「私が先導する。着いてきて、ハイエロファントは後方警戒」「了解、尻は私が守ろう」
先頭はもちろんM4だった。あの性能なら異論はないし、むしろ任せたい方だ。
娘のエンペラーは最後尾に立ち、ライフルを構えてを背後を警戒する。
「クリア!」
「それどころかもぬけの空じゃない」
工場の中は完全に無人化されており、人間は1人もいない。
第三次世界大戦が終わった後、あまりにも損をした人を補うため、こうして無人化された工場が数多く作られている。
「薬品臭い」
「……私にも臭う」
エンペラーがベルトコンベアのフロアに着いた時、そう言った。
自分たちは何も匂いを感じないけど、M4も同感らしくコクリと頷いた。
「それと血の匂いも感じる。ここで殺人があった……いえ、処刑かしら?」
人形でも、匂いを感じ取れる個体は限られている。
しかも、血の匂いもを正確に感じ取った、完全に人間以上の互換を持っていると良いかもしれない。
フォトンはモリドーを睨む。
「さぁ……?私以外の誰かがやったんじゃないですか?」
「M4、モリドーは嘘をついてそうか?」
「……いいえ。嘘は感じない、多分本当に知らないんでしょう。どっかの誰かがこの事態を予想して手を下したんじゃない?多分、用済みってことで」
使えるやつを畑から取っていって、邪魔になったら捨てるか、そして証拠の隠滅は完璧だ。
「みんな注意して、敵部隊がやってきてる。多分、こっちが入ったのに気づいたんでしょう」
ダンデライオンが敵に気づいたらしい、監視カメラか何かでこっちを見ていたのだろうか。
「ダンデライオン、数は?」
「ストレンツィが20とロデレロが5、そして後ろにドッペルゾルドナーが2」
「ええ、近づいてきた」
M4も敵を察知した。おそらく、足音か透視で敵の種類を判別したんだろう。
パラデウス兵は既に迎撃の準備を整えていたらしい。
歩兵のストレンツィが20体、レーザー攻撃のロデレロが5体、ドッペルゾルドナー2体でお出ましらしい。
「全員戦闘準備。幸い障害物が多い、待ち伏せできるように陣取るんだ」
「M4から提案。私とエンペラーがあの壁を壊して奇襲してできるけど、どうする?」
迎撃部隊に思いもよらぬ先手か、面白いやり方だ。
やらせてみよう。
「やれ、お前達の馬鹿力で相手をびびらせてやろう」
「馬鹿力ね。わかったわ」
「
M4が"URG-I"をエンペラーがライフルを構えて、ゲートより少し隣の壁を狙う。
おそらく敵が来るのを待っているんだろう。
「来たわね」
そう言ってM4はセミオートで1発撃つと、分厚い壁が砂の城のように吹き飛んだ。そして、エンペラーが追い討ちで3発発砲。
そして壁越しにゲートに向かって走っていたであろう、ストレンツィやレーザーで障害物を破壊する役割を持ったロデレロの壁越しに炎と雷が混ざった旋風で焼き尽くされ、半分以上が倒れた。
「今だ!撃ちまくれ!」
指揮官フォトンの号令で、他の人形たちも一斉に銃弾を吹き飛ばされた壁に跡に叩きこむ。
自分でもこの声は凄まじいほど正確だったと思う。
エンペラーは即座に後ろに銃口を戻し、背後を警戒した。
反撃しようとして外に出ようとしたストレンツィは姿を晒した直後、蜂の巣になる。
M4に一斉射撃を開始するためレーザーを向けた、生き残りのロデレロの攻撃はM4が特に回避せず受け止め、そのレーザーは全て弾かれた。
「ほ、本当にレーザー弾いてる!?」
戦闘を見ていなかった、UMP9やG11は報告だけしか聞いていなかったレーザーを弾くM4の姿を見て目を丸くしていた。
「お返しよ」
そうしている間に、M4A1が左右に分散しているロデレロ 2体に向かって、それぞれ1発銃弾を放つ。
お返し、と言うにはあまりにも過剰でロデレロの後ろにあった機械ごと、蒼く、燃やし尽くした。
「早い……」
AR-15の言葉は的確だった。
30秒もしないで、ロデレロとストレンツィは全員、血の海か、炎に沈んだ。あっという間の戦闘だ。
人間相手では殺さないように気を遣ってたから手間をかけていたけど、その制約に引っかからないパラデウスなら圧倒的な実力わ惜しげもなく披露できると言うわけか。
