この手にあるわずかな遺産は、全てあなた方が残してくれた物です。
教えてください、何があなた方をそうさせたのですか?
何の為に、自らの運命を差し出すと決めさせたのですか?
「もし、私たちを見ても同じ判断を下せますか?」
「…掴めなかったか」
降り頻る雨の中、漆黒の鎧姿の兵士が流れる血を見下ろしながら、掴めなかった手を見つめながら、届かなかった壁を見つめ地面に落ちていった。
────
アンジェリアは降り頻る、雨の中に立っている。
「…残されたものが過去から得られる教訓は…過去からは何も学べない、と言うことかもね」
<アンジェ、潜在脅威が行動を開始したわ。監視を続ける>
────
降り頻る雨の中、どこにいるのかすら気配も感じない、人影が床に座っていた。
「残されたものが過去から得られる教訓は…過去から何かを学んでくれ、と言うことかもしれないな……どうぞ」
男は応答を要請する無線を取って報告を聞く。
<了解。……確かに"あの方"の予想はよく当たりますね。はい。予想通り、行動を開始しました。予定通り、対処します>
────
<聞いてるの?アンジェ?>
「聞いてる、保安局のどのプランよりも早いわね。あのお偉いさん達、デスクであれこれ指示を出すのに何の疑問も持たないのかしら?」
<このチャンスに…え!?ちょっと…!?クソッ!アンジェ、潜在脅威が消えた…誰かがもう動いてる>
「…もう布石を打っているの?AK-12、敵を間違えちゃダメよ。今回は特に、あなたとAN-94はこちらへ戻って、行動を開始するわ……M4」
「なんです?」
アンジェリアがM4A1を呼び、彼女は反応した。
「はい、アンジェリアさん。ここで何をするつもりですか?監視任務とは関係ないようですが?」
「任務とは関係ない。だとしても、決して無意味じゃないわ、あなたにとってどんな場所に見える?」
M4A1は慰霊碑を見つめる。
「烈士慰霊碑…周辺に何の手掛かりもありません。何度戦争が起ころうと良くなったことはなく、状況はひどくなる一方です。彼らの犠牲とこの慰霊碑もまさに無意味です」
「無意味な慰霊碑が答えよ。犠牲は信念を守る唯一の砦、彼らは自らの信念に命を捧げたの。生きているものにそれを判断することは出来ないわ」
生きているものに判断がつかない?
なら、戦争の歪さを一身に受けながら、必死に生きた人間は何を判断すれば良い?
「あなたがいくら綺麗事をほざくのは勝手ですが、私の認識を変えるつもりはありません」
「グリフィンに手出ししたことも?大好きな人を殺しかけたことも?あなたは胸を張って言える?外務省は怒り心頭でしょうね?また、自分達を潰しに来たのかって…彼らに私達はもう、割れているでしょうね」
「全て作戦の為です。あなたは反逆小隊が反対していた時そう言いましたね?お忘れですか?」
「……忘れてない。もしもそれが全て徒労に終わったら、あなたは自分の行動を受け止められる?」
「いいえ、そう考える必要はありません」
そう考える必要はない。
私たちがやる必要があるのはもっとドライなことだ。この世で1番大切な人を守り、喜ばせるには何をしなければならないか。
過去は変えられないし、現在は未来に反映する。
なら、M4A1は帳消しにできない過去を認めて、ユーリにとって最適な未来になるため、現在を行動しなければならない。
「なら、その時点であなたはSOPⅡやROより格段に劣っているわね。私としては知らない人形を相手にしている気分よ」
「どんな犠牲を払おうとAR小隊の仲間を守らなきゃいけない。そう教えてくれたのはあなたじゃないですか?」
1束の花束が慰霊碑の前に置かれている、まだ新しい。これは…シオンの花…
"先に始めている"
花束の隣にそう書かれていたメッセージカードが置かれていた。
