レオーネは怯えていた。
怯える理由は簡単だ。
なんせ、自分の腕を看破なきにまで折ってくれたRPK-16が自分の診療室にやってきたのだから。
包帯の跡を見る、嫌というほど思い出したトラウマが更に鮮明に蘇っていた。
「何……?どうしてここに来るのよ!?」
「アンジェに命令を受けましてね。せめて、アナタを保護しないといけないとのことです」
「なら別のやつを寄越してよ!なんでわざわざコイツなのよ!!」
レオーネの指摘は至極尤もだが、アンジェリアがRPK-16を寄越した理由も尤もだ。
アンジェリアはレオーネに最もトラウマがある、RPK-16を寄越せば、最終的には従うと考えていたのだ。
廊下には念押しのためにシュタージの人間達が診療室を警護にあたっていた。
パラデウスは常軌を逸した集団だ。
対象を追い詰めるためなら、自分の今後の利益すらドブに捨てられる。
アンジェリアはそんな狂人達に正面から喧嘩を売った。
今にでもパラデウスの暗殺部隊が来てもおかしくない状態だった。
それを証明するかのように自分達より上のフロアで地震のような地響きが施設中に響き渡った。
「あら…どうしましょう?もう、始まってしまった様ですね」
地響きがなる、その数分前。
グレイによって腕を修理され、そのグレイが狂気の計画を話した瞬間────
アンジェリアは隠していたグロックを引き抜くのに躊躇いは生まれなかった。
「お前達の思い通りにさせるか!────この狂人が!」
アンジェリアがグロックを向けようとした時、がくり、と自分の義手が動かなくなった。
「あら、どうしたの?そんな危ないものを見せつけて…」
銃口を向けられたグレイは余裕そうに動かない義手を見て、笑った。
「甘いわね。私が治った後の事に保険をかけないわけないでしょう?」
…グレイが義手になんらかの細工を施したらしい。
身体を動かそうとしても義手によってうまいように動けない。
アンジェリアはもう一つ、銃を持って行けばよかったと後悔した。
もう一つあればもう片方の手でグレイを撃てた。
グレイの白い腕がアンジェリアの首を触った。
「…あっ…ぐっ!?」
動きそのものはとてもゆっくりに感じた…しかし、手が首に触れた途端、とても息が出来ないほど強い力で締め付けられる。
「……脇が甘いわね。サービスはここまでよ。次に会うときは洗いざらい話してもらいましょうか?」
「……ハッ」
アンジェリアが笑う。
その笑いには強がりではなく、余裕が見えた。
グレイもその笑いに不審感を覚える。
「……脇が甘いのはお前もよ」
次の瞬間、隣の壁が吹き飛んだ。
そして、その吹き飛んだ壁の奥からAK-15とAN-94が素早く現れた。
アンジェリアもグレイが罠を仕込んでいるのは想定していた。
そして、アンジェリアはAK-15とAN-94を隣の部屋に待機させた。
爆発物を持ち込んだらバレてしまう。
だから、爆発物は直接使わず、AK-15の破壊力のみで壁を破壊する力業を採択した。
試みは成功、アンジェリアはグレイの不意をとる。
「面白い考えで来るじゃない」
だが、グレイの余裕は崩れない。
AK-15がグレイに向かって投げられた石のように飛んでいく。
グレイは体格上、AK-15より長身だがそんな人間の基準は"新ソ連"最強のスペックを持つ、AK-15にはなんの意味もない。
簡単に組み伏せるに違いない。
────だが、アンジェリア達の予想はあっけなく覆る。
