「指揮官様。此方が、本日の後方支援で回収した資材です。確認お願いします」
「ああ。ありがとう、カリーナ」
指揮官であるユーリが後方支援で手に入った物資のリストをカリーナから受けとる。
「こういう任務ばっかりなら、人形たちも楽でいいんですけどね……」
「ああ……本当に」
本来はグリフィンの仕事はこういうものだ。
AR小隊の仕事が過酷なのと、今の情勢が鉄血で荒れているだけだ。
「カリーナ。M4はどうだった?」
「M4さん?いつもどおりでしたよ、どうかしたんですか?」
「いや……それならよかったんだ」
前回の潜入任務以降、M4A1はユーリを意図的に避けているようだった。
潜入任務で自分たちが起こしたことは洗いざらいクルーガーに報告したが、その件で特にクルーガーは気にしているように見えなかった。
それよりも、”スレイヴ・モジュール”で改造された人形や、その改造した人形を素手で叩きのめして、M4A1の潜在能力をクルーガーは注目していた。
「(問題があるのは……俺なんだな)」
人形たちがワイワイ言っている、自分の基地を眺める。
「あ、そうだ!指揮官さま。今日で、初任給の日でしたわね」
カレンダーを見る。
気が付かなかった、本当に初任給の日だった。
「思えば本当に濃い一月でしたね……」
「ああ、出費ばかりで本当にここが大企業か疑ってたよ」
給与明細を確認する。
案の定、AR小隊を探した時の支出は自己負担扱いで、補填はされていなかった。
仕方ない、これも”あの方”のためだ。
M4A1にも給料は入っているんだろうか?
M4A1は……
生きていたことを後悔させてやる……!!お前達は……生まれることすら間違って────
「……っ」
M4A1のことを考えた途端、頭痛に襲われて、あの時の潜入任務で執拗に拳でイントゥルーダーを殴り倒していた光景がフラッシュバックする。
「あ、あの……指揮官様……お疲れですか?」
「大丈夫……」
ユーリは心配そうにのぞき込むカリーナに心配ないとジェスチャーを送った。
こういう事は、初めてじゃない。
人形が誰かを殴った時に……自分の思い出しくない過去が無理やり思い出されてしまうことがあるのだ。
だからあの時、M4A1が殴った光景を見た瞬間……ユーリは自分の過去が重なった。
────潰れろ!潰れろ!!……はあ、はあっ……大丈夫?パパさん?
────ああ、大丈夫だ。
────よかった。もう、平気なのね。
あの時……もう、あのフラッシュバックは克服したはずなのに……どうして?
「(まだ、大丈夫じゃなかったのか)」
ユーリは窓の外を眺めていたが、見えていた光景は外の光景ではなく……
……はあ……はあ……!
……おーい!おーい!!……さーん!どこですかー?
……く……!
……あなたの可愛い娘が探してますよお?もーいいーかーい?
昔の戦術人形に植え付けられたトラウマだった
……
…
殴る。
敵の鼻を殴る、鼻から血が流れる。
殴る。
敵の口を殴る、歯が欠けて、欠けた穴から血が流れる。
殴る。
敵の頬を殴る、皮膚が裂けて血が出る。
生暖かい、気持ちがいい、もっと壊したい。
殴れば、殴るほど自分は沈むような快楽を覚える。
ずっと、ずっと殴り続けて居たい……そう思って、拳を握った……その瞬間────
────やめろ……やめてくれ!!
誰かが、必死に訴えるように叫んだ声を聴き、その手が止まる。
ハッとして、赤くなった両手を見つめる。
私、どうして……こんなことを?
どうして、私こんなことして……楽しいって思ってるの?
