米蘭島事件から10年以上たった今でも世界を苦しませるコーラップス液の放射線が生み出した濁った雲のその先には、今もなお崩壊する前の世界の名残を映し出すダークブルーの空が広がっており、
M4A1はその青空をたった一人の王国だと言わんばかりに蒼色の輝く漆黒の機械仕掛けの翼を広げて目的の場所に向かって飛翔し続けていた。
「……あとどのくらい?」
M4A1はキューブ型の端末を取り出して、目的地までの距離を確認する。
今日中には行けるか?と思った瞬間、彼女の端末にコール音が鳴る。
合流予定を知りたいのだろう、M4A1は端末の通話ボタンを押した。
<ヴィシャスだ。久しぶりダナ>
「ええ、久しぶりね?PPK-20。今夜着くわ」
<了かイ、到着時間ついては理解した。こっちも報告せにゃナランことがアル。…AK-12ノ死亡を確認しタ>
AK-12が死んだ。
その報告を聞いて、M4A1は少しだけ沈黙した。
そして、沈黙の後ゆっくりとつぶやいた。
「……そう。それは、残念ね。ユーリの調子は?娘が亡くなったんでしょう?」
彼女もAK-12と少しは共にいた仲である。
真面目に惜しんでいるのか、多少憐れみが混じった声色だった。
<そりゃあそうサ。流石のユーリのヤロウもショックで少しの間、放心してたヨ。でも、モウ持ち直シて仕事ヲ続けてル。あの精神力、並ジャねえ>
「……ユーリ」
”普通ではない精神力”と関心気味にヴィシャスら語るがM4A1は内心ユーリのことを可哀想だと思っていた。
別にヴィシャスはユーリの悲しみを知らないわけではない、それでもなお立ち上がろうともがく姿を純粋に尊敬しているからこそ、出た発言であることは彼女自身も良く理解している。
<話は終わりだ。時間取らせたナ、合流地点で会オウ>
通信が切れた。
「合流地点で……会える、ね」
自嘲というか、皮肉というか、何かを馬鹿にしたように1人呟く、M4A1の顔はどことなく、そわそわしているように見える。
「……あなただけは奪わせないわ」
漆黒の羽が再び青白く燃え上がる。
そして、さっきまで戦闘機程度の速度だった彼女の飛行速度が一気に音速を超え、衝撃波と共に彼女は更に加速していく。
誰にも止められない。
そう叫ぶかのように速度が上がり続ける彼女の姿はまるで流星のようだった。
もし、運良く彼女が飛ぶすぐ下にいたのなら……
その幸運な誰かは、コーラップス液の雨雲を焼き焦がし、大気を引き裂いた事で発生する、この世のものとは思えない、幻想的な、黒い虹色の空を見れただろう。
「待っててね…!すぐに会いに行ってあげるから……!」
────
───
そのユーリ達は今ポーン村の入り口にいた。しかし、妙である。
村にはまるで人の気配を感じない、数日前は難民でごった返していたポーン村が今ではゴーストタウンだ。
「驚くほど誰もいないわね。前回の事もあったからパラデウスの兵士の巡回もあると思ったけど」
ダンデライオンは周辺をスキャンしながら今のポーン村の所感を述べた。
「まさか……もう」
マハリアンの瞳に最悪な状況が映り出す。
恐らく、パラデウスに"責任"を取らされて処刑される光景が目に浮かんでいるんだろう。
「……弾痕の跡もない、パラデウスも俺達を流した瞬間に引き上げたんだろうな」
その絶望をマハリアンが考えるよりも前にフォトンは多少早計な予測を立てて、マハリアンを間接的に励ました。
臆病なのは良い事だが、考えが後ろ向きすぎでストレスで死にそうにないか、グリフィンも戦々恐々だ。
「ここの村人はパラデウスの都合の良いように扱う為の駒ですら無かったんだろうな、だからこんなに放置されている……前にカルテルの拠点を潰した時似たようなことがあったな、もしかして、騙された事にキレて散り散りになってんじゃねぇの?」
R5もフォトンの援護をする様に納得できるような実体験を話す。
「そうであってほしいものね」
Ots-14はマハリアンを睨みつける。
やっぱり、マハリアンを疑っているらしい。
疑り深い性格でも関係しているのだろうが、自分から悪役をひっ被ろうとする彼女の悪い癖も起因しているだろう。
「外にいる404や”サー”の人形から報告は?
