『そうですね、これからパラデウスの拠点に行く前に話しておきましょう。どうして、我々がマハリアンが欲しいのか…その理由についてです』
ユーリにそういわれた時、一昨日のことをフォトンは思い出した。
「確か、上に連れて来いって言われたんだろ?」
ユーリは頷いた。
『ええ。でも、なんで連れてくる必要があるのか、それは知らなかったでしょう?』
まあ、それは…そうだけど。
「しかし、何で教えてくれるんだ?」
『泣き落としをしたいんですよ。こちらの事情を話せば、こちらに配慮してくれると思いいたりましてね』
それ、初めから言っていい奴なのか?
いや、それとも彼特有の”冗談”の可能性もある。たしか、ROも「ユーリはどうしようもなく、冗談がヘタクソ」だったとかなんとかって。
「アンジェリアはともかく、サーに預けるのはダメなのか?あの人なら安全に保護してくれるはずじゃないか?」
ユーリはかぶりを振った。
『誰に預けるから、安心という話ではありません。私に命令を出した”あの方”はどうしても、マハリアンを手元に置いておきたいのです』
「本来は別の任務をするつもりで、ここ来たんですけどね」という言葉をつけ足しながら、話を始める。
『実は、私に命令を出している…そうですね、便箋上"あの方"でも言いましょうか。"あの方"も完全免疫体なんですよ』
「え……?」
ユーリに命令している、"あの方"という存在もマハリアンと同じ完全免疫体?
ユーリは続けた。
『ええ。その完全免疫体のせいで、コーラップス液で汚染された環境、もしくは特定の施設以外だと生活が厳しい身体になっていていまして、マハリアンも近いうちにそうなる可能性は十分あると報告を受けています。ああ、あと”サー”やその背後にいる人間たちはその特定の施設がどんなものか、いや、存在自体知らないでしょうね』
「なんだって……!?」
フォトンは思わず声を上げてしまった。
「ちょっと待ってくれ、それじゃあ……どうして、マハリアンを預かるなんて……」
『我々はロクサット主義がサンプルが欲しいのではと考えています。ロクサット主義は、”擬態”出来るパラデウスの構造を解析と……ああ、後生きてる完全免疫体としての標本をね』
「……!」
言いようのない感情が爆発しそうになる。
ユーリはフォトンの怒っている理由を察しつつも、敢えて冷たい口調で説明を続けた。
『……分かりますか?ロクサット主義を通そうとする連中はこういうことをするのすら、”より良い世界を作るためなら許される”と思っている、危険な思想をも持つ組織なんですよ』
こんな事を知ってしまった以上、自分がこれからしようとしていることの重みがより一層増してきた。
フォトンはユーリの方を見た。
なら、彼らはそのロクサット主義者たちの横暴を止めるように命令を受け付けたのだろうか?
「なら、お前たちの言う”あの方”はその、ロクサット主義者たちの横暴を止めろっていう意味でマハリアンを回収したいのか?」
『個人的にはそっちの命令の方も好きですね。確かにあの方は内心、それも嫌ってはいるでしょう。とはいえ、彼女を求める本質かと問われたら違うでしょうね』
なんだ?さっきの問いに対してのユーリの回答は脈絡が複雑だった。
もっと、違う理由があるのか?
『”あの方”が完全免疫体である話はしましたよね?彼女は特定の施設以外だとまるで生きられなくなった身体なので、施設からは出られない。とはいえ、あんな怪物だらけのデッドゾーンとすら呼ばれる汚染地域で生き続けるなんてもっと嫌だ。完全免疫体なんて、そう簡単に出てくれるわけでもないし、実際コーラップス液に晒されないと、免疫体なんて分かったもんじゃない。だから、自分と同じような人にもずっと会えない。色々な人間や人形と交流をしても、ずっと孤独。お友達が欲しいと考えるなんて、至極当然ではありませんか?』
友達が欲しい……つまり、同類が欲しかった?
あそこまで先進的な技術を持っている組織の人間が?
そんな個人的な理由を?
『くだらないって、笑っていいと思いますよ。人間、存外くだらない事に執着する生き物ですので』
確かにこれが本質的な理由なら、確かに拍子抜けだ。
でも……
「いいんじゃないか?孤独になった奴の気持ちはそいつにしかわからない。それに、アンタはそこまで重要なことを包み隠さず話してくれた。確かに利益や損失の為に仲のいい奴を裏切ることはあるかもしれない、でも、俺はアンタの今の正直な態度が気に入った」
まさか、自分の感情で決めてしまうなんて自分でもこれはかなり恥ずかしい行為だ。
「だがその前に治療薬だけは作らせてくれ。そしたら、マハリアンはアンタらが連れてって構わない」
ただ、やるべきことはしなければ。ユーリはしばらく、黙ったままだった。
そして、ふっと笑うような仕草をした。
その表情はさっきの淡々と言葉を語る冷たい表情から、少しだけ柔らかくなったように見えた。
『なら、さっさと終わらせましょう。で、治療薬を作って帰るとしましょう』
作戦は夕方から始まった。
まず夕方から夜に変わる直前の時刻に数台の大きめのバンが比較的清潔な雰囲気を与える、民間工場に停車した。
どうして、この工場に止まったかのかというと、マハリアンがまた新しい記憶を思い出し、その記憶の中にあったのが、今の目の前にある工場で、それがパラデウスの拠点だったらしい。
マハリアンはきっとそこから逃げたんだろう。
工場には見張りがいた。……その見張りは案の定ネイトだ。ここが、パラデウスの拠点であることは間違いではないらしい。
ネイトは乗用車の運転席に近づく。
ゆっくり開かれるバンの開閉音にも、そこからゆっくり降り立つ黒い影にネイトは気づいていない。
「身分証を────」
ネイトが運転席を覗こうした瞬間、そのネイトの頭がシュッ!と濁ったサイレンサーを伴う銃声ともに撃ち抜かれた。
『クリア』
バンの後ろから、さらに多くの黒い影に続いて、AR小隊、そしてサーの人形達、404小隊、最後にアリージェンス小隊の人形達が降り立つ。
工場のロックをクラッキングで開けさせると、ダンデライオンは施設の警備システムにアクセス敵の状態を探った。
「スキャン完了。もぬけの殻ね、さっきの見張り以外誰もいない」
逃げたか、それとも罠か。
工場の内部は大慌てで逃げ出したかのような、散らかりようだった。
『予定通り、3チームに分かれるぞ。治療薬を作るチーム、内部を調査するチーム、後続のバックアップチームだ』
リーダーの命令通りに、人形と兵士がそれぞれのチームに分かれる。
治療薬のチームは、フォトン、マハリアン、グリフィン部隊。
内部を調査するチームはユーリたちの兵士とアリージェンス部隊
後続のバックアップチームはサーの人形部隊と404小隊と言ったところだ。
「これ、特殊な液体に反応するライトよ。もし、予定の時間になっても戻ってこなかったら。それで後を辿って」
「了解した」
ペロサはAR-15からライトを受け取った。
