「マハリアン────!!」
フォトンは叫んだ直後には身体はとっくにマハリアンの腰を掴んで地面を向かって倒れ込んでいた。
それと同時に、ガラスが砕け散り白い線がマハリアンの少し上を飛翔 する。
「ロビン……!?」
フォトンがマハリアンを掴もうとしなかったら今頃彼女の上半身から下が千切れていただろう。
「────いたっ」
フォトンの背中に焼ける様な痛みを感じる。
痛みを感じる背中さすると強い熱を感じ、それからすぐに血の感触が自分の手に伝わった。
「避けた…はずだけどな」
早すぎて避けれなかったのか、それともあの白い線のソニックブームがこちらの背中を切り裂いたのか…それは定かではない。
[[rb:解 > わか]]る事があるとするなら…それは、あの線を直撃で受け止めてしまったら、確実に死んでいたであろう事実だ。
「おまえ…お前が死んだら…ナルシスも、嬉しいのに」
か細い声が倒壊した家屋から聞こえる。
その声を目印とする様に白い線の正体がカタカタと音を立てて、突き刺さった壁から引き抜かれた。
白い線の正体は鋭利な刃物の形をしていた。
ユーリ達は近接戦闘のプロだったから、あの場を凌ぐ事をできたのだろう…恐らく、AR小隊…いや、アリージェンスの傭兵部隊でもあのネイトの間合で戦ったら確実に瞬殺されていたに違いない。
「…時間だ、帰らないと」
自分を"ナルシス"と呼んだネイトは戻した刃物が自分の元に戻った事を確認すると蹴り飛ばされた自分の右腕を拾い上げて、撤退したパラデウス達を追いかけた。
「…勝った?」
最後の一撃には冷んやりしたが、こうして隔離壁は現在でパラデウスのネイトは手負い、グリフィンとしてはケチのつけようのないほど勝利だ。
────6時間後
隔離壁周辺に警察、軍の人間達が蟻の様に集まっている。
忙しなく壁を塞ごうとするのは壁の内側だけで、壁の外側は誰1人として近づこうとしない。
それだけ、あのE.L.I.Dや感染する事が怖くて仕方ないのがよくわかった。
応急処置ではあるが、ユーリ達が壁を治してくれるだけでも十分な程、勇気があるのがよくわかる。
「フォトン、お疲れ様です」
すっ…と、どこからともなくユーリがフォトンのいる、灯台に現れる。
手には缶コーヒーがふたつ分。フォトンのために持ってきてくれたらしい。
「感染者には何体か入られましたが、民間人や職員に怪我人なし。壁の修理もあと少しで終わりです。もう帰っていいと思いますよ」
そして、ユーリは被害と帰っていいと報告をした。
「……すまん。差し入れは有難い……ベオグラードのことがあったからな。少し、神経質になっていたかも…まぁ、同じことにならずに済んで良かったが……お前達は野暮用の帰りか?」
彼らだって忙しいのに、わざわざ報告を入れに来てくれる為に残る…なんてのは流石に怪しい。
悪い事はしていないだろうが、何か理由があった方が辻褄はあう。
「…ええ、仲間を探していました。見つかったのでこれから帰りです」
「そうなのか?随分と手間取ったな」
「……」
冗談混じりに茶化すとユーリは一瞬だけ、悔やんだ様な表情を見せるとすぐ元の困ったような笑顔に戻る。
「どうした?」
どうしても、あの笑顔の前に見せたものが気になって質問をしてしまう。
気になったものの正体を朧げながら理解しているのに、つい…質問をしてしまう。
「……もしかして、見つかったお前の仲間は、もう」
「ええ。そこの死体袋の中です、3箇所の裂傷による即死……きっと、あの"ナルシス"っていうやつの仕業です」
フォトンは死体袋の中身を見る気が起きなかった、もし……自分がこの事を先に知る事があったら、ナルシスが撤退した時のことを完全勝利なんて、考えることはできなかったに違いない。
フォトンが視線を逸らすと、ユーリは自分の悔しさを察した。
「アイツの死はあなたのせいではありません。こういう事を承知で我々は来ているんです。確かに人形と比べて、バックアップが有れば蘇るなんて都合のいい話はありませんけどね……」
「……ありがとう。お前達の働きはどんな言葉より安心感がある」
"ありがとう"、気にするなと言ったユーリか、それともこの死体袋に入った見ず知らず兵士か…それは定かではない。
