすっかりその話も時間と共に流れ、今では普通の学生らしく毎日を楽しく過ごしている。実に平和である。あんな事件があったなんて、まるで嘘のようだ。

 

 リンネは新聞にも載ったし、これで次々と不思議な話が舞い込んで来ると思っていたようだが、現実はそんなに甘くはなく、あれからそういった相談や依頼が俺たちの元に届くことはなかった。リンネは心底つまらなさそうな顔をしていたが、俺はそんなつまらない毎日に十分満足していた。部活も一応、学校側に認められたしな。これ以上を望んだら罰が当たるってもんだ。

 

 季節はまだ6月で、梅雨真っ最中である。今日も雨がしとしとと降っている。俺とエマ、それから新入部員である魔技科の首席カロル・アンダーソンと、武闘科の三席であるナナリー・ウッドロウは、放課後、部室にて時間を共にしていた。

 

 具体的に言うと、部室で今日授業で出された課題をやっているだけだが。ちなみにリンネは「ちょっと出掛けてくるから」と言って離席中である。また何やら禄でもないことを企んでいるんじゃないだろうな。

 

「リンネさんは何しているのかな」

 

 青髪おかっぱの小柄な少年が俺に声を掛ける。アンダーソン社の社長の息子カロルである。格好いいというよりは可愛い系の少年で、年上のお姉さま方の一部からは、熱心なファンがつきそうな顔立ちをしている。身長も低く、声が高い正に少年といった風貌。短パンなんか凄くよく似合いそうだ。

 

 一部男子からも人気があるらしいが、俺はそこら辺の事情には疎いので詳しくは知らないし、知ろうとも思わない。実家が金持ちらしいが、そういった鼻につく態度は出さない中々できた奴である。

 

「知らん。どーせ禄でもないことだろう。またぞろ妙なことを思いついたに違いない」

 

 俺はぶっきらぼうにそう答えた。ここ一週間平和だったのに、その平和を乱そうとする大魔王のような奴の考えなんか、一般市民の俺が知る筈もない。それなのに何故かみんな、事あるごとに俺にリンネのことを尋ねてくるが、はっきり言ってあいつの頭の中は俺なんかじゃあ想像しきれない。同じクラスだからって、俺はあいつの秘書でもなんでもねーんだぞ。

 

「あはは。でもリンネさんのことですから、また何か異世界関係の事だとは思いますけど」

 

 そう答えたのはエマだった。今日も変わらず美しい。彼女がいなければ俺はこの異世界交信部をたとえリンネの妨害にあってもやめていただろう。そう、ひとえに俺がこの部室に甲斐甲斐しく足を運んでいるのは、彼女がいるからである。

 

 平たく言えば目の保養だな。彼女はうちの学年で一番可愛いと専らの噂である。リンネ? リンネも黙っていればエマにも負けず劣らず可愛い顔をしているのに、異世界異世界だからなあ。その奇行のせいで損をしている。もったいない。誰かあいつを黙らせることに成功したら、俺は称賛を送りたいと思う。

 

「……」

 

 そして無言で黙々と課題に取り組んでいるのはナナリーである。灰色のショートカットの髪型の彼女はいつも大人しい。あまりにも大人しいので、クラスでも浮いているんじゃないかと思うが、聞くところによるとクラスではなんと、お姫様扱いを受けているらしい。

 

 まあ、武闘科も魔技科程ではないが女子が少ないしな。そういう扱いを受けていてもおかしくはない。ないが……お姫様扱いをされるナナリーか。ちょっと想像できないな。無口だし。こいつも結構可愛い顔をしているが、いまいち何を考えているか解らん奴である。部活の勧誘に行った時も「構わない」しか喋らなかった奴だしなあ。

 

 そんなこんなで、俺たちは黙々と課題をこなし、さてそろそろ本日の課題も終わりかなと思ったとき、そいつはやってきた。誰あろうリンネ・スカーレットである。

 

「遅れてごっめーん!」

 

 元気よく扉をバンと開き、我が物顔で部室に入ってきた。

 

「遅かったですね。どうしたんです?」

 

 エマがリンネに話しかける。するとリンネは得意満面の笑みでこう言った。

 

「いやー、バイトの申請書類をちょっとね。ほら、バイトするには一応学校の許可がいるじゃない? なくてもいいかなーと思ったけど一応ね、それを書いていたのよ」

 

「なんだ、お前。バイト始めるのかよ」

 

 せっかく部活を作ったのに、早くも部長であるリンネが抜けることになるとは。いったい何のために異世界交信部を作ったんだよ、お前。しかしそんな俺の感想をリンネは否定する。

 

「ちっちっち! 違うわ、ヴェルナー。バイトするのはわたしたち全員! 異世界交信部のメンバーでやるのよ!」

 