「特に、なにも……」
ユーリは全体の様子が気になったようで、
フォトンがもしもの時の為に村の外に配置させた、ペロサ小隊や404小隊からの報告がないか、聞いたが特に報告はないと返答が来た。
その返答もAK-12という娘を失ったばかりのユーリに対して引け目を感じてしまい、会話を交わすたびに微妙な空気が流れる。
「この村にまだ、代表が残っていれば……協力を仰げるかもしれません。こうして、女神様と呼ばれているマハリアンも戻っているわけですし」
「……成る程」
ユーリの考えは理に適っている。
たしかにフォトン達はマハリアンを村から連れ出してしまった。
しかし、その理由はパラデウスの流れ弾がマハリアンに当たったから、その辺りの理由を上手いこと好印象寄りに説明することが出来れば……村の代表から助けをもらえるだろう。
問題はその代表がこの村に残っているか、だが。
ゴーストタウンの村の中心にたどり着く。
村の中心には村の中の建造物の中では最も巨大な教会が建てられており、フォトンはここで足を止めた。
「────ここだ。この辺りで俺は代表と会ったんだ」
フォトンはエリアの事を思い出す。
正直、フォトンはあの代表……たしか、名前はエリアだったか?そのエリアという女と直感でうまくいかないと確信していた。
多分、いいヤツ、悪いヤツで区分できるものではなく……本能的に相容れないのかもしれない。
フォトンが扉に手を触れようとした瞬間────
「待機を」
ユーリ達が耳につけていた通信機のようなモノを軽く叩いた。
次の瞬間────バイザー……のようなヘルメットのような被り物が一斉に彼らに装着された。
『ヴェルグ1、我々は付近の建物の捜索に入る。教会はお前に任せる』
『了解です、ヴェルグ3、4は不足の事態に備えて周辺警戒。ヴェルグ2、お前は俺と来い』
『────了解』
恐らく、あの被り物はコーラップス液の粒子から感染しないようにガードしてくれるモノなのだろう。
つまり、彼等はこの先「なにかある」と確信しているのだろう。
被り物をしているので、くぐもった声かと思いきやクリアな電子音が被り物のスピーカーから発せられた。
『配置についた』
兵士達がゆっくりと、しかし、無駄のない鮮やかな動きで一斉に周囲の建物に向かって散らばっていく。
『悪いわね、その子を驚かせた?』
ヴェルグ2と呼ばれた女が別に悪くないのに謝罪を入れた。
まるで、アジアのジャパン人のような、慎重というか、神経質さ、のような妙な感覚を感じた。
「いや、いいさ。さっさと確認しよう」
『リーダー、侵入します』
教会の扉が改めて開かれる。
「────!」
扉を開けた瞬間、ダンデライオンはなにかに気づいたらしく顔色が変わり、教会の奥へ駆け出して行った。
「あ、おい!待て!」
ダンデライオンの突然の行動に一旦思考が止まってしまったが、すぐに持ち直して彼女の後を追う。
「あなた…それ、本気なの?」
ダンデライオンに追いつくと、たどり着いた場所が教会の礼拝堂であることに気づいた。
奥には、エリアがいた。
「ああ、聖女様。やっと、お戻りになったのですね」
さっきまで、ダンデライオンの言葉を全く聞いておらず終始無言だったエリアは自分の瞳にマハリアンが映った事で、感嘆を入り混じらせた言葉を綴る。
「けれど、これはどういうことでしょう?このおぞましい機械の人形と一緒に戻ってくるなんて」
待ちわびた聖女が自分たちの村に帰ってきたことはさぞ、エリアにとっては感動的な場面なのだろう。
マハリアンだって、親しみのある人間との再会は普通ならきっと、喜び或る再開なのだろう。
「……ああ、やっぱり。聖女様は汚されてしまったのね、機械はやはり邪悪よ」
まあ、その、普通なら。
でも、この再開は全く普通ではない。
普通の再開でない理由は至極簡単だ。エリアの手にはコーラップス液が充填されたカプセルに取り付けた爆弾を持っていて、しかもそのスイッチにとっくに指をかけていたから。