どちらにせよ、フォトンにとってはありがたいと思って出した言葉だった。
しばらくの間、沈黙は続く。
その沈黙を破ったのはユーリの所から鳴り響く、コール音だった。
「失礼」
ユーリは懐からキューブ型の端末を起動させ通話を始めた。
「────どうした?ヴィシャス?…何だと?本当に襲撃が……?分かった、すぐ行く」
内容は不明だが、口調の揺れ様から見るにその通信がかなり重要なものであった事は確かだ。
会話を終えるとユーリは端末をしまい、フォトンの方を向く。
「緊急の用事か?」
「ええ、すみません。もう、行かないと」
先程の表情以上に、彼の顔は真剣そのものになっていた。
そして、灯台を出て、どこを目指したのかを追いかけた時にはすでに彼の姿は跡形もなく消えていた。
ユーリが灯台を出る、その数分前────
「あんな無茶までして、これからどうするの?アンジェ?」
診療所でグレイにははぐらかされ、レオーネは非協力的で、有力な話を得られなかったアンジェリアは多少、焦りを覚えていた。
刑務所でパウエルを殴りつけて聞き出した情報を元にパラデウスとガラテアグループが繋がりをしている施設に潜入する事を決意した。
パウエルの情報が古い、もしくはガセである可能性も十二分にあったが情報は正しく、ガラテアグループはパラデウスと繋がっていて、ガラテアグループが作ったものをパラデウスが受け取る仕組みができていた。
しかし、その証拠を押さえたものはパラデウスとの交戦で最低限なものしか確保できなかった。
その上、その参入がグレイにバレて一触即発の事態になりかけた所をあまり期待していなかった、ライト君という新人の根回しで事なきを得る。
その場で解放する事はできたものの……今後、あの施設の出入りは全くと言っていいほど期待できないだろう。
今、アンジェリア達は人目を避ける為にライトや他のシュタージエージェントが利用するアパートに止まっている。
…モリドー、いや…フォトン曰くマハリアンだったか、彼女を今すぐ尋問なりしたい所だが、彼はモリドーと違う存在と認識している。
協力は今すぐ得られないと考えていいだろう。
「もう一度、パウエルをぶっ飛ばす?」
パウエルは計算高いやつだ、全てを話した後に待っているのが用済みである、運命を理解している。
まだ、アイツの中で隠しているカードは叩いて出る埃のようにあるだろうとAK-12は考えていた。
「その前にベルリンの連中が別の場所に移しているでしょうね。あっちも手柄が欲しいでしょうし」
ベルリンがソ連のエージェントのアンジェリアに情報を全て奪われるのはドイツ的にも徳がある話ではないだろう。
面会をした、その日中にパウエルは移送されていると見た。
もともと、安全に動ける立場ではなかったが、今回の状況では安全策はほぼ存在しないとと考える他ない。
「何にせよ、ここから先は綱渡りね。リスクがある行動を検討しないと────」
「……」
……アンジェリアが突然黙った。
AK-12も自分の銃を取り出している、明らかにこのアパートには不釣り合いな数の足跡を耳にしたからだ。
その数秒しないうちに銃声がこだました。
どうやら、ここの部屋ではなく同じ階で発砲音が聞こえ、その音が断続的に、そしてその音は大きくなる。
ひとつひとつの部屋を撃ちまくりながら調べ上げているようだ。
「ちくしょう…!」
アンジェリアはすぐ近くのテーブルに置いてあったグロックを取る。
もう、発砲音はすぐ隣の部屋から聞こえて来た。
アンジェリアはテーブルの後ろに隠れたタイミングで自分の部屋のドアが散弾で粉々に吹き飛んだ。
現れたのはグリフィンがストレンツィ(歩兵)と読んでいるパラデウスの中でも最もスタンダードな兵装をした兵士だった。
「────くたばれっ!」
ドアを破壊し、それを乗り上げようした一瞬の隙をついてアンジェリアはグロックを発砲。
パラデウスの兵士は銃弾をモロに受け、胸元を血だらけにして倒れこむ。
アンジェリアは倒れた兵士の頭を踏み潰して止めを刺すと、アンジェリアは部屋の外の廊下に躍り出る。
「────アンジェさん!」
思わず、グロックを向けると銃口の先にいたのは同じように外に出ていた、ライトだったので、銃口を下ろした。
