この私、ラスティはフロイトが嫌いだ。
V.Ⅰフロイト。
アーキバスが誇るヴェスパー部隊の首席隊長。
圧倒的なAC操作技量と、企業所属でありながら敵対企業製パーツを平気で組み込む胆力が特徴の男だ。
彼の機体を見るたびに、我らが上司が眉を顰めているのが印象的だった。
「何をしているのだ、フロイト」
「いやなに、面白そうなことをしていると思ってな。ちょっとしたお手伝いだ」
「何がお手伝いだ……!」
彼とはじめて会ったのは、シュナイダー経由でヴェスパー部隊に入隊した時。
司令官であるスネイルに実力を証明する実技披露の場だ。
彼はスネイルの静止を無視して、私の仮想敵であったエネミーを殲滅。
そしてそのまま私に襲い掛かってきた。
「何のつもりだ、首席隊長」
「さっきスネイルにも言ったが、ちょっとしたお手伝いだ。……ふむ、このバズーカを避けるか。これはブレイン以来か?」
言葉とは裏腹に、チャンスだと思った。
V.Ⅰは私にとって、いずれ排除すべき大敵だ。
少しでも"その時"のために情報を探るべきであると考えていた。
これはまさに絶好の好機だ。
「どうした、動けよ。お前は機動型だ。とにかく機動力を活かして"飛ぶ"のがお前と聞いているが」
やはりというか、彼は強い。
だがその強さは、その時の私には薄っぺらいもののように思えた。
その時のフロイトには、背景がないように見えた。
「強いな……首席隊長殿、このまま胸を借りるついでに強さの秘訣を教えてもらえるかな」
「好きなゲームはとことんやりこむクチだった。"これ"も同じようなものだ」
ああ、この男は。
自らの持つ力がどれほど危険なのか、理解しているのだろうか。
そう内心問うた時には、私はすでに見切りをつけていたのだろう。
"これ"は、私の敵ではないと。
「降参だ。これ以上続けても私の負けは覆らない」
「……つまらんな。所詮は口枷を嵌められただけの野良犬だったか。期待、していたのだがな」
口枷のついた私は、形式上負けることでシュナイダーの顔を立てるしか能がない。
だがいずれこの口枷が外れた時、私ならこの男を確実に倒せると慢心していたのだ。
◆
フロイトはよくスネイルを怒らせていた。
スネイルの作戦を無視することも珍しくないし、独断の出撃を繰り返すことなど日常茶飯事だ。
「フロイト……私に無断で作戦に口出しするとはどういう了見だ」
酷い時には、スネイルが立案した作戦を無断で変更して独立傭兵に通達したこともあった。
「簡単な話だ。この段階で独立傭兵を使いつぶす作戦を繰り返すのはまずい。いずれ必要な時、奴らはアーキバスを信用しなくなる」
「その計算を考えるのが私の仕事だ! それにたかが独立傭兵如きに配慮するのも手間だ! 奴らは所詮使い捨て。必要な作戦はヴェスパーで事足りる……!」
「本当にそうなら俺もここまで口出ししてやらんがな。お前は奴の退職騒ぎから少しやりすぎるところがある。……もう少し視野を広げろ」
「待てフロイト! 私の話はまだ終わっていない!」
それは同時に、スネイルの暴走を止める側面もあったようだ。
私は直接聞かなかったが、オキーフがそう付け足していた。
なんでも、スネイルは上層部からにらまれているようだ。
だからフロイトがスネイルの重石としてあれこれ権力を使っているのだとか。
所詮は権力者の犬かと、その時はさらに見下げ果てたのだが……。
◆
「いやはや驚いたぞスネイル。まさかお前が独立傭兵を重用するようになるとはな!」
「……フン。奴ならその実力に間違いはない。それ相応に使いつぶしてやると考えたまでだ」
「あいつなら壁程度の修羅場、酒を飲んでいても生き残るだろ。スネイル、お前割とわかりやすいところあるよな」
「そういう貴方こそ、上層部の犬の真似事はよいのですか? ずいぶんと回りくどいことをしていたようだが」
「ああ、あれか。……別に、そんなつもりはなかったんだがな。ただまぁ、今のお前なら多少言うことを聞いてやってもいい。そういう感じなんだ」
「はじめからそうしていれば胃薬の数は半分に減ったのですがね。……まぁ、貴方が私の暴走を危惧しているのはよく理解しました。今後は善処してあげましょう」
「相も変わらず上から目線だなお前は」
フロイトへの見方が少し変わったのは、壁への攻略が近づいてきた時だ。
なんでもスネイルが直接独立傭兵を召喚したとのことだ。
独立傭兵ブレイン。
そして助手のスカル。
彼らはまず汚染市街で形式上の任務をこなした後、すぐアーキバスの施設に出入りするようになった。
