────中国の米蘭島のコーラップス事変を機に東西ドイツの分断、その分断に新ソ連が介入、第三次世界大戦がはじまった。
核兵器による、相互確証破壊は迎撃システムの高度化により免れたが、欧州を中心とした人類が居住できる土地と資源、食料を求めるため、はるか昔を思い出すかのように始まった苛烈な生存競争すら、数少ない人類居住の地を生存から、殺害にすり替えた怒りの感情をによってさらに希少なものへと変えてしまった。
この惨状を予め予期したと言われる、当時のコーラップス液による汚染に最前線で戦っていた遺跡署の研究者”レザー・ロクサット”が遺した言葉、「フラット型の社会資源分配方式を中心に、狭義の階級管理説と高度自動化システム主導型社会によって成り立つ政治理論によってしか世界は救われない」という、世界政府の建設と世界規模の平等を掲げた社会主義”ロクサット主義”は当時の人気も相まって瞬く間に生活に困窮していた貧困層と自分の持つ資産を保全を願う当時の富裕層にとっては魅力的な提案と受け止め世界規模で広がっていき、欧州の大部分は”ロクサット主義”を国家方針として統合された、”汎欧州連合”という連合国家が出来上がった。
アメリカ合衆国はロクサット主義の問題点である「富・資源を公正に分配は世界の資源が全人類を賄うことが出来るという前提でなければ機能すらしない」という、問題点に気づいていた。
しかし、今の困窮した世界情勢の流れはロクサット主義がいかに希望の光に見えるかも理解していた。
そのため、ロクサット主義がなくとも自国民を賄うことが出来るようにコーラップス液の汚染を浄化し、居住の地を確保する政策を推し進めてた。
一方の旧ソ連圏の国家の大部分を武力で統一し、国家方針も共産主義に戻した新ソ連は汎欧州連合のロクサット主義を中心にあらゆる国の方針を参考にすることは表向きには認めず、ロクサット主義を信仰した人間を処刑するという半ば恐怖政治に近い様相を呈していた。
こうして第三世界大戦の遺恨は未だに晴れぬまま、各国の思惑が入り乱れる中、冷戦時代は未だに解決の兆しすら見せていなかった。
世界崩壊の引き金になった、コーラップス液によって生み出された怪物もE.L.I.D(広域低放射性感染症候群)との戦いも未だに解決の兆しもなく、ここ旧ハンガリーでも人類はE.L.I.Dという人類の罪と必死に戦っていた。
ソ連の外務省に所属するスペツナズ…ヴェル―クト、ロシア時代にそういう名前のスペツナズは存在していたらしいが新ソ連の時に消滅しているので完全に別物の組織だ。
彼らの表向きの家業は汚染区域で仕事をしているPMCsの調査や諸外国やテロリストに対する防諜と言われているが、本業は戦術人形が立ち入ることのできない核の二次被害によって発生した放射能のEMP下から、侵攻してくるE.L.I.D感染者の対応とコーラップス液の被害状況の調査だ。
今回も侵攻してきたE.L.I.Dを間引きするために彼らは怪物たちに向かって引き金を引き、鉛玉を発射させて怪物たちの図体を引き裂いている。
『200メートル、3時の方向に”腐肉喰らい”30。アキ、任せる』
『了解』
通信機越しに聞こえる男の声に、まだ幼さが残る少女のような顔をした”アキ”と呼ばれたヴェル―クトの兵士は隊長のユーリ・フレーヴェン大尉の命令に短く答える。アキ・テルラフ…ヴェル―クトのTACネームはヴェルグ2で隊長のユーリの補佐ができる有能な兵士だ。
応答と同時に腰部に備え付けられたブースターを稼働、平面スレスレを匍匐飛行しながら部隊の100メートルほど前進して、円の書くように右方向に旋回した。
ユーリ達が纏っている、機械的な軽装甲を備えたパワードスーツ"ヴェルゼ"という。
