「はぁ……全く、寒くて敵わん」
ドイツのゼーロウ高地は寒くて有名だ。
その寒い高地の中を登山装備で慎重に登る人形がいた。
M4A1が雇った傭兵人形が1人、QBZ-191だ。
なんで、こんな丘を登らねばならぬのかと1人思いながら、指定された目印の像が置いてある窪みに到着した。
「まさか、こんなところに像があるとはな。"迎えにきましたよ"」
QBZ-191が像に向かって喋る。
周りには誰もいないが、M4A1が「それでいい」らしい。
「返事がない……独り言と変わらんではないか。何がそれでいいんだ?」
「────フッ、いいのさ」
突然、意識外から投げかけられる返事ゾッとしてQBZ-191はその方向に振り向く。
だが、見えるのは像だけだ。
「貴様が出迎えか?感謝しようマドモアゼル」
また声だ。声は像から出ている。
まさか、こいつが待ち合わせのヤツなのか?
呆れていると────
「やぁ!」
「────!?!?」
なんと、像の中から満面の笑みで"彼女"の顔が現れたのだ。
あまりの出来事に驚いて、QBZ-191は尻餅をついてしまう。
「ハッハッハ!!驚いてくれたか!?マドモアゼル!」
そして、彼女は像の中からゆっくりとまるで分離したようにその姿を表す。
蒼色の髪、サイドテール、ツノのようなアンテナ、美人の美貌を携え……170センチほどの新調をしており、おまけに巨乳だ。
「ああ、合言葉だったな。失礼、忘れていたよ。"いつもの"でよかったかな?」
彼女が合言葉を口にした。
間違いない、彼女だ。
「それで間違いない。某はクライアントの名で来たQBZ-191だ」
「私は"エンペラー"だ!今回はよろしく頼もう」
QBZ-191と"エンペラー"は握手をする。
「まずは拠点に案内する」
QBZ-191はしばらく先導して、ゼーロウ高地を降りるとアリージェンスの人形達が用意している納屋に案内する。
「ここかね?」
「ああ」
意外にもエンペラーは納屋に案内されても不満そうにはしてない。
もちろん、秘密の部屋も地下室なんてものは置いてない。
納屋の中ある、所狭しに銃や弾薬、ツールに紙とペン……お世辞にも広いとはいえない小さい部屋。これが全てだ。
「意外だな」
「うん?なんだね?」
「ここに来た連中はみな嫌な顔をする」
「もちろん、私もここで寝泊まりをするなんてことになったら嫌な顔をするとも、ただ私はここに物と情報を受け取りに来ただけだからな」
エンペラーはここを拠点にするわけではなく、ただの中継地点として扱うつもりだった。
「お主、まだ他にも拠点をもっているのか?」
「ああ、母上が用意してくれた」
「母上?」
QBZ-191は聞き返す。M4がこのエンペラーというのを面倒見るとは聞いていたが、コイツの母親が何かしているとは聞いてない。
M4A1はそういうのをあらかじめ伝えるタイプだから尚更気になる。
「聞かされていないのか?我らの母上、"レイラ"が私の為に拠点を押さえてくれるよう、誰かに頼んだはずだろう?」
「レイラ……?そうか、クライアントのM4A1か」
QBZ-191はレイラという名前を誰のことか、と思案してM4A1にレイラという別の名前があった事を思い出す。
つまり、面倒を見ているM4A1がエンペラーに拠点を押さえてくれていたんだろう。
他の誰かに頼んで。
「なるほど!君たちには母上の名前がM4A1の方で通っているのか!」
「まぁ、レイラなんて久しぶりに聞いたし……ああ、そうだ……それならば注意しておかないと。名前といえばクライアントは"ルニシア"」