「…な?」
「これは…」
AK-15もAN-94も眼前な光景を疑った。
アンジェリアもそれ以上だ。
グレイの白衣の下からおおよそ、3メートルほどの長さのある巨大な、蠍の尻尾の形状をした鉄の尾がAK-15を吹き飛ばしたのだ。
「正面突破には罠を敷き、力業には力業を……ね」
グレイが白衣を脱ぎ捨てて、その正体が露わになる。
顔に走る赤いライン、人間の顔を繋ぎ止める機械の四肢。
アレは…ネイトだ。
アンジェリアは直感で確信した。
グレイがパラデウスのメンバーではないか…?という予測では動いていた、でも…グレイそのものがネイトとは考えつかなかった。
グレイは実在する人物だ。
それは事前の調査で裏付けが取れている……まさか。
「ええ、そのまさかよ」
グレイが今までの様な大人笑みではなく、嗜虐に富んだ笑みでせせら笑う。
「教えなさい!お前の様なネイトは後、何人いる!?」
「治療に関してはお人好しだけど……情報についてはお人好しじゃあないのよ、私」
銀色の尾がアンジェリアに向かって飛んでくる。
「アンジェ!!」
AN-94が反応して、抱え込むように床に押し倒す。
助かった。
AN-94が助けてくれなかったら、あの尾によってアンジェリアの頭は粉々になっていただろう。
「────っ」
避けられたはず、と思っていたAN-94は背中から流れる人工血液の感触でそれが間違っていたことに気がつく。
「────死ね」
「その程度?」
真横にいたAK-15がライフルをグレイに向け、7.62×39ミリの弾丸を発射する。
しかし、グレイは両手首に取り付けていたブレードでその攻撃を弾いてしまう。
「貴様」
グレイは余裕だ。
AK-15もこれで決まるとは考えていないものの、多少はダメージが入ると思っていたのに、グレイには傷ひとつとて付いていない。
「今度はこっちの番よ」
グレイの尾が動き出す。
その動きはとても緩慢に見え、襲いかかるときは1秒もかけずAK-15に飛んでいく。
「!?」
AK-15はあの攻撃を紙一重で躱した。
AN-94の時とは違い、今度は傷を負っていない。
そして、AK-15はあの尾の攻撃の正体を確実に視た。
あの尾は攻撃する時に先端が広がるように変形する。
AN-94はその広がった刃に切り裂かれたのだ。
「────フ」
────今度はグレイが接近する。
あの尾に勝るとも劣らない、圧倒的な速度を持って襲いかかり、AK-15は身構える。
繰り出されるのは両手首の刃の二撃。
AK-15は一撃目を身体を逸らして避け、二撃目は拳で上に打ち上げて、防いだ。
「フフフ…」
AK-15がグレイが笑った事に不自然さを感じた直後、背中に凄まじい衝撃が走る。
さっき飛ばした尾をグレイが巻き戻して、AK-15の背中に叩きつけたのだ。AK-15は診療台を壊しながら転がっていった。
「パラデウスこそ、新世界の光……暗闇でコソコソするアナタ達を始末しましょう」
マズイ、さっきは打撲だったから耐えられた。
今度は違う。刺してくる、耐えられるとは思えない。
AN-94が銃を拾って、グレイを止めようと発砲するが、先ほどと同じように手首の刃物に防せがれ、銃撃が通らない。
グレイの加虐的な笑みがアンジェリアに向けれる。
その瞬間────
ガラスの割れる音が鳴り響き、銀色の影が診療室に踊り込んできた。
「……?あなたは?」
「……どうやら、完全に自我がネイトに引っ張られたヨウダナ」