────ちゃん……
殴られた女の血が反射して、私の姿を映した……映した、はずだった。
でも、映された私の身体は人の皮を引きはがしたような、醜悪な見た目になっていて……
私……本当の私は、一体どうなって……
「お姉ちゃん……お姉ちゃん!!……M4!!」
「あだっ?!」
後頭部に強い衝撃が入り、M4A1の暗転した視界がもとに戻る。
「あ!やっと戻ったよ!みんな!」
M4ASOPMODⅡに頭を叩かれて、ハッとM4A1は我に返る。
「え……どうしたの?私、何かした?」
STAR-15が首を振った。
「何もしてないから叩かれたのよ。あなたが一人でぼーっとしてたの気づいてた?」
「……そっか」
よく見ると、STAR-15やM4SOPMODⅡの他にM16A1やJS9も心配そうにこっちを見つめていた。
「ここのところずっとそんな調子よ?今は大丈夫だけど、仕事中でもそんな呆け方をされたら私たちが困るのよ」
「そうなったら、いよいよ”RO”に隊長を譲るときがきたってことね」
STAR-15の警告にM4A1は”RO”という人形の名前を出して、冗談で誤魔化そうとする。
”RO”という名前を聞いて、AR小隊は凍り付く。
だが、”RO”という人形を知らないJS9達は何が何だか分からない。
「えーっと、M16さん、”RO”って何ですか?」
「”RO”……戦術人形”RO635”。M4A1とは別に、指揮能力をもつ戦術人形だ」
JS9の質問にM16A1はため息をつきながら答える。
「さすが、I.O.Pですね!」
「ああ。あいつが人格破綻者であることを除けばな」
どこか、RO635という人形はAR小隊には微妙な扱われ方をしているようだった。
「えー……?人格破綻者、あなた達が言いますか?」
「JS9、それはまずいですって」
JS9は
64式短機関銃はJS9の怠慢に近い行動を見て焦って注意する。
M4A1は困ったように笑う。
確かに、AR小隊は人格的に問題がある人形だらけだ。
上司にすら、つかみかかるM16A1。
命令違反の常習犯STAR-15。
人形を解体して、要はバラバラにしてコレクションに並べているという、M4SOPMODⅡ。
そして、唯一内心まともだと思っていた私こと、M4A1はキレたら止まらない暴力マシンと来た。
だが、そんな問題児でも問題児と思うのが”RO635”だ。
「RO635って、どうマズいんですか?」
「AR小隊のM4A1を守り抜くっていう、人形でも存在意義に近い中枢命令を無視して、M4A1を犠牲にするプランを考える人形よ」
「わーお……」
「素敵ですね」
SV-98とJS9は顔を見合わせて「ヤバいな」と首を傾げた。
「私としては、別に構わないんだけどね……生き残るだけの価値をペルシカさんに教えて貰えてない私にとってはね」
これまた、M4A1から凄い問題発言が出た。
本当にM4A1は半ばヤケになっているらしい。
こうなったもの、前のユーリと行った秘密の任務から帰ってきた後からだった。
たまたま知ってはいけない事実とか、グリフィンの後ろ暗い秘密を知って、自分の信念が揺らいでしまったとかだろうか?
どれだけ想像を並べたとはいえ……その原因を知っているのは、口止めされているM4A1か指揮官のユーリだけだ。
心配したAR小隊も作戦中に何があったか聞きだそうとしたが、
M4A1は「言えない」の一点張りで、おまけにどこからか聞きつけたヘリアンから直接「探るな」と忠告された。
そこまでされたら人形である、AR小隊も引き下がるしかない。
ただ、ヘリアンさんの「深刻な事態ではない」という言葉を信じるしかないのだ。
「……ぼーっとしてたことについては、もういいわ。それよりも模擬戦の準備は大丈夫?」
「ええ、大丈夫」
「ならよかったわ、上に振り回されている現状も分かってなかったら困るもの」
今後の脅威に備えて、グリフィン同士の人形で戦う新しい模擬戦闘が行われることが決まった。
ただ新しい模擬戦闘の目的は、鉄血ではなく鉄血以外の戦術人形との戦いを想定している。
「しっかし、第三勢力かあ」
M4SOPMODⅡが指示された模擬戦のメールを開く。