「────まて!その名前で母様を呼ぶな!!」
「……どうやら、お主の方でも伝わってるようだな」
どうやら、親子でもお決まりのネタらしい。
「それで?お前はこれからどうするつもりだ」
「無論、予定通りベルリンにお邪魔する。あれが見えるかね?」
エンペラーはスポッタースコープを手渡す。
QBZ-191が受け取り、暗示装置で表示された映像を確認した。
そして、エンペラーはスティックタイプのレーザーを取り出し、点灯した。
「あそこの基地から街に入るのが近道だ」
「……警備が厳重だぞ。某の身分では」
「ああ、それは気にしなくていい。私のやり方がある」
「本当か?」
レーザーは要塞基地に向けられていた。彼女はあそこを通り抜けてベルリンの中に入るつもりらしい。
自信満々に語るエンペラーだが、QBZ-191は「本当に問題ないのか?」と不安を感じ得ない。
「フッ……まぁ見ているがいい、マドモアゼル。君の想像を超える解決法を教えてあげようではないか」
────
───
「どうかね!街中に入れたぞ!」
「……ああ、そうだな」
果たして、2人はゼーロウ高地の要塞を近道に、ドイツ本土の首都ベルリンに潜入した。
誰にも気が付かれず、問題なく街に入り込めたというのにQBZ-191は真っ青な気分が抜けていない。
それは当然だろう。
まさか、エンペラーが”あんなこと”ができるなんて誰も考えることすらできなかったのだ。
「さて、予定通りベルリンには潜入できたことを母上に一報入れなくてはな」
エンペラーは揚々と携帯を取り出しM4A1に電話をかける。
QBZ-191はM4A1がとんでもない人形を娘として作り上げていたことに恐怖に近い感情を覚えていた。
「(……どうやらったら、あのクライアントからあの人形が生まれるんだ……?それにしても、あんなヤツを作り上げるとは……M4A1、あなたは世界を滅ぼすつもりなのか?)」
その時のM4A1はというと────
「遅れてごめんね。……それと、ただいま」
昔のような自信なさげでもなく、荒れたぶっきらぼうでもなく、静かにされど堂々とした態度でM4A1は自分の帰還を伝えた。
「……SOPⅡ?」
「お姉ちゃん会いたかった…」
SOPⅡは応急処置は済ませたものの、ボロボロになった身体でM4A1に抱きついた。突然、だったのでM4A1もすこし意外そうだった。
ベオグラードの時のようにM4SOPMODⅡは涙を浮かべながら、M4A1に抱き着いた。
「……そうね、ごめんね」
M4はそれを嫌がることなく変わらないな、と安堵じみた視線でSOPⅡを見つめてゆっくりと金髪を撫でた。
「はぁ…いつまで待たせるのよ。役人に連れてかれたなんて聞いた時は肝が冷えたわ」
「えぇ……本当に……長い時間が経ったように思えるわ」
その光景を見て、一言を言いつつも内心嬉しい感情を隠せないのかAR-15の表情は緩んでいた。
「こっちも立て込んでたけど、やっとアナタ達の所に戻れたわ」
弁が立つようになり、AR-15の文句にも言い訳を返すようになる。
少し前のM4と比べて"成長したな"と感じるものの、やっぱり彼女は自分の知っている
M4だと理解して安堵を覚えた。
STAR-15は勝ち誇るようにダンデライオンの方を向く。
「ほら、私の言ったとおりでしょ?M4は帰ってくるって」
「……はいはい、あなたの勝ちよ」
「賭けでもしてたの?ああ、思い出したわ。このダンデライオンはちゃんといい子にしてたの?」
後、M4のAR小隊で懸念することといえば、それだろう。
