「次!入れ!」
空模様は曇り、ボロボロになった街模様の中、人々はひとつのゲートに向かって長い列を作り上げていた。
「次!」
列を成す、人だかり。
このゲートの先はここに逃げ込んだ人たちが一休みできるキャンプがある。
皆はそのキャンプを目指しているようだ。
なにせ、ここはE.L.I.Dという怪物から逃げて、隠れて行く当てのない見捨てられた人達だ。
自分の全てを捨てても少しでも安全なところがあればそこに入りたい。
殺そうとする脅威があるのなら、苦しくても生きたいというのは全ての生き物に備え付けられているものだ。
「交代します」
「おいおい、本当に来たよ……」
ガスマスクの人間からチェック票を手渡される。
神経の擦り切れる仕事だ。ここに検閲で来る人間は本当に少ないらしい。
「次の人!」
かつて正規軍からグリフィンの指揮官を務めていたユーリは正規軍に戻り今は感染者と非感染者を見分ける作業をしていた。
……少なくとも、今は。
「……(問題はなし、だな)」
彼に異常はない。
なら、キャンプに行かせよう。
「右の方に行ってください」
「あ、ああ……」
────
「結構です。右の方に行って」
「はい……」
────
次々と検査した人間を仕分ける。
今日は珍しく感染者の反応が少ない。
日頃、腐肉喰らいと渾名で呼んでいるE.L.I.Dを始末し続けた結果が出ていると見ていいだろうか?
「あの、の……」
次の人間が入ってきた。
ユーリは目を合わせただけで、「ダメだ」と理解してしまった。
念のため検査しても、目の充血、切り傷……噛み跡、ああ……結晶化の症状が確認できた。
「あ……の?」
「"左"にいって」
「は、い……」
言語機能の乱れもある。
完全に黒だな。
「(可哀想だが、仕方ない)」
左の防音機能のあるプレハブ小屋に行くように指示する。
あそこに入った奴はその場で逃げ出さない限り、死ぬ。
なぜかというと、小屋の中には9×39ミリか300BLKを持った奴がいて入った難民を始末する。
「1人そっちに行った」
<大尉、"クロ"ですか?>
「"クロ"だ、やれ」
<了解>
処刑だ。外からは聞こえない、減音された銃声が無線越しに流れる。
<終わりました>
屠殺場に入れる気分だ。
「次の人どうぞ」
────
───
「大尉、交代です」
「そうか?ああ、こんな時間か」
時計を見ると確かに交代の時間だった。
ボードにユーリは検査した人数と結果を手短に書いて、交代役に仕事を引き継いだ。
「じゃあ、交代まで頼む」
「了解です。それと、大佐が呼んでおります」
「分かった、すぐ行く」
ユーリは何のことだろうかと思いながら、大佐のいるであろう司令室に足を運んだ。
「フレーヴェン大尉です。現着しました」
「……ああ、来たか」
ユーリが大佐に敬礼をして話しかける。
司令室は自分の事情を知っている人たちが固められており、ちょっとした密談が起きる事を予感させていた。
「……すまないな。試験任務をしていたお前も疲れているだろうが、検査なんかの応援に来させて」
「構いません」
「当初のやつが体調不良で行くのを拒否したんだ。大方、この仕事についていけずサボりたくなったんだろう」
「地味ですが辛い仕事ですからね。でも、検査は怠れませんでしょう?手が空いている内は私も助力させて頂きます」