このヴェルゼはE.L.I.Dに対して徹底的な対策を施した装備の"フェーア"に電子ステルスといったE.L.I.D戦に何ら益のない機能を付け足した、戦術人形との戦闘すら視野に入れた実質的な後継機である。
どうしてこんなステルス機が作られたのかというと、鉄血工造が人類に牙を向いて戦線を布告してきたからだ。
I.O.Pに並ぶ大手の鉄血工造でこれほどの被害を出すのなら、他の人形を作っている会社も同じような事をするのでは?という事態を警戒し、もし自分の国の軍用人形が暴れても自分達で対処できる様に開発を命じられたのである。
意外にもこのステルス機の開発を支持したのはそれでもかなりの数のE.L.I.Dを屠ってきたヴェルークトだった。
実はヴェルークトもこのヴェルゼが提唱される少し前に保安局から配備された"AK-12"という軍用と民間の両側面を併せ持った戦術人形に"反逆"され壊滅的な被害を受け、戦術人形ですら信用ならないと考えた結果だった。
この様な厄介な状況から開発された"ヴェルゼ"だが、"フェーア"が対E.L.I.Dに施された徹底的な対策は生きており、前任機譲りの近接格闘戦はキチンと引き継がれている。
他にも開発に伴い、暗視装置や接触通信が可能なデータリンク、現在の地形をモニタリングなどヘルメット型の多彩なデバイスを兼任しているヘルメットも一緒に作られたこのヘルメットは現場では試作品にしてはかなり評価されている。
ヘルメットのデバイスを起動、100メートル先のE.L.I.Dをセンサーが補足したのを確認すると、手持ちのアサルトライフル”A-545"のセレクターをバーストから、セミオートに切り替える。
銃の上部レシーバーに取り付けられた光学サイトがバイザーとリンクしてE.L.I.Dを捉えると、照準補助システムが作動し、赤い点線が敵性目標を捕捉する。
そしてトリガーを引くとその瞬間、通常よりも威力を向上させた5.45ミリ弾が正確にE.L.I.Dの頭を引き裂いてく。
ゾンビのパニック映画のように頭を撃たないと倒せないわけではないが、強靭な肉体に変化したE.L.I.Dは傷による外傷ではなく、内部による衝撃でショック死させた方が都合がいいのだ。
時に頭は強いショック受けた場合、その内部ダメージが前進に行きわたり脊髄を損傷すらしていないのに植物状態になる事例もある。
そんなこんなであっという間に一体を倒すと、別の個体に狙いを定めて再度射撃を開始、また一体のE.L.I.Dを撃破する。
『ヴェルグ5、そっちはどうだ?』
ヴェルグ1もA-545の引き金を引き、味方を取り囲み喰らおうとする、E.L.I.Dたちを素早く、正確な射撃で端から狩っていく。
『確認しています。セカンドチームが敵の誘引が手間取っています』
『分かった。ヴェルグ2、目の前の邪魔者を潰したらひよっこの手伝いに行く』
『分かった、手早く片付ける』
戦術人形が使えない放射線下の状況でたった8人のチーム3つで1000対規模のE.L.I.Dを徹底砲撃のキルゾーンまで誘引か…
よく考えなくてもふざけた話だ、政府や多くの兵士は戦術人形だけでE.L.I.Dを撃退できると考えているようだが…
<で、デカブツだ!?スマッシャーだ!!>
<馬鹿野郎!!相手をするな!奴の叫び声が腐肉ぐらいを引き寄せるんだ!>
<そ、そんなこと言っても…ああ!>
通信機のスピーカーから聞こえてくる倒壊音。腐肉喰らいに捕まったか…!
『急ぐぞ!』
『了解!』
ブースターの出力を上げて、ジャンプする速度を上げる。
ヴェルグ1ことユーリの身体が宙に浮き、そのまま一気にE.L.I.Dの群れに突っ込んでいく。
<う、うわぁぁぁぁぁぁがぁぁぁ―!!>
『おのれ…!』
肉を食いちぎられる悲鳴がスピーカーに響いてくる。舐めた真似を!!