『こ、コイツっ────!』
ユーリとフォトンが彼女を視界にとらえたのはこの時だった。
そして、ユーリは爆弾のスイッチが握られているのを確認した。
即座にその爆弾のスイッチを押そうとする指を手持ちのアサルトライフルで吹き飛ばそうと引き金を引き絞った。
でも、全てが遅かった。
彼女のボタンを押す速度とアサルトライフルの5.45ミリの弾丸がエリアの指を引き裂くまでの時間はほんの僅かな差だった。
だが、その僅かな差で、エリアは爆弾のスイッチを押してしまった。
指を引き裂いたのはその0.1秒後
その僅かの差でコーラップス液に括り付けられた爆弾が起動し、爆弾は爆発し、コーラップス粒子がまき散らされた。
「ハハハ!機械に心を売る裏切った偽りの女神など要るものか!ならば、新しい女神をまた作り直せばいい!!」
狂ったように笑い女神を否定した司祭も、隠れて、震え上がっていた信者達もあの、破滅の緑色の粒子に包まれて苦しみながら死ぬか、死ぬ事もできずに動くもの全てに喰らいつかんとするバケモノになる事しかできない。
『────ダメだ!逃げろっ!!』
フォトンたちがここから離れようと考えるよりも早く、人間のフォトンをマハリアンはヴェルグ2が掴み、爆発の範囲外まで強引に引き剥がす。
「ちょっと!!今のは!」
『────いいから前!!』
ヴェルグ2に言われるがまま、視線を前方に移すとそこには…コーラップス液によって怪物と化したE.L.I.Dが唸り声を上げてこちらを見据えていた。
「モドシテ…モドジデェ…!」
「イダイ…イダァイヨォオ…!」
今のは、E.L.I.D?いや、ニンゲンの言葉を使っている、なら人間?でも、目の前にいるのはどう見ても、怪物で、なら、これは?今のは…何だ?
『怪物化の初期段階ね…』
「ねぇ、今のは────」
SOPⅡが眼前の光景を見た瞬間、
次々と爆発が村のあちこちから木霊した。そして、緑色の死の煙がいたるところから、上がっている。
『ポーン村の人間です!コーラップス液に感染した!』
死の煙がやってこないところまでユーリとヴェルグ2がフォトンたちを運んだあと、ヴェルグ2はさっきの被害者達をきっぱりと、”人間”と表現した。
「そ、そんな…人間?」
そう、人間だ。
怪物ではない、人間。でも、手遅れな、人間。
怪物であれば、引き金を引くだけで楽だった。
人間であれば、躊躇できた。
だけど、そんな甘い考えは許さない、とヴェルグ2はチラリと見えた助けを乞うニンゲンたちのことを「もう、手遅れ」だと、怪物だと残酷に宣言した。
「タスケテ」、「クルシイ」、と壊れかけの蓄音機のような擦れた声で、ニンゲンがこっちに助けを求めて来る。
『……始末しないと』
だが、同じような光景を幾度も見てきた、ユーリとヴェルグ2は知っていた、「ここまで来たら、もう、どうしようもない」と
ユーリはA-545をヴェルグ2はA-762の銃口を被害者に向ける。
この行為が彼女にとっての怪物になる前に楽にしてあげようとする、慈悲であり、怪物になった後の打ち込む弾丸を節約するための合理的判断であることは、この状況でも冷静に物事を判断できるサイコパスなら理解できるだろう。
「え……なに?」
「た、たす、タスケ、て……」
「ど、どうすればいいのよ?」
Ots-14も目の前の状況に目を丸くして、どうすればいいかわからなった。
彼等が感染したことはわかっている。
けれど、まだ彼等は言葉も話して、涙を流して助けを乞う人間の状態だった。
そうだ。今の彼らは、まだニンゲンだ。
「と、止まらないと発砲する!」
「あ、い、いや……いや…」
Ots-14から銃口を向けられたのを理解すると、ニンゲンたちは顔を歪ませて、ノロノロと鈍い動きをしながら背を向け始めた。
今から殺されるという恐怖から逃げようという、人間としての機能がまだ生きている証だった。
