職業はヒーラー。気付いたら復讐【ざまぁ!】系主人公の邪魔をしていた件   作:やっくんYU

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謝罪、憤慨、そして償い

場所はまだまだ原生林の奥深く。

 

日の光も木々の枝葉で遮られる薄闇の中を、ふたりの影がゆっくりと歩いていた。

柔らかな土を踏みしめるたび、湿った腐葉土の匂いがふわりと立ちのぼる。

巨塔での一件から、まだそう時間は経っていない。だが、ハクの肩には重い空気がまとわりついたままだった。 俯いたまま歩く、ため息ももう何度目だろうか。

ハクの背は、何処となくいつもよりも小さく見えた。

それはまるで、森の静けさがそのまま心に沈殿してしまったかのように。

 

 

「ぅぅ……、ま、また僕、迷惑を……」

 

 

蚊の鳴くような声で搾り出すように呟く。 その横で歩くライトは、困ったように眉を下げた。

 

 

「……あはは……」

 

 

笑ってはいるものの、その笑みに添えたライトの汗の一粒が、ハクの落ち込み具合を物語っているかのようだ。

でも、実際はそんなに気落ちする必要はないし、何ら問題ない、と思っているのはハクとエリー以外のメンバー全員。無論、ライトと全てを共有しているこの複製体のライトも同じ考えである。

 

 

「まぁまぁ、ハクさん。そんなに気を落とさずに。大丈夫ですから。心配はありませんよ」

 

 

だからライトが明るく声をかけた。 その励ましは、湿った空気に吸い込まれていくみたいに、響かないようだが、これもまた時間が解決してくれるだろう、と考えた。ハクは、こめかみ部分を拳でぐりぐり〜と抑えながら項垂れる。

 

 

「でも……あれじゃ、確かにエリーさん怒って当然ですよ……。どうして僕、あの時ちゃんと頭を回せなかったんだろって。……エリーさんが僕に本気で謝ってるって、何で気付けなかった……?? あぁ……やっぱダメダメです……」

 

 

そんなハクの自分を責める声が、森の静寂に溶けた。 ライトは少しだけ歩みを緩やかにすると、ハクの横顔を覗き込み、微笑んだ。傍に居続けた。

その優しい視線は、まるで“友として”寄り添おうとする意思そのものだった。

 

だが――それでも現在のハクの胸中には、どうしても消えない悔恨がある。

 

そしてその正体は、つい数時間前の出来事にあった。 ライトが口を開こうとした時、ハクの瞳がふと曇る。 その表情を見て、ライトは言葉を飲み込んだ。 今のハクは、本当にわかりやすい。 確定してない以上は、多分、おそらく、と言えるがそれでもなんとなく、今ハクは少し前の事を思い返しているのだろう、と連想する事が出来たのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『えええええええええええッ!?』

 

 

それは数時間前のこと。 白の巨塔を背後に、ハクの甲高い悲鳴が鳴り響いていた。

 

空気が、円形状に開拓されている先にある原生林までもが震えたようにすら感じるほどの勢いだった。 悲鳴の理由はひとつ。

 

 

エリーが――。

 

 

そう“あの”エリーが、である。

 

今彼女は胸元で三角帽子を両手で抱え、両足を揃え、背筋を伸ばし、貴族の礼法そのままの完璧な角度で、深々と頭を下げているのだ。

奈落最強の一角であり、奈落の中でも最もプライドが高く気高い(笑)と言える彼女が、である。

間違いなくこの場所に奈落の皆が来て、見たとすれば、皆が驚愕することだろう。事実、この場でも事情を知るアオユキ、そして深く物事を考えないナズナ以外は驚いている。ライトでさえも、少し驚いた表情をし、目を見開いていた。 ライト以外に、ここまで誰かに頭を下げるなど、誰も見たことがないからだ。

 

 

『ハクさん。どうか、これまでの無礼をお許しくださいませ。心より謝罪を……受け入れていただきたいですわ』

 

 

その声音は、どこまでも丁寧で、心からの謝意である、事は皆にも伝わる。それほどまでに柔らかかったから。 そしてエリーの声は震えてはいない。 むしろ凛としていて、美しい。 しかし彼女の胸中は穏やかではなかった──。

 

 

『(何をどう考えても、わたくしが理不尽なことをしたのは間違いありませんわ。ライト神様の恩ある御仁に対して、どこまでも無礼を働いたのは事実……消えません。消せませんわ!)』

 

 

ハクの胸中はともかくとして、エリーは思い返せば返すほど、気落ちしてしまっていた。 つい先ほどアオユキに冷静に指摘され、ハクに対しての態度の数々を振り返れば──そこにあったのは“プライド”ではなく、ただの“失礼”だった、と認めざるを得ない。

ライトもおらず、ハクもいないこの白の巨塔では、己を客観的に見るには相応しい場所だとも言える。だからこそ、見つめ直す事が出来たのだ。 そもそも本来なら、ハクは神格を持つライトの大恩人である少年である。相応の礼をして然るべき相手なのに、エリーの記憶ではそんなもてなしが出来た記憶は無い。

どちらかと言えば、醜い嫉妬のような感情を出してしまったくらいだ。

加えて、彼の力は確かに未知数なのも正しく魅力といえばそう。

 