『────オオオオッ!!ゼヤアァアアアア!!!』
着地と同時に、再びブースターを吹かし、跳躍、空中で身を捻りながら、装甲事食いちぎるE.L.I.Dを3体、レーザーを含んだ長刀で瞬く間にたたき斬った。
さらにセレクターをフルオートに変更、毎分900発の弾丸を寄ってたかろうとする、腐肉喰らいに照準を合わせて一気に薙ぎ払う。
『アキ!』
『────はい!!』
ヴェルグ2が素早く食われていた兵士を抱えると1キロ先の後方に下がる。
…治療するためではない、バイタルを確認した時点でもう手遅れの状況だった。
ヴェルグ2が下がらせたのはあくまで苦しみを長引かせる時間を少しでも短くする為に介錯しようと判断して、仲間達が見えない、聞こえない所まで運ぶつもりだからだろう。
その間、抜けた穴を2人分埋めるべく、素早くE.L.I.Dを殲滅していく。
『デカいのに構うな!雑魚を叩け!不意打ちは俺が始末する!!』
『────りょ、了解!!』
ユーリはスピーカー越しに聞こえる、男の焦るような声色を聞いて、味方を失う怒りを冷静さで無理やり押さえつけて思案する。
部隊員同士の距離が狭すぎる、これでは広がった場合に包囲殲滅されてしまう。
『カリンカチーム、すこしだけ散開しろ。すぐ近くに仲間がいないことに不安を感じるのは分かるが、同じ目標に狙うのは弾丸の無駄遣いだ』
『りょ、了解────チーム全員、少し距離をとれ!撃ち漏らしはヴェルグ1がやってくれる!』
それを聞くと、カリンカチームの兵士が少しずつ広がっていく。
よし…これでもう少し効率よく腐肉喰らいを倒せるだろう。
『懐かしいのやら…』
自分も最初はそうだった。戦い方も分からず、仲間を死なせて戦い方を覚えていった。
そんな経験を彼らにさせてはいけない。
あの頃の自分と同じ目に遭わせるわけにはいかないのだ。
『あ、ありがとうございます……助かりました』
『それはいい、それよりも周囲の警戒を怠らないように』
『は、はい……』
────警報が鳴る。両翼から、E.L.I.Dの群れか…数は熱量の範囲と照らし合わせれば合計100前後だな。
『────ヴェルグ1!!』
『分かってる、だが焦るな』
このタイミングで交代しても両翼の腐肉喰らいはこちらを追いかけてしまい、散らばってしまう。
奴らに気づかれないようにするには少しずつ、下がらなければならない。
『ヴェルグ3、ヴェルグ5、ヴェルグ7!お前たちは後退しつつ、左右の腐肉喰らいの注意を引いてくれ、その間にカリンカチームをゆっくりと後退させる!』
『『『了解!』』』
通信機越しに指示を出し、応答した部下たちが一斉にブルパップ型のPKP軽機関銃のけたたましい音を轟かせる。
その隙にユーリ達は、静かに後退を始めた。
『カリンカチーム、何度も言うが慌てるなよ』
『了解!』
今のところは順調だ────スマッシャーの身の毛のよだつような咆哮が良く効いて集まってくれる、このままいけば、大多数の腐肉喰らいを誘引できるだろう。
何事も頭の引いた図面通りにいくとは限らないのだ。
『ヴェルグ4より報告────後方より敵増援多数!!数およそ300!!』
『ち…!』
もう一つのチームが誘引した奴がもう来たのか。
『案外早いな────カリンカチーム、一人づつ俺のチームと合流しろ。仕事納めは早いぞ!』
『了解です!カリンカチーム、後衛から一人づつ下がるんだ!ぬかるなよ!!』
『了解!』
ヴェルグ2とヴェルグ8がカリンカチームに合流し、ヴェルグ1が殿を務める形で、カリンカチームが下がっていく。
『ヴェルグ3!そっちに行ったぞ!!』
