「くそ…」
アンジェリアは痛めつけられた体を摩りながら、悪態を着いた。
3日…それとも、一週間だったか?
ブレーメンの川に胴体着陸して引き上げてもらったと思ったらすぐにベルリンに移送され公安から尋問という名前の拷問に晒された。
まあ、ブレーメンの難民エリアであれだけの混乱の渦中にいたし、ソ連の外務省に何一つ言わないでドイツに飛んで、公安をあれだけ邪魔してそう簡単に釈放はされないと思ったが……しばらくすると、誰かとの取引のお陰かあっさりと解放され、さらには”お詫び”と言わんばかりに如何にも高そうなマンションに借りの住まいすら与えられている。
「ずいぶんとやられたのね?アンジェ」
昨日の夜中に再開したAK-12とはあまり言葉を交わす余裕もなく自分が眠ってしまったので改めて挨拶に来たんだろう。
「ブレーメンの難民エリアの懺悔を言わされるかと思ったら、パディルスキの件を聞かされたわ」
「同じ”東側”でも奴らずいぶんと余裕ないのね」
多分、Kは上司のウルリッヒには話したんだろうが、ウルリッヒが外交や内政のカードとして使っているせいでパディルスキの件を教えられていないのだろう。
まあ、話せば2日もしないでヴェル―クトに口封じで纏めて始末されるだろう。
「で?そのシュタージさんから解放されたけど、お詫びの品はないの?」
アンジェリアは鼻で笑う。
「お詫びの代わりに”ミネルバの梟”という場所に行くための地図を渡されたわ」
「なるほど、それが次回の目標ってところかしら?」
「そうじゃない?」
アンジェリアはボロボロになった体にむち打ち、力強く立ち上がった。
「この仕事が終わったら、しっかり休むのよ」
AK-12はため息を吐く、アンジェリアはいついかなる時でも何か行動しないと気が済まない人間だ。
痛んだ体で、街に繰り出す。
街の中ではデモが盛んにおこなわれていた、配給の少なさや雇用の消失だけではなく、感染者の治療の不適切さに対する放置も含まれている。
「参ったわね」
何とかデモの人込みを掻き分けて"ミネルバの梟"と書かれた建物に辿り着く。
成程、”ミネルバの梟”はバーの名前だったのか。アンジェリアがドアを開けると騒々しい声が自分の耳に飛び込んできた。
──────オーナー!スクリュードライバー!
──────まだ飲むのか!?
────おい、カードを隠すな!!
────おまえもイカサマすんなよ!
どうやら、このバーの騒がしさは外以上に五月蠅いものだった。
バーにいる全員が自分のことに夢中のように見えて、まるでアンジェリアが今店に入ってきた事に気が付かないほどに五月蠅いバーだ。
アンジェリアもソ連のエージェントで危機管理には長けている、だのにこのバーではその不安を何一つ感じなかった。
「(ダンスフロアが空になっている?)」
とはいえ、”不自然”を感じないわけでもなかった。
これだけ、バカ騒ぎするバーならダンスフロアにはもっと多く客が居て然るべきところに誰も人がいない。
アンジェリアは招かれるようにダンスフロアに入ると奥の真ん中あたりの席に誰か座っているのが見えた。
テーブルにはグラスの質感から如何にも高そうな酒が置いてあるのが見える。
「どうぞ、座りたまえ。アンジェリア、今回は君に迷惑をかけたな」
穏やかそうな男の声が席の方から聞こえてきた。アンジェリアは無言のままテーブルに近づき、テーブルの体面になる位置で軽く椅子を引き出し男の顔を確認した。
「ここで待っている人が誰なのかいろいろな予測を立てたけど…全部ハズレね。私はあなたを知らない」
「気にしなくていい。私の友人すら、私の顔を知るものはごく一部だからね」
そういいながら、テーブルに座った男はゆっくりと手元の眼鏡を拭いていた。
彼の醸し出す雰囲気、声から…いや、声すら聞かなくてもアンジェリアは眼前にいるこの男の堅実、紳士、孤高、距離感といった典型的特徴からイギリス人であることを理解したに違いない。
「さて、君は一度解放されてここに来るまでにベルリンの一端を見たはずだ。アレはどう感じた?」
「ブレーメンと変わらないな、と思ったわ」
「確かにブレーメンと似ている。だが、状況はベルリンの方が悪い」
アンジェリアは個人的にこのタイプが嫌いだ。特にこういうタイプが好きそうな鴨肉はもっと嫌いだ。
「私を呼び出したのはこんな世間話をするため?」