魔を極めたと自負する自身が認めざるを得ない類の力を内包していた。当然そこに悪気どころか悪の“あ”すら持たない。 なのに、これまてのこの態度は、ハクだけでなく、彼を友だと告げるライトに対しても不敬もいいところだろう。 だからこそ、礼儀を尽くす。 ここから、やり直す。全てをだ。 それこそが彼女の流儀でもあった。 例え、直ぐに許してもらえなかったとしても、出来ることは全てやる。……その腹づもりだった。

そして要求によっては……そこも腹を括るつもりでもあった。ハクだって()なのだから。勿論ハクがそういう(・・・・)要求をしない、とは信じているが―――。

 

 

とにかく、これまでの自分を知る皆の前で、何より神と称するライトの前での謝意を誠心誠意、なのだ。

 

 

──だが。 エリーは頭を下げたまま、ハクからの返事が返ってこなかった。

 

 

『(…………んん?)』

 

 

その間、ハクは直立不動。

まるで石像のように固まっていた。

 

 

『(ま、まさか……この私を無視……? そこまで怒って? いえ……軽蔑され、受け取る価値もない、と……?)』

 

 

ある程度の予測はしていた。

ハクと言う人柄も理解しているがゆえに。だが、完全なる無視は想定外だったから、エリーは困惑する……が、それも仕方のない事だった。

 

何故なら――ハクの耳には違う意味で届いたのだから。 僅かな沈黙の後、決壊するかの様な怒涛の押し寄せるがエリーへと迫る。

 

 

『え、エリーさん!? どうしたんですか!? いったい何があったんですかッ!!??』

 

 

ハクはまた、叫び返したのだ。

 

先ほどとは違う意味で、反射的に、全身で驚いていた。

むしろ、驚くというより、ある意味“恐怖”に近い反応かもしれない。

そんなハクの言葉を聞いたエリー。 謝罪をどう受け止めてくれるのか、を考えていた彼女もしっかりと聞いたが、意味がわからない類のもの。

 

 

なのでエリーは「は?」でも「え?」でも表現しきれない困惑の顔でゆっくり顔を上げた。

 

 

そのまま横を見ると、奈落メンバー全員が同じ顔をしている。 確かにこれまでのことを鑑みたら、エリーの謝罪に対して驚くのは無理ないけれど、そう反応するの? とある意味他の皆も驚いているような顔。 しかし、ハクは止まらない。

 

 

『まさか……エリーさんほどの人に、精神汚染系の攻撃を……!? そんなこと、あり得る……!? そんなの出来る相手がいるなんて……!?』

 

 

どこまでも、ハクは真剣そのものだった。 本気の本気でエリーを心配していたのだ。 本気でエリーを気遣っているのだ。 確かに、それもハクらしいと言えばらしい。彼の優しさを鑑みれば、解ると言えば解る。けれどもしかし、周りからすると、すべてがズレている。 あのエリーが謝るなんて、確かに異常。

 

 

《エリーが精神攻撃にやられた》

 

 

と結びつけるのは、きっとハクくらいだろう。

他の皆なら、顔を引きつらせるかもしれないが、まさに触らぬ神に祟りなし。と言わんばかりに早々に切り上げるのが吉だと判断するだろう。 無論、これまでの行い、自身のせいであることは認めるエリーも、顔をひきつらせながら、必死に説明しようと口を開く。

 

 

『あ、あの……ハクさん? これはですわね――――』

 

 

そう言いかけた瞬間。

 

 

『──────ッッ!!!』

 

 

エリーの周囲に、淡く光る魔力が立ち昇った。 どこまでも柔らかく、どこまでも温かく、全てを包み込むような光――。 それが何を意味するのか、エリーは即座に理解する。

 

 

『これは――回復魔術の……!』

 

 

その瞬間、ハクはエリーの状態を完全に誤解し、さらに全力で誤った方向へ突っ走ることになる。 そして、周囲は完全に別の意味で固まっていた。 凄まじい力を前にしても、注目するのはその力ではなく。

 

 

【エリー様に精神干渉?】

【いやいや、そんな術を通せる存在いないでしょ】

【ていうか、なぜエリー様が謝った=精神汚染になる……?】

 

 

と、考えるのが女性陣。 でも、男性陣の考えは違う。 ハクとエリーの絡みを観ていたら、分からなくもない、と思ってしまうのだ。

 

 

【確かに、ハクが奈落にいた時。出会い頭に魔術で拘束されてたのが言わば通常だったもんな】

【……うむ。そのエリー様の謝罪に変わるなど、それこそ天変地異の前触れ、と思ってしまうのも致し方なし、では?】

 

 

と、ややハクの方を持つのは同性だからなのかもしれないが。気持ちは解ると理解を示した。

 

 

『ううーん、エリーの今までの対応は確かに、って思うけど、ハクさんも楽しんでる、って本人からの言も取れていたからあまり諌めなかったけど………、ひょっとして、悪手だったのかな?』

 

 

ライトは、大恩人であるハクに対してのエリーの接し方は流石に度を超えてるのでは? と思うことはあった。

 

 

その代表格が、ハクを連れてくるときにエリーがよく使っていたのは戦略級(ストラテジー・クラス)の魔術。実はアレは初めてでないらしく、今までも何度かあったらしい。初めて見た時以上にそれは流石に――――と思ったんだけれど、ハクは大丈夫、と言ってたし、笑っていたし、と所謂【じゃれ合い】の域を出ない(にしては、色々と規格外だが)、とライトは勿論、側近のメイやアオユキも判断していた。

 

 

でも、エリーがここまで思い詰めるとは思わなかったし、ハクもここまで驚き取り乱すのも予想外のことだ。 だからどこかで仲裁しなければならないな、とライトは考えていたその時である。