『お客様の接客は任せとけ!オラ!!』
後方から迫る、E.L.I.Dをブルパップの掃射で薙ぎ払う。
『ヴェルグ3!そのまま、カリンカチームの援護を頼む。────よし』
A-545を両手で撃つのを止めて、片手に持ち直す。そして、空いた方の片手で長刀を手に取った。
『────さあて…』
腐肉喰らいの距離は50メートルを切った。自分は殿、確実に近接格闘戦をしなければならないに違いない。
『ヴェルグ8、そっちはどうだ?』
ユーリは静かに呟きながら、A-545を構え直した。
『思っていたよりも、腐肉喰らいをデカブツが集めてしまったようでして…こちらも砲撃の継続をしていますが、群れの数が多い、撃ち漏らす可能性が高いでしょう』
あのデカブツめ、今日はよく働くじゃないか。
自動照準にするべきかもな、EMP下の自動照準はあまりアテにしたくはないんだが…
『危険です、後退するべきです』
『まだ、カリンカチームの後退が済んでない。下手に動いたら、修正が聞かなくなる可能性がある。』
危険だと思ってくれる言葉は嬉しいが、ここで全員が一斉に退いたら、腐肉喰らいが一斉に、バラバラな軌道で退いた兵士たちを追いかけるだろう、それは被害が大きくなる。
『了解……!』
ヴェルグ8のどこか不満げな声を聞き流しながら、喉元にまでたどり着いた言葉を飲み込み、A-762を撃ち支援を継続する。
『さらに、腐肉喰らいが来ました…数、150…!?』
『150もか…』
なるほど、すごい数が立て続けにやってきたな。
『カリンカチームの後退完了!隊長も早く!!』
『いや…まだだ』
まだ、その時じゃない…
『何ふざけたこと言っているんです!?もう、アナタと前方の腐肉喰らいまで20メートルもないんですよ!?それに、全方向から詰めてきた腐肉喰らいだって、もう────』
『奴らがここまで誘引されているんだぞ?ギリギリまで踏ん張ればさらに腐肉喰らいを呼び込める!』
『────な!』
無線越しにヴェルグ8の声にならない息遣いが聞こえる。
『────この数だ、明らかに想定よりも多すぎるキルゾーンに誘い込んでも数が多すぎて、すべて誘いきれないかもしれない』
そうなれば砲撃のどさくさに食われる可能性がある。できる限り集めた状態でキルゾーンに誘い込む必要がある。
『ここで奴らを整頓してやる!!』
『そんな無茶を────』
ユーリの長刀を握りしめる握力がどんどん強くなっていく。
「「「────ぐうあああああああ!!!」」」
身の毛のよだつ方向がすぐ近くまで聞こえてくる。それに比例して自分の中では緊張と高揚感が沸き上がる。
『────来い!』
腐肉喰らいが、あと10秒もしないうちにこちらに来るという時だった。
「「ガアアアアァッ!!!」」
突如として、先頭にいた腐肉喰らいが苦しみだした。
一体何が起こったのか理解できない。だが、すぐにわかった。
ユーリがA-545の5.45×39ミリ弾をE.L.I.Dの胸元に当てて、無理やり動きを止めたのだ。
「────ガッ!?」
さらに、突然動きを止められたので後ろにいたE.L.I.Dの障害物となって、激突。転んでしまう、さらにそこで転んだ腐肉喰らいに躓きどんどん引っかかるように転んでいく。
「────ウオオオオオッ!!!」
『────!!』
だが、別の咆哮から来るE.L.I.Dは躓かない。だが、ユーリはそれも想定していた。
『────ハッ!────ヤアッ!!』
もう片方の手に持っていた、長刀でいなすように切り裂いて転がしたのだ。
そして、転がされた先でE.L.I.Dはさらに転がったE.L.I.Dに躓いて────動きが鈍る!!