まあ、そんなノロい速度で逃げても逃げ切れるわけがないのが現実で。
「イヤダ…イヤッ…」
「カミサま…カミサマッ…かみさ────」
自分は撃ってない。Ots-14は撃ってない。
けれども背中から、飛び交う5.45もしくは7.62ミリの弾丸が容赦なく、被害者であるニンゲンを屠る。
もう、これは虐殺だ。
無抵抗な人間に追い討ちのように暴力を振るう虐殺だ。
「……
別の待機場所、ポーン村外周でAR-15が監視していた同じことが起きていた。
ここにもコーラップス液に手遅れになる程、感染した村人達が地下室、小屋からゾロゾロと現れたのだ。
コーラップス液の爆弾はもうエリアがスイッチを押す前に起爆していた。
『感染者だ。武器は好きに使え、ただ外に出すなよ』
『了解!』
AR-15と一緒に観察をしていた工作員達がこれ以上のパンデミックを防ぐため、感染者達に銃を向け、発砲した。
「────!!」
「────!?」
「きっと他になにか────」
ゾロゾロと村から出ようとする村人達も虐殺を止めて欲しくて、駆け寄ろうとしたAR-15に”ナニカ”がブツカッタ。
「タスケテクダサイ…タスケテクダサイ…」
被害者、そしてニンゲン、もう人間の見てくれをしていない。
今起きているのは紛れもなく、虐殺だ。
無抵抗な人間に追い討ちのように暴力を振るう虐殺だ。
────でも、頭でもわかってる虐殺をしないと、
「タ…ケテクダ………」
お前達は殺されるぞ。
「アッ…!た、…ス」
「く、来るな……っ」
ゆっくりと立ち上がるニンゲンが一歩一歩、こっちに近づいてくる。
彼らのように手に持っている銃を向けなければいけないことをしなければ、目の前の化け物に襲われることは分かっている。
「、ケ…て」
「来るな……、来るなって……言ってるのに!!」
AR-15は今でも発狂しそうなほど、金切り声を上げている。
周りを見ても、さっきまで人間だった、アレ引き金を引く決意が全くつかない。
助けを乞う無垢な人間が
「ク…ダ、さ────グおオおオオッ!!!」
怪物に変わった。
「畜生!畜生っ!ちくしょおおおおおおおッ!!!────来るなッ!来るなああああッ!!」
さっきまで、人間であることは分かっている。
それでも、自分たちまであんな化け物になりたくない、人形なんだからそんなことはないというのは、前から教えられているが、そんなことがすべて信じられないくらい目の前の恐ろしい現実と同じ存在になりたくなかった、引き金を’引き’弾丸を飛ばして、怪物ども薙ぎ払う。
来るな、来るな、と叫ばないと狂気に飲まれてしまいそうになるから、大声で叫ぶ。
畜生、畜生と怒鳴らないと、さっきから聞こえる助けを求めるニンゲンの声が聞こえて指が止まってしまう。
5.56ミリという弾薬が、被害者の身体をズタズタに引き裂く。
本来なら、E.L.I.Dはこの程度の弾丸では倒すには足りないハズだった。でも、こんなにアッサリ、死ぬってことは、まだ彼らは怪物になりきれてなくニンゲンであるという証拠だった。
「パラデウス…!」
フォトンは行列の後ろに白いのが見え、その名前を呟いた。
『人形は……くそっ!やっぱり、こうなると動けないか!』
ぎり…っと、ユーリは歯ぎしりを鳴らした。彼にも見えたんだろう。
このタイミングで現れたということは絶対にマハリアンを狙ってのものだ。
パラデウスはエリアやポーン村の人間を言葉巧みに操って、マハリアンをおびき寄せるえさにしたに違いない。
”ストレンツィ”よりもやや大型の兵士、”ガンナー”が現れマハリアンに銃口を向ける。
ユーリは素早く、照準をパラデウスの兵士に変更して、アサルトライフルの連射で次々とパラデウスの兵士の頭や腹を引きちぎる。
「マハリアン!」
『────このクソどもが!!』
次々とパラデウスの兵士たちがマハリアンを狙う。
フォトンはマハリアンを守るために手を動かし、ユーリは体を動かした。