実際、M4がダンデライオンの素行を伺うと誰もかれもが目を背けた。
その視線の動きでM4A1は「何かやらかしたな」とダンデライオン、続いてその監督者のフォトンに懐疑の視線を送ってきた。
「あー、うん。基地のシステムを弄ってカリーナを困らせてたよ、うん」
M4に見つめられたフォトンが観念するようにダンデライオンの罪状を読み上げた。
「……裏切ったわね。フォトン」
「ごめん」
悪いな、ダンデライオン。
俺はこのM4の視線から飛んでくるプレッシャーに耐えられそうにないんだ。
「へぇ」
「う…」
さっきまで、蒼炎を纏っていたように見えないほど極寒の寒さすら感じる冷たい視線が再びダンデライオンを射抜く。
ダンデライオンは表情を苦くする。
「基地から出られないし、何もできなくて暇だったのよ。少しくらいいたずらしてもいいでしょ?」
たまらずダンデライオンは反論。
しかし、今のM4A1にそれは悪手である。
「基地から出られなくても家事や洗濯は出来るでしょう?なーにが、やることないよ、クソニート。私の知ってるあのウィッチお嬢ちゃんすらここまでいい加減ではないわ」
「ウィッチって誰よ……あ、いや、そのそれは、私だって…その」
うっと、ダンデライオンが痛いところを指摘されて言い返そうとした。
でも、いい言葉も見つからず、ムニャムニャと言葉を濁すしかできない。
なんか、M4の完成が近所のおばさん…いや、子供の扱いに慣れてきた母親っぽくなってないか?
「あら、フォトン指揮官様。なにか私に失礼な表現をしたいなら、遠慮くなく口にされていいんですよ?」
見た目がガラリと変わって人受けがよさそうに見えても、こういうところはあいからず怖い。
さっきの圧倒的な力とは別のベクトルの恐ろしさを青くなったM4から感じる。
「待たせた!……って、もう終わってるじゃん!」
「…ここまでにしておきましょう。時間もない」
ようやく、MCXたちと本隊のメンバーが合流してきた。
これ以上、ダンデライオンを叱るのも本人のためにならないのか、ここいらで見逃してくれた。
こういう甘さも前のM4A1を思い起こさせる。
どうして、あの姿に変わっているのか、いままで何をしてきたのかは全くわからない。
でも、再び、M4A1は帰ってきた。
「お前が、"あの方"の言っていたM4か?」
「ええ。あなたがリーダーね、サムライ1」
M4A1とリーダーが挨拶する。
リーダーはどこかのタイミングで私のことを教えてくれたんだろう。
「治療薬も手に入れたし、負傷者治療のために撤退しましょう」
「了解」
ベオグラードの時のような偶然ではなく、みんなを助けるために、己の意思で。
「う……」
「……!」
撤退の話がまとまったタイミングでマハリアンがが小さく悲鳴を上げた。
見ると、モリドー"らしき"女みたいな女がもぞもぞと這いずって逃げようと必死に腕を動かしている。
なぜ、"らしき"という表現を使ったのかは体の大部分が潰れており、まるで変形した粘土みたいだ。
それでもか細い声で必死に逃げようという姿を見れば、「生きている」とは思える。
「しぶとい。でも、虫けらと変わらないわね」
確かに、動かせるところを何とか動かしている無様な光景はM4の表現した通り「虫」を想起させる。
「どうしようか?」
M4A1が周りにトドメを指すのかと伺う。
虫のように手足を遊びのようにもぎ取るのか?
それとも生き物らしい怒りで徹底的に壊しつくすのか?
それとも人間の慈しみのようにその場は見逃すのか?