「どういうこった」

 

「ほら、この部室。部室はあるけど、まだ機材も何もないでしょう? 長机と椅子だけじゃない。これで異世界を探そうだなんてちゃんちゃらおかしいわ! 先ずは道具をありったけそろえる必要があるのよ! でもそのためにはお金が必要! なら稼ぎに行くしかないじゃない! ってなわけでバイトよ!」

 

 リンネはまるで言いたいことは言い切ったとでも言わんばかりの態度を取った。相変わらず台風のような奴である。

 

「部の申請は通ったんだから、その内部費が出るだろう。それまで待ったらどうだ?」と俺。

 

「そんなの嫌よ! それに部費なんてどーせ、はした金よ、はした金。それなら自分たちでちゃっちゃと稼いできた方が良いわ。その方が早いしね!」

 

 そうかい。でも、バイトなんかしなくても、お前とエマとナナリーが水着でも着て写真集でも出せば飛ぶように売れそうだけどな、とは言わなかった。流石の俺も良心が咎めたし、何よりリンネはともかく、エマとナナリーにそんな恰好させるわけにはいかなかったからな。

 

「で、どこのバイトに行くんだ?」

 

 もうバイトに行くのは決定済のようである。であれば、俺が願うのは重労働ではなさそうなバイトだけだ。どうか楽な仕事でありますよーに! 俺は心の中で祈った。

 

 翌日の事である。俺たちは早速リンネの言うバイトの現場にやってきていた。でかい魔石工場だ。

 

「キミたちが新しくバイトに参加してくれる子たちかい。今日からよろしく頼むよ」

 

「はいっ、任せてください!」

 

「こちらこそよろしくお願いします」

 

 元気よく答えるリンネ。そして後に続く俺たち。俺たちのするバイトは魔石に魔力を込める仕事だった。単純作業だな。だが、一見すると簡単そうに見えるこのバイトだが、あまり多くの魔力を魔石に込めると魔石が割れてしまうし、かといって少なすぎると量が足りず役に立たないという、中々神経を使う仕事である。

 

 ちなみに、魔石は色々な道具の動力源に使われており、その魔力を補充するという仕事は中々に需要が高いのだ。魔力持ちは少ないからな。最近では魔力を持たない一般人向けに電気で動く家電も増えてきたが、電線などが魔物に千切られたりするし、中々動力としては安定しない。だから、やはり昔ながらの魔石に頼っているところが大きい。魔力持ちの仕事が無くならないわけだ。

 

「最初から早く出来るとは思わないから、1個ずつ丁寧にね」

 

「はーい」

 

 バイト先のベテランさんは優しく丁寧にコツを教えてくれた。そうして1時間もしている内に、俺たちはみんなコツをつかんで、綺麗に魔石に魔力を込められるようになった。リンネも最初はその有り余る魔力で魔石に魔力を注入するのに苦戦していたが、なんとか魔石を割らずに済むようになっていた。

 

「ふー、なかなか難しいわね、これ」

 

「まあ、お前ほど魔力があったらコントロールするのは難しいかもな」

 

「そんなこと言って、あんただって他の人より魔力は多いじゃない。それでも魔力コントロールは魔道科一、ううん、下手したらうちの学年でも一番かもしれないじゃない」

 

 リンネが俺をそう持ち上げるが、流石にそれは褒めすぎだ。魔技科の方が俺なんかよりも魔力コントロール高そうなのはゴロゴロいるぞ。ほら、カロルだって見てみろ、と言って俺は彼の方を指さす。するとカロルはテキパキとかなりのスピードで魔石に魔力を込めていた。

 

「あ、本当だ」

 

「あとは練成科もな。練成するときの魔力配分は繊細だから多分俺たち魔道科よりも上手いと思う」

 

 横目でちらりとエマの方を見ると、彼女もカロルに負けず劣らずのスピードで魔石に魔力を込めている。俺たち2人はどう見てもこの2人から比べたら遅れている。

 

「なーんだ、わたし達てんで大したことなかったのね」

 

「ま、それでも俺は、お前よりは魔力コントロールに長けてる自信はあるけどな」

 

「おっ、言ったわねー。見てなさい。直ぐに追いついてやるんだから!」

 

「流石に直ぐには無理だ。お前の魔力量じゃ俺に追いつくのにはまだまだ掛かる」

 

 とは言っても、こいつはやると決めたらとことん突き進むタイプだからな。異世界探しが良い例だ。俺もリンネには負けないように精々魔力コントロールを磨きますか。それにしても訓練しながら金が貰えるだなんて良い仕事だな、これ。ちなみにナナリーは一人黙々と魔石に魔力を込めていた。相変わらず存在感が希薄な奴である。