「まだ終わってないわよ!残すは大物、ね!」
残すは大物ドッペルゾルドナーだ。ストレンツィとロデレロの死骸が邪魔でうまく進めてない。
何とか掻き分けて、射線状に入れた瞬間に、大量の榴弾をM4に向かってばら撒く、そのつもりだろう。
「背後にツイタ、攻撃開始────」
「それは通らん」
おっと……背後からの奇襲もエンペラーが難なく対処してくれた。さすが私の娘、最高すぎる。
「……」
そしてドッペルゾルドナーがモゾモゾと動く。
1発撃つだけでも装甲車が黒焦げになる榴弾を一斉発射出来る限界量、32発を一斉発射するつもりだろう。
それは、明らかにたった1人に向けて撃つ量では無い。
「フッ……」
1秒後にくる爆炎の波の光景を予想して、彼女はほくそ笑む。
「対策できるわ」
ゴオオオッ!と背中の羽根が一瞬だけ蒼く輝く、アレでエネルギーを溜めているんだろうか。
「FairWall」
死骸を掻き分けて、ドッペルゾルドナーから榴弾が発射される、無数に飛び交う榴弾、それが直撃する────そのすぐ直前にM4の目の前に炎の壁が現れる。
榴弾は炎の壁に触れると、たちまちばら撒くための破片は燃やし尽くされ、その後、火薬に炎が触れると、発火して、爆発を引き起こした。
「───────!」
見た通り、32発の2回攻撃は炎の壁に全て遮られた。
炎の壁が消えた瞬間、次弾を装填し、再攻撃を試みるが、既にM4に対してあまりにも悠長だ。
「2度目はないわ」
その言葉と共にM4のURG-Iは文字通りの火を噴いた。
火焔を纏う銃弾は、蒼い光となって発射され────
「爆ぜなさい」
榴弾を放つよりも先に2体のドッペルゾルドナーを纏めて貫いた。貫かれた時に染みついた炎がチロチロと本来放つはずだった、榴弾に燃え移る。
榴弾の火薬が炎に引火し、直後────ちょっとした爆発が2回ほど起きた。
「────うわっ!?」
MCXは爆風で飛んできた破片が運悪く当たりそうだったので慌てた声を上げてしまう。
「片付けたわ、クリアよ」
クリアと言ったM4の手にはさっきの爆発で吹き飛んだパラデウスの兵士の手足と頭の様な残骸が握られている。
「……さて、美味そうには見えないけど、足しにはなるかしら?」
お楽しみと言わんばかりにM4が大きく口を広げて、そのパラデウスの残骸を口に頬張った。
「M4……なにを?」
HK416がパラデウスの死骸を拾い上げるM4を見て、嫌な予感を覚えた。
実際、その予感は当たっていた。
「……うぐ……むぐ……んぐ……!」
「あ、あなたっ────!?」
M4A1はその死骸をバリバリと噛み砕き、飲み込んだ。ゴクゴクと飲み込む音が響いた。
しばらく、味わう様に咀嚼していたが……それが終わるとM4は渋い顔になった。
「……血も肉も腐った味ね。まぁ、死骸を動かす様な奴らに味なんて期待できるわけないか。切羽詰まった時以外は食べたくないわね」
どうやら、M4A1にはお気に召さなかったらしい。
お気に召したら召したで今後の不安が尽きなかったからそれでいいのだろうけど。
「M4……あなた」
「……ああ、言い忘れていたわね。私、他の人形を"食べて"エネルギーの補給ができるの」
「あなた方にはまだ、その文化がなかったか。それは……」
エンペラーはこちらを慮るような表情をしていた。
まさか、M4だけではなく、"娘達"も同じような人形の捕食ができるのか。
「……エネルギーが足りなくなったら私達もアンタらに食われる?」
「君たちが望まなければしない、仲間の命を好んで食べるのは獣にも劣る」
震えながら尋ねるAR-15の問いにエンペラーは真面目な表情とトーンで被りを振る。
「(そうだとも……私はあの醜い"姉上ども"とは違うんだ……)」
エンペラーは誰にも悟られないよう心の中で呟いた。
「悪かった、次からは控えるわ。……酷い味だし」
M4が血だらけの手から握られていたロデレロの破片を放り捨てる。正直、死骸を食べる方が正気を疑う。
「次、行きましょう」