どうして、404小隊にライトを渡さないかというと…そこは単純に人形関係である。
「準備はいいな。じゃ、さっさと終わらせようぜ」
『ああ、全くだ』
フォトンはマハリアンを連れて行き、ユーリの兵士達は別の入り口で奥へと進んだ。
────
───
M4A1は空を飛び続けながら、真正面の表示を見る。後もう少しで、ドイツの領空に入る。
夕方というのに、今日は月が出ていた。
「アドミニストレーター、あと3分でドイツ領空に入る」
<そのまま進め、ドイツ政府に侵入許可をもらっている>
「了解、突き進む」
アドミニストレーターのおかげで、戦闘機も来ていない。
やはり、許可は事前に取っておくものだ。
領空を通り抜け、領土に入る。
近い情報を見ながら、良さそうな場所に目星をつける。
誰にも見当たらない、原っぱだ。M4A1は一瞬で静かに降り立つと、”装備”を外した。
外された装備は粒子に代わり、M4A1はセーターとジーンズの格好に変わっていた。
「さて、歩くか」
M4A1は民間人になりすまして、目的の拠点に歩いていく。
この頃にはもう、夜になっていた。
道中、犬の散歩をした民間人とすれ違う。
「”いい夜ね”」
「”ありがとう、美人さん”」
それっぽい挨拶をすると民間人も挨拶を返してくれる。
怪しまれてはいない、このまま進もう。
蒼色の長髪を靡かせて、M4A1は合流地点で指定された農場に辿り着いた。
「よし、ここね」
農場の小屋の前でM4A1はキューブをかざす。間違ってないか、とも考えていたがちゃんと反応しロック解除がされた。
さて、流れてでは農園の管理をするための小屋で工作員迎えがあって、その後会えるはずだ。
「……あれ?」
だが、5分待っても誰も迎えにこないし何も反応がない。
怪しい、取っ手に手を掛ける。
「(……?ドアノブの感触がおかしい)」
ドアノブを回しても、全く重みを感じない。
鍵が開いているというより、鍵が反応しない、感触がある。
思い切って、ドアノブを回さずにドアを引っ張ってみる。
果たして、ドアはいとも簡単に開かれた。
「……待ち合わせ場所に間違いはない、か」
小屋の中身に似合っていたのは玄関と廊下だけでそこ以外は最新機器や武器が所狭しと並んでいた。
まあ、奪われるのを恐れて全部壊されているが……
「この様子を見る限り、余程慌てて逃げたわね」
周りの様子を見ればわかる、ガサ入れを喰らうと見て、夜逃げしたんだろう。
自分が分かりやすく、相手に分かりにくいように特別な暗号もある。
またも、ユーリと出会う機会を先延ばしにされた。
こんどは誰かの差金で行われたガサ入れのせいで、だ。
キューブからコール音が鳴り響く。QBZ-191だ、何か情報を得たか?
<クライアント、話せるか?>
「ええ。もしかして、警告してくれようとしてくれた?」
<1時間前にシュタージがここに乗り込んだ。私が事前にその情報をお前の工作員に伝えて捕まらずに済んだが…まて、まさか入っているのか?>
「ごめん、迂闊だった」
もう少し、のんびり行けば良かった。
M4A1はちょっとおかしな後悔をした。
「誰か来た、多分ここにガサ入れした奴ら」
犯人が犯行現場に戻るという話は有名な話だが、これが警察にも当てはまるか、スタンバトンのスパーク音を鳴らして、網にかかった獲物の首に縄を掛けようとする、狩人のつもりらしい。
<きっとシュタージだ。厄介だぞ非常口がある、上手くいけば隠し通路に入って逃げられる>
「その必要は無いわ」
軽く後ろに振った手の甲がぐちゃりとつぶれた様な音を立て、その後に爆弾が落ちた様な破砕音が轟いた。
M4A1がゆっくりと振り向く。
「獲物に縄をかけるのは獲物を仕留めた時と、相場が決まっているでしょう?ねえ?警察さん?いえ、’シュタージ’と呼んだ方がいいのかしら?」
シュタージの混線した報告が無線越しに聞こえるとQBZ-191が「ああ、初めてしまったか」ため息をつく。
月明かりが偶然、彼女のM4の美しい貌を照らした。
さっきまで暗くて、見えなかったM4A1は殺意と見た者の戦意を惑わすほど、美しい慈愛の表情、その両方を向けていた。
「この問題は私が対処する。あなたはR5達に私が到着したことを教えて上げて」
<了解。それとシュタージで判明したことがあれば随時報告する>
視線の先には明らかに、警察の装備としては不釣り合いな重装備をした兵が30人、高品質な装甲をもつ、軍用の戦術人形が40体ほど見えた。
「情報は"エンペラー"にも報告を」
<わかっている>
QBZ-191が通信を切った。その頃には彼らはまだまだ数が増やして近づいていた。
ここまで、露骨な動きをしている以上、彼らの目的は自分で、その為に用意された戦力なんだろう。
「私の到着はそっちは政府から許可をもらっているのは知っているでしょう?それなはテロが近いらしいけど、私に構ってる暇があるの?」
相手は無言。期待できる返事はないだろう。
とはいえだ、相手は人間である。とりあえず対話を試みるのが筋で、質問をするのは礼儀だ。
「撃て」
まあ、その質問の答えは銃弾で返されたが。
ゴム弾が彼女の頭に当たった。彼女は少しよろけたが、ニタリと笑って姿勢を正すと彼らに微笑んだ。
好都合だ。何もしないならただ押しのけて次の場所に向かうだけだが、追われるとこっちも色々面倒なのだ。
「何の予定もなかったら褒めてあげたかったけどね」
ピンク色の瞳が煌々と鮮血のような、瞳に変わり、光り輝いた。
白い吐息と共に彼女の背中から、6対の機械仕掛けなの羽根が展開される。
羽根は蒼色の炎を上げて、はためきだす。炎の形はまるで蝶の羽だ。
「かわいそうだけど、対処はキチンとしないとね」
人形用捕縛ネットがM4A1を捕まえようと発射させる。
次の瞬間、そのネットが消えた、そして小屋も消えた。いや、両方とも燃えカスになった。
青白い満月を背景に彼女は炎の羽根を広げた。
一斉にシュタージの兵隊や人形達が武器を構えた。
「悪いけど、お呼びじゃないの」
蒼い蝶に向かって飛び掛かる無数の弾丸は炎の羽が一振りはためかれただけで、一瞬で霧散する。
そして、あっという間にM4A1がシュタージの兵士たちを倒していく。
その倒される、という行為はあまりにも早すぎる、出来事だった。
例えば彼女が捜査官の視界の右に映ったと思ったら。左から味方の捜査官が拭き取んて行くのが見えて、なぜか自分は正面から吹き飛ばされる。
それでもなお、何とか視界に映らせることに成功した、捜査官や人形がアサルトライフルやサブマシンガン、果てにはロケットランチャーを構えたが、炎の羽は鱗粉のように火の粉を降らして、燃やす。
それだけではない、炎の鱗粉はM4A1の姿を投影して、分身したように視界を錯覚させる、
M4A1は空に飛び上がり、月を背にした。
月の光を背にされ、シュタージはM4A1との距離感を誤認した。
人形は折り重なって見える炎の残像に敵が増えたり、消えたりすると誤認して、あらゆる間違いが始まった。
これが、この”人形”はなんだ?