「……!……!」
モリドーでも今自分の事を無力だと理解できているらしい。
M4によって蹴り潰れた顔でもその表情が読み取れる。
彼女に戦う意思はない、少なくともM4A1に対しては────
「やめろ、結構だろ。コイツにはまだ聞きたいことがある」
フォトンのもう"結構"という、言葉を聞くとM4A1はあっさりと、モリドーを開放した。
「いいわ」
M4A1は銃を下ろした。
「ごめんなさい、時間とってしまったわね」
「いや...いいよ」
M4は自分の感情を荒げたことを謝罪した。
彼女が別に悪いかと言われたら、それは少し違う。
多分、M4も悪いと思っていないだろう。
肝心なのは、せっかく笑顔を向けたいと思っている、愛する対象に怖い思いをさせた事をM4は恥じているんだろう。
「……ありがとう。助けにきてくれて」
「困ったわね」
気を使われていると思ったのか、それとも単純に彼の感謝の言葉を受け取るのを遠慮していたのか、
M4は昔よく見せていた困った笑顔を見せる。
「やっぱり...私、あなたには本音しか話せないみたい」
そうだ、
やっぱり、
この蒼色の乙女はM4A1という名前で、
もらった”レイラ”という名前を大事にして、
ユーリという自分の大好きな恋人に、恋焦がれる女だったのだ。
「たくさん回り道をしたけど、帰ってきて...本当に良かった」
自分の恥ずかしい所を見せた所を許容してもらい、安堵したのち、M4は小さく嘆息した。
「改めて……撤退するわよ」
「1番近いセーフハウスはここだ」
「……あー、そこはダメね。そこはシュタージに潰されてた、ここなら大丈夫かもしれない」
「ウチらに作らせたのはその時のためか」
「そうよ」
M4A1は事前にR5達に作らせていたセーフハウスをマッピングする。
「目的地はここだな」
「ええ、あとは目立たずにいくルートを算出して……待って、電話がきた」
M4A1のポケットからメロディが流れている。M4は電話を取り出して応答した。
<母上、予定通りベルリンに入れたぞ>
「流石」
使い捨ての携帯電話からかかってきたので緊張したが、
声を聞いて安心する、かけて来たのは予定通り連絡してきた愛しい娘の1人"エンペラー"からだった。
「ごめん、先に用意したセーフハウスで待っていてくれる?それと、人間、ロボット両方の治療用の手配もして欲しいわ」
<……何が起きた?>
「友達が敵にやられてしまったの」
<わかった。すぐに向かい、手配しよう。用意してくれたセーフハウスで待機している>
「本当にありがとう」
<娘として当然のことだ、では切るぞ>
エンペラーが電話を切った。
「誰からだ?」
「先にセーフハウスで待ってる子からよ。治療用の道具を揃えて待っているように頼んだわ」
「用意がいいな。よし、404小隊を呼び戻したらこの工場とはオサラバしよう」
「了解」
────
───
「お待たせしました〜♪」
フォトンの命令で404小隊は合流場所の入り口シャッター前で合流した。
隊長のUMP45が気が抜けるような挨拶をして、404小隊がフォトン達と合流した。
"サー"の寄越した人形は全滅した。しかし、目当ての治療薬も手に入ったし、マハリアンも無事────結果としては文句ない。
「彼女は?」
UMP45……祝勝会と報酬の相談をしようよ思った矢先、集まりの中に知らない奴が紛れていることに気がついた。
集まった時には気づかなかったが、落ち着いてあのディテールを探るように眺めると、一際身長の高い蒼い髪の女の姿が目立った。
あんな目立つほど背が高いのに器用な奴だ。
「私?」
「そう、アンタ。ユーリの"組織"が寄越したの?」
蒼い髪の女とUMP45の瞳が合った。
それを見ると、女は表情をゆっくり和らげる。
「あら、久しぶりなのに、随分な挨拶ね404小隊さん?」
「久しぶり?」
女の挙動は一つ一つが魅惑的だった。