よく見ると、ロープが垂れ下がっていた。
……屋上から入ってきたのか。
「ん?もしかして、アナタ……」
グレイが額に指を当てて、何かを思い出そうとしたかと思えば、突然笑い出した。
「成る程、フフフ!そうかそうか!これは驚いたわ!まさか、"成功体"がいたなんてね!生まれ変わるワタシもアレほど試したんだもの!!1つぐらい成功があっても不思議じゃない!!」
どうやら、グレイにはヴィシャスに対して心当たりがあるらしい。
「いや、失敗だヨ。私は失敗を掻き集めテ完成シタ、フランケンシュタイン────いや、キョンシーの方ガ正しいかモな、それと変わらない」
グレイとヴィシャスは知り合いのようにも見えた。
しかし、グレイはなんとなく心当たりがあるように見えて、ヴィシャスの方はグレイの事をこれでもか、憎々しげに睨んでいた。
グレイはまた、余裕そうに構える。2人の間に睨み合いが続く。
このまま、しばらくにらみ合って殺し合いが始まるんじゃないかと思われたが……
フッと、グレイの顔が落ち着いた表情を取り戻す。
そして、いつの間にか開いていた隠し扉の中に消えていった。
「AK-15!!」
アンジェリアすかさず、AK-15に対してAK-12と同じ、透視機能を使うように指示した。
しかし、それは効果がなかった。
グレイが隠れた扉の厚みは20センチ以上もあり、とてもAK-15の透視機能で透かせる厚さではなかった。
「消エたカ」
ヴィシャスはグレイにさっきまで向けていた、PPK-20にセーフティをかける。
「なんで……お前が」
昨日、あれほど冷たく突き放したユーリが部下のヴィシャスをよこして自分を助けたことにアンジェリアには不思議でならない。
「別二善意じゃナい。今、お前二死なれルのは都合が悪イ、だかラ助けた。例え────AK-12を死ナせた、お前であってモナ……後、用がないなら、さっさと出て行ったほうがいい。下は悪夢ダ、逃げられなくなるゾ」
ヴィシャスはこれ以上グレイを追えないと判断すると、自分が診療室に入った破ったガラス窓からロープをつたい診療所を後にした。
「悪夢?」
アンジェリアは去り際に残した「悪夢」という言葉が気になっていた。
……少し前、レオーネの診療室では
<チーム1、状況知らせ>
「チーム1。異常なし」
レオーネのいる診療所に繋がる、廊下にはシュタージのエージェント達が診療室を警護にあたっていた。
さっきの地響きのせいもあり、警護の警戒心は高い。
数は10数人ほどいて、武器もハンドガンなどではなく、AK-12アサルトライフルやSR-3などの重武装だ。
知らないやつがやってきたら、だれかれ構わず銃を向けそうな勢いだ。
そして、エレベーターホールの中にいる警護は特に警戒心が高かった。
エレベーターホールは高層ビルや高級ホテルのように複数のエレベーターが設置されて、どのエレベーターにも警戒が必要だ。
そんな警戒心の高い彼らの前にそのうちのエレベーターのひとつが到着を知らせるベルの音が鳴った。
エレベーターいるエージェントが武器を構えなおす。
扉が開いた瞬間、扉の中には誰もいなかった。
「チっ」
「やられたな」
大方、いたずらだったんだろう。
一瞬安堵する、エージェント達。襲撃じゃなくてよかった、エレベーターの中には何もない、ごく普通のエレベーターだ。
しかし、疑問に思う。
”どうして、立ち入り禁止にしたこの階に無人のエレベータが止まったんだ?”