『────今だ!!』
その瞬間、ユーリが勢いよく飛びあがった。
E.L.I.Dは我先に、ユーリにむかって腕を伸ばそうとするが、そうはいかない転がったE.L.I.Dに脚を取られてボーリングのピンのようにゴロゴロ転がっていくのだ。
『行ける…!これなら、奴らを上手く纏めることが出来る!!』
ヴェルグ6もあまりに大胆な戦法を編み出しつつも誘引するための基本を押さえている、ユーリの戦い方に思わず感嘆の声を上げる。
『このまま釣り上げろ!!』
『了解!!』
『了解!!』
『了解!!』
『了解!!』
『了解!!』
他の隊員たちが応答する。
『────さあ、ここまで来い腐肉喰らいどもめ!!』
「────ウオオオォ!!」
小刻みにジャンプして、E.L.I.D達の視界に上手く入りつつ、距離を取る。
視界に入らないとE.L.I.Dはこちらを追いかけてくれない。
「────ガアアァッ!」
腐肉喰らい達が一斉に殿のユーリに飛びかかる。
だが、ユーリはそれを待ち構えていた。
『────フッ…』
飛び上がった、E.L.I.Dをよりもさらに高く飛び上がり回避。
ユーリを襲う事に意識を集中していたE.L.I.D達は自分達の正面に何があるか分かっていなかった。
「────ギャウッ!!」
その瞬間、戦闘にいたE.L.I.Dが何かに落ちたような悲鳴を上げて転倒。
そこにあったのは────穴だった。クレーター状の大穴だった。
イナゴの様にただ先頭を追いかけていただけのE.L.I.D達も次々にクレーターの穴に落ちていく。
『────今だっ!一気に引きつけろ!!』
穴の向かいの外側までジャンプしていたユーリの号令で穴から這い出ようとしたE.L.I.Dや穴に落ちなかったE.L.I.D達に向かって集中砲火を浴びせる。
ここが彼らのキルゾーン。E.L.I.D達を引き込んでそこから逃がさない"アリジゴク"だ。
「「ギイィッ!?」」
「────ガアアァッ!!」
穴から這い上がろうとする個体に砲撃を加え続ける。
『────信号弾!!』
ユーリの指示で待機している砲兵にヴェルークトの隊員達が決まった数の信号弾を打ち上げる。
ちなみにユーリ達が打ち上げたのは赤い信号弾3つだ。
2つ以上ならキルゾーンに向かって砲撃していいという合図だ。
3つ撃ったのは今の天気が曇りだから、視認できない可能性があると考慮したから。
ちなみに緑の信号弾を撃った場合は失敗、青の信号弾を撃った場合は砲兵達が襲われる可能性があるという警告になる。
信号弾を上げてから2分弱、さらに上がる無数の火の玉が空に見える。
砲撃が始まった。
『これくらいでいい!交代しろっ!!』
ユーリが指示を出し、ヴェルークト隊員達はその場を離れる。
その十秒後、無数の砲弾や対地ミサイルが一斉にアリジゴクの中を耕す様に降りかかる。
「「ギイィッ!!?」」
「「グアアァッ!!!」」
降り注ぐ爆発音と共に大量の煙が上がる。
それはこの攻撃がどれだけ効果的かを示していて、何人の隊員達も思わずニヤリと笑みを浮かべた。
『……どうだ?』
ユーリがアリジゴクの中を覗き込む。
穴の中は黒焦げそのものだ。死体すらまともに残っていない。
全部炭してしまったらしい。
『…………』
その後、しばらく待っても何も出てこないことを確認してからユーリはアリジゴクから離れた。
作戦は成功した。
『────帰ろう。任務は完了した』
ユーリの声で兵士達は帰路についた。
『隊長』
アキがユーリに近づいて、話しかけてくる。
恐らく、さっき襲われたやつについてだろう。
『さっきの新米ですが…やっぱり、ダメでした。変異が始まったので、独断で介錯を』
『そうか…辛い事をさせたな』
この放射線下で近距離であるならば問題ないが、アウトレンジになると通信できる可能性は望み薄だ。EMP下での長距離の無線はほぼ行われない。
こういう事後報告ですら、もはや公然のものとなっている。
────ソルノク基地
「おおー!お疲れー!!大尉さん!今日の任務も成功のようっすね!!ご苦労さん!」