手にはショットガンが握られている、恐らくは自分と同じように襲われたところを反撃したんだろう。
「…クソ、場所を変えただけではダメか」
拠点を変えていた事で気を抜いていた、グレイは今までのパラデウスとは違ってそう簡単に諦めるような奴ではなかった。
「RPK-16やAK-15は?」
アンジェリアは舌打ちをして、後ろのAK-12に別の拠点で待機させていた部下の状況を訪ねる。
「不明よ…ジャミングされていて、状況が掴めないわ」
グレイはかなり周到な準備でこの暗殺を決行したようだ。
ジャミングをしたら、異常を察知してすぐに向かうように命令しているが、それは定時連絡の際で通信が繋がらない時の話、次の定時連絡まではこちらの助けは呼べない。
「警報もダメですね。でも、これだけの騒ぎなら、近隣住民が気づいているはず…褒賞目当ての住民の通報で増援が見込めるでしょう」
流石監視社会の東ドイツといったところか。
相変わらずの社会態勢だが、そこだけは評価しよう。
「そんな時間があればいいけど…」
AK-12の言葉を裏付けるようにアパートの木造部分が燃えていた。
「燃焼グレネード…火事に見せかけて焼き尽くすつもりね」
炎で厄介なのは煙だ。
煙を吸い込んでしまったら、煙がないところで新鮮な空気を吸うまでの猶予は数十分もない。
そして、通報で消防隊、続いてシュタージが数十分でやってこれるはずもない。
「隠れて!」
下の階から激しい銃撃が聞こえる。
AK-12はアンジェリアを引っ張り部屋に戻した。
炎に耐えきれず、外に避難しようとしたエージェント達はあっという間に蜂の巣にされた。
一階のエージェント達は軒並み、パラデウスの襲撃で殲滅された。
「窓を利用すれば下の階に行けるか────!?」
ライトがカーテンをロープ代わりにして窓から出ようとした瞬間────床が崩れ去り、下の階に叩きつけられた。
落下した時にAK-12はアンジェリアの下敷きに、ライトはAK-12以外の人形が下敷きになった。
「────手荒なやり方ですみません。これしか方法がなかったんです」
ライトの下から、声が聞こえる。
声の主は床が抜けた時に落ちて来たライトの下敷きになったRPK-16だった。
「どうやってこの状況に気づいたかは後で聞かせてもらうとして…AK-15とAN-94は?」
まさか、自分ひとりでやって来たわけではあるまい。
危険からの救助を担当するレスキュー部隊だって、自分自身を要救助者の1人という事を忘れない。
「別方向から仕掛けて来た暗殺部隊を押さえています。彼女達が遅れをとるとは思えませんけど…片付けてここに来るまで10分はかかるでしょうね」
上の階からやってきたストレンツィ達がコチラに気付き下に銃を向ける。
AK-12はそれを素早く察知して、たまたまセレクターの位置を3発射撃にしていたアサルトライフルの引き金を引いてストレンツィを倒す。
1階からも足音が聞こえる。
よくない状況だ、上と正面でパラデウスに挟まれてしまった。
逃げ場が思いつかない。
「……アンジェ、先に行って。私がここで足止めする」
AK-12は何かを諦めた声で、近くにあった本棚を倒して自分のアサルトライフルを立てかけた。
「馬鹿な事を言わないで!」
「ここで全員生きて帰れる方がバカの考えよ。分かってるでしょ?」
AK-12とアンジェリアの目が合った。
その瞬間────アンジェリアはAK-12の瞳にユーリの瞳を想起させた。
コイツは腐っても奴の娘だったらしい。
「なら、僕も残りますよ。1人より2人の方がいいでしょう」
ライトも物陰から上の階と正面玄関を狙える位置に陣取った。
正面玄関から、黒いネイトが現れ銃口を向ける。
────しかし、黒いネイトが引き金を引く、その動作よりも前にAK-12とライトが顔面めがけて集中砲火を浴びせて、ネイトの顔は呆気なく潰れてしまった。
「RPK-16…アンタに部隊長レベルの権限を渡すわ、せいぜいアンジェを死なせないようにね…」
「あら?どうしてそんな当たり前の話を?」
RPK-16は何を言っているかわかっていないような表情でAK-12に向かって首を傾げた。
コイツ…ヴィシャスに言われた事を本当に覚えていないんだろうか?