「助かる。来週には休んだやつか、代わりを来させて貴様に本来の仕事に戻れるようにする。それと……これを見ろ」
大佐の秘書から渡された資料を読む。
内容を流し読みするだけでも、パラデウスについての調査記録であることがわかる。
「……?あぁ、これはパラデウス?……の、資料ですか?」
「……ベオグラードの件で、新ソ連内部では指導部に対して核攻撃をオプションに入れた事を議題に強いバッシングを企図する動きがある」
「結構な事じゃないですか」
「……貴様、わざとか?」
露骨に政府に忠誠を誓った軍人にとして無礼な態度だが、それもユーリがベオグラードであの怪物を遠ざけたことで、セルビアを救っているのであまり強力な注意は出来ない。
むしろ、所属によってはこの発言を応援すらするだろう。
「今でこそ中立ではありますが、セルビアはかつて新ソ連同盟国です。その国からの要請も無しに核攻撃しようとして、新ソ連は無理やり自分達を英雄扱いされようとメディアを好き勝手締め付ける。そんか国が内側からバッシングされることは健全以外のなんなのでしょうか?」
健全、か。たしかに、今の新ソ連は不健全とも言えなくない。
ユーリは書記長から感謝の発言をもらうと同時に直接、あの核攻撃を考えた誰かを糾弾しなければならないと言っていた。
「……ベオグラードの件は2度と起こしてはならん。それは、貴様も私も指導部も同じ考えで、核を落とす健全でない輩には厳しい処置が下るだろう」
前置きが長くなる。それで解決するのか?とユーリは思ってるかもしれない。
だが、この長い前置きがないとユーリの視点から見て、指導部は自分で核を落としておいて他者に責任をなすりつける連中にしか見えない。
隊長をそんな士気をさせたら、うまく行くものも失敗するのでこの言い訳のような長い言い訳の前置きがいるのだ。
「だが、その為には指導部がいう事を聞く価値があるという実行力がいる。……そうだ、お前の視点で言う所の"浮かされやすい"連中だ」
「それは我々に騒動のスケープゴートも兼ねてパラデウスを潰せという意味ですか?」
大佐は頷く。
「パラデウスはあの反乱軍と手を組んでいるという情報もある。指導部は纏めて片付けをするつもりなのだろう」
「……カーター将軍、エゴール大尉」
「書記長たっての要望もあるから、今回の資金は多めに出すとのことだ。そこまで期待されているなら貴様もわかるだろう?」
「失敗は許されない、ですか」
また大佐は頷いた。
「……"あの方"もこの作戦には前向きだ。時間や金はかけて良い、だが必ず結果を出せ」
「……了解」
「まずは反乱を考えているカーター達からだ。保安局の動きもきな臭い、絶対に結果を出すお前なら問題ないと思うが……慎重にあたれ」
ユーリは書類を受け取った。
あの方が前向きなのは知っている、先に聞かされていたから。
彼自身、断るつもりはなかったのだ。
「……それと、新しい協力者も作っておいた。お前の懐かしあの会社のその中に含まれているだろうな」
「……グリフィン?」
グリフィンが入っているリストを見て、ユーリは複雑な表情を浮かべる。
グリフィン最後の仕事と決めて、オレはベオグラードの任務に臨んだ。
だが、結果はどうだ?
