「助かったよ。危うく、このでかい鉄塊にひき肉になるところだった」
「さすがの、ライノも戦車が開いては厳しいだろうよ」
ユーリとアキは自分たちを追い詰めていた、ライノを主砲の一撃で粉砕せしめた戦車の乗組員に感謝の言葉を述べていた。
つまり、カーター将軍の寄越した援軍は間に合ったのだ。
今頃、持ち超えた他の部隊が押し返しているに違いない。
「…うん?中尉さん、探しものかい?」
「あ、ああ。人形のことが気になってね」
ユーリはM4A1のことを気にしていた。
仕方ない事態とは言え、無理をさせてしまったことと…少し、駆け足気味ではあったが、誓約もした。
不思議とユーリはいつも以上に気にしていた。
なぜ、いつも位以上に気にする様になったのかはユーリもよくわからない。
「M4…大丈夫か?勝ったぞ、君のおかげだ」
返事がない。
ユーリは不安を感じた。だが、すぐに別の周波数に切り替える。
「AR小隊。応答してくれ」
<M16だ。どうした、指揮官様?こっちは仕返しで忙しいんだよ>
応答があった。
少しホッとする。彼女たちは命を懸けて、M4A1を守る人形たちだ。こういう考え方はしてはいけないけれど彼女らが無事ならM4A1も大丈夫ということになる。
「AR小隊は無事か、よかった。M4はどうしているんだ?」
<…>
M16A1が沈黙した。
嫌な予感がする。
「M16…M4は、どうしたんだ」
<いや、それはな……>
M16が歯切れの悪そうにしていた。
まさか。
とても嫌な予感がする。
「M16、もしかしてM4は…」
<私の活躍を見せてあげたかったですね>
無事ではないかもしれないと、そう思ったとき、M4A1から連絡が来てくれた。
<すみません。ちょっと、無線を壊してしまって……姉さんと一緒に動かせそうな無線を探してました。今は、敵の無線を拾って話してます。大丈夫、指揮官。私は無事です>
「そうか…よかった。よかった……」
まさかと思っていた、こういう時は良くない事しかなかったから……
自分の心配は杞憂で終わった。
「ありがとう、M4。君のおかげだ」
<いえ……こちらこそ、心配してくれてありがとうございます。それと、お気をつけてあなたの戦いはこれからなんですから>
三か月後
「……はあ」
M4A1は部屋の片づけが終わり、がらんのどうと化していた部屋の床で寝転がっていた。
この部屋とももうすぐお別れで、ここ以上に味気の無い部屋にもう少ししたら隔離されてしまう。
「電話?」
違和感を感じ電話を取り出すと、やっぱり自分宛の電話が掛かってきている。
連絡先は無し。電話番号しか、映っていない。誰だ?
<あの、調子はどう?>
「AN-94?久しぶりじゃない!」
違和感をそれを取ると、AN-94の声が聞こえた。
M4A1は久しぶりに聞いた旧友の声に嬉しそうに返事した。
<あ…うん、久しぶり>
AN-94とはあの騒動と、公聴会が終わった後すぐに保安局に呼び戻された。
どうなったか不安だったけれど、元気にはやっていられるらしい。
「あの後、大丈夫だったの?」
<まあ、大丈夫ってわけじゃなかったけど……あの事について、私に恥じるところはないって思っている。本題なんだけど。その、AR-15の件は残念だった>
「……ありがとう」
AR-15だってはあの公聴会の事件の生き残りだ。
彼女なりにあの凄惨な場を生き残ったことで思い入れがあったんだろう。
<そうだ。指揮官にもらった名前は……どう?使っているの?>
「ああ、あの名前ね。ええ、気に入ってるわ」
事件が終わった直後にユーリと改めて誓約を交わしたときに、M4A1はある”名前”を付けてもらった。