正直、不服だけど……はっきり説明した方がいいだろう。
「…私はヴィシャス……いいえ、パパが嘘をついてるとは思えない。"裏切り者"を躊躇いなく始末できるのはアンタだけよ」
「あぁ、そういう事でしたか」
ようやく、合点が入ったようにRPK-16は頷いた。
もし、ヴィシャスが言ったことが全て嘘だったら、全てユーリの工作で間違いであったら、それはそれでいい。
でも…根拠がないのに…それは、確実に起きるという悪い予感がメンタルにチラついている。
「でも、覚えておきなさい?もし、私が生きていて…アンジェリアが死んだら、私がアンタをこの手で引きちぎってやる」
何を言っているんだろうか?私は?
ここは"さっさと行け"とか、"お前が頼り"とかもっと気の利く言葉を言えたら良いのにと変な所で後悔してしまう。
「覚えておきます。あなたのお父様の命も大切に思わない、あなたの事も…さぁ、行きましょう」
「ほざいてなさい」
それでも、意図は汲んでくれたらしくRPK-16は酸欠になりかけた、アンジェリアを抱えて隣の壁を手持ちの爆弾で粉砕する。
「ごめんね、ライト君」
「いえ、これが最善ですよ。アンジェさんは自分を2秒しか持たないと言ってましたけど、10秒は生き延びてやりますよ」
馬鹿でかい音共にさらにパラデウスの暗殺部隊が乗り込んでくる。
AK-12は瞼を開き、機械仕掛けの強い眼差しで眼前の脅威を睨んだ。
「アンジェ…!」
「ご無事で」
RPK-16のお陰でマンションから脱出することが出来たアンジェリアたちの元にAN-94とAK-15が合流した。
助かった…という表現で正しいのかもしれない。
「通信が戻ったぜ、態度には出さないがサーっていう人はご立腹だ」
Jもいたらしい、通信機というより…携帯を持っている。その通話の先はサーで、怒っているとのことだ。
アンジェリアはJから携帯を受け取り耳に当てた。
<……随分と状況がよろしくないようだな>
携帯のスピーカーから、サーのため息交じりの言葉が出て来る。
あんなお粗末なセーフハウスを用意しておいて他人事のようにふるまうのは気に食わない。
「パラデウスに襲われたわよ。この状況…どう、説明してくれるのかしら…?」
アンジェリアは喧嘩腰でサーの挨拶に食って掛かる。
<私に文句を言いたいようだが、これは君の招いた責任だ。はっきり言おう。君はどう考えてもやりすぎだ、正面から敵の拠点に乗り込むだと?速度を重視するにも程がある>
「好き放題言いやがって…高みの見物しかできない癖に…!」
<その高みの見物が嫌で起こした結果はどうだ?君は君の持っている貴重な戦略をドブに捨てたのだ>
「────うるさいっ!!」
アンジェリアは怒りに任せて携帯電話を投げ捨てた、迷惑そうにその携帯電話を拾う。
”武運を祈る”なんて言葉も聞こえた気がするが良く覚えていられない。
────
───
身体中がものすごい熱い。当然か、アンジェを逃すために残っていたら火炎放射器で火だるまにされたんだから。
「……ぁ……ぁ……」
全身が焼けたせいか、手足がまるで動かない、息も出来ない、かろうじて機能しているのはボヤけたものを映す瞳と僅かに聞こえる耳だけか。
「……標的カクニンチュウ」
パラデウスの雑魚が乗り込んできたか。私は気が付かれたらどうするんだろう。このままなぶり殺しにあうか、ユーリのように過酷な拷問に遭うか……悲惨という意味では大差ないが、前者であってほしい。
「敵発見」
見つかった。どうやら、AK-12の最期は雑兵に破壊されて終わりらしい。
まぁ、小賢しいことをし続けた裏方役には中々のものか。
────銃声が響く。
撃たれたな、と思ったAK-12だが不思議と何の感覚も感じなかった。
「排除した」
「前進すル」
そして、聞こえたのは聞き覚えのある声と足音。
背中を掴まれた感触がした。