これはユーリが置いていった花だ。筆跡鑑定をしなくても、彼の字はM4A1が"グリフィン"で1番見ていた。
「もう、昔とは違うのよ」
「違いません。あなたが臆病になっただけです」
彼はもう、一歩先を歩いている。
私たちも先に動かないと。
「フフッ…分かってないのね?でも、この任務が終われば、あなたにも理解できるはず」
「それは…この先起こることを知っていて?」
そして、もう私達は出遅れていると言うことも。
もう、このままの戦いが通用しなくなっている。潜在驚異の件はそれを伝えるための挑発だろう。
「いい予感がしないのは、確かね。あなたもでしょ?M4A1?」
「その割には楽観的ですね」
「私達は生き残る。言えるのはそれだけよ」
<対象は花を添えて離脱…ヴェルグ1、追います?>
『…いいや、やめておこう。今回の黒子は彼女達だと言う事は分かった。それでは…作戦、再開』
端末で確認した都内の監視カメラを偽装したカメラの映像を切り、ヴェルグ1は背中で警戒していた人形に合図を送り、行動を開始。
今、2人は下水道を進んでいく。
ここにはさまざまな勢力がいる。
ハッカー…スパイ…情報屋…はたまた有力者のブローカー
<それから、お前が端末で監視をしているのは分かっている。グリフィンの指揮官>
『いいですね、気づいてくれるのを待ったました』
音声処理されたヘルメットを脱ぐと、その下からグリフィンの指揮官ユーリが顔を覗かせていた。
インターホン越しから男の声が聞こえる。
<グリフィンはもっと遅れて到着すると聞いたが>
「下見です。ああ、それとご近所挨拶ですね」
<挨拶にしては手が込んでいる。それで俺にバレては意味はない>
「もちろんですよ。あなたに気が付かれないよう、近づくのも考えましたけど……分かるようにやったほうが印象がよくなると思いまして。女だけの基地に閉じ込められていた、男の顔も拝みたいんですよ」
<性的な意味で捉えないでやる。それよりも、だ。さっきの指揮を見せてもらった。なぜ、敵がお前のことを恐れているのか良くわかった、なら…そこまで賢いお前なら、俺と敵にはなりたくないだろう?>
端末越しに指揮官は降り頻る下水を眺めている。
「それはもう。だからこそ、"私達"は日常が監視の貴方のことを尊重して────」
<その冗談を今すぐやめろ…寒気がする、正直、俺はお前のジョークとは別にお前と敵対したくない。…なんにせよ、これは挨拶なのか?それともベルグラードにようこそ、と言って欲しいのか?どちらにせよ、お前が来るのをずっと待っていた>
正直、指揮官はこの無銭越しに抑揚のない声で話す"K"の事を嫌いではないが、苦手がっていた。
<さて、次はアンジェリアについて話そう。指揮官、どこから聞きたい?>
────
───
「聞きたいと話す癖にお使いに向かわせるとは気が利いてるよ。全く」
あの後、アンジェリアの話を聞けると思ったら、Kが指示したのは下水道から隔離壁に繋がる隠し通路を歩かされることだった。
具体的な話は到着すればわかると言っていたが、単純に済ませてもらえるとは思えない。
「まぁ、試したいものもあったし……好都合か」
ユーリはポケットに手を突っ込み入れていたキューブ型の端末を操作して、あるアプリを作動させる。
<接続は良好。ユーリ、いつでもどうぞ?>
イヤホンから、"協力者"の声が聞こえた。
「この会話は別のものに変わっているのか?」
<もちろんよ。Kはあなたが話している発言を事前に録音した独り言しか聞こえてないでしょう>
よし、アプリの機能は有効らしい。
ユーリが今、キューブを操作して起動させたアプリは自分が話した音声を別の音声に聞こえさせる特殊なアプリだった。
「予定通り、ベオグラードに先に到着した。今はKというドイツ人にも会ってその男の指示でアンジェリアに関する場所に行くように指示を受けている」