M4を先導にして工場内の先を進んでいく、おそらくこのもう少し先にモリドーが吐いた重要なものがあるらしい。
「バケモノめ……パラデウスの兵を喰らっているですって?」
その一部始終を見ていた、グレイは苛立ちを含んだ声でM4に見ていた。
「E.L.I.Dが人を喰うと言う話は聞いていました。とはいえ、人形や死骸を食らう人形がいるなんて私も思いもよりませんでしたよ?」
やや、物珍し気味にM4に対する所感を述べるRPK-16。
彼女は内心ではどうだろうか?食われることを怯えるか、それとも……。
「話が全然違うじゃない。どういうこと?」
「さぁ?何かあったんじゃないですか?」
RPK-16は「私に聞かれても」と言う態度で肩をすくめた。
その態度がさらにグレイの苛立ちを強くする。
「どうするんです?」
ため息を吐くグレイ、次の作戦は考えてある。
「別に全員を相手する必要はないわ。1人ずつ仕留めていけばいいのよ」
────
───
「起きろ」
一方、そのころ一度乗り込んだ洋館の所で分裂したもう1人のエンペラーが軽く、車で寝ているライトの肩をゆすった。
「ライト君、到着だ」
「……あ、もう?」
エンペラーは頷く。
見回すと本当に洋館の近くに来ていた。
「ここからは徒歩で行く、パラデウスが戻っているかもしれないからステルス重視だ」
「分かりました」
洋館に向かい、警備が厳重。
それをステルスで通り抜ける。
「あれ?人の声がしますね」
「ウム、私にも聞こえたよ」
騒ぎ声が聞こえる。
何者か来たのかとエンペラー達は不審に思う。
「はっ、離せよ!」
「────バカなことな突っ込むな!民間人の記者まで入れようとしやがって!」
「え?J先輩?」
茂みに隠れたまま驚いているライト、エンペラーは声の主人を探る。
「これ以上は近づかないな……ならばだ、ライト君これを使え」
「……良いもの持ってますね」
ライトに手渡したのはスポッタースコープ。しかも、これは遠くの音声まで拾えるタイプだ。
彼が同じような機能を持つものを見た時、その価格が年収を超える品物だということを覚えている。
「信じられるかよ!みんな、みんな死んじまったのか!?あのライトのボウズも!」
「え────」
「よもや……」
スコープから聞こえたのはライトが死んだ扱いにされていたという事実だった。
いや、事実だと言われてもライトはこうして生きているし、なんならその会話を今聞いている。
「エンペラーさん、僕……行かないと」
「はぁ…ライト君。よく考えろ」
自分はまだ生きている。その事実を伝えようと飛び出すライトをエンペラーが掴んで止める。
「なぜ、彼らは君が死んだとハッキリ話している?そんなの君が生きていたら困ることが君の組織で起きている。そういうことでないのか?」
エンペラーの言葉にライトは咄嗟で返せる言葉が思いつかなかった。
覚悟していたはずなのに、シュタージという組織から切られたという事実に強いショックを感じていた。
「でも僕はどうすれば……」
「いいか、寧ろこれは利用できることなんだ。君が死んだ、という事実は」
エンペラーは続ける。
「君が何をしようとも君は組織から疑われない。君の家族にも危険は及ばない、君は組織に縛られずに自分の正義を行使できる……そうだろう?」
「……え、いや……でも、そんなこと、考えもしなかったな」
よくそんなことを思いつけるのか、酷いことは言われているのに寧ろ関心を覚えてしまう。
「若者よ、今のうちにもっと学べ。だが、調子乗って堂々とするわけにもいかない。……というわけで、だ」
────
───
「ほう!2060年代も服のセンスはこれほど良いのか!見ろ!ライト君!綺麗な緑色だろう?」
「そ、そうですねー、あはは……」
洋館から気が付かれず撤退した2人が向かったのはまさかの高級ブティック。
ブティックでエンペラーは宝探しをする様に服を選んでいた。
まさか、彼女に助けられてすぐエスコートを始めさせられるとは思わなかってたし、しかもそのエスコート先がブティックである事もライトも想像していなかった。