新しい名前を付けて欲しいとねだったのはM4A1からだった。
今まで通り、名前をM4A1と呼んでもらっても構わなかったけど、自分自身に新しい区切りが欲しかった。
銃を撃つだけの人形ではなく、パートナーを愛する人形として新しい名前が欲しかったのだ。
<レイラ……たしか、光という意味だったっけ?指揮官のセンスはいいな>
光というのは、新しいことの始まりでよく使われる夜明けとか、黎明とか。
その意味を合わせるなら、光の意味をもつ、”レイラ”という名前は新しい名前にとてもいいと思えた。
<M4が誓約したのは公聴会の騒動が契機だが、あの公聴会からもう3か月以上も絶つのか>
「そうね。軍隊の人から直々に表彰されたのなんて、とっくの昔に感じるわ」
<公聴会がつつがなく、進行した祝いにSOPⅡは盛大にシャンパンをエゴール大尉にぶっかけて怒られたのもいい思い出だ>
「でも世間はもう、だれもあの話はしやしない。最初はあんなに盛り上がったっていうのに」
あれから、3か月は経った。
結局、公聴会のネタは連日ニュースになって、政府の徹底した調査のおかげで多くの戦争犯罪が明るみになった。
ユーリが公聴会で話した、新ソ連が生まれる前後で発生した事件はI,O,Pの株価に甚大な影響を及ぼした。
何が起きたかというと、
新ソ連の”上昇志向ある同志”は敗残兵の元ロシア軍と呼ばれる兵士たちを追撃した際、怪我をした兵士を治療したことで、腹を立てたらしく、プスコフの街を襲った。
襲った?兵士がふざけて録画された映像を見たら、それも違う。あれは、一方的な虐殺、暴力、レイプだった。
ユーリはその映像を回収していたことがきっかけでそれが動かぬ証拠になった。いつか、この事件が本当に明るみなることを願っていたから。
そのあとは、どうなったかって?
街は虐殺の背景が付きまとい、誰もがその事実を隠蔽したかった。
だから、I.O.Pに白羽の矢が立ったんだ、その町一帯をI.O.Pの工場と城下町に塗りつぶした。
<ひどい話ばかりだ。すべて、でっち上げだったらよかったのに>
「でも事実よ。私も、指揮官の大切な人が蹂躙された場所の上にできた工場で生まれた」
……M4A1という私はそこで生まれた。
土地の利権などは全て保安局が抹消したつもりらしい。
どうせ、住民は全部死んだとタカをくくっていたんだろう。
だが、ユーリがその事件からも、その後殺すつもりで送り込んだ第三次世界大戦のイタリア戦線でもしぶとく生き残って、しかも土地の利権書のいくつかをまだ大事に隠し持っていた。
これは自分たちが国民から土地を奪ったという証拠になる。
だから、保安局は焦った。
ユーリが邪魔なんじゃない、自分が虐殺の片棒を担いだというい事実を何としても闇に葬り去りたかった。
アキの証言では、AK-12がユーリやアキがいた、外務省の特殊部隊を暗殺の為に送り込まれたという事実が提示された。AK-12はこの肥大化したスキャンダルの爆弾を力づくで解決するために送り込まれたのだ。
AK-12が追加の証人として、あるプログラムを埋め込んだ。AK-12には、何も知らせずに……仲間だと、思い込ませて無理やり暗殺させて、AK-12の意志ではどうにもできない、AR小隊がM4A1を絶対に守るという中枢命令プログラムを…
そのほかにも、新ソ連の容認しがたい様々な事実が証拠とともに浮き彫りになった。
公聴会の事実は連日のようにニュースになったが、1月経つだけで市民は別のニュースに心を砕いていた。
残念だが、この新ソ連という力だけしか信じない国はそういう国だ。
何のために、あんな死にそうな思いしていたのか、馬鹿らしく思える。