<ハッキングで覗き見した監視カメラにはその先に何も見えないわね>
「騙されたのか?まぁ、行けばわかるだろう」
ユーリは"あの方"からはこのベオグラードで今起きるのは"お前が腕試しすれる"だけらしい。
再開はあるのか?と聞いてみたが、その確率は低いと言われた。アンジェリアがかなり慎重だから。
曖昧だが最終的にはそういうことだったのかと理解できてしまう、"あの方"の予想……さて、今日はどんな納得が来るのやら。
しばらく歩き続け、隔離壁の外に繋がる扉のところまで到着する。
<よし、扉を開けて外に出ろ>
「正気ですか?」
この扉を開けたらそこは隔離壁の外、E.L.I.D達の世界だ。
ガスマスクは念のため持ってきたが、それでも正気の沙汰ではない。
<俺が挨拶したくらいでアンジェリアの事をタダで教えてやると思っていたのか?俺と取引をするなら信頼に値をする力を見せろ>
ユーリは舌打ちをした。あの男には俺を値踏みした事を後悔させてやる。
ガスマスクをつけて隔離壁の外に繋がる扉に出た。
「「────!!」」
皮膚が硬化して、人間の面影が欠片しか残ってないコーラップス粒子に侵された怪物E.L.I.D達の姿が見える。
「グルル!!」
E.L.I.Dの数体がユーリに気がつく。
そして、それに反応した他のE.L.I.Dも近づいてきた。
「お早い挨拶だな」
ユーリはコートの中に忍ばせていたMCXライフルの小型モデルMCX:Rattlerを取り出して発砲する。
「────ごがっ!?」
MCXから放たれる300BLK弾は、従来の5.56ミリより強い反動を与える代わりにより、強力でより静かな弾薬であり……
その威力は普通の兵士なら4、5発を叩き込まないとならないE.L.I.Dを1発で沈ませた。
「なるほど!使えるな!!」
喪失したDDMK18とMP7の代替で寄越してもらったライフルだが……
なるほど、現場からいくつかの文句が出続けてもこれは西側の特殊部隊に使われ続ける理由も納得できるというものだ。
「さあ、どんどんいくぞ!」
────
───
「どうです?」
<なんて奴だ、想像以上だな……>
隔離壁のすぐそばでは、無数のE.L.I.Dの死骸が転がっていた。
MCXで正確に撃ち殺したのが大体だが、中には目の前までにじり寄ってきたE.L.I.Dもいたのでそれはナイフと素手で頭を引き抜いた。
Kも予想以上の実力に多少動揺していた。
「アンジェリアの事、もちろん教えてくれるんですよね?」
<ちっ……覚えていたか。いいだろう、アンジェリアは表向き保安局を解任されたが、アイツは今でも保安局の命令を実行している。奴の反逆小隊もな>
「へえ」
<そして、奴らの忠誠心を見極めるように命じられたのも俺の仕事だ>
「なるほどバックアップ兼、あなたはお目付役なんですね」
<近いうちに反逆小隊がより円滑に仕事ができるよう、お前達の拠点に道具を渡しておく。指示は追って送る。……お前の能力に期待しているぞ。グリフィンの指揮官>
「分かった……アリア、今の聞いたか?」
彼が通信を切り、同時に協力者にユーリは話しかけた。
Kが話した言葉は同時に協力者"アリア"にもユーリは流していた。
<もちろん。やっぱり、反逆小隊は今も新ソ連の工作員なのね。ということは……彼女達に与えられた目的は>
「まぁ、そういうことだろうな」
反逆小隊の立ち位置が分かっただけで、アリアとユーリはこれから何が起きるのか瞬時に把握した。
いや、それ以前に情報を揃えていたのが正しいだろうか。
いずれにせよ、これから何が起きるのか……そして何をするべきなのかは理解したらしい。
「これからグリフィンの拠点にもどる。準備もあるしな」
<了解。これがグリフィンでの最後の仕事よ。悔いのないように頑張りなさい>