HK433の銃弾が兵士を怯ませ、怯んだ隙にユーリのもつブレードがパラデウスを素早く切り裂く。
AR小隊は狂乱気味に弾をばら撒く、AR-15を除いて目の前の惨状に唖然として、動けなくなっていた。
ユーリとヴェルグ2の防御範囲外から、”ストレンツィ”の部隊とが現れ、三脚のザトウムシを思わせる、気味の悪いパラデウスの兵器、”パトローラ”が現れて、再びマハリアンを狙う。
フォトンはHK433で排除しようとしたが、狙うよりも早くその腕がユーリたちに合流しにやってきたヴェルグ3によって切り裂かれる。
バトローラも前触れもなく、頭を吹き飛ばされて、そのまま機能が停止した。
『この狙撃、ヴェルグ4…ファリカか!』
どうやら、スナイパーのヴェルグ4が放った、アンチマテリアルライフルの狙撃によるものらしい。
<フォトン!何をしている!?感染者の駆除が嫌なら、パラデウスを始末してください!それなら出来るでしょう?!>
ユーリはよほど忙しい思いをしているらしく、怒鳴り声になりながらこっちに仕事の要請をしてきた。
そうだ、確かにまだ人間の意識を残しているE.L.I.Dより、パラデウスの方が戦いやすいはずだ。
「AR小隊!感染者の相手はしなくていい!パラデウスと戦え!」
人形たちがピクリと反応した。
被害者という人間は殺さなくていい、
無論、これはヒト任せだ。
本来、人間の代わりの労働力となるために作られた人形がこんな無様を晒すなんてあってはならないことだ。
人形にだってそのくらいのプライドはあったはずだ、だけど、今人形達はフォトン達に言われた”やらなくていい”という命令にほっとしていた。
そして、本当に不思議なことにパラデウスを撃つときは全く、抵抗する気持ちが沸かず、むしろ積極的に引き金を引き絞っていた。
要は、”誰かが代わってくれる”という都合のいい選択に縋っていた、ということだ。
────
───
「────はぁっ……!はぁっ……!はぁっ……」
やっと終わった、やっと聞こえなくなった。
やっと、落ち着いた。
落ち着いたから、周りを見ると…そこには人間だった何かがそこら中にサンランしていた。
「────うっ!?」
我に返ったAR-15に、猛烈な吐き気が襲った。
我慢しよう、口元を抑えてもその吐き気は収まらず、膝をついてしまう、血の匂いと腐った肉の匂いがするたび吐き気がどんどん強くなり、さっきから背中からダラダラと流れる汗が止まらない。
「う……お、え……ッ!」
限界だった、胃の中に入っていたものを全部吐いた。
昨日の夜口に入れたものから、今日の朝、口の中に入れたものを全部はいた。
それでも、飽き足らず、身体の中にある水分も、次から次へと吐いた。
ひどい匂いだ、それでもこの血と肉の匂いは全く冷めてくれない。
いつもなら、こんなことないはずなのに、
いつも鉄血やパラデウスをコロシタ時は全然平気なのに、
コイツラはカイブツのはずなのに、
「う…ブ…!」
嘔吐の後は涙が止まらなかった。
やらなければ、やられる、そんなことはよくある事なので、分かっている
それでも…
────タスケテクダサイ…タスケテクダサイ…
────イダイ…イダァイヨォオ…!
命乞いの声がフラッシュバックする。私は抵抗も出来ない人間に向かって銃を撃った、あれはヒトゴロシか?
「う、ううっ…!」
泣き叫ぶ声がまだ聞こえる気がする。
耳を塞いでも、声は鳴りやまず、頭の髪を掻きむしる。
髪を掻くたび、匂いがどんどんひどくなる、手に犠牲者の血が染みついているからだ。
ピンク色の髪が赤く染まっていく。
吐き気と涙が止まらない、
吐き気がする(苦しかった)、コロスという感覚の本当の意味を知ったようで、苦しかった(吐き気がした)。
涙が止まらない。もう、自分のような生き方が許されないような気がして、本当に涙が止まらない。
止まらない、苦しみと悲しみの中で、何かを抱きかかえて、泣き崩れるマハリアンの姿を見た。
……どうして、だろう?