その答えを証明するようにさっき止まった以外のすべてのエレベータが到着音を一斉に発した。
一斉にシュタージのエージェントに襲い来る白い影、悲鳴と銃声が鳴り響く。
「ああ、もう来たんですね」
「な、に……?ま、まさか……」
レオーネの推測はパラデウスの暗殺部隊が自分にやってきたことだ。
そして、それは全く持って正しい。
ただ、訂正するとしたら……それは範囲だろう。
────悲鳴に気づいて様子を見に来た患者がいた。廊下に出た瞬間にパラデウスの”ロデレロ”によって「抹殺」の一言で身体に取り付けられたレーザーで苦しみながら、黒焦げになった。
────友人の見舞いに来た少女がいた。診療室に来た時にはその友人は”パニッシュ”の振り下ろされる斧によってバラバラにされ、逃げようとした少女は生きながら、「シニタクナイ」と泣き叫びながら、友人と同じように斧でバラバラにされた。
────我先にと、非常口から逃げようとした大人たちも非常口を占領していた”ストレンツィ”の群れになぶり殺しにされた。
今、レオーネがいる階が悪夢なわけではない。
この、診療所全体がが悪夢になっていた。
アンジェリア達の監視と襲撃をするための工作員も、アンジェリアどころではなく自分の身を守るか襲われる患者を何とか避難させるかの二分を強いられている。
「せ、接敵────グワッ!?」
「1人やられた!……うっ、うわあああ!?」
フロアの出入り口にいたシュタージのエージェントの1人が”ガンナー”の持つレーザー兵器でぽっかりと穴が開いて絶命した。
反撃しようとしたもう1人も"ガンナー"の後ろにいた"パニッシュ"の振り下ろした斧で真っ二つになった。
悲鳴と銃声はどんどん近づき、どんどん少なくなっていく。
「どうします?逃げますか?逃げませんか?」
レオーネはもはや考えるまでもない。
「に、逃げる!こんなところ、1秒もいたくない!!」
それを聞くと、RPK-16は非常に満足そうに微笑んだ。
今のRPK-16の提案は天使の甘言に聞こえる。しかし、実のところ彼女の笑みは悪魔の笑みそのものだった。
診療所から出て、しばらく後にRPK-16から「パラデウスの襲撃からレオーネを守る脱出した」というメッセージと合流地点が送られた。
まあ、その判断は妥当とも言えるだろう。
あの数のパラデウスの兵士に守りを選ぶより、逃げを選択した方が賢いのは言うまでもない。
結局、パラデウスに虐殺される市民を見捨て。
アンジェリア達は合流地点に向かった。
「……なん、だって……?これが…?」
合流地点にたどり着いた、アンジェリア達の目に映ったのは……首を掻き切られて死んでいたレオーネの死体だった。
────
───
「……いるわね」
M4が先にシャッターの下から出ると、案の定────待ってましたと言わんばかり警官達がさまざまなところから出てきた。
「────動くな!手を上げろ!」
警察官が怒鳴り声をあげて”ワルサーQ5”ハンドガンの銃口を向けた。
発砲許可まで下りているのか。
しかし、なんで警察がこちらに銃を?"サー"には事前に話を通したはずなのに。
「お巡りさんはご立腹よ」
<おかしい、サーはここに突入することは伝えているのに>
「……確認してみる、待ってて」
M4A1が無線で待機するよう言った後、両手を上げた。
「…これでいい?」
「────膝をつけ!」
手を上げるところまでは、M4は従った。
だが、膝を落さない。
「あなた達の上からここに突入する許可は貰ってるはずって聞いたわよ」
「黙れ!膝をつけ!!」
有無を言わさずいう事を聞かせようとする警官達。
確かに対応の仕方といえばそれもあるだろうけど、幾らかの行動を保証された現状でこれはいくらなんでも不自然だ。
「……怪我人がいるのに、これ以上は時間の無駄ね」
「聞こえないのか!!撃たれなかったら大人しく膝を────な、なんだ?」
「────銃が、勝手に!?」
これ以上は時間を取られてられない、ため息をついたM4A1の瞳がキラリと光った。
そして、M4に強制しようとした警官達の動きが妙な動きに変わった。
何か、得体のしれない力によって拳銃が勝手に暴れ出し、それを押さえつけようとしている様にも感じる。
