その頃…
「よく帰ってきたな。お前が最後だ、ワタシも嬉しいよ」
「恐縮です」
海底の奥深くに煌めいている、一介の都市と同じくらいの広さを誇る巨大な"都市"では毎日忙しなく、稼働している…そして、今日は特に忙しなく稼働していた。
「先に帰還したA-545は今は何を?」
「お前が送った例の物を試している。お前が連れ帰った"アイツ"はお前がやらせた仕事を続けているよ」
ロクサット主義がここを知ることになったら彼らは恐ろしく脅威に感じ、根こそぎ奪いたいと感じるほどの技術でこの都市は少しずつ、発展し続けている。
その脅威自体もこの海底の都市そのものの存在が認知して初めて起きるだろう…幸い、この海底都市はロクサット主義の重鎮の誰一人もがその存在を認知していない。
「雰囲気が変わったな、お主も」
「それだけの時間の時間が経ってしまった…ということなのでしょうね」
「そうだな……まさかお主らはあそこまでの"大役"をすることになるとはな」
監視役を思わせる大勢の護衛の兵士達と共に廊下を歩かされるアドミニストレーターのその様はまるで病院の院長回診を思わせる。
「移動はどうだ?」
「ここに来るまでは一瞬でしたので…問題ありません」
「さすが、M4A1。技術の進歩は凄まじい物だ」
そのアドミニストレーターと会話をしている、ひとりの乙女……はまるで蒼炎を思わせる美しい蒼色の髪を靡かせて、優美な足つきでアドミニストレーターと歩調を合わせて会話をしている。
そして、彼女は"M4A1"と呼ばれていた。
「ユーリの姿はどちらに?」
アドミニストレーターは「やっぱり、その話が出たか」と言いたげな顔で蒼色の乙女に笑いかけた。
「仕事だ」
「任務ですか?……いえ、"数ヶ月経っていた"んでしたね。不躾でした」
「すまないな、会いたいと思っていたところに。奴はまだドイツにおる」
蒼色の乙女が深海が見えるガラスに手を添えた。
「…何か、問題が起きたのですか?」
この乙女が知り得る情報では自分が帰ってくる時間にはユーリはここに顔を出すという話をアドミニストレーターから伺っている。
今の質問は彼女から出てきて当然のものだろう。
「まぁ……お前からしたら小競り合いみたいなことだが……我々には大切な事情に苛まれたのだ」
「アドミニストレーター、卑下なさらないでください。あなた方の問題は私たちの問題でもあります。今、彼らの状況は?」
「一応順調だ。見込みでは今日に間に合う任務だったのだが…ドイツである"モノ"を見つけた」
アドミニストレーターはサッと空中を手で払うとその手から飛んできたかのように、M4A1のキューブ型の端末に新規の情報が共有された。
M4は端末を取り出して仔細を確認した。
「成る程…順調すぎたか。ユーリがすぐに帰れないわけね」
内容が分かってくるにつれて、M4A1の思考の中に「コレは帰れないな」という考えが湧いてきた。
「是非とも、お主に護衛をしてもらたい所だが…それより優先してやってほしいことがある」
「…何がありました?」
「我々にとって、さらに厄介な事情が起きた」
アドミニストレーターがもう一つの情報を飛ばし、確認した内容に乙女の機嫌があからさまに悪くなった。
「……まさかこんなことになってるなんて」
「分かっておろう?こいつは野放しに出来ぬ」
「確かにこれは対処しなければなりませんね。…まったく、E.L.I.Dもどうしてこんな時に」
「M4A1……いや、レイラ。帰ってきた手前で申し訳ないのを承知して頼めるか?」
M4A1は頷く。
「もちろんです。私たちの関係は今も変わりません」
「頼む、M4。世界を任せた」
「ひとつご相談を。これが終わったら、私からユーリを迎えに行っても宜しいでしょうか?」
そう言って蒼色の乙女は自分のキューブ型端末を仕舞い込み、手を振って反対側の方向に歩き出す。
「やり方は任せる、好きにするといい」
「ありがとう、では行ってきます」