 

 そうやって時間はあっという間に過ぎていった。

 

「じゃあ、今日はここまで」

 

 午後9時になり、本日のバイトは終了となった。

 

「お疲れさまでしたー」

 

「おつかれっしたー」

 

 俺たちはそれぞれ声を掛け合う。

 

「じゃあ、今日の日給払うからちょっと待っててね」

 

「はーい」

 

 さて、いくら稼げただろう。リンネが給料袋を受け取った。すると早速中を覗いて確認していた。

 

「おー、結構入ってるわよ」

 

 見ると中には5万円相当が入っていた。5人でやったから、1人当たり1万円ってとこか。バイトを始めたのは午後4時。終わったのは午後9時。休憩はなかったから実質5時間労働。時給にして1人2000円か。

 

「これって高いの? それとも安いの?」

 

 そんなことを聞いてきたのはカロルだ。こいつは社長の息子だからな。金銭感覚が一般人とはちょっと違っていてもおかしくない。そんな訳でその質問には俺が答える。

 

「高くはないけど、安すぎもしないってとこだな。魔力持ちはそれなりの数いるけど、人口全体で見たら少数だ。この仕事は魔力持ちしかできない仕事だから、一般人の時給よりは高めに設定されてある。けど、魔力持ちには他にも出来る仕事があるからな。魔力持ち専用の肉体労働とか。そういうのに比べたらだいぶ安い」

 

 定年後の魔力持ちが小遣い稼ぎにするような仕事だしな。本当は、はっきり言って時給が良いとは決して言えない。だが、この場でそれをべらべら言うのは憚られるので、あえてぼかして言う。俺たちの技量なら魔力コントロールの訓練にも十分なるしな。訓練しながら金を稼げるのは魅力的だ。

 

「ふーん」と考える仕草をするカロル。

 

「でも魔力持ち専用の肉体労働はかなりきついらしいからね。強化魔法が得意じゃないといけないし。だからわたし達は魔力持ちなら誰でもできる、魔石の魔力補充にしたってわけ!」

 

 リンネがポニーテールを揺らしながら胸を張る。いちいち胸を張る必要はないと思うが、俺もその判断は正解だと思う。エマやカロルが強化魔法が得意とは思えないし、この中で一番向いているのは武闘科のナナリーだけだろう。そのナナリーにしたって、小柄でとても武闘科のクラスに在籍しているとは思えないからな。魔石の魔力補充でも十分金は稼げているんだし、これで良いと思う。

 

「それで、結局お前は金を集めて何を買うつもりなんだ?」

 

 そう言えば機材を用意するとは聞いていたが、何を用意するのかは聞いちゃいなかったと思い出し、俺はリンネに尋ねてみた。しかしリンネは首を横に振り、

 

「ふっふーん。それは後のお楽しみっ! でもまだまだお金は足りないってことだけは言っとくわ!」

 

と言って、答えを教えてはくれなかった。また禄でもないもんを買うつもりじゃないだろうなあ。俺は不安に思った。

 

 さて、それはそうと金が足りないとなればバイトは継続である。俺たちは毎日バイト先に向かい、1日5万円ずつ稼いでいった。休日なんかには10時間労働をし、5人で1日10万円も稼いでしまった。これだけありゃあ、大抵のもんは買えるだろう。だがリンネはまだ足りないといって俺たちにバイトを強要するのであった。

 

 そしてバイト漬けの日々が続き、一体、異世界交信部とは異世界を探す部活なのか、ただバイトをするだけの部活なのか解らなくなって来た頃、リンネから「目標金額が貯まったわ!」とのお言葉を頂き、ようやっと俺たちはバイトに精を出す日々から脱出した。

 

 6月最後の週末。俺たちは駅前に朝から集合していた。なんでもこれから俺たちのいる市よりもでかい市に魔道列車で向かって、そこの魔電量販店で買い物をするのだという。

 

 ちなみにいつかリンネの言っていたように、集合は予定時間の30分前が暗黙の了解になったらしい。それならいっそ、集合時間の30分前を集合時間にすればいいのでは、と俺辺りは思ったが、それを言うと更にその30分前に集合するというのが暗黙の了解になりそうだったので、俺は口をつぐんだ。ループって怖いよな。

 

 休日ということもあって、当然みんな私服だ。俺とリンネはカジュアルな服装で、エマは清楚なワンピース、カロルはお坊ちゃま然とした装い、そしてナナリーはTシャツにジーンズというラフな格好だった。最近暑いからな。

 

「皆揃ったわね。それじゃあ張り切って行きまっしょう!」

 

 リンネの掛け声のもと、俺たちは魔道列車に乗り込んだ。どうでもいいけど、ただの買い物にえらくハイテンションだな、おい。

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