「ふうむ……高級店はさすがだ。ミニスカートの模様の出来もいい色づかいだ。いや、この落ち着いたロングスカートも……しかし、上着の色合いのマッチを考えると、この色のズボンの方がいいのか?なあ、ライト君どれがいいと思う?」
自分を助けた"エンペラー"という、蒼色の髪を靡かせる少女はブティックの服をどれが1番合うのかと嬉々とした表情を浮かべながら物色していた。
「ぼ、ぼくはこういうのは専門外で、服はなんて、何でもいいんじゃないですか?」
いや、自分はあんまり服の趣味はわからない。
実は自分が今着ている服だって、姉に選んで買ってもらったという何とも言えない事情がある。
「……それではほかの女性をエスコートするときに言ったら怒られるぞ?いや、怒られるならまだしも、殺されるだろう」
「あ、あはは…そ、ソウデスネー…」
こうやって乾いた笑いを浮かべたけど、本当にその経験がある自分からしたら洒落にならない言葉だ。
その理由は、前にエンペラーと同じように姉に連れ回されたときに今と同じように答えて、鋭いビンタを浴びせられた経験があり、あの時は、一時あの世にいる両親と再開しかけた。
「まぁいい。君ではなく店員に見てもらったほうがいいな?……少し待っていろ」
エンペラーは適当に選んだ服を試着室で着替えて、店員に所感を求めた。
コットシャツの上にベージュの上着を着て、下はグレーと白のロングスカートを履いている。
「……!」
正直、服のセンスがない自分でもよく似合っている思った。
店員も、服のセンスを飾りの言葉なしに"似合っている"と褒めている。
「いい反応をしてくれたな!なら、これにしよう。支払いの単価は?」
「ユーロです」
「まだユーロか。ふむ、これでいいか?」
エンペラーは自分の間違いがない事を確認すると懐からユーロの札束を取り出した。
「札束は入りませんよ……い、一枚で十分ですよ?」
「そうだったか……では、店員さん支払いを」
「(……寿命が縮みそうだ)」
貴族じみた発言といい、エンペラーは随分金持ちの人らしい。彼女は札束から一枚のユーロ札を引き抜き会計を済ませる。
「付き合ってくれて、ありがとうライト君。そうだ!飲み物を奢ろう。なにがいい?」
「自分は……」
ブティックから出て、エンペラーは飲み物はいるか?と聞いてきた。いらないと、言いかけて自分の喉がカラカラだった事を思い出す。
「そうですね。あの露店で売ってる炭酸マテを」
「なら、私もそれにしよう」
自分が指差した先に出店している店から、炭酸マテを2本買って、公園で蓋を開ける。
「「乾杯」」
「……む!美味いな!マテ茶の炭酸は不思議な味がすると思ったが、これもいい!」
エンペラーは炭酸マテの味を"美味い"と表現した。
自分の住んでいる町の飲み物が美味いと言われて悪い気はしない。
「ここではこんなものですよ。エンペラーさんは前にも飲んだことがあるんですか?」
「ああ、アルムーン地方……こっちではアフリカだったかな、そこでな」
アフリカに行ったことがあるのか。
そういえば、アフリカは今でもPMCが統治しているとどうとか、と聞いたことがある。
なるほど、なら彼女はPMCの人なのかもしれない。
「そうだ。言い忘れていたんだが、君が驚いている間、スコープであちこち声を拾ったら近いうちにこの周りはすごい操作網を敷くことになったらしい。彼らは何を隠すか……何なのだろうな」
「……そうですか」
「意外だよ。君のことだからもっと驚くと思ってた」
エンペラーは意外そうだけど、シュタージの秘密主義なんていつものことだ。
「よくあることなんで、J先輩が不用意な近づき方はやめろって」
「良い教えだ。しかし、J…か。いや、まさかな」
エンペラーが顎を刺さって唸る。
「ええ、あなたの思ったとおりですよ。お恥ずかしいことにあの同僚に押さえつけられた人がJ先輩です」
「彼のことが心配かね?」
「いえ?先輩、そういうミス結構するので」
「……大変な先輩だな」
エンペラーは憐れみの目を向けてくる。