「な、何が、起きているの…?」
いつもは楽観的に喜ぶUMP9ですらその光景を眺めて驚愕する。
いま、M4A1の周りで起きていることを誰も説明できない。現象だけ話すなら、まるでポルターガイストだ。
銃はもう、まともにM4に向けることすら困難になり、ただ押さえつけることしか出来ていない。
「────だ、ダメだ!!」
遂に、銃を抑えられなくなり、拳銃の一つが警官の手元から離れる。
離れた拳銃は少しの間、宙に浮き、やがて吸い込まれる様に回転してM4A1の手に向かって飛んでいき、初めから彼女のものだった様に握られる。
M4は警官の手元から離れた”ワルサーQ5”のスライドを小さく引いて初弾が入っているかチェック。
そして、マガジンリリースレバーを押し下げてマガジンに弾が入っているかチェック。
そして、念のためスライドが正しい位置に戻る様に、スライドの後端を軽く叩いた。
まるで、これから銃を使う時のためにやる、最終チェックの様に見える。
「警告はしたからね」
────そう、使うのだ。
M4が警官から奪った”ワルサーQ5”警官の一人に向ける。
すでに警官達の手に持っていた拳銃はひとりでに吸い込まれる様にM4A1のものとなる。
「そ、それを返すんだ!」
「ええ、返すわ」
「────おい、やめっ!」
警官達はさっきまで銃口を向けていたくせにいざ自分に向けられて、無防備になると慌てふためきだした。
その横柄な態度は銃がないとできないのか、つまらない男達だとM4A1は呆れる。
M4が躊躇いなく、警官達に拳銃の引き金を引き絞った。
ナルシスをバラバラにしたような蒼い光も纏わない、ただ引き金を引き絞る単純な射撃だ。
それでも、その射撃の腕はあり得ないほど正確で待ち構えていた5名の警官に対して真ん中、左、右、1番左、1番右と風が流れるようにスラスラと初めて使うタイプである筈の拳銃を操り寸分違わず、頭……ではなく、胸を逃げる間もなく、正確に撃ち抜いた。
撃たれてよろめきながら、警官達は地面に倒れ伏す。
先に仕掛けたのは間違いなく警官の方だ、それでも武器を奪い取り無抵抗に近い状態で引き金を引いたのを見て、AR-15はポーン村で自分がやった虐殺のことを思い出す。
「────ヒッ!」
「う……」
凄惨な光景を思い出して、吐きそうになった瞬間────倒れた警官からうめき声が上がるのを聞いて、吐き気が止まった。
「う…うぅ…!」
うめき声の主は警官達のものだった。
倒れた5人が苦しそうには呻いているが、それが血が流れる様な痛みではなく、打撲の様なくぐもったうめき声だった。
死んでない、誰も…?
「今回だけよ」
どうやら、警官達は全員防弾チョッキを着ていたらしい。
そう、M4は殺していない。
しかし、長い間体幹を崩すには十分、されど死なないような位置を正確に狙い撃ちしていた。
要は不殺だ。
敵に配慮した射撃、アニメで見られるような神業の射撃、そんなのは簡単にできるものではないのに、使い慣れた拳銃でも出来ないであろう神業を────
M4はそれを1秒もかけずに、達成してみせた。
「────こ、殺してないの?」
SOPⅡからそんなセリフが聞こえる。
「ええ…殺すのは簡単よ。けど、サーっていう人と連絡が行き違ってたかもしれない、もしそうだったら私たちは10年後に復讐されるかもしれない、それは厄介な事なの。なら、生きて怖い思いをしてもらわないと…今後の投資にはならないわよ?」
まるで何処か遠く、自分のことなのに何処か他人事の様に客観視した意見で自分の行動を説明する。
SOPⅡはM4A1はM4A1だとは思っている。
でも、何処か仕事にシビアで、効率的なやり方を求める様になった様に見えた。
<よし、じゃあ。車に負傷者を乗せよう>
「待って…まだ来るみたいれ
今度は鎮圧用の人形が出る。
最初に人間の警官が出たのは自分で捕まえようとして、手柄を立てようとしたんだろう。
「浅ましいわね」
結局ダメだったから、こうやって待機していた鎮圧用を出す羽目になる。
────でも、結果から言えば、どっちが先であっても、結末は変わらないんじゃないかな?