アリアからの通信が切れた。
帰り道は例の下水道を使って戻っていると……
「(銃声?)」
帰り際、ユーリの耳に発砲音が聞こえた。
ギャングの抗争か?それとも、下水道内にE.L.I.Dが侵入したのか?ユーリは確かめるために下水道を移動して発砲音がする場所に急いで向かった。
────
───
「AK-12、指示通り下水道内に場所は全部確認したわよ」
<了解。隔離壁で脆そうなのはこの辺りか……帰っていいわよ>
M4A1は「了解」といい、下水道から撤退を開始する。
今日、彼女は偵察の仕事していた。
詳しいことはアンジェリアも分かっていないようだったが、テロリストらしい人物がいないか偵察して来いと言ってきた。
そんなあいまいな人を見つけられないだろう、思いながら下水道を一通り偵察しても見当たらず、帰ろうとしていたその時、偶然M4A1は白い格好した兵士を見つけた。
「……あれは?パラデウス?」
あの格好断言はできないが、AK-12達が交戦したパラデウスとよく似ていた。
M4A1は白い兵士を追いかけ、その姿を捕捉する。……特徴が一致した、あれはパラデウスの兵士だ。
気が付かれないよう、こっそり後を付けるとパラデウスが壁を触ると勝手に隠し通路を見つけた。
M4A1はパラデウスの真似をして隠し通路を起動させるとその中には……
「E.L.I.D……?」
隠し通路の奥には無数のE.L.I.Dを詰め込んだ檻が見えたのだ。
「……フッ、これだけのE.L.I.Dがいれば、他の場所と一緒に解き放ち……ベオグラードも一瞬だな」
機械で覆われたパラデウスの兵士とは別に普通の人間らしい格好した男が、檻の中を見つめていた。
パラデウスの兵士がコーヒーを持ってくる、だが他の兵士とぶつかりそのコーヒをこぼしてしまった。
「おい、気をつけろ!」
そのコーヒーがデスクの上にあったバインダーを濡らした事に男は怒り押し倒してしまう。
倒してしまった先にはE.L.I.Dを解放するするスイッチがあって……
警告音が鳴り響く。
そして、檻が開き閉じ込めていた無数のE.L.I.Dが押し寄せてきた。
「きっ、きさまら!なんとかし────ぎゃっ!ぎゃあああ!!??」
あっという間に中にいた男やパラデウスの兵士達は一時のヒューマンエラーによって襲われてしまった。
「くっ!!」
M4はすぐに通路のドアを閉めてE.L.I.Dの流出を止めようとしたが……
「し、しんでたまるかっ」
中にいた男が逃げるためにまた、そのドアを開いて外に出てしまった。
「おい、お前私を助けて────ぎゃああああ!!!」
だが、M4A1の姿に気づいた事で足を止めてしまったのでE.L.I.Dに追いつかれ今度こそ食い殺されてしまった。
その上、外にE.L.I.Dが出てしまった。
「ここで出すわけには!!」
M4A1はライフルを構えてE.L.I.Dに向かって発砲した。
────
───
「まだ聞こえる……しかも、これは……1人で撃っている?」
発砲音をよく聞いてみればそれは1人だけだった。
こんなところで射撃練習ではあるまいし……疑問が次々浮かぶが発砲音に近づいたと同時に漂う腐敗臭が鼻をつんざき何が起きたのかユーリは理解した。
「────ぐうう!!」
「E.L.I.D!?くそっ、どこにでも現れる!」
角を曲がってすぐユーリはE.L.I.Dと接敵した。
ユーリはMCXでそのE.L.I.Dを倒した。
さらにやってくる数体を倒して、他のE.L.I.Dを見ると奴らは発砲音のする所に向かっているらしい。
「まずい!弾が!!」
偵察だから多めに弾薬を持ってない。
弾は足りるか?と焦り出した時、後続の勢いが弱まる事に気がついた。
「もしかして、終わりが見えてきた?」
どうやら、終わりが見えてきたのか?