兵士達、それ何処か感情がないはずの軍用人形達さえおよそ、彼女の圧倒的な戦闘力に絶望感を覚えたが、実のところM4A1はその力の1割も引き出していない。
その上、”人形”は徹底的に壊して、”人間”は殺さないようにその殴ったり、蹴ったりするときはさらに力を抜いて行っているので、完全に気を遣われているし、実力の差は本当に絶望的だ。
30人の捜査官と50体以上いた人形に対する、圧倒的な制圧は5分もしないで終わった。
M4A1がもう一度、地上に降りたときには残っている敵はこの包囲を敷いた指揮官のみで、拳銃で対抗しようとした。
けれども、M4A1は
「へぇ?諦めないんだ?」
ニヤリと笑いってその男の手を弾く。
弾かれた男から、拳銃が飛んでいき、指揮官はコロコロと地面に転がっていく。
その指揮官は拳銃を拾おうと飛び込もうとしたがたどり着くよりも前にM4A1に顔面を踏まれて、無様な姿で押し倒されていた。
「ぬるいわね」
「貴様っ!離せ!」
「あなた、状況わかってる?今のあなたはそれを言えるのほど有利な立場?」
「くっ……」
「けれどまぁ……許可はもらったけれど、私も勝手に来た余所者なわけだし、ちょっとだけ気を遣ってあげる。でもあなたは責任者だから……責任はちゃんと取らないとね」
「せ、責任って────ぎいっ!!??」
M4A1が顔から、足をどかすと、瞬きもしないまま利き手である右手が踏みつぶされ、シュタージの指揮官は叫び声をあげた
「い、たい、!!……こ、殺さないで……!」
「もちろん。殺さないわ」
M4A1はシュタージの指揮官を見下ろした。
月明かり浴びて、陶酔する彼女の表情はとても美しい。
でも、その瞳は怪物の瞳をして、赤く輝いていた。
それがとても、この世のものとはとても、思えず、こんな奴に喧嘩を売ってしまったことが何よりも恐ろしいことだと、理解すると、
本来多くのドイツ市民に恐怖を与え続けてきた、シュタージの指揮官はカチガチと震え、命乞いをしてしまう。
コイツが人を殺さなかったのは、優しいからではない、人を殺さないで恐怖を永遠に植え付けることが"楽しい"からなのだと自分勝手に理解した。
「医者が来るまでその手は動かさない方がいいわよ。動かしたらまぁ、焼くか、切るかを決めることになる。どちらにしてもそうすれば、手首を失う、そして手を動かしてもこの状況じゃいいことは────って、気を失っちゃった」
あまりの痛みと恐怖でシュタージの指揮官は気絶してしまった。
つまらなそうに、見下ろすM4A1の所持していた端末にコールがなったので徐にキューブ型の端末を取り出した。
「MCX?……ああ、ユーリ達が何するか教えてくれるんだ」
画面に何も内容を確認すると彼女はウンウンと頷く。
「ずいぶん、大変なことをしているわね。距離は……よし、急げば間に合うわね。待っててね!今度こそ…私から会いに行ってあげるから!」
彼女はふわりと浮遊して、一瞬で空へと飛びあがった。
そして蒼い光をまき散らし一瞬だけ、オーロラのような光の幕が形成された。彼女はその、闇に溶け込むように蒼い帯を纏いつつ、漆黒の夜空に向かい飛び去っていく。
────
───
マハリアンが案内のおかげもあって治療薬の製造場所の到着には、数分もかからなかった。
侵入者を惑わす迷路も、トラップもなく、ただ散乱していた施設の姿がそこにある。
ネイトの門番も見せかけなのではないかと思ってしまうほど何もない。
「この部屋にも危険物の確認できません。どうやら、本当に必要なものだけ、持ち出して逃げたのかもしれませんね」
ROのスキャンにも、爆発物や敵兵の一人も確認できない。
埃だらけだ、本当に慌てて逃げ出して、そのまま放置されているらしい。
「ここで、治療薬を作って……いたと思います」
施設にあった献血で使用しそうな針とチューブの機器を指さした。
まだ混濁した記憶をクリアにし切れていないのだろう、若干歯切れが悪い。
「ダンデライオン、動かせそうか?」
「ええ、電源が生きてる。まだ使えるわ。彼女の言う通り、これが治療薬を作る機械のようね」
ダンデライオンの診断結果は”動かせる”。
マハリアンは無表情で”よかった”と安堵して、埃をかぶった、針とチューブの機械に近づいた。
「どうやって使うかは覚えています。確か……」
マハリアンは針のついたチューブを引っ張ると、ためらいなく自分の二の腕に針を突き刺した。
「うっ……!」
「……っ」
この機械で使用する針の大きさは病院で使う針より全然太い。
痛いに決まっている、マハリアンの苦悶の声は短くも、精神に来る痛々しいものだ。
いまでもマハリアンを疑っている、AR-15も彼女の姿を見て、顔をゆがめた。
<お疲れ様です。ペロサです。定時連絡の時間になったので、報告します。現在、外の様子に変化なし。そちらは?>
ペロサが定時連絡の通信を入れてきた。この定時連絡が来なかったら、回収、もしくは増援としてこの施設に入ってくるんだったな。
「こっちは例の治療薬の施設についた。いま、治療薬を作っている最中だ」
<承知しました。よかった。サーも喜ぶでしょう。では、引き続き待機します。次の連絡は10分後に>
「了解した」
通信を切り、マハリアンの方を見た。
彼女は涙目になりながらも、必死になって、薬を作るために耐えていた。
フォトンが見ていることに気が付くと、笑顔を浮かべた。
見ていて、気分のいいものではないな、そう思うと今度は、ユーリから通信が入る。
そうだった、今度はこっちの定時連絡の時間だった
<定時連絡の時間です。こちらはいくつか、興味深い証拠を手に入れました。ですが、通信の状態があまりよくないようです。部隊との通信もなかなか、うまくいきませんフォトン、そっちの通信はどうです?>
通信状態はどうかって……?いや、さっきまで通信は問題ないはずだ。
「こっちは異常なし」と返そうとした直後、無線から断続的なノイズが聞こえる、
<まずい……こっちも、か……なんとか、……部隊と合流……>
砂嵐のようなノイズが、断続的に聞こえて通信はつながらなくなってしまった。