 

 

『──慈愛の御手(フェアリー・リヴ)……!!』

 

 

エリーの頭上に、柔らかい光が広がっていく。

両手を広げ、鮮やかな緑玉の光がエリーを中心に広がってゆく。

これまでは詠唱破棄でサラッと高度な魔術を使っていたが、今回に関しては勝手が違っていた。 指先で空間に何かを刻むような所作からの回復の技。

異なる世界で白の魔を極めている、と以前聞いていたが、それに相応しいものだと、見たことがない筈なのに一瞥するだけで理解ができた程だ。 凄まじい……。その一言。思わず脳裏に零れた感嘆。

もちろん、現在エリーは無傷である。精神汚染なんてされてないので今受けている回復魔法に意味などない。それでも、未知のものと言えど、その原理は、その魔術そのものの“格”は、嫌でも伝わる。

たとえ自分に回復をしても意味なく、効いていなくても、理解できてしまう。

 

 

――自分も知らぬ未知の世界の魔術。異常なまでに完成度が高い。

 

 

回復特化型。『極めた』と言う言葉が脳裏を過ぎる。否、魔術構築の底が、果てが見えない。 そしてエリーをより戦慄させたのはライトから聞いた、ゲスなダークエルフ種の男が、数多の遺体を用いて、別種へ変異させた人種(ヒューマン)たちをも救った魔術(ちから)だ。

強引に融合させた遺体を、分離させることは出来たとしても、命運尽きたその身体に、魂なきその身体に、再び生命を、心を灯すなんて不可能だ。 自身が持ち得る最上級。

極限級(アルティメットクラス)を使用したとしても、不可能だ。 年という時間をかけて、奈落のコアを解析出来たあの時とは違う。不可能の字しか、頭に浮かばない。

 

 

『(くぅっ……! ま、また私の知らない魔術を…………!)』

 

 

命を救った魔術ではないにしろ、極めて高度な魔術であるからか、エリーの胸の奥底で、嫉妬がもこもこと膨れあがる。 いつもなら、すぐさま噛みついているところだ。

 

 

だが――今日ばかりは違う。

 

 

今は謝罪の最中なのだ。

ハクが勘違いしてしまうのも、それは自身の咎。

不徳の致したが故にだ。責めることなんて、できないし、するわけにはいかない。 自我を押し殺し、ひたすら丁寧に頭を下げた直後だった。

 

 

『(我慢、我慢ですわ……! 本日の私は“全身全霊を以て謝罪するしおらしいエリー”なのです……! またライト神様の前で粗相をする訳にはいきませんわ……!)』

 

 

そう自分に言い聞かせ、必死に耐える。……が、それこそが悪手。何故ならその姿を見たハクの顔が、一瞬で蒼白に変わったからだ。

 

 

『こ、こんなに単体で特に効果を発揮できる回復魔術でも……まだ効果が出ていないなんて……!?』

 

 

エリーのこらえ顔を――“精神汚染の抵抗反応”だと思ったのだ。

ハクは白を極めたと自称しているが故に、それを見て驚愕する。その驚きも上限突破。如何なる状態異常効果も打ち消せる自信があったからこその弊害である。更に言えばそんなに長いとは言えないが、この世界へやってきてこの世界を見てきた結果、奈落の皆が他の圧倒している実力者である事はわかっている。だからこそ、なのだ。

様々な偶然? が重なっての現状である。

 

 

『あ、これなら……!?』

 

 

そんな焦りと決意に燃えたハクの白銀の瞳が、強く輝く。

その瞬間、周囲の光が一段と濃くなり、光の粒子となって周囲に散らばる――

 

 

『―― 一極集中、慈悲の雫(フェアリー・レイン)

 

 

広範囲にわたり光の粒子、白い魔力が空中で弾け、細かな光の雨となって降りそそぐ。 その純白の粒は、触れた魔素を癒し浄化する“上級の回復魔法”。それをエリーのみに集中させるがゆえに、効果はまさに絶大。

嵐のような中に身を窶すのは、本来不快そのものな筈なのに、そんな事は一切ない。当たってるのに、濡れるような感覚がない矛盾。

 

 

『(ま、まだ()! 先ほどのものも十分回復の極限級(アルティメット・クラス)と遜色ない筈でしたのに……!? この嵐の、雨粒のひとつひとつにこれほどまでの力を………!?? ほんとこの方はなんなんですの……!? っ、だ、駄目です。駄目ですわ……!! 落ち着きなさいな、エリー! はしたない!!)』

 

 

エリーの嫉妬が第二段階に突入する。 が、まだ耐える。

 

 

今日の自分は“しおらしい”只管謝罪謝罪謝罪謝罪………。

 

 

だが、その決意も、似たような展開が後3度ほど続いたあたりで決壊する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてそれはハクにとっても最終段階だと言える。その動作に入った瞬間――空気が一変した。

 

 

『は、ハクさん! 待ってください! それは流石に駄目ですって!!』

 

 

ライトが叫んでハクを止めたのだ。 明らかに一変したハクの回復魔術。 皆が魅入っていた、と言うより魔術の見学気分だったのだが、それをライトは止めたのだ。 透き通るような歌声に合わせて、白の魔力が渦を巻き天へと昇る。天使、女神が降臨する、と言われても何ら不思議じゃない程の神々しいオーラ。空気の層そのものが歓喜に震えるかのようだった。 それが何を意味するのか、ライトは想像できた。 あれが何を呼ぶかを。