わずかな余裕がM4A1に生まれた。
最後の1体だ。
M4A1がライフルを構えて狙いを定めた時────
「がっ!?」
突然、そのE.L.I.Dの頭が弾けた。
「おい!大丈夫か!?」
奥から声が聞こえた。
「あ、はい!大丈夫です!」
どうやら、他にも気づいてくれた人がいたらしい。
その人が近づいてくる。
「あ、あなたは……!?」
奥からやってきた人を見て、M4は固まった。
「……君は」
奥から近づいてようやく見えた彼女の姿を見て、ユーリは足を止めた。
それも……ユーリがよく知る人形……M4A1だった。
ユーリは驚いてしまった。
「久しぶりだな、M4」
「あっ……はい、そうですね」
M4A1は指揮官と再開する状況はそれこそ、何千通りと考えていた。
ごめんなさい、
元気でしたか、
会えてうれしい、
やっぱりあなたは生きていた、
…その時に言うべきこともなんども考えて、再開のための準備をしてきたつもりだった。
なのに、いざ再開すると喉が詰まったように言葉が出ない。
M4A1はオセチアであった時にように彼に負い目を感じ続け、彼と会うことに怯えたままだった。
「────元気、だったか?」
対するユーリもM4A1と再開していたことに動揺していた。
”あの方”は再開の可能性は低い、と言っていた。だが、こうしてユーリはM4A1と偶然再会してしまった。
ユーリはあの方の”予想”を話半分で聞いていたつもりだったのに、いつの間にかその予想に頼っていたらしい。
「ここで、何があったかは聞かない。じゃあな……」
「待って!」
M4A1はとっさに去ろうとするユーリの手をつかんだ。
ユーリは複雑な表情のまま、M4A1から向き合わないようにその場を去ろうとしている。
チャンスがあったのに彼と向き合えない。それはいやだそう考える気持ちと彼から見えるある物が怯えるM4A1を奮い立たせた。
「……指揮官、その怪我」
「……いや、これは」
しがみつきながら、怪我のことを訴える。
M4A1が話していたのは返り血のことだろう。
「…っ」
だが、見返してみると……E.L.I.Dの変色した緑の血だけではなく、赤い血も流していた。
噛み傷やひっかき傷ではない、前にパラデウスの拷問でつけられた傷が開いていたらしい。
「これは、あいつらにやられたものじゃない」
「でも…怪我してる……っ」
M4A1は涙を流していた。
きっと怪我していることを悲しんでいるからだろう……どうすればいいのだろうか?
俺が憎まないといけない相手から、本気で心配されている。彼女は自分が悪いと、そう思いながら俺を心配している。
こんなことを考えれる子が本当に復讐に取りつかれているのだろうか?
だが、人形はそういう演技もできる人形を知っている…信じていいのか、分からない。
「せめて、手当だけでもさせてください……ちょうど、手持ちに────」
M4A1がせめて傷の手当てをしようとメディカルポーチを取り出し、手当を始める。
「M4、俺たちは…」
観念し、M4A1から手当を受けながら、ユーリは俺たちはもう、元には戻れないかもしれない。
……そう話そうとして、やめた。
「M4……君はどうするつもりなんだ?」
「どうする……って」
結局、他の言葉を話す事になった。
なぜ、俺は言い淀んだのだろう?ハッキリしない。
ハッキリしていたのは、さっき言おうとした事を言えば彼女がとても苦しんでしまうと思った事だ。
「どうするのかはまだ、ハッキリしません。ただ、戻りたい…そう、思うんです。あなたが私を”レイラ”って呼んでくれたあの日々に…」
M4A1から出た言葉でユーリは思い出した。
自分はM4A1のことをレイラって呼んだことを……そしてそれをいつの間にか忘れていたことを。
「……っ」
M4A1もこうなることを内心予想していた、自分だったらもうその相手は冷たく扱うか、他人のように振る舞うだろう。
私は彼のとてつもない負担となった挙句、彼が最も嫌う兵器を使って彼を傷つけた、やられて当然のことをしたしか言えない。