<そうだ。仲間の修復は終わったのか?JS9やSV-98とはちゃんと話せないままだったな…>
「修復は資材が集まったからできるようになったわ。でも私たちAR小隊はペルシカさんの命令で、秘密の場所で隔離措置を受けたらしい」
<例の傘ウィルス?噂だけ、聞いたことある>
「ええ。知らないうちに鉄血の人形になるっていうコンピューターウィルス。まだ、私は信じられないけれど…私たちはしばらく検査に回される。入れ替わりで、JS9が戻ってくれればいいけど……望み薄ね」
<そっちも厳しいか。こちらも人手不足>
AN-94も人手不足を抱えているらしい。
国民の関心はもうとっくに別のものに映っているが、会社としてはすさまじいダメージが残っている。
軍隊も無視できないダメージが残っているらしい。
<昨日もまた、連絡取れない人が増えた。うんざりしそうだ>
「私のところもまたPMCsの犯罪があったわ」
その後始末にまだ、グリフィンは追われている。
<クメレンタは?>
「消えた、まだ見つからない」
<……M4、友達がいなくなってお前に言うのは酷だが……強く自分を保って欲しい、いつか……いつになるか分からないが、またあの町が元通りになったら、あのお店でまた本を読んだり、服を選んで欲しいから……そろそろ、時間みたい。ごめん、M4。話せてよかった>
「こっちこそ。またいつかね」
M4A1は電話を切られた電話を置く。
ふと、自分のデスクに立てかけれた写真を見た。
街でAR小隊とAN-94で取った、集合写真。改めてみても、みんな微妙な表情をしている。
そして、隣には公聴会が終わった後に取った、ユーリとの、指揮官とのツーショット写真だ。
今日から、しばらくこの写真のみんなと別れることになる。
「ふう……」
疲れた空気をすべて吐き出すような、深呼吸を取る。
深呼吸が終わったのを見計らったように、また電話が鳴る。
この電話も電話番号しか映し出されていないが……M4A1はこの電話に出ないといけない気がした。
「……はい」
恐る恐る、M4A1は電話を取る。
<やあ、M4。それとも、……"レイラ"と呼べばいいかな?>
「あなたは、誰?なんで、その名前を?」
指揮官に貰ったはずの名前、それを知っているのはほんの少ししかいない。
それなのに、相手は名前を知っている。
記憶のストレージの隅から隅まで引っ張り出しても、心当たりもないしそもそも相手は声が電子処理されていて、声のトーンも始めて聞いたような感覚だ。
<私がお前のもう1つの名前を知っていることはあまり重要ではないのだが……まあ、私はユーリの古い知り合いだ。それともそっちの癪に障るなら、M4と呼ぶか?>
「……どちらでも」
<……癪に障ったようだな。M4と呼んでおこう。M4、私から提案があるんだが……乗ってみないか?>
「提案って…?」
<クメレンタを自分の手で殺してみないか?>
────
───
クメレンタは端末をたたいている。
依頼された暗殺の成功をメッセージで送っているのだ。
最近、グリフィンを追い出されベラルーシに拠点を移したクメレンタはマフィアの殺し屋になっていた。
入ってすぐ結果を出したので、彼女や人形たちはマフィアの中でも地位を得ていた。
まだ、新ソ連は内乱の火種が転がっている。
火種から生み出された火災に巻き込まれるのも近いだろう。
私はそれとこの地位を足掛かりにして、必ずグリフィンに返り咲いてみせる。
送金のメッセージが来た。
これで仕事は終わった、と端末を閉じた、その時……
「終わった?」
聞き覚えのある声。
クメレンタはぞっとする、この声は聞き覚えがある。
「お前は……」
暗がりから、声の主がそっとその姿を現す。