「ヴィシャスか…」
戦場が放射能のEMPで色濃いので待機させていた、外務省が配備させた戦術人形”ヴィシャス”が出迎えてくれた、いつもなら軽快な態度に答えてあげた所なのだが、今回は状況が違う。
「悪い…今日は、仲間が殺されたんだ」
「あ…すみません。無神経で…」
「いや、いい…それよりも話があるんだろう?」
ユーリが問いかけると、ヴィシャスが頷いた。
「”あの方”が大尉に話があるって」
「分かった」
死んだ仲間の弔いを済ませ、墓を建てたのちにユーリは”あの方”に通信を行った。
こんな危険な僻地に自分の通信を傍受できる方法といえば、通信相手の電波を傍受するぐらいだが今、自分が連絡を行っている”あの方”の電波なんてたとえどれだけ保安局が頑張ろうとも傍受が出来るとは思えない。
<ユーリか、待っておったぞ>
「お待たせして申し訳ありません。”アドミニストレーター”」
古めかしい言葉遣いをしながら、声を聴くだけでも凄まじいプレッシャーを放つ”あの方”…”アドミニストレーター”にユーリはまずはすぐに連絡を入れなかったことについて謝罪を入れる。
<仲間の弔いがあったのであろ?ならば、遅れても攻めはせん>
「ありがとうございます」
その返事を聞き、ユーリは本題に入った。
<どうだ?新人の方は?>
「よくはない、と思っています。近接格闘戦はともかく…装備の扱いが最も目を引きます、ブースターを跳躍ではなく飛行をそれも長く使っているせいでかなり燃料を使っていますので作戦の行動範囲を逆に狭めてしまっているので、かなり装備や戦術人形に頼っているのが見受けられます」
<そうか…ならば、感染者の囮も引き付けも引き続きお前らが?>
「ええ、でも私に連絡を入れたということは世間話をするためではないんでしょう?それで、私にどのような御用でしょうか?」
<話が速いのは良いことだ、実はお前にまた、頼みたい事があってな>
アドミニストレーターが写真を送ってきた。見た所、大きく、長く国境線を引くように障害物が出来ている。この街並みはベルリンか?
他の写真も見てみよう、この研究施設…少し、見覚えがあるな。
自分がパラデウスに捕まった際に見た、不気味な施設と作りがよく似ているな…
<お主が見ている写真の研究所はフローラ研究所という、ドイツの研究機関だ>
「フローラ?」
ユーリがフローラ研究所という聞き覚えのある単語に反応した、たしかある依頼でM4達がエピフィラムの花を回収した時に依頼を出したところが確かフローラ研究所というところだった記憶がある。
<ああ、お前が知っているあのフローラだよ。CIAが所在地を見つけてくれてな、いろいろ教えてもらった。思っていた通り、パラデウスと政府ぐるみでいろいろやらかす気配があるようだ。そして…情報を精査した結果、私の予測では近いうちにドイツで大きい悲劇が起きるぞ>
「パラデウス…」
近いうちにまた、相まみえるだろうとは予感していた。莫大な軍事力から見て油断しているところの足元を掬うような普通のテロリストと違うとも思っていた。
<だが、もっと重要なところがあるの。ユーリ、最後の写真を見るがよい>
そう言われて、ユーリは最後の一枚の写真を見た。
そこには、一人の男の姿が映っていて、その男を見てユーリは驚愕した。
「”グリフィン”…!?」
<ああ、我々の視界にようやく映ってくれたよ。ユーリ、お前に任務を2つ言い渡す。1つ、ドイツでのパラデウスのテロを未然に防げ。2つ、”グリフィン”を始末しろすでに外務省に正式な命令を出せるように話しておる>
────数日後
「そういうことだ、我々はしばらく東ドイツに行く。4人と1人の戦術人形でね」
命令を受けた次の日には、もう作戦指令書が届いていた。
内容は東ドイツに潜入している保安局の監視と書かれているが実際の内容は”あの方”に命令された通りの内容だろう。
なんでよりによって、連れて行くのがこの4人なのかというと。残した方に理由がある、残された方は”あの方”の事をまったく知っていない。