だから、こうしてM4A1は怯えている。
「────ふふふ……!!」
────2人が警戒していなかった時、突然……奥から誰かを嘲笑うような笑い声が聞こえた。
「あれは…!」
ゆっくりと奥から、その笑い声の主が現れる。
その姿は、かつてユーリを捕え拷問したあのネイトと呼ばれる敵にそっくりだった。
「────フッ」
「────!」
そいつが腕をこちらに突き出すと、その腕がバネのように飛び出た。
「……!」
ユーリは反応して、MCXで飛んできた腕を弾く。
金属音が下水道の中で鳴り響いた。
「貴様!!」
M4A1が敵の弾かれた消火栓に取り付けられていた斧を拾い上げ、腕を切り落とそうとした。
だが、伸ばされた腕があっという間に巻き戻り、斧は空を切る。
さっきまで、泣いていた彼女の姿ではなかった。
「ふふ……!」
今度はM4A1に向かって腕が伸びる。
のけぞって回避、腕はそのまま過ぎ去る腕をすれ違いざまに斧で切り落とそうとした時、M4A1は気がついた。
狙っていたのは私ではない、ユーリだ。
敵の狙いは最初からずっと狙いはユーリだった。ブラフを仕掛けられた。
「(させるか!)」
M4A1は咄嗟の判断で、身体を縦方向に回転し左手足を振り上げる"サマーソルト"で蹴り返した。
お陰で腕がユーリに到達することなく、空中に跳ね上げられる。
「────まぁ、お上手」
「お呼びじゃないわ!」
M4A1はそのままライフルを敵に向け、5.56ミリをフルオートで発砲。
だが、カウンターで発砲した弾薬は全てあの手から放出される力場みたいなものであらぬ方向に偏向されてしまった。
「(まずい、弾切れ!)」
M4A1はサイドアームのFNX-45をホルスターから引き抜いた。
「指揮官……あれは、危険です。私の後ろに」
M4A1は手を伸ばし、FNX-45を敵に向けながら彼の前に立ち、ユーリを守るように敵に立ちはだかった。
「あらあら、こんな舞台裏までくる好奇心旺盛な方だと思いましたら、随分と慎重な方々ですこと。ですが、お客様どうかご心配なさらず、今宵、素敵なショーはもうすぐ始まりますわ。ぜひ、ご期待くださいませ」
それだけ話すと不気味なネイトは丁寧にお辞儀をすると、光学迷彩で姿を消し撤退していった。
「逃げたか……」
「指揮官、あのタイプは知っています?」
「いや、初めてだ…」
あんなタイプ、ユーリにも心当たりはない。
毎度のことだが、M4A1は予想にない事を運んでくれるらしい。
「お互い、一度…あるべき場所に戻ろう。流石にこれは体制を整えるべきだ」
M4A1は頷く。ユーリの言葉は理にかなっていた。
「大丈夫、俺たちは今も味方同士だ。Kっていう男はしっているか?」
「あの露骨に高圧的な人ですか?」
「なんだ、"レイラ"もそう思っていたのか?実は俺たちもあの高圧的な態度でお前達のサポートを命令されたんだ。あのドイツ人は気に食わないけど、このセルビアのベオグラードを奴らの好きにはさせない。君もそうだといいんだが……」
「……もちろんです。ふふ、ようやくレイラって、言ってくれましたね」
「そういう君もやっと笑ってくれたな」
レイラと言ってくれた。聞き間違いではない。
そして、ようやく2人の空気に安堵感が戻った気がする。
M4A1は少しだけ希望を持てるようになった。
なら、彼にも話せるかもしれない。
「指揮官、帰る前に1つ相談してもいいですか?」
「もちろん」
「────私に時折語りかける、奇妙な声について」
私が"あの声を"のことを話している間もあの声は私にしつこく語りかけていた。
────翌日、グリフィンのセーフハウス。
「…はぁ」
「おい、馬鹿SOP。いつまで、キレてんだよ?」
セーフハウス出された、コーヒーが入ったカップを明らかに嫌がった顔で口に口につけていたSOPⅡの姿を見て、彼女の部隊AR(アサルト・レイド)小隊の"A(アサルト)部隊"副官のMP7は不満そうなSOPⅡを指摘した。
「怒ってない…というか、疲れててそんな気力がない」