大勢の部下の人形は壊すわ、作戦は大失敗を一歩手前で挽回出来たようなものだ。
正直、今回は無能もいいところだったというのに……
「そうそう。お前がグリフィンから消えてから、我々にかなりのアクセスを求めるグリフィンの人形が確認できた。AR小隊の人形だ」
「M4!?アイツ…」
「あっ……いえ」
「……貴様、変わったか?」
「変わった?」
大佐はそうだと答えた。
以前のユーリなら、誰が協力しようがしまいが表情を変えずに淡々と任務を実行していた。
だが、今はグリフィンの名前が出た時躊躇いを思わせる表情をしていた。
こんなユーリは初めてだ。
「……グリフィンと提携するときに聞いてもらいたいことがある」
「どのような?」
「…-最近、保安局のアンジェリアからグリフィンに戻った"M4A1"……奴の資金の動きに動きがあるらしい。ないとは思うが、反乱分子に関わりがあるかもしれんので、聞けたら聞いてこいとのことだ」
聞けたら、聞いていこい。か。
多分、絶対聞いてこいと言い換えただけだろうなと思った矢先……大佐の端末、あのキューブの端末から着信が来た。
「はい。私です、ええ、ユーリはここにいます。もちろん、タリンからあの"基地"のことも伝えて……え?はい、分かりました。ユーリにですね?分かりました」
大佐はユーリの方に向き直った。
どうやら、自分に用がある電話だったらしい、
「ユーリ、今から仕事だ。禁足域に迎えを待ってる奴がいる」
「禁足域ですか?」
────1週間前
アクセス失敗
「これもダメか…もう」
M4A1は端末をたたいて繋がらない携帯電話番号を眺めて悔しそうに唸った。
外部からも雇って調べさせたが…全くダメ。
電話番号やアドレスを手に入れても全部が別人のものになったか、そもそも今のように繋がらないか。
ユーリに繋がるものに全く繋がらない。
「お疲れー。ええ、お疲れ」
自室に入ってきたのは自分が雇った、人形AR-57だった。
「調子はどう?」
「ダメ。全滅」
「もう全部調べたの!?」
AR-57は冗談を聞いたように目を丸くする。
けど、冗談ではないのはM4の残念がりな姿で事実と分かった。
「はい。仕事の報酬」
M4は報酬の札束を机において、AR-57はそれを受け取った。
「サンクス。にしてもさ、なんで雇ったの?」
AR-57はM4A1がつい最近金で雇った人形だ。
人間が人形を雇うのが当たり前なように、人形が人形を雇うことは珍しい話ではない。
珍しいのは”M4A1”という、強力な戦術人形がなぜ金で人を動かすような真似をしたのかが気になったのだ。
「そうね、そろそろ話すか」
M4A1は窓を見つめて、椅子から立ち上がる。
「妹のM4SOPMODⅡとRO635っていう人形知ってる?」
AR-57は知っているとうなずいた。
M4SOPMODⅡはある界隈で有名な、M4A1と同じAR小隊の強力な戦術人形だ。
RO635もSOPⅡ程ではないが、有名な人形だった。
「その子たち、私が欠席していた時に知り合った人形とつるんで新しい部隊を作ってたの。RO635は前々からやってた延長かなって思ってたけど、SOPⅡは予想外だった。…それで、私はうらやましいと思ったのよ」
自分の事情で動かせる人形いるなんて、本当に便利だ。
AR小隊は家族だが、個人的事情で自由に動けるわけではない。
「私さ、グリフィンでかなり嫌われててね。SOPⅡ達のように誘って一緒に戦ってくれる子もいなかった」
しばらくして、うらやむ日が続いたとき、あることに気が付いた。
「でも、しばらくして気づいたのお金を使って、雇えばいいって」
「へえ」
俗世には"金の切れ目が縁の切れ目"ということわざがあるらしいが、見方を変えれば金がある限り縁は切れないということともいえる。
幸い、貯金にはかなりの余裕があるので
「そうだ。グリフィンの連中がさ、タリンっていう言葉をよく口にしてたけど、なんかあるわけ?」
「ええ。タリンを経由して、どっかの基地に行くそうよ。もちろん、あなたもつれていくつもり」
「わあ、えんそくー。たのしみー」
本気で楽しみとは思ってないだろう。
だが、初めからそのくらいの余裕を持ってくれないとタリンの任務は厳しいだろうと確信もM4にはあった。
「さすがに2人じゃ不安だから、さらにもう何人か雇うことにしたわ」
AR-57は「本気だな」と確信した。
なんにせよ、タリンに行くまでに本気の装備を整えておかなければならないとAR-57は確信した。
あのコーラップス兵器がなければ、何人生きて帰れなかったろうか?
けど、この穴の中には何人の犠牲者がいるのだろうか?