その言葉を最後に蒼色の乙女は任務を始めるための準備を始めた。
「ワタシみたいなやつの対応にも手慣れたものだな。そろそろ、いいタイミングだの、子供達に直接連絡を入れよう」
「通信は安定、いつでもどうぞ。それとアドミニストレーター、頼まれたものです」
蒼色の乙女の姿が見えなくなったのを理解して、護衛の兵士からキューブ型の端末を受け取る。
端末にはあの蒼色の乙女の基本スペックが記載されていた。
「あらゆる面がこの世のモノとは思えない数値をしておるな…なるほど、これが”第四世代人形”のスペックなのか?”M4A1”?」
同じ頃────ドイツ:ブレーメンでは
<…ユーリ聞こえるか?>
「はい。聞こえます」
ドイツ・ブレーメンに潜伏していた、ユーリ・フレーヴェン大尉がキューブ型の端末を取り出して、アドミニストレーターからの交信を拾った。
<物資はキチンと届いておるか?>
今回の任務はいつもの任務とは違う。
まずは、民間軍事会社グリフィンを支援して、"とある目標"を回収するのが優先目標に切り替わっている。
命を守る対象は"とある目標"だけではなく同行したグリフィンの人形小隊、そして指揮官もだ。
<パイプ作りには現地の工作員も苦労したと聞く、その苦労が報われたな>
その条件を我々が達成するために必要な装備をアドミニストレーター曰く、いくつかのダミー会社を経由して工作員が郵送で送るように、手配してくれたらしい。
「…強化装備以外にも、銃もあるな。おぉ…A-545まで運んでくれたんですか?」
コンテナの中には強化装備の他に、自分の愛銃"A-545"とその予備マガジンが同梱されている。
<ああ、少しでも使い慣れた武器を持たせてやった方が良いと思ってな>
「ありがとうございます」
────気が利くな。ユーリは無意識に笑みを浮かべた。
自分達は先に"護衛役"の方を済ませるため、"A-545"より性能では劣るがよりコンパクトに持ち運べる"AM-17"で作戦を続けると思っていた…
でも、アドミニストレーターは自分たちの事を考えてくれて、より性能が高く、使い慣れた銃を全員に送ってくれたのだ。
<その感謝と引き換えにお主らに一つ条件を課す。今回は"グリフィン"よりも"例の存在"の確保を優先してほしい。もし、"グリフィン"の始末は生きていればまたチャンスが巡るであろうが…"例の存在"だけはな…>
「ええ、分かっています。必ず、例の存在を確保して見せましょう」
あの存在だけは回収できなかったら、他の存在を見つけるまで自分の一生以上の時間が掛かるかもしれない。
それだけ、"あの存在"は重要だ。
<健闘を祈る。腕の見せ所だぞ、大尉>
アドミニストレーターの激励を最後に通信が切れた。
辺りを見回すととっくに自分以外の工作員達は自分の強化装備を装備して、異常がないか入念にチェックをしていた。
「よし、お前達!装備に不備はないか?」
この作戦の統制を執る、グランブルもヨーロッパの気候に対応した強化装備を纏う。
機能は細かい運用の方法は異なる強化装備は世代が変わらない限り、どれも似たような姿形をしていた。
「問題ありません」
「同じく」
グランブルも部下たちの返事を聞いて、自分も装備を確認する。
姿が似る理由はE.L.I.Dの対処の方法がある程度決まっているも理由の一つだ、だが、最も大きい理由を上げるとするならこの装備の基本的な概念がアドミニストレーターから提供された情報であることが大きいだろう。
ベースにしているデータがどれも同じなので、どうしても大まかなレイアウトが同じになるのだ。
「全員、変更された作戦の詳細は理解しているな?」
「はい」
自分達が始末する筈だった男から送られてきた資料であるのは癪に触るがこれも仕事をやり遂げるためだと割り切って内容にもすべて目を通して、頭に叩き込んでいる。
全員が自信を持って答えているのがその証拠だ。
「知っていると思うが、ユーリ、グリフィンの出迎えと案内は…彼らと面識のある、お前に任せる」