「君は私との会話を時間の無駄だと思っているが…私はそう思っていない。人間は自分の心を保つために”世界はいつも正常に動いている”と自分を騙している。だが、現実は目の前だ。まだ多くの闇がこの地に埋もれて、噴出した暁には惨劇を生み出す。君が”ベスラン”で体験した時のように──────」
「”ベスラン”の話をするな!!」
アンジェリアが激高して立ち上がった時、今まで騒がしいバーが一瞬で静まり返った。
アンジェリアの怒号にびっくりしたわけではない。……これではっきりした、このバーに”客”なんていない。バーにいる全員がこの男の手先なのだ。
男がスプーンでメモ前の皿を軽くたたくと静寂だったバーが再び騒ぎ出した。
「脅しのつもり?」
「さっきの物言いに関しては謝罪しよう。私も君に配慮が足りなかった、だが君も忘れた訳じゃないだろう?ベルリンで拷問された君が釈放されたのは偶然ではないことくらいは」
アンジェリアの言葉には答えないまま、男はポケットの中から一枚のコインを取り出して、アンジェリアの手元に向かって指ではじく。
弾かれたコインを拾うとそのコインには猛々しい”グリフィン”の絵柄が掘られていた。
「成程。あなたが…"グリフィン"。ルシアが困惑してたけど、そういうこと?外務省がアンタを探し回っていたわよ」
「探しているのはきっとユーリだろう?」
「……なぜ、知っている」
「察しがついただけだ。彼にはよくわからない事が多すぎるがそれが原因で以前、私の友人が手を出した事がある。その事をまだ何持っているのだろう。まさか"私の"会社にまで実名で潜り込んでくるとはどうしたものかと困ったものだ」
”グリフィン”はアンジェリアの言葉を聞いて柔和な笑みを浮かべた。
「しかし、アンジェリア。我々が君の友人に手を出した事実があったとしても”敵同士”ではない、”戦友”なのだよ。我々と君は歩く道のりは違ってもゴールが同じであることは君も知っているはずだ。──────ロクサットの為という目的の為に。君の上司がこの国に来させた理由を改めて考えるといい、話の続きが気になるのなら…座りたまえ」
アンジェリアは深く息を吸った後、席に戻った。
「君のそういうところは好きだ。アンジェリア」
「くだらない前置きは後になさい。本題に入って、それとアイツは友達じゃない」
よろしい、と”グリフィン”は手元のグラスに入った酒を一口につける。
「少し前のベルリンは今ほど荒れていなかった。寧ろ、どの浄化エリアの中でも穏健だった」
「私たちはここが荒れた理由を調べろってこと?」
「その通りだ」
アンジェリアは面倒な気持ちに駆られた、そんな警察染みたことをするためにドイツに来たわけではないのだ。
「信じて欲しい。今回の事件はそう単純ではないのだ、パラデウスは本気だ。ブレーメン以外にもベルリンでもテロを画策している」
テロ襲撃。
セルビア…ブレーメン…ベルリン…そして、ベスラン。アンジェリアの記憶に嫌なものが思い浮かばれる。
「奴らは民衆の不安を先導している。奴らはその騒ぎに乗じてベルリンを潰す気なのだろう。そうやって、奴らの望まない展開を防ぐ」
「奴ら?」
「近々、ベルリンでは重要な会議があるんだ、それを奴らが狙う」
”グリフィン”はそれ以上何も言わなかった。
「信頼できる情報なの?」
「ああ、私の個人ルートの情報源だ。だが、掴めたのはそれだけだ具体的なものは何一つ掴めていない」
重要なことはすべて、アンジェリア自信で調べなければならないだろう。
自分の情報に関連することの手助けはできるかもしれないが、その情報は自分で調べないといけないらしい。
「爆弾テロはバレやすい。なら、もっと足のつかない武器を使うだろう…例えば、”エピフィラム”を時間差で開花させるとか」
エピフィラム…!あれは球根にコーラップス液をため込んで開花の際に一気にコーラップス液の放射線を吐き出す代物だ。
そして、それに詳しいのは自分が捕まえた植物化科学者のレオーネだ。
「その依頼、受けるわ。でも、この仕事が終わったら調べて欲しいものがある」
「何かね?」
質問はしているものの、”グリフィン”には察しが付いていた。
「”洋館”…ウィリアムの洋館がこの国のどこかにあるはず、探し当ててくれる?」
「…いいとも。それと、アンジェリア。君にサプライズを用意してある」
…サプライズ?