多分、男ならイチコロ。女なら、一生嫉妬するに違いあるまい。
そんな女が"久しぶり"なんて言ってきた、一度見たら絶対忘れられないであろう彼女、私はあったはずがない。
「まぁ、しょうがないわ。私よ、”M4A1”よ。素体を変えたの、細かい経緯は省くけど、改めてよろしくね」
「……あなたがM4?ですって?」
なんという、さっぱりとしてあっさりで、雑な紹介である。
冗談キツい。などと、あっけにとられていた間に左手が差し出されていた。しかも…律儀にも女はグローブを外している。
「証拠でもある?」
ぎこちなく、UMP45も差し出された手をグローブをつけたまま握り返す。
その時に薬指に銀色のものが見えた。これは誓約の指輪だ。
「これが証拠よ」
M4は薬指につけている指輪を見せつけた、その指輪はM4が常日頃欠かさず嵌めていた指輪だ。
それに気づいた時、確信した。"コイツはM4A1だ"、と。
「結構な改造をしたのね……」
「必要に迫られてね」
ここまで見た目を変える人形は生まれて初めてだ。
「よし、まずここを出るわよ。誰か、負傷者……そのバッグを抱えて。私は拠点まで先導する。落とさないことだけ考えてくれればそれでいい」
「分かった。さ、大尉」
404小隊や傷を負ってないメンバーは負傷者を寝かせた担架を支えたり、背中に腕を回す形で支えた。
全員が負傷者や死体の入ったバッグを持ったのを確認してM4A1はシャッターの開閉スイッチを起動する。
「言い忘れたことなんだけど」
出口のシャッターが開いていく。
警戒しながら、M4A1はユーリにある事を話しかけた。
「AK-12のことは残念だったわ」
ユーリは目を伏せる。
もう少し早ければ助けられたとか、本当に自分の苦しみがわかるのか?とか、そういうのではなく……
彼はM4に気を遣われた事を申し訳なく思ったのだ。
「……いいさ。あれは、仕方ないことなんだ」
「……そう」
2人の会話はそれで止まった。
開閉されていく。眼下には朝焼けの空が映った。
そうか、もう次の日に変わっていたのか。
「待て。何か、まずい……」
「……ええ、いるわね」
施設から出ようとしたとき、HK416はすぐに外から人の気配を感じた。
感じたのはM4も同じらしい。
うまく隠れられないと言うより、隠しきれないほどの人の群れ…恐らく、シュタージまたはベルリンが寄越した警察だろう。
狙いは無論、マハリアンの回収とユーリ達の排除に違いない。
自分達の移動手段の車も当然確保されているだろう。強行突破も…あの数では、何人か見捨てる必要が出てくる…クソ、ここまで来て。
はやる気持ちからか、とりあえず一歩踏み出そうとしたフォトンの肩をM4が優しく掴んで止めた。
「大丈夫よ。私に任せて」
確実に勝てる、と言う確信のある声で「任せてくれ」とM4は確かにそう言った。
表情も自分とは対照的に自信に満ちた、落ち着いた顔で微笑んでいる。
「────動くな!手を上げろ!」
ユーリの代わりにM4が先に施設から出ると……待ってましたと言わんばかりに大勢の警官達がさまざまなところから出てきた。
────
───
一方、グリフィン…または、サーを探しているグランブル達のチームの進捗は…まぁ、なんというか、M4A1の懸念通りあんまり良い進捗ではない。
目下の優先度が変わってしまった為、人員が少なくなったのもそうだったのも理由の一つではあるが…それ以上にグリフィンやその同志達が中々尻尾を見せなかったのも目的を達成できないのが大きい。
なんとか、戦果になりそうなプランはいくつかの立てているものの本筋の目的につながることを何一つ達成できないまま帰還するのは感心されない。
だから、今彼らが出来ることは唯一グリフィン…サーと繋がっているアンジェリアを追いかけることを手がかりにするしかない。
そんなアンジェリアにも動きがあった。
強引な調査を目論んだ所、報復にパラデウスの暗殺部隊をふっかけられて、