なぜか、とっても、悲しく、苦しい、事のハズなのに、それを見た私はマハリアンのことで安堵してしまった、救われた気がした。
────感染者は粗かた片付いた!
────ありがとうございます。あとは警察にお任せします。
────おい、なんだこれは?ヒデエ姿だ!ゲロと血まみれだぞ!
「……」
どうしたんだろう。頭がキンキン、する。
────ショックが強すぎたんでしょう、人間からE.L.I.Dに変異する光景が見えたんですから。
────まあ、初めはみんなこんな感じか、俺もそうだったし、ヴェルグ4も、だろ?
────ええ、私は2日は起きられませんでしたから。人形は、どうなる事やら。
「う…」
キンキンする頭を抱えながら、体を起こす。
『あ、目覚めた』
周辺にいた、兵士の一人が目覚めた私に気が付いて、ライト向ける。
「眩し…」
『明かりに反応あり、っと。私の指は何本見える?』
兵士がピースサインを見せる。
「二本…」
『視覚も問題なし、っと。立てるか?』
多分大丈夫だろう。なんとか、力を入れて立ち上がった。
『よし、コイツは大丈夫っと』
段々、意識がはっきりしてきた。
この声の主は、確か…ヴェルグ3と呼ばれた、大男だった。
「私…なんで」
そう言いかけて、ハッと思い出した。
あの時の苦しみを────
「う、うう…」
吐き気はなかった。
だが、立っていられないほど、辛くて、膝をついてしまう。
『おい、大丈夫か?』
だれかに声を掛けられる。
バイザーで顔は見えないけど、声で男というのは分かった。
「いえ、その…」
分からない。なんて言えばいいか、分からない。
何か言わないと行けないのは分かるのに、ひねり出したい言葉が何も思いつかない。
『本当に大丈夫なのか?まだ、混乱しているのか?ロシア製の人形はずいぶんと面倒なAIを搭載したんだな』
「それは、悪かったですね…」
常日頃から、口にしている皮肉が本能のように口から流れる。
いつもなら失言だと、焦るが今は言葉が話せただけも有難い気分だった。
『はぁ、喋れるじゃないか。全く』
言葉が話せるようになるのに比例して、感情がぶり返し、この男の発言の一言一言が頭にベルが投げ捨てられたかのように不快だ。
要は、この男の言葉がシャクに触る。
「あなた、誰なんです?」
自分を不快にさせた男が何者なのか逆に知りたくなった。
『俺か?この部隊のリーダーだ。お前はゲロと血まみれの人形だな』
なんて、容赦のない言葉だ。
女性に対して、失礼じゃない?こんな奴が、リーダー?ユーリの上官なのか?
「どうなったんです?ここは」
『そうだな。救える奴は病院に送った、ダメな奴は殺すしかなかった。それとも、マハリアンのことを聞きたいのか?あいつはお前以上にやばい状態だったよ』
やっぱり、気を失う直前に見たあの光景は。
『しょうがない。ああいうのは本当に、よくあることだ』
しょうがないって、何よ、
『俺たちも半分冗談、半分本気で、”化け物になりそうだったらさっさと殺せ”っていう、約束が公然になってるからな、で、実際にその約束を守るたび、なんていうか、もう慣れちまった』
「私も…いつかは慣れると?」
ああやって、助けを求めて、泣き叫ぶ人間に向かって銃を引く、アレが繰り返していく内になれるっていうのか?
『そんな思いをさせないために、俺たちはE.L.I.Dの殲滅を目的にしているんだ』
「……そう、か」
そういうことか、やっと、私たちは救いを求めているのに、救えない人間たちをこの手に欠けることで、ようやく、彼らと同じ価値観を共有できたのか。
はっきり、いって、
「全然欲しくなかったわ、こんな価値観」
────
───
『大丈夫ですか?』
警察がようやくやってきて、張られた救護テントの中でフォトンはユーリの検査を受けていた。
検査の結果はシロ。つまり感染していない。
『どうぞ、水です』
「……すまない」
ユーリからペットボトルに入った水をもらう。……キャップで封がしてある安全な水だ。
コーラップス液の爆発は村の建物中で発生したが、教会以外の建物でヴェル―クトは素早く行動して、7割以上の爆弾は爆発する前に液体窒素で無力化できたらしい。
もしアレが全部爆発したら、その数十倍の被害が起きていただろう。
その被害を抑えることが出来た、それは喜ばしいことだ、しかし…マハリアンの慕っていた少女があんな死に方をして、泣き崩れるマハリアンの姿になんて言っていいか、全く見当はつかない。
「フレーヴェン大尉、教えてくれ。アンタらの組織のワクチンでこのテロを防ぐとして、どのくらいで調達できる?」
『今すぐ全員分を用意するのは難しいですね…そもそも、自分達のワクチンは遅延性なんです。今すぐ、全員に接種する事ができた……としてもワクチンの物質が効力を発揮するのは短くて……2週間かかります』
……ワクチンが効くのに2週間?