「いったい、どうなって────」
次の瞬間────さっきまで、静音を保っていた、この施設に警報が鳴り響く。
それに応じるように、マハリアンの顔が今まで以上に苦しい顔に変わっていく。
「ダンデライオン!」
「接続できない────まさ、か。私が、拒絶された?────そんな、まさか」
「ダンデライオン!!」
今まで、失敗や挫折を味わったことがない女だから動揺して固まってしまったのだろうが、そういうのは今やってほしいくない。
さっさと正気に戻ってもらうためにフォトンは動揺して、ガタガタと震えそうになるダンデライオンの顔をひっぱたいた。
「何するの!?」
「うるさい!ビビッて固まる人形を抱えて逃げる気はないんだよ。おいていかれたくなかったら、さっさと立ち直れ!」
引っ張られて、痛みで正気に戻ってきたのか、それとも乱暴な言葉でビックリしたのか、それは差だけではないがダンデライオンは深呼吸すると、冷静さを取り戻し始めた。
「マハリアン、悪いが治療薬はキャンセル────」
フォトンがマハリアンのいる方に振り向いたら、マハリアンの姿が消えている。
「指揮官まずいよ!パラデウスの兵士がやってきた!あいつらそこらじゅうの柱やサーバーの中に隠れてた!」
「外とも通信がつながりません!」
「くそ!やっぱりハメやがったわね!!やっぱりモリドーだったのよ!」
AR小隊の人形たちが若干パニック気味に報告してきた。
「うるさい!俺たちは10分ごとに通信するはずの手はずになってて、通信できなくなったら後続の人形がここに来る!なら、どうすればいいかわかるだろ!」
後続がここに来るために、AR-15が目印になる液体をまいたことと、サーの人形たちに液体に反応するライトを渡せと指示したのは俺だ。フォトンだ。
他にAR-15はアリージェンスに何か頼んだようだが、やることは分かる。
ここで、10分生き残るそれだけだ。
「どう?」
「まだ、見つからないよ。45姉」
404小隊は通信の状態が悪くなっている個所を探るために、エネルギー系の施設を回っていた。
エネルギー室に404小隊が入っていく。
エネルギー室はまるで、巨大な海底トンネルのようだった。
まっすぐ一本の通路だけ存在して、周りは液体だけ。この液体がこの施設を動かしているのかもしれないと錯覚するほどに、
「ん……?」
UMP9がなにか、爪を掻き立てるような音を聞いた。
誰かが、壁を爪で搔いているのかと思ったけど、誰もそんなことをしていない。
むしろ、この音は液体の中から聞こえていた。
「まさ、か……ね」
幽霊じゃないだろうかと、UMP9が頭につけていた、ゴーグル型のデバイスで液体の中身を透視する。
特に、大したものは映らないだろう、と気軽に液体の中身を見た瞬間────彼女は見てはいけないものを見てしまった。
「ヒッ……!────!────!!」
UMP9は悲鳴にならない、叫び声をあげた。
「なに!?」
「あ、あれ!あそこ……!」
その様子に、他の人形たちも何事かと、UMP9の方を振り向く。
彼女はガタガタと震えながら、ある方向を指さした。
そこには────彼女のデバイス映っていたのは────人の首が浮いていた。
いや、もっと正確に言えば、人の首と胴体のようなナニカがくっ付いた何かが水の中に移っていた。
「う、嘘でしょ…」
ニンゲンでも人形でもない、ただ生きている、生かされている、だけの、不良品、ただただ、歌を歌わせ続ける、肉のカタマリ、人ではない、人形ではない、この形で存在し続けてはイケナイ、人間が絶対になりたくない姿がE.L.I.Dだどすれば、人形が絶対になりたくない姿があの肉のカタマリだった。
「……!!」
UMP9はその、肉塊と目が合った。いや、すべての肉塊が自分を見つめてきたのだ、”お前もここに来い”と言われた気がして、
彼女は、UMP9は悲鳴にならない、叫び声をあげたのだ。
水が透けてくる、ほかの人形達にもあの肉塊が見えてくる。
そして、UMP9が恐慌に陥った理由を納得した。
UMP45はこの凄惨たる肉のカタマリを見て、ある程度の予想がついた。
「これ…たぶん、過去バージョンのパラデウスね。コイツらに歌を歌わせて、タリンと同じように通信に過負荷を与えて、電波妨害じみたことをさせていたのよ」
「胸糞悪いことしてくれるわね……パラデウス」
確かに、タリンの件もあるし、通信を妨害することは戦術としては有効だ。だが、これはあまりにもやり過ぎている。
UMP45は電源のスイッチと同じ機能がある、ケーブルを発見すると、それをナイフで切り裂いた。
「誰だか知らないけど、今度はいい夢見なさいよ」
これで、もう無理に生かされ続けることはない。
「AR小隊との連絡はまだ取れないのか?」
「ああ、まだ定時連絡にも応答しない」
外にいた、アリージェンスの人形たちとペロサたちは定時連絡の時間になっても連絡のつかないAR小隊のことを不審がってた。
「よし、予定通りAR小隊の後を追おう。罠にはまった可能性もある」
「了解」
ペロサたちは決断した。
AR小隊の後を追って、状況の把握をする。施設の中にライトを当てると液体が反応した。幸いにも後を追うために必要な液体をAR-15はちゃんとヘンゼルとグレーテルのように巻いているらしい。
液体を追って、ペロサたちはさっきまでフォトンたちがいたワクチンを製造する機器のある部屋に到着する。
液体はここで途切れている。
おそらく、戦闘になって液体を撒く暇を捻出できなかったんだろう。
「ここまでだな」
「ここからは運任せですの?」
コリブリは若干投げやり気味だ。
確かに、ここからが肝要なのに後が追えないと来たら投げやりになりたい気持ちもよくわかる。
どうしようか、と協議しようとも考えていたけど、部屋の奥にマハリアンが倒れているのを見かけ、フェドロフが助け起こす。
「……こ、後続の人達、ですか?」
朦朧とした、意識でマハリアンがペロサたちに質問する。
「ああ、そうだ。AR小隊たちは?」