AK-12が死に、追い詰められたアンジェリアはマハリアンを引き渡すように要求。
しかし、そんな要求はフォトンに却下されて今度はフローラ植物研究所で捕まえた、リオーニから情報を得ようと言う所まで来たらしい。
リオーニがいるところはあの、グレイの診療所。
敵の巣穴に飛び込むのだ、名声も部下も山ほどあるグレイの所に、飛びこむのだ。
普通のセオリーで行くなら、基本に立ち返って遠回りをする。
こういう時に真っ先しなければならないのは急がば回れ、でも、アンジェリアはもともと型破りな女で基本を好かない。
その上、AK-12という"借り物"ではあるが年季の入った相棒を失ったのだから、効率的、効果的、基本的、理性的な考えをとうに放棄して、今すぐ"結果"を求める思考で動いている。
アンジェリアは元々、決断が早い女だった。
確かにそれが功を制した事が多い。
それは認めるべきだ、しかし…行動が早いというのはそれだけ自分の行動を狭めてしまい、それは敵にとって「読みやすいヤツ」でしかない。
余談だが…ユーリはアンジェリアと対照的に事、殺し合いに置いてはどこまでもロジカルな男だったりふる。
殺し合う時に感情は挟むものの、殺す時のプロセスにはとことんシビアに向き合う。
どれだけ回りくどくても大まかなやり方に沿って、ルーチンワークをこなして行動する。
それは"基本しか知らない"とは少し違って、"やる事をキチンとこなせばちゃんと結果は出る"と経験則で理解しているから。
だから、結果を出すのは遅くても、今回の件もマハリアンを護衛すると言う任務遂行できた。
だが、アンジェリアはその決断の速さと思いつきの行動で結果を出していたが悪い時は行動全てが全て悪い方向に進んでいく。
アンジェリアが診療所にきたタイミングで、工作員も普通の客を装って診療所に入った、その工作員の中にはヴィシャスも含まれている。
別にアンジェリアを助けようなんて気持ちはミリ単位もないし、実際不本意だ。
でも、それ以上に"サー"につながるアンジェリアに今死なれるのは困る。
内心、工作員達は「余計なことをするな」と思っているに違いない。
アンジェリアは真っ直ぐ、グレイのいる診察室に部屋にむかう。
診察室には身なりのいい男がグレイとそれなりに親しそうに話しながら経過観察について話している。
おそらく常連だろう。
蹴飛ばされたドアの音でグレイは迷惑そうにアンジェリアを睨んだ。
そう、迷惑そうに、だ。
敵として認知されていない。
その舐めた態度にアンジェリアはさらに怒りが募りそうになる。
「────すみません。そろそろお時間のようです」
「……」
内心、常連の客は納得が行ってないようだ。
まぁ、自分の時間を乱暴な客に奪われた上に一触即発の雰囲気に誰が納得出来るだろうか?
「────お食事の件は承諾させて頂きます。私も食べてみたいと思っていましたので」
そう言うと常連の客も少しは喜んで、アンジェリアを避けるように診察室を後にした。
「まあ、座りなさい。その腕を直してあげるわ」
グレイが椅子に座って診察用の椅子を指差した。
今のところ彼女に攻撃する意思はない。寧ろ、本当に腕を治すつもりだとすら思える。
アンジェリアはグレイを睨みながら椅子に座って、診察台に腕を乗せた。
「随分と気前がいいのね、私は敵でしょ?」
「直してあげるわ、と言ったでしょ?」
グレイがアンジェリアの義手にいくつかのコードを刺した。
「なぜ、パラデウスに加担する」
「先生と呼べるような人に会ってね…そこで啓蒙を得たのよ。腕を動かして」
タブレットを動かす、グレイに従い義手を動かす。
壊れかけの義手は大まかな動作しかしてくれない。
つまり、握るとか中指を立てるなんて細かい事ができない。
「アナタは数ヶ月前から、ベルリンのテレビ塔、ポーン村、地下鉄、さまざまなところでテロを画策していた。それも全てその"先生"とやらの指示?」