 

 

――あの滅びた村の全てを覆い尽くし、景色すら塗り替えた白の大魔術。否、極限すら超える魔術なのだと。

ハク自身が「実は副作用で死ぬかと思いまして………再現は勘弁してくれれば、と……」と苦笑いしながら語った、まさに禁忌と呼べる魔の癒し。相反するかもしれない癒しと禁忌の複合なもの。 そしてそれは決して虚言ではないことはライトたちも解っていた。 だからこそ、ライトはハクを止めた。 その後は、言い聞かせるようにハクを説得する。 エリーは大丈夫だと、何度何度も。 その甲斐もあってハクも段々と落ち着いてきたようだったのだが………。

 

 

『………………』

 

 

そしてエリーもゆっくり近づいてくる。 目の下に影が落ち、頬に光の粒が揺れ、髪がふらつき―― 完全にホラーである。ホラー再び、である。

 

 

背後には、ゴゴゴゴゴ────という効果音までが具現化された? と錯覚してしまう。

 

 

 

 

『ハクさん……!!』

『ひぃっ……!?』

 

 

 

 

ガシィッ!!! エリーがハクの両肩をつかんだ。 魔力酔いでもしたのか? と思えるほどに、腕がぶるぶる震えている。 そして――ついに決壊。限界に達したエリーが大噴火した。

 

 

 

『私が謝罪することが、そんなにおかしいことですのーー!!??』

 

 

 

ふんがーーーーーーー!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、再び場面はもとに戻る。

 

原生林の道を、ふたりの足音が並んで進んでいく。 枝葉のすき間から漏れる光が、ゆるやかに揺れ、足元の草を銀色に散らした。 想像しては項垂れるを続けてるハク。

 

 

「僕。何もあんな反応しなくても良かったのに……」

「ふふ……でも確かにエリーの“あの謝罪”を見たら、ハクさんじゃなくても誰でも混乱するかもしれませんよ?」

 

 

ライトは穏やかに笑って……続ける。

 

 

「だってハクさんがエリーに引きずられて、連れ去られた〜と言う話も奈落ではかなり有名になってますしね。他にも料理をしている最中、ひと休みしている最中。神出鬼没にエリーが現れてはハクさんを連れて行く〜って」

「えっ……?」

「その時の事を聞き出そうとして、奈落のメイド妖精の皆に囲まれて、色々と聞かれて、そこにエリーが来てまたまた腕を掴まれ……ほんとに楽しそうで」

「~~~~~っっ!?」

 

 

ハクの耳が一瞬で真っ赤になる。 手で顔を覆い、肩を震わせた。

 

 

「そ、そっか……君も知ってたんだった……。ああああ、やっぱり改めて言われると恥ずかしぃ……!!」

 

 

名物になってしまっているのは……正直、見て見ぬふりをしていた。それ以上にその反応を見た瞬間――ライトの“何か”が静かに揺れた。

 

 

「(君、も? ……私に、そこまでの感情で反応を?)」

 

 

本来なら、自身は“ライトの記憶のコピー”であり、ハクにとっては“ライト本人の延長”として扱われるはず。 だが今のハクの反応は、違うと感じた。 ライト本人に言われたことを気にするのではなく、 【自分に対して恥ずかしがっている】 その温度差こそが、このライトに………、複製体(・・・)には何よりも鮮烈で、眩しく映るんだ。

 

その後も沢山ハクと他愛のない話をしていく。

 

重ね、重ね、軈ては確信へと変わる。 ダークとして、エルフ女王国のギルドへと赴く任務以上に大切にしたくなってくる。そんな事はあり得ない筈なのに。 だからこそ、命令の垣根を越えて聞いてみたくなった。

 

 

「……ハク()。ひとつ……よろしいですか? ()の話を聞いていただきたいのですが」

 

 

ライトの声色が変わった。 そして一人称が“僕”ではなく“私”へと変わる。 更に、ハクに対して敬称となった。 まるでそれは、ライトの仮面を滑らかに降ろしたような、静かな声音。

 

 

「私は複製体です。二つ目の影(ダブルシャドー)が作る、指定された主を象る“もうひとつの存在”。命じられた通りに動き、演じ、行動する――。その名の通りただの影」

 

 

ハクは手を下ろし、きょとんと目を丸くして振り返った。

 

 

「それなのに……どうして、あなたは――」

 

 

ほんの少しだけ、視線を逸らした。

 

 

「私を、私のことを、我が主である“ライトとして”複製としてではなく……なぜ【ひとりの人種(・・・)】として見てくださるのですか? 気のせい、かと思いましたが、貴方の視線や仕草、そして言動を総合的に判断すると………そう言う結論へたどり着くのです」

 

 

その問いは、風に揺らされながらも真剣そのものだった。 そんな問いかけを受けて、ハクはしばらく瞬きを繰り返した。 まるで、難しい魔術理論を振られた時のような――けれど、それよりもずっと素朴な困惑である。

 

 

考える時間、若しくは思考が止まっていた数秒。

 

 

やがて、ハクは少しだけ視線を彷徨わせ、頬を掻いた。

 

 

「えっと……」

 

 

それは考え込む、というより。 どう答えたらいいのか分からない、という顔にライトは見えた。

 

 

「んー、そんな……難しい理由、ないですよ?」

 

 

ハクのそれはあっさりとした声だった。

 

複製体のライト――“二つ目の影(ダブル・シャドー)”は、その言葉にわずかに目を見開く。

 

 

「だって……」

 