「君の”友達"が目を付けた若い”指揮官”さ」
ドイツ:ベルリン・ポーン村
「全員準備は出来ているな」
フォトンたちは、「ついてから開けろ」と言われた封書を開き
──────任務:モリドーを確保せよ──────
と書かれていたという命令書には対象と思わしき写真、最後に目撃された座標が写っていた。
他にも対象の名前が記載されており、名前はモリドーというらしい。
いろいろ、話し合った結果──────次のような作戦になった。
1.自分が”ロビン”という偽名を使って、村に潜入
2.潜入した先で、モリドーを探す
3.モリドーを見つけたのち、モリドーを捕まえられる位置に移動したAR小隊が確保、そのまま指定座標まで移動する。
<偽名の良し悪しはともかく、どうですか?その村は?>
Ots-14は定期連絡で村の様子を聞きに来た。
潜入してから、2日目になるがフォトンはこの村の異質さを感じ取っていた。
「あらゆる機械、いやそれどころか文明機器を極端に嫌う傾向にあるな…お前たちが潜入したら、たちまちバラバラにされて謎の儀式の一環で燃やされてしまうだろうな」
実の所…本気でそうなるのではないかとフォトンは危惧している。
この村に例外なんて言うものはなく、生きていくのに必要不可欠であろう義手ですら大勢で取り囲んで力づくで引き裂く行動をしている。
彼らは本気で文明や電子機器を憎んでいるのだ。
こうして、通信しているのだって…見つかったらどうされるか分からない恐怖を感じながらひっそりと通信しているくらいだ。
<モリドーは?まだ見つかっていませんか?>
「ああ、村中の人間に挨拶はしたんだが…写真のような人物には会えなかった。あと、数日調べてみるがそれでも見つからなかったら他の方向へ移動したと考えるべきだな」
明日でこの村の創立の記念日らしい。
その時に”聖女”と呼ばれる人が来るらしい、その日にはこのポーン村全員が出席して聖女とポーン村の設立を祝うらしい。
だから、その時の出席者に”モリドー”が現れなかったら、もうこの村にはいないことになる。
<お気をつけて>
「ああ、お前もな」
通信が切れた。
──────次の日
ポーン村では、熱狂と歓声と言えるほどではなかったが、この村に収容されていたのかと思えないほど大勢の人間が祝い事をしていた。
村の代表と思しき女がこの村の重要さと今日まで存続し続けたことを村人たちに感謝しているスピーチを流している。
「(参加者の中にはモリドーはいないな…)」
フォトンは参列者を一人一人丁寧に探していたが、”モリドー”らしき女はとても見当たりそうにない。
このまま、空振りか?と思い、引き上げを考えていた直後、近くにいた老人が「バタリ」と音を立てて倒れだす。
村人たちにどよめきが走り、倒れた老人から離れだす。
「(この体。明らかに放射線の病気だな。しかし…助け合うとか言いながら、腫物のように扱うのは薄情だな)」
だが、フォトンの考えが間違いであることを理解するのにそうそう時間はかからなかった。
村人たちはただ、怖がって離れたのではない。
「通して、頂けますか?」
──────”聖女”の邪魔にならないように道を開けたのだ。
”聖女”の歩く道はまるで、モーセが海を切り裂いたかのように悠然と開かれる。そして、たどり着いた”聖女”が倒れた老人に近づくとゆっくりと手をかざし、みるみると病気が治癒されていくではないか。
──────奇跡だ!”聖女”様の奇跡だ!!
──────”聖女”様万歳!!
たちまち村中に今まで以上の歓声が沸き上がる、その光景をみた、フォトンは当然驚いた。
放射線に侵された人間を”救う”為の商品はこの世に腐る程で回っているが、それらは大半が偽物で本物なんて確認すらできなかった。
”聖女”というのも適当な傀儡に違いない──────そう思っていたのに、この”聖女”と呼ばれる女は本当に放射線から救って見せたのだ。
「(一体、コイツは…?)」
フォトンが唖然として見ていると、聖女はフォトンに気付いたらしくこちらに視線を向けてくる。
話が出来るのか?そう、好奇心に駆られたフォトンがすぐに”聖女”の元に駆け寄り、話しかけようとしたその瞬間──────
──────パンっ!!
「──────」
”聖女”の背中に何かが当たったらしく、クラッと揺れてそのままフォトンの方向に倒れてしまう。
フォトンは慌てて、倒れてきたを”聖女”受け止める。このままでは、村の人たちに要らぬ誤解を受けてしまいそうたが、その心配をする必要はないかもしれない。
「標的ヲホソク」
「パラデウス!?」
なんと、村の中にパラデウスの殺戮兵器が現れて、村の人間たちを無差別に攻撃し始めたからだ、衝撃的な出来事に村中がパニックに陥る。
────逃げろ!?
────聖女様!?聖女さま!