「了解です」
明らかに自分を工作員”グリフィン”の始末から外すと宣告されているようなもの、要は「こいつは本当は敵なのではないか?」とあからさまに疑われているのだ。
そのユーリ本人は特に嫌がる事もなく、あっさりと引き受けてくれた。
その理由は事前に了承されたことではあるが、始末する相手に手を下すことなく”標的”やあまつさえ自分を殺しかけた人形とすら取引して見逃したことを彼自身が後ろめたく感じているからである。
「アンジェリアはどうしますか?また、邪魔が入りますよ?」
フランス人の女性工作員が先日起きたことを懸念する質問が入る。
モリドーと呼ばれるウルリッヒの秘書とアンジェリアを乗せた飛行機が空中でトラブルを起こし、河川に胴体着陸をしたのち、ドイツの[[rb:秘密工作員 >シュタージ ]]に”護送”されたところまで確認している。
「あれだけの騒ぎを起こしたんだろ?暫くは出れんだろうさ」
「暫く?今すぐに出るに違いないわ」
イラク人の工作員が「妨害すらできない」と楽観視しているのをフランス人の工作員が「そんなわけがない」と否定する。
「そこまでだ。どうして、作戦前にいつも口喧嘩をするんだ貴様らは、え?」
グランブルのため息の入り混じる声で一同が納得しないまま口を閉じる。
「グリフィンが逃すのなら奴はアンジェリアに次の指令を出す。その時に動けばいい」
グランブルだって、グリフィンがアンジェリアが逃がすことなんて目に見えていたし、その指令を出すときに何の予防策を実施していないとも思えない、きっと今回も奴にまんまと逃げられるに違いないなんてことは分かり切っていたことだ。しかし、それでも今はそう言うしかない。
──────作戦開始時刻になり、ユーリたちの”民間軍事会社のグリフィン”を支援し、例の存在を確保するA(アルファ)グループ、”工作員のグリフィン”を始末するB(ベータ)グループに分かれて、各々の目的地にブレーメンを出発した。
ユーリたちアルファチームは激しい戦闘が予想されるので全体の7割が振り分けられており、ベータチームは小回りを利かせるため残り3割の人員すべてが先鋭で割り振られていた。
「冬でよかったぜ、厚手のコートを着ることが出来る」
「そうだな」
自分の隣の席に座っている、ペルー人の工作員が今日の季節に感謝していた。
ユーリたちは強化装備を厚手のコートの下に隠して、長距離バスで移動していた。アキ(ヴェルグ2)は電車、グレゴリー(ヴェルグ3)はレンタカーで言ったように各々、異なる方法で目的地でたどり着き、現地で合流することになっている。
とはいえ、行き方が被ることはよくあり、このようにたまたま同じ移動手段で仲間と移動するなんてことは特段珍しいことじゃない。
「暇だな、ガム食ってんのか?」
「ん?そうだ。”紙あるか”?」
隣にいるペルー人が聞いてきたので、ユーリはポケットから取り出した一枚の紙を渡す。
──────怪しい奴が乗り込んできた、多分シュタージ
彼は俺たちと同じチームのペルー人の工作員だ。
ユーリから受け取った紙の文面を素早く読み終えるとその紙に向かって口に含んでいたガムを吐き捨てた。
バスが停車して、バスに人が乗り始める。
殺気のような視線が増えてきたのが、二人に分かってくる。
殺気を隠すことが出来たとしても、明らかに鍛え上げられた男たちが乗るだけで、二人には”危険な存在”であることを理解するのは十分だ。バスの運転手の背中すらこちらに注がれており、明らかに彼らとグルであることを理解できた。
そもそも、長距離バスで新しく人を乗せる距離はとっくに過ぎているのに新しく乗員を乗せる時点でおかしいのだ。
その後も、どんどん長距離バスがをが乗せるくせに5時間移動しているのにトイレ休憩すらもらえない辺りもう怪しさを隠す気概すら感じない。
「”トイレ”行きてえ(ここでやるか?)」
「我慢しろ、次が来るまでな(まだです)」
ようやく、バスが高速道路のパーキングエリアで停車した。