「確認、本人ダ」
「よし、離脱する。援護は任せろ」
「了解」
そして、自分は聞き覚えのある声たちによって引きずられていく。
「コリ────でェ…オ────ツ、確────ナ」
引きずられながら、AK-12は助からない物を見捨てる様な衛生兵のような声が聞こえた。
引きずられたせいで、集音機能は途端に悪くなり、記憶もすこしモヤがかかる。
何があったんだっけ?私…確か、ライト君を逃してパラデウスをできる限り倒して、あの黒いネイトの銃撃で吹き飛ばされた瓦礫が私に突き刺さってそれから…
「……」
AK-12の口が僅かに揺れる。
しかし、彼女から漏れ出る声はもはや人の聞き取れる様なものでは無かった。
────あぁ……そうだった。
パラデウスが自分を燃やして…全身、とくに喉が嫌というほど焼けたんだった。
「ヴ────……!A────12は────?」
途切れ途切れで断続した声で聞こえるがそれが焦った声である事はなんとなく理解できる。
その上、この声…私の知っている人だ。
「────あ…ぁ」
口からパパという言葉を絞り出したつもりなのに…
しわがれたた声しか出ない事に驚いた。
「…もう────喋。話せ────になっ────口を」
「言わせて────もう、手の施シ────」
「黙っ────ろ!」
あまりに冷静さを欠いた怒鳴り声が聞こえた。
「……?」
なんでだろう?わからないな?何を言っているのかな?
でも、どうして、この人が怒るのが分かるんだろう?
もしかして、────私のこと…まだ恨ん…でるの?
なんで?私はなんで、謝っているの?私はこの人の声を知っているの?
そんなの当たり前だ────ユーリの声なんだから。
確かに恨んでいたやつがこんな人様に見せられないほどボロボロじゃあ、パパも…怒るよね。
「…き……ほど……な……ょ」
────気にするほどじゃあないでしょ?
本当はこう言いたかった、でもユーリにはその言葉が形となった届いていない。
口の形も留めきれていないのに、まともな言葉を発せられるわけがない。
「AK-12…」
運良く自分の名前を呼ぶ声が聞こえる。
AK-12の名前を呼ぶユーリの声は苦悶に満ちていた。
手の施しようがない事を彼が1番分かっているんだろう。
「……い……で」
────泣かないで
励まそうとして、声にならない声を何とかして絞り出そうとしてもまともな形にならない、声帯がほとんど焼き尽くされてうめき声しか発せられない。
「……もう、喋るな。苦しむぞ」
「……」
なぁんだ、私の事ちゃんとわかってるじゃない。
ちゃんと声も聞こえるんじゃない。
でも、そんなのはもういいかな。
そんな事よりも、はっきり伝えたいことがある。
「────ご……め、ん……ね」
ごめんね。あなたの全てを奪った私だから、最期は新しい人生を始めたあなたが順調に行けるように頑張って終わりたかった。
けど、結果は残酷だ。ユーリに助けてもらいながら、こうして終わろうとしている。そして、私は彼が何を目指しているのか最後まで知ることができなかった。
後悔、思い、願いがユーリに対しての言葉に繋がらない事が悔しい。
そんな事を神様は不憫に思ってくれたのかもしれない、それともこんな最期を立ち合わせる為に運命の筋書きが決まっていたのなら…私はその運命を恨むけど
「行くな」
「……」
……私だって、ここであなたにサヨナラを言いたくない。
このメンタルモデルを復元する時、必ずユーリの記憶を奪った挙句に削除するだろう。
それは、何者にも変え難い苦痛だけど…これまでの人生を考えてみれば割と自業自得で、私だけ救いがあるのは公平じゃない。
「…い…やだ……」
……そっか、これが"死ぬ"って事なんだ。
……いやだなぁ、今更遅いけど……
「……しに、たく…ない……」
……これで何度目かのなんてことだ。
……これが遺言なんて、とっても情けない。