 

ハクは言葉を探すように、ゆっくりと歩調を落とした。 足元の落ち葉を踏みしめる音が、やけに大きく響く。

 

 

「確かに君は見た目ライトさんそっくりさんで、彼の記憶も同じ……確かに色々事前に聞いてますから、知ってましたけど」

 

 

そこで、ちらりと横を見る。そして目が合った。 その目は、真っ直ぐに目の前の複製体(ライト)を見据える。

 

 

「でも、今ここを一緒に歩いてるのは……“今この瞬間の君”でしょ?」

 

 

その言い方は、とても自然だった。 まるで「今日は快晴の空だね」と言うのと同じくらい、当たり前の口調。

 

 

「顕現した瞬間までが、召喚者であるライトさんと全く同じだとしても、その先は……ほら。もう別人ですよ」

 

 

ハクは少しだけ笑った。

 

 

「ほら僕が今話してることも、恥ずかしがってるのも、さっきの奈落での話だって。……君と僕とで話したことは、ライトさん本人は知らないわけですし」

 

 

自分で説明をしておいて、先ほどの事を思い出したのか、ハクはまた耳が赤くなる。

 

 

「あ、あう……。でもやっぱり言語化すると余計に恥ずかしいです……」

 

 

小さく呻きながらも、言葉は止めなかった。 咳払いを1つして、続ける。

 

 

「こほん! だから……コピーとか、カードから顕現した、とか。僕にはそういうふうには、どうしてもそう思えないんですよね」

 

 

そこで、ハクは含みのない、裏表さえない。 見破る必要も鑑定の必要も一切ない。心からの本心である、と解るような表情で、笑顔で告げた。

 

 

「だって、君はちゃんと考えて、驚いて、疑問を持って……今、ライトさんの様にではなく、キミ自身の意思で僕に聞いてきたじゃないですか。本当にただのコピーだったなら、そんな事、できないと思いますよ??」

 

 

――君の疑問、その理由はそれで十分じゃないかな。

 

 

恥ずかしいことを言った〜と、ハクは思ったのか、少しだけ苦笑いをしつつも、声の調子は柔らかくなっている。

 

 

「だから友達が増えた、って思った方が……僕は、嬉しいですね」

 

 

言い切った後、ハクは照れ隠しのように前を向いた。

最後に、『ここだけの話にしてくださいね?』と一言告げて。

 

 

原生林を抜ける風が、二人の間を通り抜ける。 複製体のライトは、その場に立ち尽くしたまま、少しの間動けなかった。

 

 

――命令にはない。

――設計にもない。

――記録にも存在しない。

 

 

それなのに。

 

 

「(……私は)」

 

 

胸の奥で、何かが静かに、しかし確かに形を持った。“主の模倣”としてではない。“役割”としてでもない。 ただ、ひとりの存在として―― そう認識された、この瞬間。 彼は、初めてそれを理解した。

 

だからなのだろう。

 

 

任務以上に、この時間を失いたくないと思ってしまった。 とても心地良く感じているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巨塔内部にて。

 

 

 

エリー関連で色々とあったが気を取り直して【サーシャ復讐計画】についての説明が丁度終わったところである。

 

 

「実際にハクさんが、白の騎士団を見て感じた上で、我々が圧倒している、と言う話をお聞きしましたわ」

 

 

エリーが改めてライトに説明していた。 巨塔、玉座の間にて計画の全容を伝え、始動し始めた。ここから先は計画通りに事を運ぶ。間違いのない事実だ。

 

 

「ですが、それを踏まえても、私たちの実力。その差が如何ほどなのか。正確に推し量る必要性は感じられましたので、計画通りに実行する、と判断いたしました。ハクさんを信用していない、というわけではありませんの。どうか御了承願いたく──」

「うん。勿論大丈夫だよ」

 

 

慎重に、万全に期す事は悪い事ではないだろう。

無論、ライト自身もハクの言ってる事が信じてない訳ではない。全てを優先させるの復讐の完遂なのだから。

 

 

「それに、ハクさんからの連絡でサーシャに接触したって話を聞いてるし、図らずしも、エリーの作戦通りに事が進んでいる事を鑑みても、やっぱりハクさんには頭が上がらないね」

 

 

ライトはそう言って笑った。

ハクは償いになれば!! と言っていたが、元々は非があるのはエリーなのだ。そんな必要はない、と一応伝えたのだが、気にしてしまうのはハクの方なので、上手く綺麗に纏めた。事実、助かってるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

エリーの作戦では、サーシャへの復讐計画。サーシャの最終的な【死】を念頭に置きつつ、それでいて利益をもたらす為に最大限に利用させることを組み込んでいる。

 

 

つまり。

 

メイン・至上目的

□サーシャへの復讐

 

 

サブ・副次目標

□ライト(黒の道化師)の冒険者としてのランクアップの為の実績作り

□白の騎士団を利用した、奈落と地上の戦力差の確認。

 

 

 

ここで凄いと思う所は、この作戦の根幹部分に関しては、エリーからの説明でライトも知ったので、席を外したハクが知る由もない事なのだ。

 

エリーの作戦では、サーシャは必ず巨塔へとやってくる。そう仕向けているのだ。

ライトが生きていると知られると、彼女が積み上げてきた地位や実績、得られたものの全てが失われる。何においても、それだけは阻止する。その為に卑しくもサーシャは必ず巨塔へと数日間かけてやってくる。

 