本来一介の独立傭兵がそんな真似をできるはずがない。
施設には社外秘の情報が詰まっているからな。
だがスネイルは、彼らだけは特別扱いをした。
当時は知る由もなかったが、スネイルと独立傭兵ブレインは頻繁に顔を合わせては今後の展開についてよく相談し合っていたらしい。
「おや、さっきぶりじゃんラスティ君~」
「独立傭兵ブレインか」
「おうさおうさ。……壁の時は助かったよー。君がちゃんとジャガーノートを潰してくれて、さ? それに裏の奴らを殲滅したのも君だって聞いた。あれ見たけどすごいよねぇ、死屍累々だぁ」
……明らかに、邪魔だった。
壁と前後して直接ブレインと顔を合わせたこともあったが、かなり不気味な目をしていたことを覚えている。
古いアーキバス社員や独立傭兵界隈では比較的付き合いの良い男とのことで、目を見て話すといった常識は流石に弁えていた。
だが、目を見ていても"私"をまるで見ていない。
私のことを探るような目つきをしている一方で、"個人"への興味は恐ろしいほど薄いことが透けて見えた。
まるで、あの時のフロイトのようだ。
これで付き合いはいいというのだから、よくわからない。
普段はもう少しだけ取り繕っている、のだろうか。
「……新人いびりはやめておけブレイン。最近は何かとうるさい」
「なんだよフロイト~そんなんじゃないよこれは~。というかどっちかっていうと立場下なの僕だよ? 独立傭兵だよ?」
「ああ。俺と同じぐらいに仕事ができる、な。お前は下手な番号付きと違って"替え"がない。それぐらいは自覚してくれ」
「なによ嬉しいこと言っちゃって~煽てたって何もでないぞ~」
「そりゃ金欠だからな。せいぜい金稼ぎ頑張れ」
「なんだとこの野郎」
だがその場に鉢合わせたフロイトに対しては、子犬か何かのように笑みを浮かべていた。
彼だけではない。
フロイトも、ブレインに対しては気を許していた。
不可思議なことに、彼らは他者に対しては悍ましいまでに冷淡な代わり、身内に対しては普通の人間であるかのようにふるまい合っていた。
「ところでフロイト」
「なんだブレイン」
「僕訊いたよ。僕が来るまでスネイルに横暴しまくってたって」
「あれはスネイルが悪い。悪目立ちしすぎだと何度も言っているのに勝手に暴走するんだ。不必要に上層部を煽っていいことはない」
「それを諫めるのは結構。でも話を聞く限りお前も大概暴走してたそうじゃん。暴力じゃ誰も止められないことをいいことに、さ。……今後お前がやらかす時は僕が止めるからな」
「っ……! そういうお前こそ、昔みたいな悪趣味はそう簡単にできるとは思わないことだ。その件に関してはスネイルも俺寄りだからな」
「うっへ~……なんでそういうとこだけ仲いいんだよお前ら……」
そしてその枠組みの中には、スネイルも入っていたらしい。
これを機に、フロイトは必要以上にスネイルを怒らせることはなくなった。
ブレインが二人の間を取り持ったことで、関係は一気に良好化したのだ。
もしくは、三人で揃ってはじめて本領発揮ができるトリオだとも表現できる。
はた目からすれば、どこか微笑ましいものかもしれない。
だが彼らの本質はどこまでも冷たいものであると知った身では、その人間的なふるまいの方が不気味に思えた。
◆
明確にフロイトのことが嫌いになったのは、ブレインの助手"スカル"と接触を図ろうとした時だ。
普段はブレインの船で業務をしているそうだが、時折アーキバスの施設に転がり込んでくるときがある。
ブレインは我々解放戦線にとってフロイトに並ぶ大敵だ。
だからその急所である助手に接触することは、私にとって急務だった。
事前の調査では、スカルを確保すればブレインに対する人質としてとても効果的であることが推察できたからだ。
「スカル。事前に通達した通り私の傍を離れぬように」
「あい、本日はお世話になります。……ところでなんかやることあっか。見ての通り手持無沙汰なんだ」
「ふむ。では、こちらの資料を片付けてみなさい。処理速度を測って貴方に振る量を調整します」
「あいよ。……おい待て、これどうみても社外秘の資料じゃねーか。あちしに見せていーのか」
「当然良くはありません。もし社外に漏れることがあれば、ブレインはどうなることでしょうねぇ?」
「うっわ趣味悪……。流石は『陰険クソ眼鏡野郎』ってことか」
「待ちなさい。その文句、奴から聞いた言葉ですよね? ……子供にどんな教育をしているのだブレインは」