……つい、漏れた言葉を皮切りにしてAK-12の視界は真っ暗になり、何も考える事が出来なくなった。
────
───
「コアもダメなんだ。これは死んだよ、どうにもならン」
「…あぁ。そうだったな。キレて済まなかった」
ヴィシャスの言っていることは正しい。
もう、AK-12はもう死んでいる。
ユーリはヴィシャスの言葉をさっきまで忘れていた事を思い出すような声色で返事をして、
さっきまで抱き止めていた、AK-12の身体をそっとアスファルトの上から近くの原っぱにゆっくり下ろした。
「……」
さっきまで炎で熱くなっていたのか、それとも"自分は生きている"と主張するために最後の灯火を燃やして己を暖かくしたのか、それは定かではない。
でも、いま…彼の腕の中にいる1人の人形はもう、熱を発する事がなく、もう、2度と動く事がない事をユーリは理解しきっていた。
「……」
泣きたいと思った。怒りたいと思った。
AK-12が"死んでいる"、"壊れている"という事実から逃げたかった。
しかし、今ユーリの感情を包んでいるのは悲しみでも、怒りでも、逃避でもなく……
この人形はもう、起きてくる事はないという漠然とした事実を理解した感情だけだ。
「……冷たいな。なんで、こんなに冷静なんだ……俺は?」
────なんて、薄情極まりない。
漠然と事実を受け止める自分が殺したくなるほど嫌いになる。
独り言には責め立てるような鬱屈した感情が込められており、それに反比例するように自分の精神は全くと言っていいほど冷静だった。
「警察ノお出ましカ」
流石に騒ぎに鳴っていたのだろう。
緋色の炎に駆けつけて来た、消防隊のサイレンが聞こえる。
これ以上、ここにとどまる事は出来ない。
AK-12の遺体を回収したいと思う反面、それはアンジェリアや反逆小隊の面々に悪いだろうと思い、敢えて遺体はそのままにして、痛まないように原っぱにおいた。
「間に合わなかったナ」
「あぁ…」
消防隊の到着を見届けると彼らは[[rb:宵闇 > よいやみ]]の影の中に消えていった。
ヴィシャスの報告だと遠距離を監視できるドローンでアンジェリアたちが襲撃を受けたのを察知した後、全力で駆けつけたと言っているけど…それをどこまで感じられるか…それは定かではない。
言うまでもなく、アンジェリアたちはロクサット主義のために働いていて、自分達の敵だ。
────それはいい、助けるのは大きい範囲でみてメリットがない。
でも、ユーリが引っかかっているのはフローラ研究所で見つけた反逆小隊がパラデウスと繋がっている裏切りの証拠。
AK-12はパラデウスとの殺し合いで殺されたから、裏切り者の候補から外れる可能性は高くなるだろう。
「────っ」
嫌な考えが頭の中を過ぎる。
仮定の話だが…もし、パラデウスに買収されなかったAK-12を邪魔だと判断して謀殺されたのなら…俺は…AK-12を助けるチャンスを自ら棒に振ったことになる。
「……いずれにせよ。もう、何もかも遅いな」
────
───
拠点に戻り、近くのパイプ椅子に座ろうとした瞬間、突然の虚脱感に襲われて足腰に全く力を入れる事ができなかった。
座ることを忘れてしまうと────ガンッ!と音を立ててしまうらしい。座ってしまったので周りの人間が驚いてこっちを向く。
俺は怒ってはいない。…ただ、とっても疲れているんだ。
「…ユーリ、なんのつもりだ」
「…なんでもありませんよ」
リーダーが自分の行動に説明を求める。
…見ればわかるだろ、疲れて座っているんだよ。
「アンジェリアたちが襲撃されたアパートに行ったようだな。収穫はあったのか?」
…あるわけないだろう。
「懲罰を課すつもりはないが、話は聞いておきたい。今のお前はお前しからぬ行動だ」
……うるさいな。
娘が死にました。そんな報告を俺にさせるのか?