逃げ惑う村人達。
しばらく、あっけにとられたフォトンの前に殺戮兵器”パトローラ”が現れた。
「──────指揮官!!」
村の様子を監視していた、SOPⅡが”パトローラ”の前に立ちはだかり、FN-ELGMからグレネードランチャーを発射する。
"パトローラ"は強固なシールドを持つ兵器だが、移動している時だけ、強固なシールドを展開できない。SOPⅡはその隙をついた。
放たれたグレネードはパトローラに直撃して、装甲にめり込んだのち、グレネードが爆発して飛散した。
「指揮官、お早く!」
Ots-14もやってきた。
パラデウスは何人いるのかわからないが次々と雪崩れ込んでくる。
「第一派は切り抜けた」
「次も来る!今のうちに逃げよう!」
「あ、ああ。だが、”モリドー”はいったいどこに?」
「モリドー?その人じゃなくて?」
SOPⅡに指摘されて、フードを外すと…フードの下には資料にあった、”モリドー”と同じ顔の少女が現れた。
フォトンたちはROが持ってきた小さなトラックに”モリドー”(?)を乗せて、目標ポイントに向かって走りだす。
<リーダー!!見つけたぞ!例の少女だ!グリフィンの指揮官が彼女を保護している!>
<了解、脱出の手助けをしろ。パラデウスの増援が今にでもアイツらを殺そうとしている>
フォトンたちに気づかれないよう、一部始終を確認していた兵士たちが一斉に光学迷彩を解除して移動し始めた。
移動し始めた方向は、パラデウスと…フォトンたちだ。
「指揮官?これからどうするの?」
Ots-14は銃を構えながら、フォトンに質問した。
「正直、あの子が”モリドー”という証拠がない。顔が同じでも、同じ人間とは限らないように」
「目覚めるのを待つしかないってことですか?」
そういうことだろう、とりあえず予定通りに行動するしか今できることはない。ROはなれた手つきでトラックを運転した。
「パラデウスが接近」
村に潜伏していた奴らが追っかけてきたのか?なら、計画通りに待ち伏せを仕掛けるか?
「数は多数。計画通りに殲滅するなら、3日はかかりそうね」
ダンデライオンは自分のスキャン結果を自分の指揮端末に送った。なんて数だ。とても、村から追ってきている人数と同じとは思えない。
「全員は無理だな、敵を絞る。グローザ!近いやつから撃て!」
「了解!!」
銃声が飛んできた、突風が掠める。もう追いつかれた!
トラックはフォトンの指示がくる以前に速度を上げていた、後ろからすさまじい殺意を感じる。そして、この人数ではとても撒くことは難しいと──────
「目の前のやつは片付いたわ!」
「いいぞ、グローザ。あと少し車を走らせてやり過ごすぞ。あれだ、車を前方の樹林に入れろ!」
「はい!」
樹林に入った瞬間、大きな音がした。その音と共に車がぶるぶると揺れ始め、ガタガタと音を立てる。
「タイヤが!!」
ROの言う通り、さっきの銃撃で片方のタイヤがパンクしているらしい。このまま乗っていても、まっすぐに進めるか怪しい、車を捨てるべきだ。
フォトンたちは車を乗り捨てて、樹海の奥へ走り出した。
「──────あそこだ!」
「よくやったあ!殺しなさい!!」
後方からパラデウスの兵士の声が聞こえてくる。もう見つかった!?後ろから次々に弾丸やレーザーが飛んでくる。
稜線の所からやってきた連中に見つかったんだろう、このままでは包囲が狭まれる。
「武器の制限はしない!各個の判断で応戦!対象の生存を最優先だ!」
フォトンはROに指示を出した後、レーダーで周囲を確認した。
8時と6時の方向から銃撃か…挟撃をしつつ、同士討ちを避けるために2時方向からもやってきてこちらの行動範囲を狭めて来るだろうな。
包囲される前に敵の射撃の密度が薄いところを見つけて、そこに全員を誘導し、一気に反撃に転じる。逃げることが出来ればまだ勝機はあるだろう。
「よし、包囲される前に──────」
「指揮官!正面に!!」
ダンデライオンの報告を聞きフォトンがレーダーを見ると信号が正面に映し出され始めていた!
この距離までどうやって!?いや、それよりも包囲されたことが問題だ。
なんとかして、正面を突破をしなければならないと考えたフォトンは”HK433”を構えた、その瞬間──────
<やめろ!俺たちを狙うな!殺されたいのか!?>
こ、この声は!?聞き覚えがある声だ!
<こちらはソ連外務省、特別調査部隊”ヴェル―クト!”>
友軍の信号!そうだ、この声はヴェル―クトのユーリ・フレーヴェン大尉の声だ!