「そ、それが、警報が鳴って、私たちははぐれてしまって……」
彼女たちも逃げ回っている間にはぐれてしまったらしい。
通信状態を確認してみるが、未だ通信が出来なかった。彼女の話を信じるしかない。
AR小隊と通信が取れない以上、今の状況では、マハリアンと行動する必要がある。
「最後に指揮官たちを見つけたのは、いつ?」
「────いつ?……そうですね」
マハリアンはさっきまで、怪我をしていたのに何事もなかったかのように立ち上がった。それに、ペロサたちは驚く。
まるで、傷など最初からなかったように。
立ち上がった、マハリアンは邪悪な笑みを浮かべる。
「そうですね。あの人たちはもう、”あの世”じゃないですか?」
「────なんで」
次の瞬間、銀色の線とともに、フェドロフの胴体が一瞬で真っ二つになった。
────
───
生かされた、肉のカタマリの生命維持装置が404小隊によって外されたとき、
AR小隊の通信が部分的に復活した。
「……あ、通信!」
通信音が聞こえたのだ。
AR-15は通信機を取り出し、接続をする。
だが、通信に映ったのは────四肢がバラバラにされて、何とか口だけで通信機を動かしていた、ペロサだった。
<すまない…やられた>
「まさか、マハリアンが……!?」
通信の向こう側で彼女が苦しそうな声を上げるのが聞こえる。そして、その後ろから聞き覚えのある、笑い声が響く。
それは、AR-15が最も警戒して、疑っていた存在の声。
「あまり時間はない」と悟った、ペロサは通信機の向こう側にいる、彼女はこう言った。
<いや、あれはモリドーだ。やられた、騙された。気を付けろ、モリドーはマハリアンに化けてるぞ……>
通信機の向こう側からは、ペロサの息遣いが聞こえる。
さらに、後ろから、カツカツと金属のヒール音が聞こえた。あれがモリドーか、
<私たちも、何もできないわけじゃない。最後に例の液体を掛けてやった。……ライトを使え、それが証拠だ……。でも、モリドーを見つけたら、戦うな、逃げるんだ、奴はお前たちが考えているよりもずっと────>
そこで、通信が切れてしまう。
そして、それに応じて、破砕音が聞こえた。
「────!」
AR-15が音のした方に銃を向けるが、ROがその銃を掴む。
「味方よ!ヴェル―クト!」
『よお、ちっと強引に壁をぶち壊しちまったが、何とか間に合ったな』
壁から出たのはヴェルグ3だった。
さらに壁の奥から、甲高いアンチマテリアルライフルの銃声が木霊する。
ヴェルグ4も来ていたらしいのか。
『間に合って、よかったですよ。本当』
『ああ、お前が壁を壊しながら進む案を出さなかったら、いろいろ面倒だったぜ』
壁から出てきたヴェルグ3とヴェルグ4が自分たちを挟み込んでいた、パラデウスの兵士たちを屠っていき、AR小隊にも余裕ができる。
「どうやって、我々のところに…」
『難しい話じゃねえ、通信が復活して、トラッカーがお前らの位置を特定したから、ここに俺たちを向かわせたのさ』
彼らは通信が復活するまでの話を始めた。
それは、通信が繋がらなくなってからの時間帯に遡る。
『────だめだ、こっちの端末も動きが遅い。クラッキングではなく、データの過負荷で動きが遅くなったと思われます』
ユーリはキューブ型の端末も動かないことを確認して、これがタリンで起きた事例とよく似ているとすぐ思い至った。
『なるほど、タリンか…』
『おそらく、404小隊がアタリをつけるかと。あいつら、この手の類には鼻が利くので』
なら、その方面は404小隊に任せよう。
『問題は、どうやって合流するか……』
自分たちはどうやって、グリフィンに合流するか考えていたところ、ユーリは付近の壁に違和感を感じた。
そして、壁が不穏な音を立て始める。
ユーリは何か嫌な予感を感じて、慌てるように後ろに飛びぬいた。
飛びぬいて、1秒もしないうちに、壁が勢いよく吹き飛ばされた。
いや、正確に言えば、壁が複数の刃物に貫かれて、その後吹き飛んだ、という表現が正しいのかもしれない。
「お?────ハッ!アタリじゃねえか!」
現れたのはナルシス、昨日の損傷を復元したどころか、飛ばしてくる刃物の数が倍以上に増えている。
ナルシスの瞳がユーリの顔と会う、
「会いたかったよお!ネズミ野郎!!ネズミらしくこそこそウチの施設を荒らしまわるのもこれまでだあ!!」
そういって、ナルシスは……ニッと意地の悪い笑みを浮かべた。
「────!」
始まりは刹那、誰の号令もないまま戦いが始まった。
ナルシスが飛び掛かりながら、周囲のブレードを惜しみなくユーリに向かった放ってくる。
10本以上は即座にさばけない。
後ろに味方はいない。ユーリは右に跳躍して跳躍して、回避する。
次々と、降ってくる金属の刃物が、壁に突き刺さり、ナルシスの元に戻っていく。
前より、荒々しくいい加減になっているが、それでも獲物に就寝しているのか、まるで手を抜いているように見えない。
「厄介な状況になった」刃物を躱したときにに頭の中によぎったのはそれだった。
おそらく、AR小隊のほうにもパラデウスの兵士が向かっているに違いない、そして、合流させないため最大戦力のナルシスここで自分たちに切ったのだろう。
『フン!!』
「あ?」
間髪入れずにユーリに攻撃してきた、ナルシスの脇腹をリーダーが蹴り飛ばす。
『リーダー!?ありがとうございます!助かりました!』
そのお礼の際にも、刃物が飛んできたので跳躍しながら、礼を述べる。
リーダーの元にも数本の刃物が飛んでくる、どうやら、リーダーも邪魔者と認識したらしい。
『やるぞ、奴らの大好きな殺戮で奴らの享楽をへし折るぞ』
リーダーの命令でユーリの部下や、リーダーの部下は一斉に散開。
ナルシスと決まった感覚を保ちながら、互いの援護可能な位置に陣取る。
「邪魔する気かあ!?おい、てめえら!アイツラぶっ殺せ!邪魔者だ!」
ナルシスの怒号に引き寄せられたかのように、パラデウスの兵士たちがぞろぞろ穴の中から湧き出てくる。
『邪魔はお前だよ。俺の合図で上昇しろ』