「下水道はそんなに疲れるのか?」
「防水ボディが標準搭載されている、アンタにはわかんない悩みだろうね」
────秩序乱流事件から3ヶ月経った。ヴィクトルのアンジェリア捜索の命令は未だに続いている。そんな時にハーヴェルがこのベオグラードに行けと言う"誘い"を受けて、ここにいた。
ハーヴェルが言葉通りに招待するはずもなく、ベオグラード探索の途中で下水道につながる道を見つけ、白い敵"パラデウス"と邂逅して、SOPⅡはその時の罠で下水道で溺れかけていたのだ。
「先にアンタが行ったんだから、仕方ないだろうさ…で?これはなんだ?」
MP7がアタッシュケースを指差す。
「"K"がくれたアタッシュケースよ。爆弾かもしれないから注意して、とROが」
R(レイド)部隊の副官AUGが朝食を取りに上の階から、降りてきて、アタッシュケースの説明をすると、食事を持って上の階に戻っていく。
「…開けてみる?」
「…外でやって」
疲れが溜まっているのは本当のようだ。いつも好奇心旺盛なSOPⅡがそっぽを向いていた。
「ほう、ならお前の前でやってやる。そーれ!ご開帳!!」
「あ!この、馬鹿っ!!」
そんなSOPⅡの態度を見るや、しめたと思ったMP7がロックに手をかけた音を聞いて、慌ててMP7の方に振り返る、ロックの鍵は既にMP7の指に掛かっていたが…
「あれ…開かない」
「え、あ…ほんとだ。開かない」
「君たちの誰かがそうすると思って、開けないようにしたんだよ」
指揮官のユーリは苦笑して出来上がったサラダの上にスナック菓子を砕いた朝食に手を伸ばした。
「じゃあ、指揮官は中身がなんなのか分かってるんですか?」
「検討はついてる。あ…そうそう、彼の事だ。そろそろ文句を出してくるだろうな面白い物が今日は見れそうでうずうずしているんだ」
SOPⅡの指揮官に対する態度が少し、他人行儀なのをMP7は少し心配していた。
SOPⅡ曰く「ケジメを付けただけ、悪いのは私」と言っていたが、それは彼女が取る必要がある責任だとは思えない。
「失礼します」
「お疲れ様、HK416」
HK416が設営地点から出てきて、ユーリに軽く挨拶する。
「指揮官、機材の設営完了です」
「了解。あ、朝食できてるから食べるかい?」
HK416は報告した後に、テーブルを見る。
ユーリはテーブルに置かれたオートミールとサラダのことを言っているらしい。
「はい。もらいます」
HK416はいい朝食だな、と思いながら食べながら報告の続きをするため、彼の隣に座った。
「B-3-5-Fで暗号化しました。後は指定された時間に起動すれば、ビデオがスタンバイ可能です」
「あ、416。おはよう、遅かったね、トラブル?」
SOPⅡからの質問にHK416は回答に困ると言いたげな表情を浮かべた。
「それが設営の直前、ヘリアンさんが最近採用した新しい指揮官から連絡があってね」
「あのオールAの?」
RO635にHK416は頷いた。
「バックアップとしてくるのは知ってたけど、その指揮官様が直前になって急に人形を多めに持ってくるって言ってきてね。ソイツらの武器を隠す場所を急に探す事になったから、設営の時間がズレたの」
「そっちもそっちで苦労してたんですね。私達も、ベオグラードを調べていたら突然下水道のシステムエラーにやられて溺れかけたましたよ」
どこかの誰かのせいでね、と言ってRO635はSOPⅡを睨みつけた。
時計を見ると、そろそろKとのやり取りの時間が近づいた。
食事は今、食べ終わったところだ。ユーリは立ち上がると、通信設備がある部屋に向かった。
<遅刻だ。民間軍事企業としてはあまり褒められた物じゃないな>
早めに通信はしていた、だが通信設備が通りにくい通信コードを昨日の夜中に渡しておいて、何を言っているんだとSOPⅡは内心Kに毒づいた。
<不満そうだな。聞けば人形を全部呼び戻したそうじゃないか?これはある種の反抗とみなしていいのか?>