「長すぎる…」
率直な感想が出た。
パラデウスが動き出したタイミングを計算すれば2週間もこちらに猶予を与えるはずがない。
藁にもすがる質問だったが、そもそも、ユーリ達にテロを防ぐという、"その気"事態はあったのにワクチンの話を切り出さなかった時点で察するべき話題だった事をフォトンやマハリアンは考えていなかった。
時間がない以上、ユーリ達には泣きつけない。
ならば、出来る事はやっぱりこれしかない、
「ワクチンを作るしかない」
『…今、何て?』
ユーリはさっきの言葉が冗談、それとも聞き間違いであると思い込み、フォトンにもう一度先ほどの話をする事を求める。
「ワクチンを作るしかない…そういったんだ」
『聞いてますよ、どう危険なのか分かっているのかと聞いているんです』
「……ああ、うさぎが蛇の巣穴に潜り込むようなことだ。だが……パラデウスがマハリアンを使って作ったワクチンなら、即効性がある。むしろ、あれは治療薬なんだ!」
聞き返したユーリは自分達の聞き間違いでない事を知り、ため息をついた。
彼らにとってワクチンを作るという行為はあまり気が乗らないらしい。
気乗りしない理由はこちらも嫌というほどわかっている、マハリアンは治療薬を作るのに専用の施設が必要だと、言っていた。
その、専用の施設……つまり、それは、きっと、パラデウスの研究所に違いない訳で…そこに乗り込むのは奴らの巣の中に餌を放り込む事と等しい。
だけど、フォトンはそれを全て承知の上でさっきのポーン村の惨劇を見て、崩れ去るマハリアンを見てしまった以上、あれと同じ事をベルリン全体で起こしたくないと考えていた。
「お話し中すみません。サーから通信です」
ペロサが通信機をもってテントにやってきた。
『お話が終わるまで席を外します』
「すまない」
ユーリは邪魔になるだろう、と立ち上がり、テントから出た。
「はい」
<爆発の件は聞いた。大変だったようだな>
サーの声がいつになく、真剣で深刻だった。
「マハリアンの記憶は本当だったようですね、しかし、今回は完全に防げなかった」
<それに関して、私から、提案がある。マハリアンをこちらに引き渡してもらえるかな?パラデウスの手がかりもつかめるかもしれん>
マハリアンが顔色を変えていやがる姿が容易に想像できた。
ヴェル―クトの先約があるし……何より、治療薬を今すぐ手に入れたかった。
「その件は今回の件が解決したら、お話しするべきだと思います。マハリアンは治療薬の製造場所を知っているとのことです。もしかしたら、それがパラデウスの拠点なのかもしれません」
<わかった。拠点の方は一任しよう。すまないな、アンジェリアがどうしても”引き渡せ”とうるさいんだ、マハリアン…いや、彼女からしたら、モリドーか>
アンジェリアがそこまで、強硬な態度をとる理由なんて……いや、あった、AK-12の死だ。
ユーリの話が正しいなら、AK-12は良くも悪くも、そのストッパーを引き受けていたが、彼女が死んでそのタガが外れているのかもしれない。
<すぐに彼女から、私と同じように引き渡せという”命令”を出してくるだろう。彼女は重要な存在だ。何とか、落ち着いてくれると嬉しいものだ。…ああ、そうだユーリという男に頼むといいだろう。彼女を黙らせることが出来るのは、もう彼くらいしか思いつかない>
通信が切れた。
「ユーリ!来てくれ!」
『終わりましたか?それで、あちらは何と?』
音も立てずに、ユーリがテントの中に戻ってきた。それと同じくして、フォトンの端末がコールを鳴らす、言うまでもなく、アンジェリアからの通信だ。
<やあ、フォトン君。そっちの様子は?>
心なしかアンジェリアが自分の反論を許さないような気迫を感じ取った。