リーダーに飛んでくる刃は2本、彼なら簡単にはじける数だ。
刃物をはじきながら、リーダーは部下たちに号令を出す。
『やれ』
部下たち、その中にユーリも含まれている。
その部下たちに出した号令に従い一斉に上昇すると、床が一斉に吹き飛んだ。
「お前っ!?」
ユーリが襲われたとき、ほかの工作員たちは何もしなかったわけではない。
即座にリーダーの命令を実行できるように床に爆弾を設置いたのだ、床が吹き飛び、崩落する。
ナルシスは反重力装置の影響で浮くことで回避できる。しかし、反重力装置を持たない一般のパラデウスの兵士達は足を崩されていき下に落ちていく。
「よくもやりやがったな!!」
『サムライ3。警戒、狙われてるぞ』
『なんて精巧な動きだ、コレがパラデウスの切り札────』
激高しながら、ナルシスが飛ばした、刃物が1秒もしないでリーダーの部下のサムライ3の頭を突き刺す。
突き刺された刃物が引き抜かれると、サムライ3の頭はポッカリと穴が開き、そこから血と肉がこぼれ落ちる。
『サムライ3がやられた。あたしがカバーに入る』
『連携を乱した奴から食われるぞ、フォーメーションを崩すな』
警告は促されるものの、誰も連携は乱れていない。
問題は連携がうまくても何人かの犠牲を要求するほどの実力をナルシスは持っていることだ。
『ヴェルグ1!通信が復活しました!』
よし!ヴェルグ2の言う通り、通信が復活した。トラッカー機能も回復している!きっと404小隊がやってくれたんだろう。
さっき攻撃をよけた瞬間にフォトンたちのもとに行かせる人員は決めている。
さらに飛び交う刃物を身をかがめ回避、そして、A-545アサルトライフルの引き金を引き絞り、5.45ミリの弾丸を発射する。
ナルシスが刃物の一つで弾丸を防いで動きがほんの少し止まった。
『ヴェルグ3、4先に行け。足が速いお前らがグリフィンの救援に行くんだ』
『はいよ』
『また、戻ってきて支援します!』
今のうちに、自分が決めた人員に命令を出す。
ヴェルグ3が先行してトラッカーの位置に向かって走り出す。それにつづいて、ヴェルグ4が走る。
「待てコラ!」
『いいのか?俺を始末したいんじゃないのか?』
『いけないわね。何もかも中途半端なのは』
そして、それを追いかけさせないよう。ユーリとヴェルグ2が道を阻んだ。
それをみた、ナルシスは激高しつつも笑い声をあげる。
「フフフッ!ハハハッ!!ぶっ殺してやるよお!!ドブネズミ野郎!!」
────
───
『そういうことで、俺たちはお前らのトラッカー追って、ここまで来たのさ』
『グリフィン指揮官。マハリアンは?』
「その、はぐれてしまった」
その言葉を聞いた救出に来た二人はがくりと肩を下す。
マハリアンを連れてくるのが、彼らの前提だ。つまり、ここから逃げる前にまず、マハリアンを見つけないといけないのだ。
『どっかから、ひょっこりとマハリアンがいてくれれば…ん?』
ヴェルグ3は何かに気が付いた。
なにやら、稼働する設備がある。その設備はこの部屋のどんな設備よりも奇妙に映っていた。
まるで、棺桶のような装置だった。
その棺桶のような装置が開かれる、そして、その装置の中にいる人物を見て、一同は困惑した。
なんと、装置にいたのははぐれたと思われる、マハリアンだったのだ。
「あ…えっと」
一同は困惑する。
まさか、ヴェルグ3の言葉が瓢箪から駒になるなんて誰も思わなかったのだ。
どうすればいいかわからない、だが、そんなこと気にする間もなく、マハリアンが目覚めてしまった。
「あの…?皆さん?」
マハリアン的には、この状況に全く理解ができていなかった。
いきなり、目の前にフォトンたちがさらに自分のことをじろじろと見つめる。
「…ロビン?」
マハリアンの言葉に一同がハッとした。
「あの、これ…治療薬です」
「あ、どうも」
「全員、とまって」
マハリアンから治療薬を受け取ろうとした、フォトンをAR-15が静止した。
「AR-15?」
AR-15はライトを取り出す。ペロサの話だと、マハリアンに騙されたと話していた。
証拠にライトに反応する液体をかけたとも。
「ごめん、指揮官。その前にちょっと確認させて」
AR-15がライトを当てる。
そして、いつでも反撃できるよう、セーフティも解除していた。
こいつがマハリアンではなく、モリドーであることはほぼ確実なのだから、ライトでくまなくマハリアンを確認する。
しかし、結果はシロ。液体の反応は確認できない。
「…シロか。結構よ」
ライトに反応しなかった。AR-15は若干動揺しながらも、ライトを切った。
「なにか、あったんですか?」
心配そうにうかがうマハリアンに、AR-15は「なんでもない」いって、手を振った。
彼女はモリドーにひどく怯えていた。もし、本当のことを話したらパニックになるだろう。容易く止めてくれるMCX達はここにはいない。
「そうですか。わかりました。はい、ロビン……これが治療薬です…」
マハリアン血の色とよく似た液体を手渡される。しかも、これが一つではなくいくつもの試験薬だった。
「ありがとう。これで、みんな助かる」
よかった、テロが実行されてもこれでみんなを助けられる。
フォトンは試験薬を満足げに受け取る。
『よし、目的は達成したな。ここから出よう』
「ああ」といって、フォトンはマハリアンの手を取り、彼女が立ち上がる手助けをする。
「ロビン。あなたが私を信じてくれなかったら、たぶんここまでこれなかった」
「そのセリフは仕事が終わったときに聞かせてくれ」
マハリアンはフォトンに片腕を担がれて、順調に出口の方に歩いた。
ルートの作り方は爆弾で壁を吹っ飛ばすという、いかにも力づくな方法であったが、ちゃんと出口のあるエントランスまで来たので追及はやめておこう。
しかし、通信が蘇ったとはいえ、ジャミングそのものが解けないことにダンデライオンは違和感を感じていた。
「あと少しだ」
「はい…あなたに感謝します。ロビン」
マハリアンがそういうと、フォトンの腕をぎゅっと握りしめた。
あと少しだ、あと少しでここから出ることができる。