メールには模擬戦が始まった原因である”スレイヴ・モジュール”のことがかかれていた。
「”スレイヴ・モジュール”でしょ?闇に流れた人形を安価に改造して、手軽に強くなった人形が今後鉄血と同じレベルの脅威になるだっけ?」
「そして破損したダミーにも使えると来た、グリフィンは今まで以上に物資の管理が厳しくなるな」
STAR-15やM16A1はちょっと面倒な相手が増えたような感覚で喋っているが、オークションでの血祭りを直接見てしまったM4A1にはとても危機感を持っているように見えなかった。
「あ、対戦相手の情報が来ました」
「模擬戦の相手は誰なの?FN?」
「……うーん?違うっぽいですよ」
JS9が今回の対戦相手のメールが来たことを報告し、そのメールをM4A1に見せてくれた。
メールに書かれていた対戦相手は、”グリフィンの新カテゴリー人形”と書かれていた。
「新カテゴリー……ショットガン?」
「ついにグリフィンもバカになったの?」
M4SOPMODⅡは確かに失礼な発言を無意識でよく言うが、それでもこの発言は納得してしまった。
ショットガンというのは、一つの大きい弾丸に大量の小さい弾丸を詰め込んで大量に飛ばす銃火器だ。
大きい弾丸を使用するので、当然装填できる数は少なくなる。
鉄血の戦い方は第三次世界大戦で見せつけた生産力にモノに言わせた集団戦だ。
数で大きく差を開けられているグリフィンが鉄血と対等に戦えているのは、グリフィンの人形が鉄血よりも高い能力でアウトレンジで一方的に攻撃をしてあらかじめ数を減らせるからだ。
ライフルや積極的に戦闘を想定しないハンドガンなら許容範囲だが……ライフルのような射程がないショットガンでは物量に押し切られるのは目に見えている。
さらに、ショットガンの弾丸は基本、小さい弾丸をたくさん飛ばして広範囲にばら撒く。
だから普通の銃火器と比べて、ばら撒かれる弾丸の威力も小さくなる。
生き物相手なら、その小さい弾丸でも致命傷だ。
だけど、戦術人形の硬さは生き物の基本的硬さを上回る。
ボディアーマーなんて着られたらそれこそ、ショットガンで戦う側は散らばる小さい弾丸を少しでも多く当てるために接近戦をしないと厳しい戦いを強いられている。
そして、目下の相手は鉄血、そして”スレイヴ・モジュール”を付けられた人形。
どっちも戦術人形、この時期に採用される基軸の人形ではない。
「本当にグリフィンは頭が悪くなったか……あるいは」
「あるいは?……なんです?」
「あるいはショットガン以外になにか、凄いものを装備してるとか」
M4A1は椅子から立ち上がって、紙コップにレモンティーを注いだ。
「いずれにしても、戦うことで分かるはずよ……グリフィンがおバカになったのか、それとも私たちに思いつかない有用性を教えてくれるか……ね」
グリフィン:第三演習室
第三演習室で複数の銃撃音が響き渡る。
「く、くそっ!!なんなのよ、あの人形────」
みんな、みんなやられてしまった。
簡単に倒せる相手だったはず、事前情報通りのノロマな戦術人形なのにいつのまにかもう、自分しか残っていない。
FN小隊のハンドガン人形、Five -seveNはじりじりと近づいてくるゴーグルをつけた戦術人形に5.7ミリの銃弾を発砲する。
「く、喰らえっ!!」
「……」
だが、ボディーアーマーすら貫通すると言われた5.7ミリの弾丸はさえ目の前の戦術人形には虚しく弾かれていくだけだった。
「あんなの、どうやって突破すれば────はっ!?」
目の前の敵から、距離を稼いでいたはずだった。
だが、距離に稼ぐことだけに集中し過ぎてしまった。
いつのまにか、Five-seveNは袋小路に追い込まれていた。
「追いかけっこはお終いです。甘くみすぎましたね?」
「なめるなぁ!!」
悪あがきのように放たれる5.7ミリは目の前の人形に全く通用しておらず、むしろ効かない攻撃を受け止めながら、落ち着き払った表情でショットガンをFive -seveNの胴体の中心に構えると、引き金をひきしぼった。
「────うぐっ!?」
Five-seveNが呻く。