M4A1の心の曇りは濃くなるだけで、一向に晴れる気配がない。
1週間後
「────はぁい、皆さん。私が今日からあなた達の部隊に所属する。MCXですよぉ」
「彼女が例の?」
タリンへ行くための準備をしている、M4とAR-57の下にピンク色の髪とプロポーションに優れた人形がやってきて、そこで武器のメンテナンスをしていたAR-57は、突然の来訪に驚いた。
「ええ、戦力としては十分よ。」
「…うふふ!そういうこと!」
M4A1もMCXがこれからの新しいチームメイトである事を告げた。
「自分を善良で正直な警察だと思っているけど、本質はいたずら好きの人形だから注意してね」
「見りゃわかるわよ、コイツは煽り好きね」
ここにいる、MCXとSTAR-15に似た見た目をしているAR-57もそのM4A1にスカウトされた1人だ。
「まぁ、そんな事をいうんですかぁ?」
言い方から、声色まで他人を挑発する気分にさせるMCXはおもむろにポケットからトランプを取り出した。
「うふふ…ちょうど良いです。お近づきの印に貴女方の本当の気持ちを当てて見せましょう」
MCXはトランプをマジシャンの様にの様に動かして、シャッフルするとやがて数枚のカードをテーブル上にばら撒いた。
「好きなカードをめくってください」
「なにそれ?まぁ、良いけどさ」
不審に思いながらも、AR-57は裏返しのカード一枚を表にした。
「ふぅん、クラブの2ですか」
「へぇ…」
「クラブだか、2だろうがどうでも良いよ」
AR-57がめくった、数字にMCXはうんうんと唸り、M4は少し驚いていた。
「クラブの2はですね…努力、地道…あなたは大変な努力家なんですね、驚いちゃいました♪根暗そうな見た目ですけど、寝不足なんですね♪」
「────コイツどんだけ失礼なやつなのよ!?寝不足は事実なのに!」
「じゃあ、ただの事実陳列罪じゃない」
たしかに、相手の本質をトランプカードで表すのは得意らしいが、その後におちょくった様な言い方をするあたり、相手の影響は範疇外らしい。
「────おーい、M4!頼まれた、サブアーム仕入れてきたぞ」
AR-57と同じ部隊のレミントンR5がガンケースを担いで3人の元にやってきた。
「持ってきてくれてありがとう。彼女はR5、彼女と同じ私が雇ったメンバーよ」
「よろしくお願いします、R5さん」
「面白い見た目してるな!私はR5だ!」
MCXとR5が握手をかわす。
「────さて、早速中身を見ましょう。うん、品質や素材は問題なさそう。早速これを使ってみるわよ」
ガンケースの中には5丁のRuger-57が入っていた、AR-57が使用する弾薬が5.7ミリの弾薬だから、M4このハンドガンを採択したのだろう。
「それじゃあ、このハンドガンも持って、私達5人で仕事をするわよ」
「今日はやけによく喋るな、M4?」
M4A1はこれまでは必要な事以外はあまり喋らないタイプの人形だったが、今日はいつもより口数が明らかに多いのである。
「────きっと、浮かれてるのよ。やっと、いい部隊ができたんだから」
USPの代わりに装備することにした、Ruger-57をホルスターに入れた。
M4の顔は何処となく楽しそうな表情を浮かべていた。
────隔離区域:禁足域
緑色のコーラップス液の粒子が舞う、見捨てられた様な場所で人も寄り付かず、取り残された存在は生存すら諦める様な場所で銃声が鳴り響く。
「────あぁ、もう邪魔くさいわね…」
「────レッドゾーン近隣のE.L.I.Dは硬いっていう、噂は本当だったな!」
「────喋る暇があったら、前の敵を倒しなさい!」
そんな戦場ですらない、区域でM4A1を先頭とした、AR-57、レミントンR5、SIG MCXの4人は依頼で見つけて欲しい物を探す為、全速力で走る。
「くそ!危なかった!!」
「タリンはもっと厳しいわよ。気を抜かないで」
「シュミレーターじゃ、不満!?」
そう、彼女達はシュミレーターの仮想空間ではなく、本物の怪物が跋扈する禁足域を突っ走っているのだ。