そのとき、足音が出口の方から聞こえてきた。
「止まって!」
AR-15の声で一同が静止する。
そして、彼女はライトを床に照らし出す。
音の方向に向けられたライトは液体に反応していた、まさか…こいつが
「あ…あ……!」
何度も聞こえる、悪夢のような足音。
その足音がマハリアンのもとに近づいてくる。
「まずいッ!!」
AR-15が気づいた瞬間、銀色の何かがスルリと音もなく、されど一瞬で忍び寄ってきた。
音もなく飛んできた、銀色の線────その線が、マハリアンに飛んでくる。
その線は間違いなく、彼女を貫き命を奪う、その時間は数秒もない。
マハリアンは数秒後の死のイメージ、恐怖におびえる。
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その銀色はマハリアンの背中を狙う、あと数秒もしないでマハリアンの胸を穿つ……はずだった。
でも、今だ彼女の胸は穿たれていない。マハリアンは不思議に思った。
『なるほど、こいつが"モリドー"か。アンジェリアもあながち嘘吐きじゃないようだな。早とちりではあったけど』
「ユーリ!」
数秒、いや10秒たっても死がやってこないことを……恐る恐る恐怖で下げていた、顔を上にあげると、そこにはユーリとよく呼ばれていた、漆黒の兵士が目の前に立っていた。
銀色の線は彼の持つ、ブレードによって違う方に逸らされていた。
『下がって。AR小隊でも反応できなかった、それに報告が正しいならM4ですら手に余る女だ。あなた達では太刀打ちできない』
────
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ユーリがマハリアンたちと合流する、その数分前、今だナルシスとユーリたちは戦いっていた。
ユーリが、先ほどまでいた場所をナルシスのブレードが切り裂き、壁を破壊して、瓦礫が舞う。
ナルシスが回避する間に、後ろに回り込んだ「サムライ8」と作戦中は呼んでいるリーダーの部下がナルシスの背中をすれ違いざまに切り裂く。
「この野郎!!」
ナルシスがキレながら、浮遊する刃物をあちこちに飛ばす。
そんないい加減な、攻撃は当たらない。
失敗だったのは、自分たちが設置した爆弾はその攻撃を避けることをしてくれないことで、偶然刃物に爆弾が接触して爆発してしまう。
『なっ!?』
ヴェルグ2は爆発した個所から、さらに部屋の一部分が崩落しているのを確認した。
『誘爆した個所から崩落してる!避けろ!』
ヴェルグ2が叫ぶと、全員が回避行動に移る。
リーダーの言葉は的確な判断によるものだった。
その証拠に1人が崩落を避けるために連携を崩したサムライ8はナルシスに狙われる。
一直線に脇目も降らずに迫りくる、複数の刃物が援護の望めないサムライ8を────串刺しにした。
頭、腕、足、体の関節につながる箇所をありったけに引き裂かれてサムライ8は死んだ。
『サムライ8がやられた』
やむおえない展開とはいえ、連携を乱したから彼は死んだ。
『この野郎!!』
サムライ7があまりに残酷な殺害の仕方を見て、ナルシスに激昂した。
だが、連携を崩してはいない。その連携が自分に不利に働くことをまだ覚えているのだ。
激しい戦いがさらに続く。
さすがに2人の強力な工作員を倒したとはいえ、少しずつナルシスは数の暴力で削られ続けてきた。
「あっちだ!MCX!追い込んで!」
「お任せあれ!」
特に、この3人のピンク色の戦術人形が厄介だ。
戦いが始まったときは弱かったのに、いきなり光に包まれたと思ったら、トリコロールカラーのバトルスールを纏った姿に変身したと思うと、ナルシスの動きについていけるようになった。
「てっめえら!ゥぜえよ!死ねコラ!!」
「はい残念」
「んだと、────ゲッ!?」
MCXを刃物でミンチにしようとしたが、直後に放たれたテーザーガンの電流と戦闘の影響であちこち放電していた、機械と連動して電撃の膜が形成され、その膜にナルシスが触れてしまい。
電撃で、一瞬だけ痺れてしまう。
その痺れた隙をついて、AR-57がグレネードを投げつけ爆発と破片が直撃する。
「アンタには恨みがあるんだ。手前が雇い主の夫の仲間を殺したせいで報酬が減りやがって!その分血で贖いやがれ!!」
R5が儲けが減った、恨み節をつぶやいて。アサルトライフルの引き金を引く。
「────ハッ!この期に及んで金かよ!!」
弾丸は簡単にナルシスに避けられる。
「おうよ!金は取ってもえらいんだっ!────ぜ!!」
ナルシスの方が加速性能は高かったが、R5の方が機動性を高いのでナルシスの突進を避けて、上空に飛び上がるとしつこく追いかけてきた、ナルシスの顔面を蹴り飛ばして、カウンターキックをお見舞いした。
「サービスだ!」
さらに倒れナルシスにR5が弾丸を今度こそ叩き込んだ。
「クソが…たかが、傭兵に…!」
「絶対皆殺しにしてやる」と唸る、ナルシスがぴたりと行動を止めた。
「────」
まるで、誰かに怒られている子供のようにナルシスは怯えている。
そして、ナルシスの表情が恐怖に染まる。
それは、突然のことだった。
ナルシスは脇目も降らず、ユーリの元から、逃げるというより、急いで目的地に向かうように消え去ってしまった。
『なんだ…今のは?』
誰もさっきの状況を説明できない、ただこの場からナルシスが逃げ出したという事実を除いては、
『どうします?リーダー』
『ユーリ、お前はトラッカーを追え。我々はナルシスを追う、仲間を呼ばれると厄介だからな』
『わかりました』
ユーリはキューブ型の端末を取り出す。
どうやら、出口の方に向かっているらしい。
『どうやら、出口に向かっているようです。彼らが脱出したら私もそっちに戻ります…では、また後で』
後で会える保証はないが、あえてユーリは約束を付け足して出口の方に向かった。
『ああ、会えたらな』
────そうして、入り口で出会ったユーリと”モリドー”が対峙する。
一方は一切の油断も隙もなく、もう一方のモリドーは余裕綽々だ。