判断が胴体と指示を引き裂き、身体が後ろに押し出された。
「……」
ショットガンの人形が、Five-seveNにゆっくりと近づきながらハンドガードをコッキングして排莢と装填をする。
「────がはっ!?」
再び引き金が引き絞られる、さらに集まった散弾か全身を引き裂く。Five-seveNが嗚咽の入り混じった叫び声をあげる。
もう、2人の距離は数センチしかない。
「コレで終わりです」
ショットガンの人形がハンドガードをコッキングして、銃口をFive-seveNの腹に押し付けた。
「や、やめっ!降参す────」
「……」
コレが何を意味をするのか、Five-seveNにはわかり切っていた。
だから、必死に彼女は叫びそれを止めるように願った。
「さっき言ったことは悪かったから、それだけやめ────」
「お断りです」
だが、その懇願をショットガンの人形は無視して、腹に押し付けた散弾を全てFive-seveNに叩きつけた。
<訓練終了。勝者、ケルテックKSG>
無機質な終了の合図を聴いて、自分は戦いに勝ったのだと理解する。
<小隊は、次の模擬戦闘まで待機せよ>
KSGはフードを上げ、タブレットを触り次の相手を確認する。
次で最後だ。
ここでも、勝てれば自分はグリフィンの人形全てに勝利したと言える。
タブレットには、"次の対戦相手:AR小隊M4A1"と書かれていた。
グリフィン:指揮官執務室前
ドアの前にユーリ・フレーヴェン指揮官と書かれたプレートが張られている。
模擬戦をする前に、少しだけでもユーリと話をしたいと思ってAR小隊達と別れた後にこの部屋に前に着いた。
どうやら、留守らしい。
……時計を見る。
まだ、模擬戦までに時間がある。
軽くドアに手をかける、この執務室実はロックされていない……といより、ロックの機能がない。
「(新人の人とはいえ、雑に扱いすぎじゃないの?)」
ドアの裏側にいる指揮官に聞こえたらかわいそうなので心の中で思うことにしながら、M4A1は執務室に入る。
はたして、執務室の中は空、誰もいなかった。
「出かけているのかしら?」
M4A1がぐるりと、執務室の中を見回す。
個人で使っている執務室にしては、まるでオリジナリティがなかった。
家族の写真も、趣味のグッズもない。
ただ、置かれているものだけを使っている……そんな雰囲気を感じた。
「……これは?」
ただ、ひとつオリジナリティを感じるとしたら……
デスクの上で充電をされている携帯電話だろう。
この携帯は、グリフィンで支給されるものとは違うタイプだった。
もし、この携帯の中身を読むことができたら自分の知らないユーリという存在を感じ取れるかもしれない。
M4A1がグリフィンで使っているものとは別の携帯に手を伸ばす。
「……」
こんな事は良くない。
M4A1の道徳が自制しようとしたが、それでも好奇心には勝てず携帯の電源を入れる。
「……なるほど」
流石にユーリもセキュリティを意識しているらしい。
スマートホンには決められた点線をなぞるロックが施されている。
視界を調節し、どのようになぞったか探してみる。
「ダメか……」
ダメだった。
携帯は使用後にアルコールティッシュで拭き取られてるらしく、指紋の後が全く読み取れない。
仕方ない、ここはハッキングでもして────
「なんだ、来ていたんだ。M4A1?」
ギョッとして、M4A1が後ろを振り向くとそこには今部屋に戻ってきたばかりのユーリがこっちに笑顔を向けて話しかけた。
「し、失礼してます」
そっと、M4A1は携帯に触れようとした手を放す。
ユーリはこちらに近づくと一瞬だけ携帯の方を見て、「どうした?」と笑顔で話しかけきた。
「……っ」
ユーリの笑顔はいつもと変わらない。
M4A1は彼の笑顔が好きだった。
……なのに、今は笑顔の裏に「何か隠している」と妄想を浮かべてしまう。
「M4、何か用があってきたんじゃないのか?」
固まるM4A1に向かってユーリはここに来た目的を訪ねる。
カマかけか、それとも単純に私がやっていることに気が付いていないのか……いや、気が付いていないわけがない、だとしたら……信じたいのだろうか?