「対面だと久しぶりですね、クメレンタ」
「M4…」
暗闇から現れたM4A1がゆっくりと歩きながら近づき、デスク越しにクメレンタと相対した。
「STAR-15の件で隔離されるんじゃなかったのか?」
雑談をしながら、M4A1に見えないようにデスクの裏に隠している拳銃に手を伸ばす。
「ええ。ここは通り道でしたので、寄らせてもらいました」
気にして無さそうにM4A1はクメレンタの質問に答える。
「なるほど。よくここが分かったな、ミンスクの拠点は引き上げたというのに」
「”親切な方”と出会いまして」
「もしかして……クルーガーか?」
「いいえ」
時間稼ぎなのはわかっている。
クメレンタの手はあと少しで、護身用の拳銃に手が届く。
その時、
「おっと…」
指に届こうとしていた拳銃がスルっとと引っ張られ、M4A1がその拳銃をクメレンタに向けた。
M4A1はとっくに拳銃のことに気が付いていたのだ。
「フッ」
M4A1が鼻で笑って、拳銃を床に捨てると手に持っていたサイレンサー付きのCZ-SHADOWをクメレンタに向けた。「足がつかない」ということで渡された銃だ。
「聞いていいだろうか?」
「どうぞ」
観念したのか、クメレンタは息を吸って、吐いた。
「AK-74は?どう殺したんだ?」
「あっけなく死にました。最後は”お前に殺されるわけない”って言い残して」
M4A1は冷たく返した。
AK-74を手にかけた光景を思い出す。
追いついた、M4A1に複数の銃口が向けられていた。
「3人で私を待ち伏せしていたのね」
「一対一なんてやると思っていたのか?」
AK-74は銃を構えた。
「いえいえ……」
M4A1はそれを笑いながら首を振って……否定する。そさて、腰にぶら下げていたスレイブモジュールを装着した。
M4A1がニヤリと笑う。
『3人いるから、勝てるなんて思ったのが馬鹿らしいとおもっただけよ』
「ば、馬鹿な!?」
血の海に沈む人形たちの残骸を踏み越えながら、ゆっくりとM4A1はAK-74に近づいてくる。
一瞬だ。
一瞬で、3人いたはずの人形がAK-74一人になってしまった。
「M4A1にこんな力が…」
『そうよ。このスレイブモジュールを使えば、このような結果なんて、わけないわ』
こと切れる前に持っていた、敵の人形が持っていた5.45ミリマガジンを蹴っ飛ばす。
『スレイブモジュールは意志を奪う道具じゃない、人形の内蔵機能の一部を任意で取り消せるの』
『私が取り消したのは制限機能……つまり、人間が手に負えるようにした機能を外したのよ』
オークション会場で見た、あの人形が一方的に人形を殺す殺戮ショー。
なぜ、あんなに一方的なのか疑問に思っていた。
だが、説明書を見たらそうではなかったことを理解した。
私がイントゥルーダーを叩きのめした次の日に、ユーリの叔父の製品がここに届いた。
どうやら、ユーリのことを知っている人物から送られていて、くすねて中身を解析したものを届けたらしい。
こんな証拠品を惜しげもなく……と思っていたが、あれを送ったのが、クメレンタ殺しを提案した人が送ったんだろう。
それで、レイラという名前もそこから拾い上げんだろう。そして、こんな結果になることも予想していた。
だから、鉄血に混ざってこっちを執拗に襲ったかと思えば、クメレンタの叛逆には乗っからない意味のわからないことをしたのにも、説明がつく。
『さて、頼みの部下はこれだけなのかしら?』
M4A1はAK-74の首を掻っ切るポーズをした。
「よ、寄るな!このバケモ────」
もうAK-74を助ける人形は誰もいない。
山林に、彼女の叫び声と銃声が響き渡った。