普段、大体のことを予測できているように澄まし顔のユーリが何が起きているんだろうと、キョトンとしていた。
「一応、順調だ。で?そっちは?」
<さあ?まあまあ…なんじゃない?>
適当な返答、明らかに嫌味の方のお世辞だ。
<世間話は、ここまでにして、頼みたいことがあるんだけど。モリドーをそっちに渡してもらえる?>
「それは、無理だな。こっちも、マハリアンが必要なんだ」
<モリドーは誰かに取り入るのが、得意分野ってそういわなかった?>
それは知っている。
でも、あの少女との最後のやり取りが思い出される。
アレは本当にともに時間を過ごした、絆のように思えた。
「悪いが、マハリアンにはアリバイを見つけた。アイツはモリドーではない」
<狂ったのか!!>
突然、アンジェリアが噴火したように豹変して、怒鳴りつけてきた。
もし、これが対面だったら、フォトンは今頃胸倉を掴まれているに違いない、しかも、勘違いというミスのせいで。
<うだうだはしている暇はないのよ!私よりもその、パラデウスの人形を信じるって!?いくらでも複製できる”お人形”を信じるのか?!>
流石にこれはフォトンも許せない発言だ。
いや、表情こそ涼しいが、ユーリはもっと許せないだろう。これはこじつけとかそういう話ではなく、娘のAK-12の事を他でもない、相棒のアンジェリアが無意識に侮辱したことが許せなかった。
<まあ、アンタの意見はどうでもいいのよ。今すぐ、モリドーを渡して>
ユーリはフォトンに頷いた。
呼ばれた理由に確信を持ったのだろう。
<渡さないなら、力づくで>
『……力づくで、奪い取る?と?野蛮ですね、アンジェリア』
アンジェリアのヒートアップが前触れなく、遮断される。
いままで、ユーリと行動していたとはアンジェリアは知らない。最大の天敵に”そこまでだ”と言われたからにはいったん押し留まるしかないだろう。
<ユーリ、アンタもいたのね。まあ、当然か…で?アンタも分かるでしょ?モリドーは偽装が得意って、アンタ達は騙されているって>
『ええ、知ってますよ。でも、別人です。だって、自分はモリドーよりも前にマハリアンの事知っていましたし』
え、とアンジェリアは固まった、無論、フォトンも。
『始めは”完全免疫体”、ということしか知りませんでしたけどね。今回のポーン村の件でもう、マハリアンが白、という証拠は出そろっていますし、なんでモリドーとマハリアンが似ているかのシナリオについても予想しています。だから、ええ…はい、こんな話自体不毛なんですよ』
まるで、ユーリは今までの人物像からは全く予想にできないくらい勝ち誇っていた。それこそ、傲慢さを隠そうともしていない。
『まあ、それすらもつかめない辺り、相当焦っているんですね?そちらも何かあったんでしょう?だれか、お仲間でも死にました?それとも、もっとお仲間を失う予定があるんですか?』
明らかにユーリは挑発している。
<貴様!よくもッ!殺してやる!!>
『……フッ、殺すだ?今更、負け犬の遠吠えかよ?いいか?俺も娘を見殺しにしたアンタを一生許すつもりはないんだよ。力づくでも奪う…だったか?来るなら来いよ、いいぜ、好都合だ。文字通り八つ裂きにしてやるよ、それが怖いってなら、大人しく、頭を冷やすんだな』
ユーリが今まで見せたことのないほど、恐ろしい声色でアンジェリアを責め立てると、しばらく無言の時間が出来上がる。そして、通信をアンジェリアの方か切った。
『すみません、お見苦しいところを』
「いや、いいよ。でも、マハリアンのこと知っていたんだな」
ユーリはええ、まあ。と特段、あっさりとその事実を認めた。
『そうですね。話しておきましょう』
「何を?」
『どうして、我々がマハリアンが欲しいのか…その理由についてです』