私が指揮官の情報を抜き取るI.O.Pのスパイではないのか?と
「この前のことなんですけど」
「ああ……こっちのミスで危うく作戦が失敗するところだったのは、申し訳ない、君のお姉さんにも────」
「あ、いえ!そのことは気にしてなくて────」
あんなのは自己責任だ。
そもそも、ユーリの指揮下にいる人形なのに仕事を一方的に断れる権限をもつ、AR小隊の方が問題である。
そうじゃなくて、私が言いたいのは────
「それと、邪魔して悪かった……もう少しで、イントゥルーダーを倒せたかもしれないのに」
「……」
謝罪するユーリの表情に陰りが見えた。
やっぱり、ユーリが自分との間に距離を置こうとした原因はコレだ。
「いえ、謝るのはこっちです。私はあのままではイントゥルーダーに殺される、思って……いえ、違いますね。あなたの止まってほしいって懇願したあなたの言葉に耳を貸そうとしなかった」
そうだ。自分がイントゥルーダーを何度も痛めつけていたのは、生き残りたいという本能ではない。
ただ、自分は指揮官に、ユーリに自分の力を自慢したかったんだ。
いままでのただ特別であることを理由に嫌味をいう指揮官ではなく、ただ仕事ができることを評価してくれる、本当の私を見てくれるだからあんなことをしても、受け入れてくれると奢っていたんだ。
「私は、私は自分のことしか……いえ、自分のことすら考えず、ただ衝動に身を任せてしまった」
今更になって、自分のやったことを思い返す。
きっと笑っていただろう、いや笑っていたんだ。
殴っていた時、気持ちがいいと高揚感を覚えていた。
「あなたの事を考えていなかった」
私は慣れすぎていた。
M4SOPMODⅡが鉄血の解体を子供が虫を殺すように楽しんでいたのを見るのに慣れていた。
もし、ユーリがそんなことをしたら?
「もし、あなたが私と同じようなことをしたら……きっと、同じようなことをするでしょうね。少し考えれば、分かることだったのに……それに気が付けなかった」
私は恐怖を覚えるだろう。
出来るなら手が触れないぐらいの距離は取りたい。
それだけのことを私はやってしまったんだ。
「それに、あまつさえ……今日はあなたの携帯を見ようとしてしまった。プライベートなんて、知られたくないことの方が多いはずなのに」
そして、今日はさらに信頼を裏切りかねないことをしそうになった。
その原因を作ったのは自分だ。
「(この子……)」
M4A1が本当に申し訳なさそうに謝罪しているのをユーリは静かに聞いていた。
この件を謝ることはユーリ自身、予想がついていたし、携帯を見ようとしていたのも知っていた。
もし、見ていたら始末するしかなかった。だから、そうする前に声をかけた。
謝罪の件は予想がついていた。素直に聞いても良いと思っている。
だが、ユーリはこの謝罪を受け入れたからといってM4A1の信頼を取り戻せた……というわけではない。
もともと、ユーリは人形の態度や言葉を信じていない。
人形は確かに人間のように見える表情や態度を見せる。
でも、この人形を作ったのは……ソ連だ。
我が国の事なのに、いや自分の国だからわかってしまう。この国に人間らしい感性や道徳なんて期待出来やしないということを。
だから、ソ連に作られた人形にとても道徳があるなんて思ってもいなかったし、いずれ自分の携帯を触ろうとしていたことも予想がついていた。だから、携帯で何を調べてどこまで知っているのか探ろうとした。
でも、自分はそれを放置できずに話しかけてしまった。
話しても聞かないはずなのに、理解なんてできるはずもない人形をユーリは彼女を止めてしまったのだ。
その上、ユーリにとってすこし予想外なことに携帯のことを白状したことした。
自分の立場が一番悪くなるという選択肢なのに、M4A1はユーリに正直に話した。
人形が嘘が付けないとか、そういう類ではなく、”自分が悪いことをしてしまった”と反省しているから
「いいよ。君が殴ったことも、携帯を勝手に見ようしたこともすべて許すよ」
「本当ですか?」
自分から謝っていると……そう思ってしまった。
これからもユーリは人形の道徳や信頼関係に期待なんてしないだろうが、M4A1は自分の知っている人形とは違うんじゃないか?と思い始めていた。