凶悪なモンスターLv1000を超える巨大な四足獣のモンスターを搔い潜り(実際はアオユキが操作している為、誘導されている)、巨塔へとたどり着くというのが、計画だった……が、タイミングが良いのか悪いのか―――ハク。つまりハクレンがサーシャの依頼で巨塔調査へと付き合ってほしい、と懇願されたのである。

 

 

「元々は、数日間。或いはもう少し伸びる傾向にありましたが―――、ハクさん。つまりハクレンさんとサーシャの臨時パーティー結成により、道中は大幅に短縮され、森の奥。つまり巨塔へとたどり着くに至りましたわ。時間短縮は良い事ですし、ライト神様のパーティの実績アップも兼ねて、非常に都合が良い為、私としても賛成致しましたわ」

 

 

サーシャ的には秘密裡に処理しなければならない事項。

しかし、森に配置された凶悪モンスターを鑑みると、どうしても1人ではたどり着けない可能性が高い。それでもいかなければならない、と言う葛藤のさなか、丁度戻っていて、ライトとも別行動をしていたハクレンに目をつけ、国有数。国トップクラスの冒険者であり、サーシャ自身も占い関連で面識があったがために、人柄も知っており最善だと判断したのだろう。

事実、ハクレンは下手な追及はせず、二つ返事でOKを出し、同行したに至る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その当時のこと。

 

 

 

 

「し、信じられません。あのような怪物が近辺に現れるなんて」

「天変地異の前触れ、と言われても私は納得しますね。まさか、在来種のモンスターたちが根こそぎ逃げ出すなんて思ってもいませんでしたし―――まぁ」

 

 

ハクレンが前衛、サーシャが後衛の形で先へと進み、そして遭遇した。

ある程度の報告が上がっていた凶悪なモンスター。

体長は凡そ10もある巨大な四足獣。ひとの胴体よりもはるかに太い蛇の尻尾が特徴的なモンスター。

 

地上では見たことの無いタイプに、サーシャはがたがたと震え始める。

 

 

「スネークヘルハウンド。……Lv1000。エルフ種の成長限界級のモンスターがこう複数で出てくるなんて、ね。在来種を食べつくしていても不思議じゃなかったし。……或いは邪神が地上に出てきた、と言われても信じられそうです」

 

 

ハクはそういうと、ぱちっ、と指を鳴らせた。

そんなこちら側の存在を相手に知らせる様な最悪な悪手を何故するのか!!? とサーシャは思わず声を上げそうになったが、それは杞憂となる。

 

 

 

 

 

かかんっ! ぱちっ!! ぱきんっっ!! じゃっっ!!

 

 

 

 

 

森のいたるところで音が発せられたからだ。

その音につられて、あのスネークヘルハウンド3匹はそれぞれの音のする方へと駆けていった。

 

 

「ぷはぁっ! はぁっ!! はぁっっ!!」

「レベルは高いけど、知能そのものは獣って感じかな? 魔力感知も使ってきてないし、これなら如何ようにもやりようはあるってね」

 

 

ぱちんっ、とウインクをして見せるハクレン。

サーシャは思わず腰が抜けそうになったが、なさなければならない事があるので、どうにか活を入れた。それと、あの最悪なモンスターたちの脅威がとりあえず去った事が何よりも良かったのだろう。

 

 

「そ、そうするなら事前に言ってほしかったわよ!」

「あはは。ごめんごめん。ソロ冒険者としての性分って言うか、臨時パーティーだからね? そう安易に手の内は見せない様にしてるんだ。……まぁ、今の相手はそんなことは言ってられないくらいの強敵だったし」

 

 

安心させてくれるように笑みを見せてくれている。

サーシャもそれくらいはわかる―――が、そんなハクレンにも余裕の表情は無く、険しい表情になっているのを見て、また背筋が寒くなってくる。

 

 

「は、ハクレンさんは、あの化け物以上の化け物、ブラッディ・バイパーをソロ討伐したって言ってましたよね? ……それでも厳しかったのですか??」

「うん。単純な戦力(レベル)だと、あの蛇の方が強い分類だけど――――」

 

 

スネークヘルハウンドが向かった方へと視線を送ると、ハクレンは少し溜息を吐いた。

 

 

「流石に複数で来られるのは無理かな? それに今はサーシャさんもいるし、安全第一、って事で」

 

 

片目を閉じて、またウインクを一つ。

余裕がない訳ではない。その表情の中には確かな自信がある。どんな事でも対処できるように、と。ただ、今は自分が居るから。……複雑な気持ちだが、明かな足手まといと共に、凶悪な森へと変貌したこの原生林へと足を踏み入れるのだから、仕方がないのだ。

 

そして、この時程、サーシャはハクレンと共にパーティーを組めた事に感謝を感じた事はない。

 

 

「ハクレンさん、この御恩は必ず返す、と約束します」

「あはは。大丈夫ですよ(・・・・・・)。それは全て(・・)無事に終えた後(・・・・・・・)、聞かせてください。では、先へ進みましょう」

 

 

ハクレンの笑みはどこまでも安心できる。

でも、背筋の悪寒だけはどうしようもない。それは、この森の中には凶悪極まりないモンスターが潜んでいて、最早別世界になってしまっているからだ、とサーシャは納得させた。

 

……彼女の行く末を、本能的に暗示させているとも知らずに。

 

 

サーシャが一息ついていた時に、ハクレンは森の後方、スネークヘルハウンドが向かった先を見た。

ぎょろり、と動く蛇の尾の瞳とハクレンの瞳が合うと、ハクレンはまたウインクをする。

そして、その蛇の尾も、視線を落とす様に頷くと、軈て奥へ奥へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