「依頼主の話、本当なのか?」
「────どちらにしても、依頼を達成できたら、依頼主の覚えもよくなるさ。ポジティブに行こう」
それには無茶苦茶だがM4なりの理由がある。
まず、ひとつ目M4がグリフィンから受けた依頼が禁足域に向かう必要があったから。
ふたつめ、地図を見る限りタリンやその先に向かう道中では必ずE.L.I.Dとの戦いになる。M4は自分が雇った人形がE.L.I.Dと戦えるか実戦で確かめたかったのだ。
「────えぇ、依頼主がただの消耗品と思ってくれなければね」
生き残る為に、目の前の感染者をなんとか避けて、避け切れないなら撃ち殺す…言うだけなら簡単だが、
実際に行うと陣形が乱れるわ、リロードに気を遣わなければならないわでかなり苦しい戦闘だ。
互いの息遣いが聞こえるくらい、荒く息を吸って、吐きながら命からがら目標の地点に辿り着く。
「────クリア!」
それでも、自分が雇った人形は見立て以上に優秀で弾薬を大量に消費しながらも、誰1人と失うことなく依頼主が送った、座標にあった建物にたどり着いた。
「やっと着いたよ。で?隊長さん?何を探せば良いんですか?」
「────依頼主によると、数日前にこの場所からメールが送られていたらしいわ。定期的にね」
「と言う事は、生存者の救出?」
「いいえ、私たちの仕事は救出じゃないわ」
M4は先に首を振って、その言葉を否定した。
「メールが何度も定期的に送られている。よく送り主はそんなに長い間、生きてこられたと思わない?ここ、禁足域よ?」
「…あぁ、そう言う事ね」
「そう、私達の仕事はこの建物そのものを調べる事…汚染されてない場所があるかもって事よ」
「ここまで、感染者の群れにあってるからその可能性は低いと思うけどね…」
建物を少しずつ、建物の調査を始める。
「────感染者!」
「────離れて!!」
やはりと言うべきか、建物の中に感染者が侵入してきては補強を繰り返すハメになりこの建物安心できる場所ではなさそうだった。
「────コイツで最後の部屋だ…今のところ何もめぼしいものはないな」
「────この部屋にある事を信じましょう…ブリーチ!!」
R5が勢いよくドアを蹴ると、そこには…
「死体、だな。このパソコンから送られてたのか」
「これ…自動メールじゃない。定期的に送られている」
ドアを開けると、そこには1人の男性の死体と太陽電池駆動のパソコンがあり、内容から恐らく、恋人に向けてのメッセージが書き綴られていた。
「見て、太陽光発電のパソコンみたい。定期的に送られる理由は……日の出の時に充電されて、動かせるだけの電池が貯まるから…?」
「それにこの送られた先、依頼主じゃ…?」
よくみると、メールの送った相手の名前は今回自分たちに依頼してきた、依頼主と同じ名前だった。
「隊長さん────」
「そのパソコンは回収するわよ。写真も忘れないで」
「了解」
R5が数枚の写真を撮って、建物を出ようとした時…ジリリリと建物に備え付けられた電話が鳴り始めた。
「……マジ?」
まるでドラマのワンシーンみたいだ。AR-57は呆気に取られてしまった。
「全員警戒、窓から見えない位置に行きましょう」
警察時代に経験があるのかMCXは警戒した。
スコープで狙撃手や襲撃者がいないか探りだす。
「電話はどうする?」
「私が出る」
R5がまだ鳴っている電話に対して指差した。
電話にM4が出ることになった。
「はい」
なり続ける受話器をM4が取り、声を聞くために耳に当てる。
<M4さん?>
「え……っ?」
まさかの自分の名前を呼ばれるという王道のシチュエーションを前にM4は固まってしまった。
<そうだ。ルニシア、お前に電話している>
「は?ルニシア?誰のことよ?」
だが、その固まりも"ルニシア"という押し付けの単語を聞いたことで怒りの融解を果たす。
<いや、失礼。不快な思いをさせた、ここは彼の言う通り"レイラ"と呼ばせてもらおうかしら>
電話の主人は素直に謝罪した。間違いをしたと反省していた?