だがスカルが一人になることはなかった。
言葉の上では彼女に対して嫌味を吐くことは多かった。
だがその一方で、確実に彼女から目を離すようなことはしなかった。
トイレやシャワーの時ですら、必ず入り口まで行動を共にして、彼女が出てくるまで廊下で待機しているというのだから相当だ。
勿論関係のない者がスカルに近づこうものなら、必ずスネイルが前に出て要件を問う。
ブレインがいないときは、そうやってスネイルが彼女の世話をしていた。
「お、今日はあんたか。フロイトさん」
「ああ。よろしくなスカル。……お互い苦労するな」
「ヘボ所長のことか。確か社員時代はあんたが世話してたんだってな」
「部屋の掃除はまるでしない。料理もダメ。パーティーマナーもだ。よく俺が奴のネクタイを調整していたよ」
「……あんたとは仲良くなれそうだな」
「不思議なことにな。あいつのことでわからないことがあればこの番号にかけてみろ。覚えていることならアドバイスしてやれる」
そしてスネイルが多忙の時は、フロイトがスカルの世話をしていた。
彼の場合、スネイルの時よりはまだ隙があった。
だから一度だけ、スカルが一人になった時を見つけることができた。
「独立傭兵スカルだな。少し時間は……」
「そいつへの要件なら俺が聞こう」
だが、結局はダメだった。
常時こそ隙があったが、いざ行動に移したその時は、どこからか私の存在を察知してスカルを庇った。
「悪いが、そいつに何かあるとブレインやスネイルに合わせる顔がなくなる。お引き取り願おう」
思えば、その時のフロイトには"背景"があった。
その時の私はそれこそが不気味に思えたものだが、それは考え方を間違えただけだ。
フロイトは、思っていたよりは人間的な男だった。
他者に対してはその部分を見せることはないだけで、身内に対してはちゃんと血の通った人間ではあったのだ。
当時の私は、フロイトへの分析は完了していた気になっていて。
だからそんな当たり前を見抜くことができなかった。
なぜあんな奴らと人間ごっこができるのだと、そう思うことしかできなかった。
◆
「前々から、お前のその目が不快だった。V.Ⅳ」
「なるほど、お前は狼だ。背負ったものは、決して小さくないんだろうな」
「所詮は敵同士。探られるのは仕方のないことだ」
「だがな」
「どういう理由であれ、わかったような目でスネイルを見下すのは腹が立つ」
「いかなる理由であれ、ブレインを単なる悪趣味なだけの奴だと断定されるのは腹が立つ」
「どれほどの理由であれ、スカルを狙うその神経は腹が立つ」
「……どの口が、いう……!」
「ファクトリーのことを言いたいのか? ……なるほど確かにスネイルは極悪人だ。スカルと同じような女子供に手を下したのも事実だ」
「ブレインも大概だ。正直なところ、奴の体から漂ってくる血の腐ったような匂いは俺もあまり好きじゃない」
「そういえば、スカルもブレインと同類のようだ。奴はブレインのブレーキ役を気取っているようだが、その実ブレインからの悪影響をしっかり受けている」
「……で?」
「それでスネイルの何がわかったというんだ?」
「それでブレインの何が知っているというんだ?」
「それでスカルを狙う理由になるというのか?」
「まだだ……まだ私は……ルビコンを!」
「知ったことか。今の俺は、お前程度で遊んでやるわけにはいかないんだ」
結局のところ、私はフロイトに勝てない。
その差は明確だった。
私には、結局"戦友"を得られなかった。
"アーキバス"が戦友のような存在になってしまった、と表現したことはあるが。
もちろん実際は戦友なんてものではない。
オキーフはどちらかというと共犯者。
フラットウェルや解放戦線の皆は、同士と表現する方が正しい。
そうだ。
私は、私と共にルビコンを護ってくれる友が欲しかった。
私と共に競い合い、力を磨き合う戦友が欲しかった。
にもかかわらず、私はそれに恵まれなかった。
その一方で。
フロイトは最初からそれに等しいものを持っていた。
私はその事実に嫉妬して、何もかもが曇って見えてしまったんだ。
「いい加減鬱陶しい。お前の片手間でスネイルの援護もしないといけない身にもなれ」
フロイトは、戦友に恵まれていた。
それが私と彼の差。
だから、この男は私よりも強かったのだ。
「だが……それでも、私は…………!!!」
「本当に、つまらない仕事だ。……ルビコンを脱出した後は覚えてろよブレイン。10回では済ませない」