「私からも謝らせてほしい、私は君を”助ける”と言いながら、君の行動ひとつでその信念を揺らがせてしまった。指揮官として、良い行動とは言えなかった……」
例え自分に目的があってM4A1を助けたとはいえ、ユーリはM4A1に約束したことをいずれ反故しかねないことにつながりかねない反応をした。
ユーリはそのことに対しての申し訳なさを覚えていた。
「……指揮官」
M4A1はむしろ指揮官からも謝罪の言葉を聞かされるなんて、思っていなかった。
その時、そろそろ模擬戦に参加するためのベルが鳴った。
「もう、模擬戦の時間か……ほら、遅れるといけない。もう行きなさい」
「分かりました」
本当はもう少し話したい。
好きな事とか、気が合うこととか、仕事終わりに何をしているのか……たくさん。
「行ってきます。それと……」
「他に何か?」
「私は……多分まだあなたの心を開かせることが出来てないのもしれません」
そんな時に、私があなたを失望させたら……きっと、拒絶される。
私だってそうする。
「だから、私はもっとグリフィンだけでなく、"あなた"に信頼されるための努力をします」
あなたが信頼してくれるくらいに、もっと強く……優しい人形になってみせる。
「もし、あなたが信頼してくれる時が来たら……あなたのことを教えてください。指揮官」
ユーリはほんの少し、足元を見た後顔上げた。
「……ああ。その時が来るのを待っているよ」
その言葉を聞いて、満足したM4A1はくるりと背を向けて模擬戦の会場に向かった。
「はぁ……」
部屋から出ていくM4A1を見て、ユーリはため息をついた。
「いつか、君を信頼する時がくる……か。腹を割って話す必要があるかもな……」
ユーリは充電プラグを引き抜いて、携帯をポケットに入れた。
グリフィン:第三訓練会場
M4A1が模擬戦で使われる訓練会場に到着する。
「準備は?」
「いつでも」
訓練会場では、先に準備していたJS9達が装備を整えていた。
今回はAR小隊としてのアサルトライフルの編成ではなく、JS9達の全距離対応編成だった。
理由は2つある。
ひとつはAR小隊の能力の全貌を明かしたくないという、I.O.P側の要請で、もう一つはM4A1がJS9達がどのくらいの戦力になるのか個人的に把握したいと思ってのことだった。
「今回のショットガンなんですけど……KSGって、いう人形らしいですよ」
JS9がタブレットを見せる。
これが最新の人形”ケルテックKSG”……
「ご丁寧に高いゴーグルなんてかけちゃって、いかにもって、風貌のエリートですよねー」
「知ってるの?私は知らないんだけど」
「上澄みすぎるメーカーですと、知らない人多いですよねー」
SV-98は訓練とはいえ、あのゴーグルのブランドを知っている。
M4A1はコレが個性なのか、ちょっとした気づきを感じる。
「4連勝ですって。すごいわね」
「ログはまだ未解禁ですけれど、きっとすごい人形ってことでしょうか?」
M4A1がタブレットに記録された戦闘結果を確認する。
どんな戦いになったのかは、対策されないために伏せられているが、対戦相手はそれなりに知名度のあるエリート部隊ばかりで、その中にはFN小隊の記載もあった。
「あのFN小隊すら、撃ち破るとはね……」
「先輩?」
M4A1は前にFN小隊と仕事もした事があるから能力は知っている、彼女たちは間違いなくプロ、仕事に手慣れている人形達だった。
それが、最新型相手とはいえ……戦闘も未経験でFN小隊を打ち破った。
油断してはならない。M4A1は全身で引き締まる思いを感じた。
「JS9……さっき言ったことを訂正するわ、たぶん……このショットガンという人形……強敵よ」
「ええ!!??」
JS9が動揺する。
彼女のことだ、さっさと終わらせて出前のピザ食べて武器の清掃して、自室でのんびりするプランでも考えていたんだろう。
「心配しなくていいわ」
M4A1がJS9達をいままで以上に真剣な瞳で、見つめる。
「私があなた達を勝たせてみせる。私を信じなさい」
目の前のゲートが開く。
ゲートの奥から、ぎしりと重量感を感じる足音が近づいてくる。
先頭にはSV-98が言った、高いゴーグルをかけたKSGショットガンを構えた人形が近づいてくる。
アレが、新型の戦術人形……ショットガン戦術人形"KSG"。
「……」
「……」
M4A1とKSG、互いの視線が重なり合う。
「お前がAR小隊のM4A1か?」