”あの方”の話によればこの後アメリカや、フランスから自分と同じように指令を受けた”同士”が我々と共同で作戦に当たるというから”あの方”と関係がない連中を連れて行っても、かえって混乱を招く。
それに、もしヴェルークトを全員連れて行って、殲滅でもされようものなら新ソ連でE.L.I.Dに対する近接格闘戦に秀でた人間兵士はいなくなるのだ。
そうなったら、EMP下での対E.L.I.D戦は出来なくなってしまい、E.L.I.Dたちに成長の機会を与えてしまう。だからこそ、隊の再建が出来る人物も前もって残さないといけないそういう理由もあったのだ。
「お前たち、帰るまで長くなるかもしれないが…留守番頼んだ」
「頑張れよ、生きて帰ってこい」
部下や新人達に見送られながら、ユーリ達はバギーに乗った。
今回は前回のパデルスィキの潜水艦とは違い車と陸地でドイツに向かう。
<ユーリ、もうドイツに行こうとしているところか?>
「はい、車に乗って観光客を装って入国しようとする為に陸路でドイツを目指しています。どうしました?」
運転している最中、あの方から連絡が入る。
そういえば、定期連絡の時間だったな。
<ふっ…久しぶりに世間話はどうだ?>
「世間話…ですか?」
世間話か…いや、この人とは定期連絡の時もよくやっているな。
<M4…いや?レイラでもよかったのかの?アイツが訓練を突破した。本日付けで正規兵だ>
…え?でも、M4が俺たちの"仲間"になったのは数ヶ月前なんだろう?
訓練が終わるのが早すぎないか?普通は1年経つのが当たり前なのに…
<凄まじい潜在能力だ。アイツ自身は訓練を死にそうになりながらやっていたそうだが…我々からみたらあり得ないほどの成長スピードだよ>
「そんなに…」
<明日から任務よ。かけたい言葉があるなら録音して送ってやるぞ?>
…いいのか?いや、いいんだろう。それに、俺もM4とは何度も離れたり再開したりの繰り返しだ。
せめて、彼女に向けた声だけでも届けられるなら…俺も"アドミストレーター"の好意に甘えよう。
「頼んでいいですか?」
<良いぞ?何ならもう、録音しておる。話すがよい>
「ありがとうございます。…すぅ、はあ」
心を落ち着かせる、緊張する自分を抑えて、彼女のことをナスとかカボチャとか思わず、M4A1…レイラに個人に向けた言葉を送る。
「おめでとう、レイラ。君が”あの方”に呼ばれるなんて聞いたときはどうなるかと思ったが…まさか、スカウトされたなんて思いもしなかったよ。
君に何事もなかった…わけじゃないが、無事で安心した。
俺は今地上にいるからな…海底基地にいる君とは会うことが出来ないのは残念だよ。
傷の事は心配しないでくれ、もう戦場に出れる体に戻って東ドイツの方にいるあの方の指令で外務省の仕事を続けている、後は…後々訪れるグリフィンの為に下準備かな?
…すまない、緊張して世間話が少し長くなってしまった。
俺個人の感想だが…正直、仲間になってくれるのはとっても嬉しい、期待もある。
君はこれから君自身が予想もしない出来事をたくさん知るだろう、その出来事が君自身の視野を更に広げて、様々な視点から見渡せるようになるはずだ。
俺はこれからも成長するであろう君に期待している。
ありがとう、M4…そして、愛してる。…録音終わり」
…ユーリは全てを吐き出す様に自分でも驚くくらいスラスラと溢れ出る言葉を話していた。
まるで、すぐ目の前にM4がいると感じるほどにスラスラと言葉が溢れ出た。
<フフ…聞いただけで恥ずかしくなる様な言葉の数々よな。まぁ、よいそれすら素直に言えることこそがお前がアイツを愛しているという証拠にもなる>
全く、こんなにプレッシャーを感じる声なのに揶揄う事に事欠かないのだから…
<ユーリ。分かっていると思うがグリフィンは貴様がずっと探していた男だったな?────ようやく見つけた獲物だろう?しくじるなよ?>
「了解しました、お任せください」
<期待しておるぞ、ユーリ>