<速度を落とすんじゃない!早くいけッ!!>
<ここは我々が引き受ける!指定座標まで逃げんるんだ!>
更に信号が近づいてくると、自分の慣れ親しんだ強化装備を纏う兵士たちが見えてきて、こちらの上を通り過ぎていく。
「助かった?」なんて思ったころにはヴェル―クトの兵士たちは背後に着いた、AR小隊達も追い越してパラデウスの兵士達に接近を始めた。
なぜ彼らが現れたかの理由は分からない。…とはいえこれは僥倖だ。
彼らが時間を稼いでくれている間に、フォトンたちは歩く速度を上げて指定されたポイントに向かう。
フォトン達の追跡をするパラデウスの行く手を塞ぐように強化装備を纏った兵士たちが展開される。
「来ました、敵は8人。こちらの妨害をするつもりです」
小柄なネイトのそばにいた、白いネイトが敵の数と目的を報告する。
「見ればわかるよ、ボケ。それよりもあれを見なさいよ!?あの方向はお姉さまに行ってはいけないって言われてるところじゃない!?あのままじゃ、あいつらを逃がすなんて…逃がすなんて、お姉さまになんて言えば…」
「市内に入りますか?」
小柄なネイトが衝動的に白いネイトをビンタした。
傍らにいた黒いネイトはビンタで吹き飛ばされた、白いネイトの頭が足元に転がったのを恐怖で見ることが出来ないでいた。
「追うに決まってる!!あの邪魔なヘンテコリンもぶっ殺す!!どうして、吠える以外に追うことしかできないの!?…あれ?お前、頭どこ行った?」
小柄なネイトは頭がなくなった、白いネイトの死体をおもむろに投げ捨てる。
「あんたら、任務は分かっているよね?」
「は、はい…」
黒いネイトは震えながら、小さく返事した。
「なら、あの邪魔者たちを今すぐぶっ殺せ!」
「は、はい!」
命令された通り、黒いネイトは銃を構える。そして、強化装備を纏った兵士たちに引き金を引いた。
『──────撃ってきました!交戦意志を確認!』
『この着弾、適当じゃない。位置もバレてるぜ、ユーリ』
『迎撃しろ!俺達はステルスで接近する!』
『了解!引きつけ、反撃します!』
兵士たちは銃撃を避けて、隊長と思わしき兵士に報告する。
『了解!ネイトの数は4体だ!手ごわいぞ!1体につき2人であたれ!各個撃破しつつ、包囲殲滅!』
黒いネイトが飛び出して、突撃してくる。
兵士が素早く動き回り、ネイトの攻撃を避けかく乱する。
「ちょこまかと…!──────ッ!?」
素早い動きに焦り感じ、注意が散漫になったネイトの後ろにもう一人の兵士が接近──────肩部から引き抜いたブレードでネイトを背中から切り付けて両断する。
黒いネイトが倒れると同時に、もう一人のネイトが飛び掛かる。
それを合図に他の兵士たちが発砲を開始する。弾丸がネイトの身体を貫き、血煙が上がる。倒れ伏すネイトに、兵士たちは次々に銃弾を叩き込み射殺する。
「は?もう半分やられたわけ?おい、引継ぎの部隊は何してんだ!」
到着が遅いことに腹をたてた小柄なネイトが適当な部下に掴みかかる、だがその瞬間──────ズドン!と 銃声が響き渡った。
掴みかかられたネイトは頭から大量の血液を吹き出して倒れる。
『今だ!行け!』
「ど、どこから──────」
同時に、別のネイトの頭に風穴が空く。さらに、残ったネイトたちも次々と狙撃されていく。いつの間にか生き残りは小柄なネイト1人だけになっている。
『もらった!!』
「クソっ!?レーダーに反応はないのに──────!?」
突然現れた敵に動揺している隙に、狙いを定めていた兵士たちが一斉に射撃を行う。
弾丸が小柄なネイトの頭部を当たり、その衝撃で小柄なネイトがよろめく。
「お、覚えていろ…!あの女も、お前たちも私が必ず殺してやるっ!!」
そう吐き捨てると、小柄なネイトは樹海の奥に消えた撤退した。
小柄なネイトを追い払った兵士たちは、無線を取り出し連絡を入れる。
『グリフィンの指揮官に告げる。追手は追い払った、もう安全だ』
────
───
「──────分かった。……はぁ、助かったよユーリ。こっちも、指定された地点に着いた」
市内の建物で待っていた戦術人形達に案内されて、フォトンたちはさっきまで背負っていた”聖女”と呼ばれる少女を近くのソファーに寝かせる。
「フレーヴェン大尉たちだったんですね…」
ROが若干同様気味に、口を開いて沈黙を破る。
またフォトンたちはヴェル―クトたち助けられた…あの時、咄嗟に敵味方も確認しないで銃を向けたことに関しては自分に相当余裕がなかったんだろう自己分析する。
しかし、クルーガーからの事前の説明はなかった。あとは…
「あの距離で気づくことが出来ないなんて…あれが、”ステルス”」
そうだ、人間のフォトンがようやく目視で見つけられる距離でレーダーが反応した。
アレが、ステルス装備なのか…。
音を立てなかったり、通信を捉えられないように工夫する電子制御の隠れるときにしか使えないステルス機能ではない…忍者のように相手の認識外から一方的に攻撃するステルス…あれが、”その気”になった軍隊の一端なのだろう。
「今回もヴェル―クトいるなら、何とかなるかもしれませんね」
…そうだ。ROの言う通り、あれだけの実力をもつ兵士たちがバックアップに来てくれたのなら…今回の任務は一安心なのかもしれない。
「指揮官。休憩も終わった事だし、報告させてもらうけど…さっきの人形達、作りはi.o.pだけど所属はグリフィンの人形じゃない」
「あの人形は”サー”の私兵部隊ってところか?」
「その可能性が高いわ」
サーは会社の創設者なのに個人で動かせる人形を持っているらしい。なんだか、M4A1を思い出す様な話だ。
そして、ヴェルークト……ダンデライオンの話が事実である体で話を進めれば…ヴェル―クトは”グリフィン”…もとい”サー”の要請で来たということか?