勘違いして欲しくないが、仲間になって仲良しこよしはしないと宣言したのはKの方からだ。
味方じゃない奴の考慮なんかしたくないとカリーナは思っているが。
「与えられたのはアンジェリアの捜索です」
<昨日のことを経験して、まだそう思っているのか?それなら俺も他を当たらないとな>
Kは下水道のことを言ってるんだろうが、それならそれでこいつとそこお仲間がどのくらい"短い"時間であの群れを対処できるか拝見しようじゃないか。
「是非そうしてください。それで、こちらの仕事がやり易くなる。それはそれで結構です。こっちも味方じゃない高圧的な態度の人に手を貸すのはなかなか疲れるのを知った」
ユーリはこういった輩が好きじゃない事は多分Kの方も承知しているだろう。
「あぁ、そうそう。貴方の質問に答えていませんでした。理由としてはここまでの道のりが不自然な程順調な事です。どんな事でも順調なだけで済む前例は少ない」
<…続けろ>
「少なくともグリフィンにはここにとどまる価値があるという事ですが…だとしたらそんな選択をしていいんですか?貴方とその背後にいる人にグリフィン以上に都合が良い選択肢はないでしょう?まぁ、貴方にそれ以外の理由があるなら話が変わりますが…それでもいいと言うのならどうぞ、他を当たってください。私も貴方のように他を当たるとしましょう」
<チッ…流石にやるな>
ユーリにペナルティの一部を伝えられた、Kの顔を見てカリーナは多少せいせいした。
<だが、情報を伝えたはずだ。アンジェリアは敵じゃない。俺が話した通りだ>
「だから探しているんじゃないですか!!」
Kは端末を取り出す。
<カリーナだな。後方幕僚、身寄りもなく金に相当がめついと聞く。哀れに感じたクルーガーが未成年は規定を破って、未成年のお前をクルーガーに引き入れた。正直、金にがめつい奴とは関わりたくない二束三文で自分すら売り出してしまうからな>
それは、カリーナに対する揺さぶりなのだろうか?
「似たような、雰囲気を感じますが」
ユーリがカリーナの保護者の様にKとの会話に割って入る。
<そのことについては否定できん。だが等価交換は必要だ、お前が情報を欲しいならそれに釣り合うチップを差し出してもらおう>
「我々に渡してくれるチップは?」
<先日渡した、アッシュケースとパラデウスの中身だ>
チップは、報酬とは別のお礼金だ。
「いいでしょう…と言いたいが、あと一足ですね。私はあなたの依頼を1回応えました。釣り合うのはこちらが決めるところでもあります。それが、取引ですよね?」
<認めよう、ここまで交渉が上手い奴は海外でも仕事をしている様な奴くらいだ。特に要点を掴むことに長けているな。ここは"オマケ"をつける必要が出てきた様だ>
ヴィクトルとは違い、Kは指揮官である、ユーリの事をじっくり観察した上で評価しているのかもしれない。
ユーリはヴィクトルより、Kに対して比較的好意的な感情を抱いた。
「ここは明白な協力関係を気づくべきでは?」
<もっともな意見だ。カリーナ。なので、一つ情報を追加しよう。アンジェリアは"反逆者"でありながらそれらしからぬ動きをしている。しかも、"相変わらず"少ない手駒でリスキーな任務だ。問題は時間が経つにつれてやられる可能性があると言う事だ。だが、一方支援できる側の人間はその武力を引き払っている>
元々知りもしない、教えてもいない事で、コメンテイターの様な発言をするのは、余計な所を付け加えるのと同義でそう言うところがKといた人物の欠点かもしれない、などと考えながらもユーリはKの言った"相変わらず"と言う話を聞き流さなかった。
<もう一つ付け加えよう。アンジェリアの小隊にかつてAR小隊の人形がいる。俺の情報が確かならお前の部下だった筈だ。違うか?>
「さぁ、それは顔を合わせないと分かりませんね。さて、では取引しましょう。何をしてあげたら貴方のその硬い口は緩むのでしょうか?」
「そこは堅実だな。嫌いじゃない、お前とは仕事でなら仲良くやれるかもな。さて、お前達に頼む事は…」