ユーリがGPS座標を確認する。
「(すこし、はぐれているな)」
バスが移動するルートは長距離バスが宣伝していたルートと違う方を走り始めていた。
ユーリたちが席を立った瞬間、道を塞ぐように十数名の男たち…いや、ほんの数人女がいた。そいつら立ち上がり、ユーリたちの移動を妨げる。
「悪い。トイレに行かせてくれ、連れが漏れそうなんだ」
男たちは答えない。
人生で一度も喋ったことがないくらいに静かだ、口元一ミリも動かない。
そのまま、ユーリたちの前に展開し始め、数名がユーリたちの行く手を阻む。
「漏れそうだ(ここで、やるぞ)」
「3時と11時」
このままにらみ合いが続くかと思ったその直後、残りの数名が銃を取り出し、それをユーリたちに向ける。
「──────!」
ユーリとペルー人の工作員は素早く身体を仰け反らせた。
──────ドカッ!!っと乾いた音が社内に鳴り響き、タバコの煙より焦げ臭い硝煙がバスに染みこむのと同時に2人がいた所に銃弾の穴が開いた。
「(いきなり発砲かよ)」
ユーリが悪態をつく間にも乗員たちが銃を取り出すのが見えた。
「この野郎!」
ここでくたばるのは御免だ。ユーリは”PL-15”ハンドガンを取り出すとさっき撃った男に合わせて発砲しようとして連中より素早く弾丸を叩き込む。
「──────!!」
2人くたばったところで、ペルー人の工作員もFN Five-seveN mk3を引き抜き、続けざまに発砲しようとした男の頭に弾丸を叩き込んだ。
「今の内だ!!」
「ああ、クソ!シュタージめ!ぶっ殺してやる!」
ペルー人の工作員がコートを脱ぐとコートの下から強化装備が見えた。
コートの下に隠しているのは武器だけだと思ったんだろうシュタージの工作員たちからどよめきの声が聞こえる。
「ああ、誰も逃がさん」
ユーリもコートを脱ぎ捨て、強化装備を起動させた。
そして、ユーリたち閉じ込めるはずの檻だったはずの、長距離バスは今やシュタージの工作員が簡単逃げられなくする牢屋に変わり果て、バスの中は阿鼻叫喚の声が響き渡った。
「運転手もグルだったとはな」
──────3分後、一帯が鮮血と血肉で彩られたバスの中にいた工作員をユーリたちすべて調べ上げたのち、バスを降りた。
返り血は浴びなかったが、血の匂いが染みついたように感じる。
「手厚い歓迎だ。他の連中は大丈夫かねえ」
「恐らく、俺たちと同じように襲われているはずだ。だけど、この程度の実力だからな…警察も来ないようだし、シュタージが勝手にやっている可能性もある、切り抜けるのは容易だろう」
ペルー人の工作員のセリフにユーリが自分の分析とそれに基づく考えを述べる。
「お前の言う通りなことを願うよ…で、これからどうする?どうやって目的地に行くんだよ?」
「それは…ここから先は徒歩だろ。車を使ってもいいが、それだとまた同じ目に合う可能性が高いからな」
「うへえ、集合までに遅れなきゃいいけどな」
ペルー人は愚痴りながらもユーリについていく。
ユーリはキューブ型の端末を取り出して、GPS映像を確認する。車で行けば後、8時間の距離だが…徒歩で行くとなると…
「15時間はかかるかもな」
多分今のユーリたちの顔はため息が出そうな顔になっているだろう、愚痴を言って立ち止まっても変わらないのでそのまま歩き始める。
──────15時間後…
「よし、ついたぞ」
ユーリたちは紆余曲折あったが何とか、目的地に集合時間内にたどり着くことに成功した。
集合場所には自分たち以外の工作員もちらほらたどり着いているように見えるが、やはり全員そろっているように見えない。
「ユーリ」
「アキか」
電車での移動を試みたアキがこちらに手を上げて近づいてきた。
「大丈夫でしたか?自分はシュタージの工作員の襲撃を受けて…」
「お前もか?実は俺もなんだ」
やはり、ユーリの予想通り工作員たちはシュタージの工作員による襲撃を受けたらしい。