もしユーリたちが言っていた”あの方”という存在の正体は”サー”だったら、ユーリたち外務省がグリフィンの軍事顧問になったり、こうやって一々世話を焼いてくれる話の可能性も考えられる。
「グリフィンの指揮官様、挨拶の前にこちらの雇い主とお話をお願いします」
”サー”の私兵部隊と思わしき人形が丁寧な手つきでドアを開け、入るのを促した。
「申し訳ございませんが、護衛の方々の入室は控えてください」
「は?」
「何も起こらないだろ、そこで待ってろ」
グローザとAR小隊が一緒に入ろうとしたので、私兵部隊に止められる。
グローザが食ってかかろうとしたがフォトンが「心配ない」と告げ、改めてドアの奥の部屋に入る。
ドアの奥には1人の男のホログラフ画像が映し出されていた。
『初めまして、グリフィンのフォトン指揮官』
「はい。”サー”初めまして、それと援護の件はどうも…」
ホログラフの映像を通してフォトンが抱いた心境は、イギリス人の醸し出す”紳士”の風格だった。
『そこまで畏まらなくていい。名前は通り名の”サー”はやめて”グリフィン”で行こう。この空間はプライベートの場だ、過分な緊張をしない方がいい』
「分かりました、”グリフィン”」
フォトンが了承すると、グリフィンは満足げに微笑む。
『前置きは苦手だろう?…顔に出ているよ、さて本題だが君は”モリドー”…写真の少女を見つけて、ここまで連れてきてくれたね。そのことに感謝する』
「彼女がモリドーなんですか?」
これまで相手したことがある、妙に気取った連中や上から目線の上司とは態度からして決定的に違う何かをフォトンは感じ取った。こんなことしたのはこのグリフィン以外にユーリしかいなかったかもしれない。
『そう見えるが……なにか君の中で違和感が?』
「ありがとうございます。ですが、顔は同じでも資料との類似点が全くと言っていいほどない、決定的な証拠があるまで同一視するのは早計だと考えます」
グリフィンはまた、満足げにほほ笑んだ。
『なるほど、君の鋭さにクルーガーが信頼を置いたのも頷ける。では、追加の情報を教えよう、写真にある人物はつい最近までアンジェリアの身辺に潜伏していたパラデウスの”ネイト”だ。その時に彼女は”モリドー”という人物を乗っ取り、ドイツの政府にすら潜り込んだ。明確な名前をまだ決めていないので便箋上、まだ”モリドー”という呼んでいる』
政府にすら潜り込める、アンジェリアですら看破できなかった”モリドー”。
本当にいまソファーで横になっている”聖女”は”モリドー”なのだろうか?
それとも、顔が同じだけの別人か?