「今回は人殺しはしないわ、けどねぇ」
M4の身体がガキン!と金属音を上げる。
「────人形殺しはするからね」
どれほど精巧な美女を思わせても、機械人形を思わせる人工的な金属音の正体は背中に背負っていた金属の羽根が外れてそのまま羽根が地面に落下した時の音だった。
機械の羽がいつまでも地面に留まらず、粒子となって消えていく。
代わりに巨大な牙のような造形をしたブレードが4本彼女の周りに現れる。
「さぁて……見せてあげるわ。私の力、"ダイレクト"をね」
"ダイレクト"────
M4は空中に漂う、ブレードをそう呼称した。
そして、彼女の身体の一部になるかの様にダイレクトがM4A1の両手首と両膝に取り憑き、合体した。
「────へ、変身した…?」
ROの言葉は言い得て妙だった。
背中に背負った羽根は消えて、身体の先端に牙を纏うシルエットはドラゴンのような生物的なシルエットから剣を纏う、おおよそ生物的に見えないオブジェクトのようなシルエットに変わっていた。
「謝っても許さないわよ?」
M4の雰囲気が変わる、好戦的で嗜虐的な雰囲気を覚える。
雰囲気が違う。
在り方が違う。
そんな感情を覚えた。
たしかに、ROの言う通り、変形や合体というより"変身"だ。
…ああ、ここにやってきてからずっと思い馳せていた感情が今にも爆発しそうになる。
渇いていた────
────飢えていた
────カレガホシイトホシガッテイタ────。
深海に潜ってから、自分の限界を引き伸ばすような訓練を終えて────
この世の誰もが知らぬであろう世界へ旅立ち────
悲惨な経験、楽しい経験、尊い経験をして────
そして、私を模造して生み出された愛しい12種類の娘達────
それらの経験、思い、別れを乗り越えて、私は彼に会うためここにいる。
ずっとたまらなく待ち侘びていたあの、肉と肉のぶつかり合い、
退廃的に情欲を身も心を縛る枷を外して、想い投げかけ合う日々を今か今かと待ち侘びていた。
でも、今の目の前にはそれを邪魔する奴らがイヤと思えるほどいる。
私の気持ちの邪魔はさせない。
「ravage time(ズタズタにしてあげる)」
────と彼女が無情な囁きをすると共に、左腕が暴力的に振るわれた。
処刑台のギロチンの如く、重々しいブレードが一体の人形を一切の容赦なく文字通り叩き潰した。
文字通り?
そう、本当に文字通り潰れた。
夏に小汚い音を震わせながら、迷惑にも人の血を吸い取る蚊を叩き潰すように、鎮圧用の人形はあっけなく左腕から振り下ろされた巨大な牙によって潰された。
一方の中から見ていたフォトン達は鉄と鋼の生き物らしさを全く感じない人形の死骸にした、圧倒的な威力にただ圧倒されてしまった。
頭から股までなんの阻害もなく、一直線に潰されて、引きちぎられる。
まるで肉屋で解体される肉の塊のように呆気なく、暴力的に切断される、
「あ」という、自然に漏れ出た声でなんとなく、M4は「力加減を間違えてしまったんだろう」と予測はつく。
地面は抉れて、クレーターができる。
そのクレーターに溜まる、血も涙も流さない機械的な鎮圧人形の死骸がとても出来の悪い、トマトスープに見えた。
潰されなかった、鎮圧用の人形の持つスタンバトンがM4の体に叩きつけられる。
「……?」
あの電流を喰らったら、人形ですら止まってしまう…
まあ、その、"普通の人形"なら。
だか、このM4A1は普通の人形ではない、最大出力の5万ボルト以上の電流を流されても何一つ感じてないように平然とした表情で標的を切り替えた。
「……なにそれ?」
M4は人形の抵抗を鼻で笑い。スタンバトンを取り上げた動作で人形の腕を引きちぎる。
無防備な鎮圧人形にハイキックを繰り出した。
足につけていたブレードは今はまだ上に折り畳まれているので切り裂かれることは無かった。
「さわんじゃない!!」
だが、その人形の身体は原型は留めているもののペシャンコに潰れてしまった。
残り2体。
「よくやるわね。暇なの?人の足を引っ張るのが好きなタイプ?」