こっちの感情に寄り添おうと思わないのか?
ユーリは顔を硬らせてうつむいた。
リーダーは立ち上がり、その肩に軽く手を置く。
「────報連相という言葉知っているか?ああ、聞き返さなくていい、単に報告連絡相談の略称だからね。君もよく分かっている通り、部下は上司の命令を絶対とする様に上司も部下からの報告でようやく動けるのさ…つまりだ、部下からの正確な報告がなければ、我々も動けない、理解してもらえるかな?」
「申し訳ありません……。認められない事につい、動揺してしまい……」
ああ、本当に認めたくないことだ。
ユーリは本当に苦しそうにため息を吐き、震えそうになる身体をはげまして言った。
「現場には1人の人形が生き絶える寸前でした……あなたもご存じの"AK-12"です。まさか……あのような場で最後を見とるとは思わず……どうしてもそれを認められなくて……」
リーダーは黙ってユーリの告白を聞いていたが、ややあってため息をついてみせた。
「なるほど……。家族の死とは人形と言えど辛いものだな……」
リーダーは机を回り込み、再び元いたシートについた。
「動揺も致し方ない。きっと、ずいぶん手塩にかけた娘だったのだろう?」
「……ええ」
「…分かった。次の戦闘ではお前を外そう」
「それは────」
ユーリは、その言葉にハッとして顔を上げた。
「戦友に続いて、娘が死んだ……そんなお前の精神状態に更なる負担をかけたくない。……私もお前に、そんな事はさせたくない」
「いえ!リーダー!そ、それは……」
ユーリは激しく首を振り、さっき自分の座っていた椅子から身を乗り出すように立ち上がった。
「反逆小隊の裏切り者についてはAK-12が候補から外れただけで残りの全員はまだ、裏切りの可能性が残されている。AK-12もさぞ大事にしていた仲間達に違いない……そんな君の娘にとって大事な存在に対してお前は引き金を引けるのかな?」
ユーリは息をのんだ。
「その時は……」
ユーリは曇らせた顔を真顔で晴らしてキッパリと言った。
「……俺が、殺します。例え、大切にしていたとしても……そんな事を一番望まないのはAK-12だから」
「覚悟は決まっていたようだな。なら仕事をしてもらう。もし、その時来た時の言い訳は聞かんぞ」
────ポーン村
「次の場所はポーン村…なんですか?」
「知らなかったのか?」
フォトンと同行していたマハリアンが目的地を教えられた時、彼女は驚いていた。
夢で見た所をなぞっているだけだが、マハリアンは次にテロが起きる地点がポーン村であったことを知らなかったようだ。
「もし知っていたら…私…!」
マハリアンがぐっと唇をかみしめる。
「まいったな…昨日は喜んでいたのに、今日はこれだ」
「…す、すみません」
いや、そこは謝るところじゃなくて前触れもなくコロコロ変わる表情の応対がこんなに疲れるのかと自分自身に向けた皮肉だったんだが…
『……』
先に合流地点についていたユーリたちと合流する。
今回は彼らの人数が前の隔離壁より多めに見える、たぶん増員したのではなく人数を固めたと言った方が近いのかもしれない。
「……アイツ」
それにしても、だ。ユーリの雰囲気が違う。
心なしかユーリの態度が固いように見える、口では平然さを装っていたが仲間が死ぬっていうのはやっぱり大変なことなんだろう。
『…お疲れ様です』
「ああ、お疲れ様です」
『報告があります。昨日、反逆小隊のAK-12が殉職しました』
「え……」
”AK-12が死んだ”ユーリは淡々とした声色でそう言った。
AR小隊の面々は当然、言っている意味の理解に時間が掛かった。
言葉の旨は理解できる。
でも、自分の娘の死に対してユーリがこんな淡々とした態度で話すのが全く理解できないのだ。
「いや、そんなことないですよ。きっとAK-12の事だから────」
『自分が看取ったから間違いない。死んだよ、パラデウスの報復でな』
「でも……」
AR-15の逃避染みた発言はユーリ自身の言葉でぴしゃりと遮られた。
お前の娘なんだぞ。
それは、例え事実であり、変えようがないことであってもこんなに冷静でいられるのを想像したこと…それだけなかったと信じたかったのに、それをたった今裏切られた。
『……ずっとこうなることは予想していました。……辛いことではありましたけど、いつまで引きずるわけには行かないでしょう?』
辛いことを我慢してでも任務を成功させる強靭な意思。
それは……たぶん、兵士としては正しい。
でも、親としてはどうなのだろうか?