よほど周りに迷惑をかけたんだろう。どうしてか、捕まえた人間の苦労もアリアリと浮かぶ、
でも、J先輩がわざわざ洋館に入った理由は多分、自分を探しにきたという事で、それで捕まった。
という事は自分はシュタージに死んだか、いない人間扱いされているのかも知れない。
「なら、私のエスコートも続けてくれてもいいんじゃないか?」
勘弁してほしい。彼女、人混みに溶け込むのは上手なのに、ふとした事で常識外れの事を常識のように行動するからこっちの心臓がなんかあっても足りないのだ。
「お腹の引かないので、連れ回すのは程々にお願いします」
「善処しよう」
それは善処しない人間の言うセリフだ。
「……あなたね。まぁ、いいですよ。それで?次は僕をどこに連れ回します?もしかして、シュタージ本部とか言わな────」
「兄貴!?どうしたんだよ!?さっきまで元気だったじゃねえか!」
公園を出て、車に帰ろうした時……路地裏から騒ぎ声が聞こえた。
「うん?ドイツでは裏路地でのたうち回る行為が流行っているのか?」
「流行りませんよ!アレは放射線障害で苦しむ難民です。おそらく、E.L.I.Dが進行しているんでしょう」
「E.L.I.D……ああ、母上が語っていた、放射線病か」
常識外れな言動が多いエンペラーもE.L.I.D病の事は知っているらしい。
「なぁ!兄貴っ…うわっ!?」
「……」
苦しむ難民の姿を観察していたエンペラーが、自分を守るように前に立った。
次の瞬間、仲間の難民の1人が投げ飛ばされ、自分達の元に飛んできた。
エンペラーは難なく、その難民をキャッチしてみせた。
「……大丈夫か?」
「ぐるる……!」
エンペラーが難民を降ろす。
彼女は依然と凶暴化した方の難民から視線を外さない。
「スンマセン……さっきまでは、ガラテアグループの研究員の人がやってくれた注射で元気になっていたっす!」
「ぐるるる……!」
「あれは些か元気の度が過ぎていると思うが……」
「そうなんだ!いきなり暴れ出したんだ!」
「グオオオオオオッ!」
凶暴化した難民が飛びかかる。人間のE.L.I.D感染者は緩慢だと聞いたが、そうではなかった。
「兄貴っ!?どうした!どうしちまったんだよ!?」
「待って……あれは?」
仲間の1人が呼びかけても正気には戻らない。寧ろ、獲物を呼びかけるこちらに変えてきた。
「下がれ」
声は聞こえているだろうがショックで何もできない。
凶暴化した牙は今にも肩を砕きそうで、
「うっ!?」
────噛み砕かれそうになった。
その前に左の脇腹から、鈍い衝撃が来た。蹴りという乱暴なやり方で自分の命は助かった。
「────あなたね!」
「────だから、下がれと言った。もうあの男の仲間は怪物だ。言葉はもう、届かない」
襲われた方向を見ると、凶暴化した難民はぐるりと首を回して、こちらに向かって唸り声を上げている。
「
「グオオオオオオッ!」
「ライト君、ああなってしまっては"処理"するしかないんだろう?」
エンペラーはいつ間にか持っていた300ブラックアウト仕様のライフルを向けている。
「どうなんだ!」
「……はい」
彼女の言う通り、手遅れになってしまったら"処理"するしかない。
「やめろっ!やめてくれっ!さっきまで元気だったんだ!これも兄貴の腹のいどころが悪いだけで」
仲間の1人がエンペラーに縋る。
だが、銃口は下ろさないし、凶暴化した難民も元には戻らない。
「────こうしてしまったら、腹の居どころが悪いで済まない」
男はエンペラーの腕に思い切り噛みつこうとした。
だが、2人に見えない位置で展開した液体金属を硬化した壁に阻まれている。
「可能性があると思って縋りたいのは分かるよ。だが、その可能性はない。お前もわかっているだろう?」
エンペラーは蹴り飛ばし、距離を開かせる。
「グオオオオオオッ!」
「────シッ!」
再び、襲い掛かる腕と牙。
今度はエンペラーに向かって襲い掛かるが、彼女に再び蹴り返され、壁に激突する。
「お前にもう中身がないのは分かっている、君の意志でこれをしたわけでもないのを……だから、せめて────一撃で終わらせる。苦しまず、逝け」