両手首に備え付けられたブレードの数が扇子を広げるように3枚に増えた。
「細切れになれ!!」
それを大ぶりで振るう。
どう考えても、ブレードは人形に届いていなかった。
しかし、ブレードが降り終わった頃には裂傷のよう傷跡が人形には出来ており、その跡に従うようにバラバラに崩れていった。
「あらあら……ゴミ拾いもしないなんて……」
警察とM4の戦いは本当に蹂躙という展開で、圧倒的な勝利に変わった。
「拾わないなら、もらってもいいよね?」
掠れるような金属音を立てながら、プールに溜まった人形の死骸から脊髄らしきパーツを拾い上げる。
満足げに笑う、M4の姿を見て、AR-15はとても嫌な予感がした。
「終わったわ」
シャッターを完全に開いたM4が「もう大丈夫」とサインを出した。
もう、自分たちにちょっかいを掛けるものはいない。それは、静けさを取り戻した夜が証明していた。
「UMP45、車に細工は?」
「なし、発信機もないわ」
M4達は工場に突入する際に使用した車を見つける。M4と工作員達は車に仕掛けられた爆弾がないか慎重にチェックした。
404小隊やアリージェンス達は発信機などの小物がないかチェックした。
「全員乗った!」
「OK、私は空からいく」
「空!?」
「今気にすることではないわよ、車は動く?」
「待ってろ……動いた!」
異常がない事を確認して、怪我人達を車に入れる。
そして、取られたスペース分は車の上に乗せて、ユーリ達のチームリーダーがエンジンを動かして作動を確認した。
「よし、じゃあセーフハウスまで行きましょう」
車を走らせて、30分。
M4A1が指定した座標に到着した。
そこにあったのはちょっとしたモーテルだった。
M4A1は空から行くと言っていたが、本当にM4は空を飛んで自分たちと並走していた。
「"ブルー0-1"よ!中に入るわ!」
インターホンを押して、自分のコールサインらしきものを喋ると門が開いた。
「クライアント……か?」
「ええ」
「驚いた、娘から聞いたが本当にそんな姿になっているとは」
中には巡回していたQBZ-191が待っていた。
「こちらだ!」
そして、モーテルのガラス戸が開き、"今のM4"よく似た容姿をしたクリアブルーの髪色を少女が出迎えした。
「待っていたぞ。母上!」
「エンペラー!用意は!?」
「してある!こっちだ!人数分のベッドと機材は確保している!」
娘と名乗る"エンペラー"がモーテルの中に負傷者達を引き入れる。
中にはベッドや医療器具、手術用途に使う道具が大量に並べられていた。
「完璧ね!さすが私の子供!」
「娘!?母上!?彼女は誰!?」
中身を見て、満足なM4A1。これで全員助かる。
UMP9はその時の会話でM4を母と呼び、M4が娘と呼ぶエンペラーの事が気になってしまった。
「後にして!今は一刻を争うわ!」
M4は医療の心得がある工作員や人形以外を外に出して、巡回させてしまった。
治療活動に集中するためだ。
負傷者や大破した人形達の緊急処置を進めて、3時間……M4A1が治療に使っていた部屋から出てきた。
チームリーダーとマハリアンがM4の元に駆け寄る。
「終わったわ」
「メンバーは?」
「ぐ、グリフィンのみなさんも……」
「人も人形もみんな大丈夫、峠は越えた。フフ、急いだかいあったわ」
M4A1が破壊を洗濯用のボックスの中に入れて親指を立てた。
それをみた2人はほっと深呼吸した。
「それで、しばらくお預けにされた事なんだけど……」
「母上、あとはロボットアームの自動治療で大丈夫だ」
治療室からスタッフと一緒に"エンペラー"が出てきて、改めて安心できる報告をM4A1に入れた。
「やるじゃない、前より腕が上がったわね」
「優秀な親がいたからだ」
「忙しいなか悪いんだけど、M4」
治療の経過をしている2人の会話にUMP45が割り込んだ。
どうしても、知りたいことがある。
「何かしら?質問?」
「そうだよ、そいつのこと」
UMP45はエンペラーに指差す。
「M4A1、あなたを母と呼ぶ……あなたに似ている人形はなんなの?」