『私が知りたいのはモリドーと件の少女が同一人物なのか、それとも別人なのか…その答えなのだよ。フォトン』
────
───
ドイツ:ズュルト島
「着いたぞー!」
「座礁はしてない!?」
北海に浮かぶズュルト島は、昔セレブが過ごす高級リゾート地として知られていた。美しい砂浜も今は残骸だらけの機械や座礁した戦艦などが白い砂浜を覆いつくして、黒ずんでいる。
その、ズリュト島の砂浜に一隻のボートがたどり着く。
「ふう…嵐にあったり海賊に追われたりしたけど、何とかつけたな」
ボートから3人組の人形が下りてきて積み荷を降ろしている。
彼女たちはM4A1が自分の資金で雇った”傭兵部隊”のアリージェンス部隊だ。
「お前ら、雇い主からの命令は覚えてるよな?」
傭兵部隊の”レミントン R5”が積み荷に入れていた、自分と同名のアサルトライフルを取り出して任務の概要を他の傭兵に確認した。
「覚えているよ。ブレーメンで”例の女”をフレーヴェン大尉の所まで送ってあげればいいんだよね?」
同じ傭兵部隊の”AR-57”がP90とよく似た短いコッキングレバーを引いて初弾が入っているのか確認してセーフティを掛ける。
きっかけは数日前に遡る。
アリージェンス部隊は何時ものように通常のグリフィン人形が行けないような過酷な地域で彼女たちにしかできない任務を遂行していた。
「ふい~。どうやら、あの外務省さんの送ってくれた弾丸、本当にパラデウスにも効くんだな」
「みたいね。これなら、パラデウスとやりあう今後のことを考えたら結構有益だよね?実際戦場で確かめられたのは運がいいよ」
今回の任務では対E.L.I.Dの弾丸をソ連外務省…正確に言えば彼らの背後にある組織から、融通してもらったテストをすることになった。
早速、テストをした結果。この弾丸が感染者の肉体を改造して作り上げられたパラデウスの兵士や兵器にも効果があることが判明し、その結果をR5は指揮官のフォトンに結果報告をメールで送った。
「よし、報告も終わった。あとは仲良く、歩いて帰るだけ…あれ?」
報告を終えた、R5が端末を見て怪訝な表情を浮かべる。
「どうしたの?何かトラブルでもあったの?」
「ああ、実は……」
MCXの問いに答えるようにR5が疑問の正体である、端末の画面を見せた。
「新規の依頼依頼じゃん…確かにこんな時間に送るやつは無粋な奴…」
「そっちじゃない、重要なのは発信者だ」
R5がメールの内容を宛先の画面に切り替えた。
「上客なの?」
「もちろんだ。AR-15、みろよ」
「発信者?…発信者はM4A1!?」
ソファーで雑誌をめくっていたAR-15は飛び起きた。
発信していたのは、行方不明扱いになっていたグリフィン戦術人形、そして自分たちの雇い主である”M4A1”からの仕事の依頼だった。
──────拝啓、アリージェンス
長い間、連絡を取らなかったことをまず、謝罪します。
ようやく連絡が取れるようになったので、今日新しい任務を依頼させていただきます。
依頼内容:ドイツのベルリンにいるとある少女を保護・護衛して現地の外務省もしくはその関係者に引き渡すこと
報酬:9万ルーブル(前払い)
移動方法:指定座標にボートがあるのでそれを利用して、ドイツのズリュト島に到着。そこから、こちらで予約しているレンタカーでベルリンに向かうこと。
それと、雇い主が私であることを秘密にすること。
追伸:ボートに今回から役に立つ装備を出迎えに用意させているのでそれを利用してください。合言葉は"いつもの"です。
「これは、M4のメールだな」
メールの節々にM4らしい丁寧さがうかがえる内容にアリージェンスたちはこれはなりすましによるものではなく、本来の依頼内容であることを確認した。
しかし、M4……役人に連れて行かれた時は本当にどうなったか心配になったが、こうして指示を出せるということは無事らしい。
「M4の奴、ちゃんと”あいつら”とのお話を済ませてきたということかしらね」
AR-15らは持ってきた最後の積み荷を降ろしたのを確認して、M4A1がAR小隊と別れた時のことを思い出した。
「おーい!!」
砂浜の奥にある霧の中から、自分たちにむかって話しかける様な声が聞こえる。
R5は少しだけ怪しんだあと、軽く手を振りかえす。
「汝らか!?クライアントに雇われでやってきた人形というのは?」
手を振りかえすと霧の奥から、白いマントみたいなのを羽織った人形がこっちに近づいた。
「そっちが誰かによるね」
「クライアントの命でお前に装備を渡しに来たQBZ-191だ。これをみてわからんか!」
白マントはQBZ-191と名乗り、カーゴで積まれたサプライボックスを指さした。
「合言葉は?」
「"いつもの"」
「だから、合言葉は?」
「……忘れたのか?"いつもの"。"いつもの"という言葉が合言葉だろう?」
「問題なし。よし、クライアントが寄越したやつだ」
戦術人形は嘘はつけない。
合言葉もバラされてしまうだろう、そこでM4が考えたのが"そのまんま"の合言葉だ。
例えば、パスワードを"パスワード"と文字列で登録したり、口頭の合言葉を"いつもの"で設定する。
意外かもしれないがこういう呆れる様なセキュリティの方がバレにくかったりする。
「クライアントは合言葉を変なことを考える」
「いつものことだよ…で?これがM4の用意してくれた”装備”?」
「ああ、そうだ」
積み荷が降ろされたのに呼応して、積み荷が開く。
「嘘…!?」
「おお…!」
「すげえ!」
中身を見た彼女たちは驚愕した。
なんと、積み荷にはユーリたちが使っているような装甲状の強化装備が彼女たち3人分用意されていたからだ。
中国:???