「にゃー」

 

 

 

 

 

 

スネークヘルハウンドを操作、指示しているのはアオユキ。

サーシャとハクレンの動向を見て、大体の到着時間も確認……するまでもなく。

 

 

 

《後、数刻程で巨塔へ到着。準備を宜しくお願いします。適当な所で撤退しますので》

 

 

 

と言うメッセージをスネークヘルハウンドが見つけて、その視界を通してアオユキに伝わったからだ。

 

 

「……どこまで先を読んでいるのか」

 

 

猫鳴き声を止めたアオユキが、そのメッセージを見ると不意につぶやいた。

エリーの作戦は、あの場に居ないハクに伝わる訳がないのだ。

にも拘わらず、こちら側へ都合が良い様に事を運んでくれている。

どこまでも底が知れない男だと再認識すると同時に、あのハクの事を知るアオユキの脳裏の中では。

 

 

『別に大した事してないですよ。僕がしなくても、結果は変わらないでしょ?』

 

 

とにこやかに笑ってる姿が脳裏に映る。どこまでもノー天気な笑顔を見せるハクに、アオユキは小さくため息を吐いた。

 

 

「我が主が絶対。唯一無二」

 

 

ぶんぶん、と首を横に振りながら―――相変わらずの人たらし、モンスターまでもたらす。誰も彼も引き寄せる天然たらし。高レベルで阻害不可、Lv9999の自分で漸く抗えるレベル。

でも……そしてそれは自分たちの絶対的な存在であるライトも例外ではないのが恐れ入る。そういう意味では、主よりも上、と言っても差し支えないのかもしれないが、絶対に口にはしないし、首を小刻みに横へとふる。

いや、ハク自身もそれは認めないだろう。上も下もない。……対等とも少し違う。

 

 

ともだち

 

 

そういって、笑っていたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな事態じゃなかったら、絶景。くらい言いたかったんですけどねー」

「……つき、ました。あれが『巨塔』。その出入口……」

 

 

ハクが知らせた定刻通り。

 

ハクレンとサーシャの2人は、巨塔から約50m程の範囲にかけて、不自然にも木々をくりぬかれた円形状態の場所へとたどり着いた。

その巨大な建造物故に、目立つのはあくまでも巨塔なのだが、この円形に整備された大地も十分不自然で、目立つと言って良い。

 

あの後、何度かスネークヘルハウンドと遭遇したが、認識阻害の術を仕掛けてもらい、突破。知性が獣のそれだからやりようがある、とハクレンが言った通りの結果になったが故に、サーシャの精神状態もそこまですり減る事は無かったが……、それでも寿命が縮む思いであった。

自身の婚約者。あのモンスターよりも遥かに高レベルのミカエルの傍に居るので、1000くらい……と空元気を見せたりもしたのだが……、やはり本能的な恐怖と言うものは早々克服出来たりしないモノなのだ。安全第一、と言った通り。ハクレンの言葉だけを全身全霊、全集中させて、たどり着いた。たどり着けた。

 

 

―――エルフ種最強のソロ冒険者

 

 

その名に偽りはなし。

今日ほど実感したことはないだろう。

レベル的には白の騎士団には及ばないが、近いうちに召集がかかる可能性は示唆されているのを、サーシャは知っているので、その時には必ず恩を返そう。そう心に決めたりもした。

 

 

「団長さんなら、このルートじゃなくても大丈夫だと思うけど。マッピングの方は問題ないですか?」

「ええ。十分過ぎる程にね。安全ルートは確認できたわ」

 

 

ハクレンの音により回避をしたのだが、何度か見ている内に決まっているルートを通っている事は確認できたのだ。故に、少々の修正があったとしても、多少は問題ないくらいの精度のマップ生成が出来た。

 

 

「やっぱり、下手に手を出さなくて良かったかな?」

「―――ええ。あの怪物は巨塔に住み着いているようだから」

 

 

ごくり、とサーシャは息を呑む。

森の中で遭遇した和は3体。

そして、巨塔周辺に、その倍は居る。あんな高レベルのモンスターが群れを成しているなんて、背筋が凍る。何度、凍ったのかもうわからないレベルだ。

 

 

「問題は、どうやって内部まで調べるか……。ここはハクレンさんの音の力でおびき寄せ―――!!」

 

 

サーシャはそういっていると、ばっ! とハクレンが手を翳して、会話を遮られた。

それが何を意味するのかは―――改めて巨塔を、その入り口を見た瞬間に、サーシャは理解する。そして、身体が小刻みに震え始めた。

 

 

「やれやれ。こんな大物が出てくるのは流石に想定外、だよ」

 

 

ふぅ~~……と今日一番の深いため息を吐くハクレン。

背中越しではあるが、その緊張感はサーシャにも伝わる。

 

 

当然だ。大物、と言うにふさわしい存在が―――あの巨塔の大きな大きな……闇へと通じるかの様な入り口から、ぽっかりと空いた悪魔の口から、顔を出していたのだから。

 

 

 

「ど、ドラッ――――」

 

 

叫びそうになったところを、またハクレンの手によって物理的に遮られた。

 

 

「アレは一筋縄じゃ行かないと思うよ。……これだけ離れていても、気取られる可能性が高い。元来、ドラゴン種って知能も高いから」

 

 

ハクレンの手を受けながら、サーシャは首をこくこく、と激しく振った。

でも、目の前の現実は受け止められない。

 