『考えてみれば……さんざん、他人を使い捨てにしてきたAK-74という、あなたらしい最後らしくない?』
弾丸は当たらず、M4A1が返しで放った弾丸がAK-74の仲間の眉間に命中し、残骸に変わっていた。
仲間の二人はスレイヴモジュールで制限を外したM4A1の戦闘力を見誤り、銃撃でかく乱して接近戦を仕掛けてきたが、M4A1はその銃撃を即座に予測、回避をして逆に2体の顔面を掴む。
弾薬はいらない、人形を素手で引きちぎった。
「あんなに、あっけなく……」
『もう、あなたたちの時代はお呼びじゃないの。とっとと死になさい』
スレイブモジュール越しに、動揺を隠せないAK-74の姿を視認した。
それでもなお、銃は手放さないつもりらしい。
「気味の悪いにやけづらしやがって…」
言われて気が付いた。
自分は笑っているらしい。どうして、笑っているかはわからない。
だけど、確かにM4A1は笑っていた。
『あら、そう?』
発砲される指の動きを見て、すぐに身をかがめた。
こんなに早く反応するとは思ってなかった。
そして、かがんだんだ姿勢で射線を切りながら、一気に蛇のように地を這うような動きで接近し、AK-74のナイフを奪い、ついでに腹を拳で殴り飛ばした。
「────ごはッ!?」
転がっていく、転がりながらAK-74はM4A1に向かって銃口を向けて、発砲する。
その銃撃もM4A1は先に当たらない位置に移動し、銃撃を避け、AK-74に向かって銃撃でカウンターする。
M4A1の銃弾は着実にAK-74に命中して、次々と彼女の皮膚を無慈悲に切り裂いていく。
「う…あ…」
またAK-74からうめき声。
そして、口元が吊り上がるのがわかる。
そうか、私は…私はこの人形をいたぶるのをずいぶん楽しんでいるらしい。
『スレイブモジュール、いらなかったかしら?』
とはいえ、AK-74とM4A1の実力差は気が付かない間に開いていたらしい。
M4A1の一方的なワンサイドゲームだった。スレイヴモジュールが無くても、圧倒していたかも。
なんども、たたきつけられて、撃たれたAK-74は全身が真っ赤に染まり、へこみ、顔面は歪み、辛うじて人の姿を保っていた。
ああ、確かに。確かに、面白い。
「どうして…お前なんかに」
AK-74が悔しそうに、恨めしそうに、恐ろしそうにこちらをにらんでいる。
何もできないっていうのに、健気に見える。
M4A1がAK-74から奪った、ナイフを投げる。
ナイフがAK-74を貫通して、背後の木に貼り付けにする。
『終わりよ』
M4A1は頭に数発の銃弾を叩き込み、そして胸に埋め込まれてるコアにも抜け目なく、銃弾を叩き込み処刑のような最後をAK-74に与えた。
「お前に殺されるわけない────」
叫び声が入り混じったうめき声をあげながら、AK-74はぐったりと倒れて動かなくなった。
「以上です」
「以上か。お前は昔から、そんな人形だと思っていた」
「ええ。私も、時折そうだと思っていました」
多分、クメレンタは味方殺しを非難しているつもりだろうが……先に手を出したのはそっちなのだから、そのことを責められる筋合いなんてものはない。
「そんな人形が男1人愛する資格を持っていると、本気で思っているのか?」
「……人を愛するのに資格が必要と?」
誓約の指輪のことを言っているらしい。
自分が矛盾していることを話しているのに気が付いていないらしい。
「命乞いのつもりですか?」
「違うな。軽蔑だよ」
「そう…」
「M4A1、お前ならわかっていると思うが。私は脅しには屈しない。死んだ仲間のためにも、グリフィンの為に」
ここまで行けば、もう滑稽だ。
グリフィンの為?あなたはグリフィンを追い出された人でしょう?