「俺たちはここまでだ」
「ありがとう」
その潜水艦から蒼炎を思わせる美しい髪をかき上げて、M4A1は港に降り立つとそれを確認した潜水艦が海の底に潜水した。
「あなた達も来るわけ?」
『ああ、我々は”あの方”にお前の部下になるように命令された』
M4A1が多少、めんどくさそうに振り向いた先には紺色の甲冑をして、顔を覆う竜のような甲冑をした騎士ような強化装備を纏った数人の兵士がいた。
「仕方ないわね。まあいいわ、ついてきなさい」
彼女は悠然とした足取りで町中へと入っていき、自分の部下となった兵士達もその後に付いていく。
思っていた通りではあるが、街の中に人間と思わしいものはほとんどなかった。
居るのは、人みたいな形をした化け物くらいだ。
『威力偵察は認められている。どうする?”隊長”』
様子を確認していた、M4A1に対して兵士が相談をしてきた。
いつの間に自分は勝手についてきた兵士たちの隊長になったのか?
この兵士たちの隊長になったら任務が終わるまで彼らの面倒見る必要がある。
「まだ早いわ。もう少し調べてから必要に応じて戦いましょう。…どうせ、目的地についたら派手にやりあうことになるからね」
『了解』
立て込んだ時こそ、慎重に動く必要がある。
予め街の構造を知っていた一同は、蠢く化け物が少ないあろう箇所を分析し、実際にドローンを飛ばして状況を確認してルートを策定。
なるべく、発見されないように注意して街の中を進んでいった。
目的地の道中では如何なる生物にも遭遇することなく順調に進んでいった。
「あれよ、見つけた」
たどり着いた先にはおどろおどろしい、赤い肉塊の集合体があった。
端々から見える人間の手足のようなものが数多の死体と継ぎ接ぎで溶接したような冒涜的な印象を与える。
M4A1が真珠のように美しい瞳を輝かせると瞳の目の前にモノクル型のスキャナーが現れた。
指先で肉塊軽く触れると、スキャナーが起動した。
すると、彼女の網膜に投影されているスキャナーに調査結果が表示され、”成分は人間”という表示がなされた。
「結果が出たわ。人間よ」
『死後どのくらいかは聞きたくないな』
「死後?この肉塊は生きてるわよ」
兵士の一人が冗談交じりで言った言葉を彼女は否定した。
その言葉を聞いた全員が驚き、信じられないという態度に一変した。
だが、彼女は嘘をつく理由もなく、この場にいる全員に事実を伝えたのだ。
「何かあるわね」
M4A1はスキャナーの透視で肉塊の内部に反応を確認して迷わず肉塊を手で切り裂き中に突っ込んで搔きまわし始めた。
さっきの「生きている」という言葉を証明するかのように肉塊から気持ち悪い悲鳴のような鳴き声が響き渡った。
そして、内部から何かが飛び出してきて、それを反射的に掴み取る。
それは、緑色に光るキューブだった。
「……OK、サンプルを入手」
サンプル用のカプセルの中にキューブをしまい込む。
キューブを調べるとコーラップス濃度を示す警告値が一気に跳ね上がった。
『下手にこいつに触ったら、俺たちも仲間入りだ』
『仲間になる前に溶けてしまうぜ』
兵士の二人がジョークを言うと、周りにいた他の兵士たちも笑い出した。
その光景を見てM4A1はどこも変わらないな、と呆れたようにため息をついた。
さらに、目的地に向けて進んでいくと進行ルート上におびただしい数の化け物が道を塞いでいた、さっきの悲鳴を聞かれたんだろう。
「迂回は出来ないわね。仕方ない、ここを突破するわよ」
命令と共に兵士たちが武器を構える。
『そういえば、お前…武器は?』
兵士がふと思ったことを彼女に聞いた。
彼女には、剣や銃といったものは何一つもっていなかった。それどころか感染しないようにするためのガスマスクもヘルメットもない。
それはいい、彼女は人形だ。…それでも、丸腰同然なことは問題だ、彼女が戦えないことを意味する。
いくら、彼女とはいえ無謀だとしか言いようがない。
だが、兵士の心配とは裏腹にM4A1は「さっさと片付けるかと」余裕の表情をしていた。
「心配は要らないわ、ちゃんと用意してある」
彼女がそれだけいうと、一瞬でM4A1の手元にライフルが現れた。
M4はそれを迷いなく握った。
「これでも急いでいるからね。巻いていくわよ」
自信に満々に化けものたちを見据える蒼色の乙女のM4A1ははここにいる誰よりも頼もしく、そして恐ろしいプレデターと思わせた。