「”リーダー”は作戦の行動時間を1日ずらすと言っています」
「いい考えだ。全員が来てくれるまでちゃんと待ってあげよう」
余裕をもってたどり着けると踏んだ移動方法を計画した自分ですら、時間ギリギリにここにたどり着いたのだ、他の連中がたどり着くのは何時になるのやら。とても、全員が時間通りにたどり着けるかは疑問だ。
だからこそ、リーダーの判断は良い選択だと思う。
──────次の日
時間をずらして待った結果、工作員全員が集合場所に揃った。
遅れた連中はやはりというか自分と同じようにシュタージの工作員に襲われたらしい。リーダーの判断は正しかった。
全員がそろったところで小休憩──────その後、リーダーが任務の再確認を始めた。
「全員そろって何よりだ。じゃあ、作戦の説明と細かい修正点について説明を始める。まず、我々が目指すのはここだ」
リーダーがデータリンクで地図を見せる。
「情報によるとここから、3キロ進んだところに宗教感の強い村がある。村の傾向としては極端な程強い文明、機器に対する嫌悪感だ。村に対する嫌悪感は別に潜入をするでもないから、放っておくとしてだ。この村にたびたび訪れる”聖女”を確保するのが我々の任務だ」
”聖女”──────それが、何としてでもユーリたちが手に入れたい”例のモノ(者)”だ。
「まず、こちら側が協力を依頼したグリフィンの指揮官がこの”聖女”と接触、そして捕える。この”聖女をとらえた瞬間から、パラデウスがぞろぞろと集まることを確保しておけよ?」
周辺調査をしたところ、パラデウスの巡回兵器が多数見つかった。明らかにこの村はパラデウスの支配が行き届いている村であるのに違いない。
「グリフィンの指揮官が移動するのに合わせて、こちらも行動を開始。ブレーメンの時と同じく遅滞戦術を試みる、グリフィンの指揮官が指定座標まで後退するのを支援する」
我々の武装の中に”カリエス”を始めとしたステルス機が配備され始めたのは運が良かった。
E.L.I.Dに対しては余り効果が期待できないステルスは対人戦というリソースを長期的に割り振りたくないこちらにとっても都合がいい武装だからな。
「後退が終わった後、次の作戦をグリフィンの指揮官と共に発表する。質問あるか?」
自分は特に質問はない、確認したいことはリーダーの説明で理解できた。
「ないか?なら、グリフィンの指揮官がこの村に来る時間までに装備を整えておけ!」
──────物思いにふけるたび、いつも思い出す。
砲弾の雨による振動、火炎、騒音──────それらがさっき肉体労働に文句言ったり、余裕こいていた人形達に降り注ぐ。
──────指揮官?
砲弾の火炎に焼き尽くされ、無残な残骸に変わり果てた戦友の姿を見た途端、見る見るうちに恐怖を覚えて、人形達はパニックに陥る。泣き叫ぶ者もいた。錯乱して暴れ出す者までいたのかもしれない。
──────指揮官?
指揮官として、自分が出来たのはただ見ることだけだった。それが、自分のとって、とても恥ずかしいことで…そして
──────起きてください!指揮官!!
けたたましく、雷が落ちてきたような怒鳴り声でようやく目覚めた。目の前には怒り心頭で自分を睨む戦術人形Ots-14"グローザ"が立っている。
自分は輸送機の中で寝ていて、傍らには毛布がかけられている。どうやらここに辿りつく前に眠ってしまったらしい。
「あ、グローザ」
「もうついてますよ?”フォトン”」
グリフィンの指揮官”フォトン”は掛けられた毛布をOts-14に引っぺがされて「悪かった」と平謝りする。
周りを見回すと彼女以外どこにもいなかった。
「えーっと…」
「もう全員出払っているわ。忘れたんですか?”着いたら即行動”って、あなたが行ったのに」
「いや…その」
何も覚えていないわけではない、むしろ覚えていたからこそ恥ずかしいことをしたと自己嫌悪に陥ってしまいそうだ。
Ots-14は心配そうだ?そんなにしゃっきしりしていない顔か?自分は?