 

「(うそよ。うそでしょ!? なんで、なんでドラゴンが、巨塔から出てくるのよ!!?)」

 

 

そう、首を出したのは、燦々と降り注ぐ太陽光を反射し、その赤い鱗によって、まるで太陽の光に赤を、血の様な赤を混ぜた光へと変質させている様に周囲を照らしている。

 

首を出し、そしてゆっくりとした動作で、身体の一部を外へと出し―――羽部分も出す。

 

その大きさは、あのスネークヘルハウンドをゆうに超える。羽を広げたら、もう何mになるのかさえも分からない。自分の力じゃ――この遠目でははっきりとレベルはわからないが、それでもかなりの高レベルなのは解る。

 

 

「レッドドラゴン。Lv2900……。うん、ここまでだね。サーシャさん」

 

 

ハクレンがさらっと解説してくれているが、とんでもない、途方もない情報に頭を悩ましてしまう。

レベルが3000に近いモンスターなんて、エルフ種の白の騎士団団長 ハーディくらいしか太刀打ちできないではないか。自身の伴侶であるミカエルでさえも、2500後半。

 

 

「な、何でそんな化け物が……!? まさか、どこかのダンジョンから出てきた……とでも言うの……っ!?」

「言い得て妙、かな? ひょっとしたらあの巨塔自体がダンジョンの可能性もあるかもしれないね。だから、スネークヘルハウンドとあのドラゴンが争わないのかもしれないし。……まぁ、序列が既に出来上がってて、隷属化されてるのかもしれないけど」

 

 

ダンジョン内のモンスターたちは無駄に争わず、食料も取らずに生き続けている。一説によれば、魔力を得ている為食料を必要とせず、ダンジョンの意思そのものが内々で争わせていないのではないか? と言われていて、指示もされている。

 

 

「っと! 不味い」

「―――――――――えっ」

 

 

 

ハクレンの不吉な言葉を聞くと同時に、巨塔の方が赤い閃光の様に光った。

ぴかっ! と視認できた時にはもう遅く、全てを焼き尽くす熱閃が音の壁すらを超えて、光速に迫る勢いで迫ってきていて、死を覚悟した――――が。

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 

 

 

死を覚悟した筈なのに、気づけばサーシャはハクレンの腕に抱かれていた。

 

そして、原生林を抜けて、あの巨塔のある開けた場所へと来ていた筈なのに、いつの間にか森の中に戻っていた。

 

 

「これは早急にギルドに報告……かな? 下手に刺激して街を意識されたら、大変な事になりそうだし」

 

 

目を丸くしていたサーシャだが、ハクレンの声に現実に戻される。

何をどうしたのかは不明だが、ハクレンが助けてくれた事だけはわかる。

あの場面で、咄嗟の場面で、明かな格上の攻撃を自分を守りつつ、防ぎ切ったその手腕には驚かされた。ハクレン関係では何度驚かされたかわからないが、とにかく驚いて――――。

 

 

「あ、ありがとう、ハクレンさん」

 

 

生きている事への安堵と同時に、自らの足で立つ為に、ハクレンの腕から降りた。

 

べしゃっ、とそのまま倒れてしまいそうだったが、ハクレンが抱きかかえる。

 

 

「無理しちゃダメですよ。サーシャさん。―――一先ず、あっちは興味なくなったみたいで追いかけてきてないようですから大丈夫ですが」

「え、ええ。本当に申し訳ありません。この御礼は必ず致します」

 

 

サーシャはどうにか回らない頭を無理やりにでも動かして、今後の事を考えた。

 

ハクレンの言う通りだ。

あんなのが動き始めたら街が、首都が大変な事になるのは目に見えている。ここから首都まではドラゴンの翼であればひとっ飛びだろう。今の攻撃の様に気まぐれなのか、本当に狙ってきたのかは解らないが、そんな感覚で街にでも来られたら被害規模は想像を絶する。

 

 

加えて、サーシャにはハクレンにも告げていない目的があるのだ。

 

 

 

 

 

【巨塔にて待つ     ライト】

 

 

 

 

 

あの巨塔の中に―――殺した筈の忌まわしい劣等種(ヒューマン)のライトがいる。

だが、今の戦力では、あの中への侵入は不可能だ。気まぐれなのか、何なのか、正確にはわからない。でも、分かるのは極めて正確にこちら側へ攻撃を仕掛けてきたという事だけ。

 

ハクレンが居たため、九死に一生を得た。だが、それだけだ。次は無い、と考えた方が良い。

そして、あの化け物を確実に狩る事が出来る戦力は、白の騎士団以外にない。故にこの場から離脱して、何よりも報告が必須である。

 

 

鈍い頭を回転させて、これからの事を決めたサーシャ。

その間に、ハクレンは、あのスネークヘルハウンドの時と同じく、視線をあのドラゴンの居る方向へと向けた。

 

デモンストレーションとしては悪くない。

これほどの脅威が傍に居るならば、白の騎士団投入するのが妥当だと判断されるだろう。

 

 

でも、もしも――――サーシャを殺していたら、大丈夫だったのかな?

 

 

とハクレンは苦笑いをした。

大目玉くらうどころの話じゃないんじゃない? と。

 

 

その声? 意思? 思考??

 

 

が伝わったのか、レッドドラゴンはその広げた翼を、威風堂々の立ち姿を演出していた体制を直ぐに戻し、丸まってしまって、ひゅんひゅん……と鳴き続けるのだった。

 

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