「やめっ────」
止めるより先に引き金が引き絞られる。
「ガッ……!?」
銃声が響き、弾丸は頭に当たり、
糸が切れたように動かなくなった。
「すまない、こうする事しかできなかった」
エンペラーが死体になった男にさっき買った上着を脱ぐと、死体の瞼を指で閉じさせ、上着を布代わりにして、被せる。
こうするしかない。みんな心の中でわかっていた事だ。
「本当にこうするしかなかったのかよ……!」
「……彼の命無くなって、別のものに変わっていた。だが、人間ではなかったとはいえトドメを刺したのは私だ。私を恨め」
「ちくしょう!ちくしょう…!」
事実をエンペラーは淡々と語る。
でも、その声は心なしか、少し覇気が無かった。
「離れましょう、警察がくる」
「……ああ、処理は彼らに任せよう」
銃声の音を聞きつけたのか警察のサイレン音が聞こえる。
「大丈夫か?」
「まあ……なんとか。僕たちがもっと早くきていれば、もう少しマシな事が出来たのでしょうか?」
警察が到着するよりも前に自分達は路地を離れた。
おそらく自分は死んだ身。
状況はよりややこしくなると判断しての行動だ。
「難しいな。もっと早くにここにきていたら、私たちは彼らに会う前に離れていた。そして、彼らは」
襲われていた。
それは分かっていた事だ。初めて、体験する事だったけど。
それを彼女にやらせてしまったことも自分は気にしていた。
「ええ。分かっています。すみません、エスコートする筈なのに愚痴を言ってしまって……本来なら僕がやるはずだったのに」
「誰がやる、やらないの話じゃない。できる、できないの話だ。君が気にするな。そすて彼は気になる事を言わなかったか?」
気になること?難民は気になることを言ったんだろうか?
「すみません。今回の事で会話はあまり、覚えてなくて」
「……まぁ、当然か。彼らはこう言ったんだ"ガラテアグループの職員が、打ってくれた注射で元気になった"と」
そうか、エンペラーに助けられた時、確かにそう言っていた気がする。
「あれは、本当に元気にする治療薬だったのだろうか?」
「……何が言いたいんです?」
分かり切っているはずの答えをわざと、質問してしまう。
これから何が起きるのか覚悟できるようにするために
「私はガラテアグループが気になる、調べてみたい。次のエスコート先はそこにしよう」
────
───
「……」
コーラップス液の影響で緑色の荒野と化した大地で一体の人形が斜めに崩れた岩盤に寝転がりながら、酒瓶を煽っていた。
「ぐぉおおお……」
酒の匂いに誘われたのか、顔が溶けたE.L.I.Dが人形のところに近づいてきた。
「……うるさ」
人形は酒の影響で耳鳴りがする頭を押さえて、銃を拾い上げる。
片手間で殺すか、そう思いながら銃を握った時だった。
「……誰だよ、こっちは取り込み中だぞ?」
彼女の手元にあった携帯から電話が鳴った。
誰からだ?誰であっても適当にはぐらかすが。
<お取り込み中、失礼致します。叔母様>
電話をとったとき、聞こえたのは彼女の想像を超える人物だった。
「おぉ!その声って"エンプレス"か?」
<忙しいようですね。お酒の匂いがしますよ?>
「お、お前っどうやって気付いたんだっ!?」
慌てながら、叔母と呼ばれた人形は酒を片付け始める。
<やはり飲んでおられましたか……>
「こ、この野郎……」
してやられた、人形は項垂れた。
待て、エンプレスは私たちがこの世界に来ているのを知っていた?
「私がここにいるのを承知で電話してきたってことは面倒方なんだな」
<はい。"M16A1"叔母様、今回は少々面倒な事態の案件のため連絡させて頂きました>
「ぐうぅ……!」
死角から、肉を喰らわんとE.L.I.Dが人形に襲いかかる。
このままでは喰らわれる……次の瞬間──── 発砲音と共にE.L.I.Dが砕けちった。
<お時間のほどは?>
「出来たよ」
E.L.I.Dを砕いたブラックライフルを握り、白い髪を靡かせながら、M16A1が立ち上がった。