「テストしてみない?何でここに来たかすら覚えているか」
自分の失態とはいえ、それは上司に対して失礼が過ぎる発言だろう。思わず顔をしかめる。
「覚えているに決まっているだろ?」
「なら、ここに来た経緯を説明できますよね?」
彼女の瞳は何時になく挑戦的だ。
さっそく、ユーリはここ、ドイツの首都ベルリンに来た経緯を思い出す。
話は、おとといに遡る。
フォトンはゲーガ―の捕獲作戦を済ませた、報告書を自分が読んでいた。
グリフィンの稼働率も回復し、バックアップで復元された人形達の数も50%まで増えてきている。
良いことも多いが、回復のためにはいろいろと手続きをしなければいけないことが山積みで、一日中仕事をしても片付かないことだらけだった。
こんな面倒なものを前任の指揮官、今の軍事顧問のユーリ・フレーヴェンという男は良くも簡単に押し付けてくれたものだ。
「ぬるくなっちまった」
フォトンは全く温かみを感じれなくなったコーヒーのことで悪態をつく。ぬるいコーヒーほど不味いコーヒーも存在しないだろう。
口につくのカフェインだけで全くありがたみを感じない。
軍事顧問様がソ連から取り寄せてくれた対E.L.I.D弾薬を支給してくれたテストの結果報告もロクに聞けていない。
これからの戦いは化け物退治も含まれるのかと抗議するの事かと思いきや、今は行方不明(ということになっている)M4A1が金で言うことを聞かせている傭兵部隊のアリージェンスが「パラデウスにも同様の効果がある」という報告を断片的に耳にしたので、あっちも役に立たないものを送る気はないらしい。
「指揮官。クルーガー社長が呼んでいる」
監督官のへリアンが自分のオフィスに入るなりグリフィンの社長にもとに行けという連絡が飛んできた。
「不満そうだな?」
執務室に入った途端、いきなり切り出された。
そんな顔をしているつもりはない、強いて言えば”不満そう”ではなく”不眠そう”という表現の方が正しい表現になり得ているはずだ。
「いえ、すみません。すぐに向かいます」
どうせここで反抗しても良い顛末にはならない、フォトンは即座に謝ると最低限必要そうなものだけデスクから取り出して社長のオフィスに向かった。
「疲れていそうだな。指揮官」
クルーガーのオフィスに入ると、厳つい顔をしたグリフィンのCEO”ベレゾビッチ・クルーガー”が機能性よりイメージを重視したような椅子に座っていた。
「お取込み中でしたか?」
クルーガーのデスクの上にはグラスが置かれていたので、反射的に答えてしまった。
「いや、これは用意していたものだ気にすることはない。まあ、座れ」
クルーガーは厳つい顔のまま、フォトンは近くの椅子に座らせるように促した。
「失礼します」
フォトンは若干の緊張を覚えたままクルーガーに促される形で椅子に座る。
「パディルスキでの活躍はユーリから聞いた。確かにお前はあの男が見込んだだけあるようだ」
「恐縮です」
クルーガーの言葉にフォトンは内心複雑に思いながらも、表面上は平静を保つ。
ユーリが自分を買ってくれたことが間違いではないことに素直にありがたいと思う。しかし、それが自分ではなくユーリそのものを評価されたようにも聞こえてフォトンは不満を覚えた。
「あなたとフレーヴェン大尉ってどんな関係なんですか?」
クルーガーが少しため息を向いて、天井の方を眺めた。
「一言では言い表せない。だが…そうだな、私にとって奴は…天敵だったな」
「天敵…ですか」
「ああ、アイツと俺ではウマが色々合わなかった。そのうえ、同格だから余計に揉めた」
フォトンの疑問に答えるような口調でクルーガーは語る。
「なんで揉めるんです?」
「そうだな。俺が内務省にいた時、俺たちは秩序と規律を維持することを重視した。特に酒や賭け事、タバコは許さなかった。だが、ユーリは殺し合いという極限状態に晒されるという意味では俺以上にベテランだった。だから、戦い続けられるメンタルを大切にしていてな。強姦や人殺し、ヤクをしなければ娯楽を許していた。まさか、限られた予算でゲーム機を買い与えるなんてだれが考える?あの下手くそがな」
揉めた相手を雇う義理なんてあるのか?その上、自分はそのウマが合わなかった男に推薦されてこの会社に入ったんだぞ?