『聞きたいことがある』
「はい、何でしょう?」
凍ったようなユーリの瞳をモリドーは意地の悪い微笑みで嘲笑う。
「AK-12を殺したのはお前か?」
「そうだと言ったら?満足してくださいますの?そもそもゴミを捨てるのに理由があるとでも?ないんですよ」
なるほど、たった交わされた言葉二言。
それだけで、ユーリはAK-12がパラデウスにとってどういう存在なのか、理解する。
『…行って。ここは私が押さえます』
「帰ってくるのか?」
ユーリは一瞬、逡巡したように俯くと、
『はい。必ず』
分かった。それだけ、知れれば十分だ。
フォトンはAR-15に扇動させ後ろに下がるように指示する。
『ヴェルグ3、4。お前たちもだ』
『了解』
ユーリの命令に従い、ヴェルグ3とヴェルグ4もフォトンの護衛につく。
「行かせるとでも?」
モリドーの放った銀色の線が5.45ミリの銃弾によって弾かれる。
「ん……?」
モリドーが一瞬驚き、そしてユーリを睨んだ。
『待ってくれ。すぐには通せないんだ』
「おや、それはそれは……では、早く通りたいので死んでください」
銀色の線が1本が飛んだ、素早く弾く。
「へえ、人間と思っていましたけど……なかなか、しぶといですね」
モリドーがユーリを見据える。
今までの雑魚より少しマシなヤツが出てきた。あのナルシスにダメージを与えた男……きっと目の前にいるヤツがそこの男なのだろう。
なんていう、巡り合わせだ。その男はあのM4A1の指揮官だった人ではないか。
「……そうでした、聞きたいことを思い出しました。────M4A1はここに来ているのですか?」
なぜ、彼女はM4A1のことを聞いた?
『いや、そんな話は聞いてない』
「残念。あなたがいる所には必ず、M4A1が来ると報告を受けていたのですが……残念です」
『俺はともかくM4が来たら、お前でも手が余るだろう。むしろ、喜ぶべきじゃないか?』
「それは程度の低いネイトが考えることです。私はいま、感じているんですよ……!あの、私の命を奪えるもしれない敵と会えたという喜びが……!」
そういうことか、奴があの潜水艦基地でM4A1が遭遇した飛び抜けて強力なネイト……!
「いないなら結構です。伝言を伝えてもらいましょう」
今度は2本の線が飛ぶ。1本躱して、1本は躱せないのでブレードで弾く。
『────!!』
「あなたの好きだった人は私が無惨に散らせました!M4!あなたは私を憎んでくださいってねェ!!」
また2本!
ユーリは同じように避け、弾く。
「おや?弾きますか?なるほど、M4A1があなたを指揮官であることを許すわけですわ」
モリドーはあっさり終わらず、自分の銀色の線をはじくユーリに多少、興味を覚えていた。
しかし、それも次の攻撃で終わらせるつもりだった。
『勝手に決めるな。アイツが決めることだ』
「失礼しました。なら、これはどうですか?」
まだまだ、銀色の線が増えながら、ユーリに飛んできた。
今度は3本だ。
1本目は躱して、2本目は弾く、3本目は避けも弾けもしない、防ぐしかなかった、手持ちのA-545がはじけ飛ぶ、
壊されようが気にしない。どうせ、弾切れのアサルトライフルだ、ブラフにももってこいだ。
ライフルの破片を目くらまし代わりに使用して、ユーリはモリドーに接近、ブレードをモリドーの頭に突きつけようとした。
「おや、危ない。切られる所でした」
『どうかな?』
銀色の線がまた、飛んできた。さっきの3本とは違う位置だ。
こいつの素早く飛んでくる銀色の線は4本あるのをユーリは理解した。
問題ない、4本あるが今使ったのは左腕1本。
ユーリには右腕があって、右手の手甲には隠しの短刀が入っている。手甲の短刀が勢いよく飛び出て、モリドーの首を掻っ切る。
「……!」
人形なら、機種によってこれで決着だが、モリドーはその機種ではないらしい、残念だ。
モリドーは首を少し触ると、さっきまでどくどくと流れていた、血があっという間に止まる。
「見事……フフ」
血は止まっているのに、何度も首に手を当てている。
首が落ちたのだろう、思ったもかもしれない。
「あなた、パラデウスに来ません?それなりの待遇を約束しますよ」
『やめておこう、そちらの社風は好みじゃないんだ』
……モリドーは、出来もしない質問をするのが、そんなに楽しいとみた。
答えは無言、Noだ。
あんな奴の話なんて、ミリ単位も乗る気はない。
「あなたに言われてしまったらおしまいですねぇ。誘い断るとは、交渉はもういいです。切ってくれた褒美です。すぐに殺して差し上げますわ」
今度は4本も飛んできた、1本躱して、
「ほらほら!逃げ道がなくなりますよ!?」
2本目はよけ切れない。全力の反射神経を用いて線を弾く、
『クッ…!』
弾けることは弾けるのだが、その時の衝撃が骨までくる。
まあ、ドラッグマシーン並みに早いスピードで飛んでくる線だから、むしろ骨で済むことを感謝しなければならない。
「無駄なことを」
3本目は弾いた衝撃で体が煽られたので、弾いたり避けたりする行動をとれなかった。
体は削られなかったもののに装甲をずたずたに切り裂れる、
『かっ……!』
「はい。これでおしまい」
『────!!』
4本目が体を突き刺し、えぐり取る。
なんども、かき回すように抉っていき、身体弄ぶように削ると満足げにユーリの右胸から突き刺した感覚でこれは金属の触手だと理解した。
満足そうにかき回すとモリドーは触手を引き抜いた。
「おやおや、動けなくなってどうしたんですか?」
『かはッ…!』
ユーリは自分の貫いた触手によって、おもむろに投げ飛ばされる。
口から大量に吐血し、力なく膝をつく。
ユーリは何とか立ち上がろうとするも、力が入らない、そのまま立ち上がることができないまま地面に倒れ伏す。
「少し傷を負わせたくらいで調子に乗るのは総計でしたわね。あなたの身体は後でゆっくり引き裂いてあげましょう。では、用事がありますので」
ユーリを倒したモリドーは悠々と歩いていく。
彼女が視線を向けているのは、フォトンとマハリアンだった。