アンジェリアのもう片方の手にはグロック17が握られている、余計なことをしたら撃ち抜くつもりだ。
相手はパラデウスの兵士ではなく、人間。
モリドーのようなネイトではない、撃てば死ぬ。
「計画を考えたのは先生よ。まぁ、計画の元ネタはリオーニ…彼女は本当にいい才能を持っていたわ。…ふむ、指を動かしなさい」
指を動かしてみる。
動いてはいるが挙動がメチャクチャだ、自分の理想の通りに動いてくれない。
「…ここが原因だったのね。で、私はアナタの手によって警察に送られそうなリオーニをここまで連れて行って保護した。彼女ならもっと面白いアイディアをくれるでしょうしね」
成る程、グレイが始末しない理由はそこにあったのか。
「アンタのテロでもたらされる利益はなんなの?世界でも滅ぼしたいわけ?それともそんなにロクサットが気に食わない?」
「ロクサット…?ああ、ウルリッヒの。あれは先生の任された計画だから私も知らないわ。でも、今回の件についてなら話してあげてもいいわ」
全ての修正が終わり、グレイはタブレットで実行のボタンを押下した。
「ねえ。いま、世界…いえ、先進国はどれほどE.L.I.D…まぁ、放射線に興味を持ってると思う?」
「…」
アンジェリアは「世界中が真面目に取り組んでいる」とは頷けなかった。
真面目に取り組んでいるなら、感染者の治療にもっとリソースを注ぎ込んでいるはずだ。
壁の建設で満足するはずない。
人類には第三次世界大戦という、経験がある。
米蘭島での死傷者も凄まじいが、第三次世界大戦もそれに負けていない。
汎欧州連合ができたのだって世界大戦が原因な訳で、決して感染症のことを考えたわけじゃあない。
「そう…戦争への備えの方がコーラップス液より、世界での常識に過ぎない。だから、感染者の対策なんて壁で十分。壁の外の作業は人形に任せればいい」
今、一般に浸透している戦術人形だって────そうだ。私も自業自得だが感染するまで、コーラップス液の事を世界単位で考えてない。
「でも…それが壁で守られているはずの"中"でテロが起きたら政府や国民はどう思うかしら?」
アンジェリアはその光景を想像してゾッとした。
そして、その動揺した顔を見てグレイはクスリと笑った。
「怖いでしょうね?世界のどこにも逃げ場がなくなって、隣近所の人間が信用できなくなる世界っていうのは…そして、戦争よりコーラップス液の対処だと、自分達に火の粉が飛んできた世界の世論はひっくり返るに違いない」
誰がテロを起こしたなんか二の次だ。
肝心なのはどうすれば自分に火の粉が降りかからないか。
「そこからが私たち、パラデウスの出番よ。その感染を治療する魔法のような治療薬"イズン"を世界中に売る。モノが本物なら世界は死に物狂いで欲しがるでしょうね?」
まさか、パラデウスの狙いは…
「そして、私たちは世界からどれだけ認めたくなくても救世主としたら崇められる…コーラップス液の恐怖から世界を救ったパラデウスとしてね…!」
グレイの声が狂気じみた声でパラデウスの計画を明かして、アンジェリアは本気で動揺しそうになった。
「当然、ロクサット主義も私達を認めざる得なくなる。なぜなら、認めなければ…ロクサット主義は支持を得られない。世界政府は成り立たない。そして、私たちはさらに数を増やしていくの」
パラデウスの目的はロクサット主義の中枢に潜り込むこと、そして世界を乗っ取るつもりだった。
そう言うことらしい。
「…終わったわ。手を動かしてみなさい」
さっきまで狂気一色だったのに、トーンが最初に会った時に戻っている。
そして技術は本当に一流だった。
本当に腕が思い通りに動く。
「直してくれて感謝するわ。これで────」
「…これで?」
これで、お前の頭を遠慮なくぶち抜ける。
アンジェリアは隠していたグロックを引き抜く、
「お前達の思い通りにさせるか!────この狂人が!」