「正直、ユーリの奴が勝手に指揮官を新しく雇ったのには寝耳に水だったのだがな。お前は思っていた以上に戦場に生き残る資質ある男だったことを知った。観察には自信があったのだが、どうやら私も目が節穴になってきたのかもしれん」
「戦場に生き残る資質?」
それはどういう意味なのか? フォトンには分からなかった。少なくとも自分は生き残ろうと必死になった覚えはなかったからだ。
いや、正確には違うのか?自分は生き残りたかったわけではない。無我夢中なだけだったのかもしれん。
「私が見た中に資質がある人間は3種類ある。1つ朝日すら爆撃に怯えて隠れるもの、2つ殺戮を躊躇せずむしろ嬉々として楽しむもの、そして3つ目、戦う理由を知っているもの。お前がどれに当てはめるかは判断に任せるとして、私はこの3つが戦場で生き残る資質だと考えている」
3つの資質か、2つ目の殺戮の資質には当てはまりたくないな。
自分が綺麗な人生を歩めているかどうか疑問だがパディルスキのクーデター軍のような人間にはなりたくないとは心のどこかで抵抗していた。
「すまんな。本当は思い出話をするのではなく、すぐに本題に入りたかった。これを受け取ってくれ」
クルーガーから封筒を手渡される。
中には書類が入っていた。
「お前の名前はいろんな奴に知られ始めている」
封蝋の精巧さを見るに余程、重要なことを任せたいのだろう。
真っ赤な封蝋には力強く詰めを掲げて、何物をも恐れぬ気高い姿勢のグリフォンが描かれていた。
「会社に所属しているんだ、シンボル名は言えるな?」
「グリフィン&クルーガーでしたっけ?」
クルーガーがグラスを取り出すと高そうなワインを注ぎ込み、中身を一気に飲み干した。
「ああ。この封筒はその"グリフィン"の方が送ってきた。奴のことを皆、そいつのことをサー(士爵)と呼ぶ。お前もそう呼んだ方がいい」
「ずいぶん偉そうな人なんですね。サーって人は」
皮肉を交えながら、封を切ろうとしたらクルーガーに止められた。
「それは仕事の場に着いてから開けろ。とはいえ、出発は今すぐしてもらいたいが」
今すぐ!? ずいぶんと勝手なことを言ってくれる。
だが、こういう時の”命令”はどれだけこちらの都合が悪くてもやらされることをフォトンも経験で分かっていた。
「ペルシカの人形を連れていけ。だが、そいつらの部下は連れて行くな」
そこまでの少人数を送り込みたいというのは、秘密を知る存在を一人でも多く少なくしたいという意図が見え隠れしていた。
「ああ、後。あのOGASといったか?あの、異性体は”必ず”連れていけ」
フォトンはダンデライオンのことだとすぐに分かった。ただのアドバイスと思えない発言だ。
「行けばいいんでしょう?分かりましたよ?クルーガーさん」
クルーガーは少し黙り込んだ。ボトルに入っていたワインをもう一つの方に注ぐ。
「お前はまだ若い。だから、私はお前にこの命令を出したこと済まないと思っている。だが、誰かが代償を支払わなければならないのも事実だ」
クルーガーがもう一つの方に注いだ、グラスを手渡した。
「献杯のつもりですか?」
フォトンは献杯を縁起が悪いと思っている。少し悩んだが、グラスを受け取りクルーガーの視線を感じながら一気に飲み干した。
「お前はあのユーリが見込んだ男だ。奴が見込んだ男は絶対に”強い”のを私は知っている、お前なら必ずまたここに帰ってくれるだろう。だが、ドイツでは…誰も信じるなよ?特に”サー”はな。」
「──────そのあと、俺はお前らとダンデライオンを飛行場に呼び出して。ここまで来たんだ」
「よかった。どうやら、記憶喪失では無いようですね。みんなが待っています」
Ots-14が先に輸送機のカーゴから外に降りた。
それを確認したフォトンは「ついてから開けろ」と言われた封書を開く。
その封書の中には「とある村に潜伏している対象を指定座標まで連れていけ」という命令書と対象と思わしき写真が写っていた。
命令書にに対象の名前が記載されていた。
──────任務:モリドーを確保せよ──────