「あの…今回は休んでも…」
『夜中、上司にも同じことを言われましたよ。でも…いいんです。アイツとの別れが来るのは薄々分かってました。それが今来たというだけの話で────』
ユーリはフォトンから顔を少しの間だけ、晒した。
『…アイツの最後に立ち会えただけでも、自分は幸運なんです』
そう言って、彼は顔を逸らしてしまった。
ユーリはもうそれ以上何も言わなくなった。
フォトンはこれ以上、かける言葉が見つからなかった。
そして、そのままユーリは先陣を切って歩き出した周りを置き去りする程、早く。
……ただ、目的地に着く、後少しの場所で、唐突に
『────3年間って、思っていたより短いんだな』
ぽろりと、誰にも聞こえないようにか細い声でちょっと昔を思い出すようにつぶやいた。
「……あの、ユーリ?」
たまたま、その呟きが聞こえたAR-15は彼の近くに寄る。そんな、彼女を気にせず、淡々と言葉は紡がれていく。
『アイツとの研修は…本当は月も経たないで終わるはずだったんだ。その時の外務省はさ、いや今もかな?あんまり人形が好きじゃなかったからな。そんなことするより武器寄越せって…さ。だから、別にこんな事が起きても……普通は誰も気にやしないんだ。でもさ、アイツが酔った勢いで……喧嘩して、街に出て夜遊び染みたバカやって、俺が周りに頭下げてた時、ようやくアイツを……人形も悪くないんだなって、みんなが俺の生まれたところを血の海に変えたようなやつばかりじゃないのかもって……アイツのおかげで少しだけ変われた』
「…ユーリ」
『だから、アイツが裏切った時は本気で恨んで…….憎んで……それで、悲しんだ。だから、本当はアイツが死んだ時は"面倒見た責任"から解放される……そう、思うべきだったんだ』
「でも……違っていたんですね」
『……でも、たしかに肩の荷は降りたかもな……だけど、それと同じくらい身体中が疲れた。……それとも、心なのかな?こんなに疲れるなら、俺…アイツと関わらなければ、義理とは言え親子なんて関係をさっさと切って仕舞えば、よかったのか』
「……」
AK-12はAR小隊とは違う。
バックアップがあるなら、新しい素体にそのバックアップを入れて新しい生を得られる。
だが、保安局のことだ。きっと、己の恥部であるユーリ達外務省と過ごした記憶は全て抹消されているだろう。
AR-15もそれは何となく予感できた。
「(そんなAK-12。アンジェリアにとっては短い別れでしょうけど……ユーリにとっては死別と変わらない)」
実は死んでいなかったなんて奇跡がない限り、AK-12はユーリにとっては死んだことと変わらないのだ。
「……もし、それが強がりで言っているのなら、悲しむことは間違いじゃないって言ってあげる。……人形の私が言っていい事なのかは分からないけれど」
AR-15は一度、自分を死なせる選択をした人形だ。
それで周りがどれほど悲しませたか、それをひとつまみだけ理解している彼女が"悲しんでいい"と肯定した。
『……はぁっ』
沈んだ呼吸の音が聞こえた気がした。
鋼鉄の鎧の背中が震えたように見える。
……彼は、それだけの変化だけを見せて、他は必死に隠したまま
『……さようなら、AK-12』
静かに、ゆっくりと、声もなく…バイザーの下で彼はフォトン達が来るまで静かに泣き続けた。