それに勘違いもしている。
「勘違いしてますね。この件はグリフィンは関係ありません」
「は…?」
「私はある人に誘われて…その誘いに乗っただけです」
「まて、貴様。それは誰の事だ────」
M4A1は引き金を引いた。
1発、2発。まだ生きている気がしたから、もう1発。
ごとり、とクメレンタが椅子から転がり落ちる。
「終わったようだな」
「ええ。終わりましたよ、キャスターさん」
暗がりから、もう一人現れる。
M4A1の一部始終を見ていた彼は時計を見つめていた。
彼は、M16姉さんを探すときにユーリが頼ったお店の人だった。
「04:32。M4A1はターゲットを射殺する。今日の”あの方”の予報はいつも以上に正確だな。殺し終える時間すら、当てて見せるとは」
「あの方?」
「ああ、気にするな。こっちの話だから」
そうですか。とM4A1は男に拳銃を返す。
男は拳銃を受け取る。
彼が何なのかはM4A1も知らない、ただ言われた通りの場所に言われた通りの方法で向かったら、この拳銃を渡されて言われた通りに待って、言われた通りに殺しただけだ。
そして、いま言われた通りに拳銃を返した。
「なんだ?手なんて見つめて?」
「あ。ほんとう、ですね」
拳銃はすんなり返却していたが、まだ手を見つめているM4A1を男は不振に思ったらしい。
でも、自分でもなんで手を見つめているのか、わからない。
「(あ、そうか。私は今、人殺ししたんだった)」
これが人を殺すっていう感覚か。……なんというか、人形を殺すのと大して変わらない手順なのに、不思議だ。
なにか、違う感覚を感じる。
なるほど、これは思ったよりいい経験だったかもしれない。
禍根は立つものだ。
厄介ごとがひとつへって、すっきりしているのかも。
「そろそろ、電話が来るぜ」
指示された通りに屋敷を出ると、言われた通りにキャスターから”あの方”から電話が来るのだろう。
「ほら来た」
屋敷から出たとたんに、非通知の電話番号がこっちに掛かってきた。
M4A1は少しためらいながら、電話に出る。
「はい」
<おめでとう。誰にも手が出せなかったグリフィンの裏切り者はお前が始末した>
電子音声で修正されていたが、トーンの感覚からしてあの方と言われている人の声なのだ。
「これで、しばらくは安全なんですよね?」
<ああ。これで、グリフィンからの背中を刺されることはしばらくないだろう>
しばらく、か。
曖昧ともとれる返答はM4A1に一握の不安を感じさせた。
<まあ、なんだ。せっかく、お前にもこっちの問題の解決を手助けしてくれたんだ。褒美くらいは渡さないとな>
言われたとおりに殺したいと思ったクメレンタを殺しただけなのだが、褒美もあるとは。
キャスターが一枚のカードを手渡す。
じっくり見つめなおすと、これはクレジットカードらしい。
<困ったときに使え。足がつかないカードだからな>
「これは、いいものですね。ありがとうございます」
足がつかないカードを使わないといけない、なんて状況がなかなか想像できないけれど便利なものであることは分かった。
むしろ、これで自分の財布が痛まない贅沢な買い物ができるかもしれない。
<それで、しばらくは一人で生活できるだろう>
「一人で?」
<ああ。私の予想だと、お前はしばらくユーリと顔を合わせることすらできないだろうからな>
────
───
「ここでいいです」
M4A1は運転してくれた、キャスターに車を止めるようにお願いする。
流石に玄関まで送ってくれとは言えない。
それに、今なら次の乗り継ぎに紛れて潜り込ませたダミーと違和感を感じさせずに交代できるだろう。
「さて……」
<やめておけ>
「……いいのか?」
<ああ。殺さなくていい>
次の人形を乗せるバスに乗ろうとするM4A1を見て、キャスターはこのまま放置するのは危険だと思い、いつでも打て撃てるよう、準備していたが……電話一本で止める。
電話の相手は無論、"あの方"だ。
「あの人形は、お前の誘い1つでクメレンタという女を殺した。善悪の区別もつかない危険に見えるぞ」
<ああ。AK-12以上に危険な女だ。危険だから、こそだ。味方は近くに置くのさ。"仲間は近くに、敵はもっと近くにおけ"ということわざもあるだろう?>
「M4A1は結局敵になるのか?それとも、仲間になるのか?」
<それは、彼女の選択次第だ。いずれにせよ、今回の公聴会をめぐる一件で軍隊は国に対する強い不信感が生まれている。どうやっても避けられない事態ではあるが……これが、M4A1にとって悲惨な出来事になることには違いあるまい>