というか、そこまで知っているこの相手は何者だ?
相手は老婆のような声を話し方をしていたが、しっかりと声は通っており、まるで子供のようにハキハキとした明るさがあった。
<……すまんが、もう一度確認させて貰う。あなたはレイラか?>
「ええ」
<やはり、ルニシアはダメで、レイラはよしか。ウム、覚えておこう>
「わざわざ電話した理由は?」
<今の状況に困っている、そう思った>
「……」
向こうはどこから見ていたか知らないがこっちが追い詰められていることを知っている。
<弾の数が心許ないのだろう?ピンクのポニーテールは残り58発、ストレートヘヤーは63発、帽子は72発、そしてお前は103発>
「M4、コイツの言ってること……全部当たってる」
「気味が悪いわね」
人形達は弾数を数えて電話相手の話と同じ数の残り数である事にゾッとした。
「……目的は?」
<お前達が困っているか、困ってないかそれを聞きたい。ワシは困っていると思うが>
「……ええ、お察しの通りよ。だからどう戻るか考えてるのよ」
<困っているのが分かってよかった。じっとしていろお前に迎えを寄越す>
「迎え?それは誰?それとアンタは誰?……クソ」
M4の質問に答える前に電話が切られてしまった。
折り返し電話をかけても全くつながらない。
「クライアント、電話はどうなった?」
「……切られた。迎えをよこすって言って一方的に」
「バカにしてるの?」
「ウチらを煽りに来た?」
「……どうする?本当に迎えが来るか待つ?」
電話相手がどんな気持ちだったにせよ、我々はここを出るか、迎えとやらが来るか考えないといけない。
「待ちましょう。どうするにせよ、今外は警戒心を尖らせたE.L.I.Dが彷徨いている。迎えを待たないにしても、ほとぼりが覚めるまで大人しくしましょう」
「ええ、それがいいわね」
────2時間後
「E.L.I.Dのヤロウ、唸り声を上げなくなったな」
「あ、そういえば」
「クライアントの言う通り、ほとぼりがさめたのかな?」
「慌てずにまず、待つのはクライアントの正しい判断だったようね。どうするの?クライアント、脱出する?」
「一度外を見てから確認しましょう。ないと思うけど、油断を誘われて待ち伏せとか笑えないし」
念のため外を確認することにした、M4達は窓から建物の外をそっと観察した。
「……は?」
窓から映った外の景色は……彼女達の想像を超えていた。
外の景色はあれだけいたE.L.I.D達が死骸としてあちこちに転がっていた景色に変わっていたからだ。
何が来た?何が起きた?ジャックから解放されたM4達が考え始めようと思ったとき、正面入り口からドンドン、とノックの音がこだましたのた。
『迎えに来ました。すぐにここから出ましょう』
電子処理された声が扉越しから聞こえてきた。
あの電話主が本当迎えを寄越した!?
いや、まだ油断はできない。相手が掠奪者の可能性は0じゃない。
「入り口に集合」
M4達は迎撃態勢のまま、入り口に集合した。
「やるわよ」
「警戒して」
人形達は頷く。
M4A1がドアの前に立つ。
「いま開けます!」
M4がドアのロックを解除した。
ドアが開かれる。
「……え?」
『あっ……』
あの装備見間違いない。
あれはベオグラードでユーリが装備した最新装備の"カリエス"だったはず。
『M4?』
「ユーリ……」
言葉のブレスで分かった。
彼は私の……私の元からやむなく消えた、ユーリ・フレーヴェンだった。
『救援要請を受けたから向かってみたら、まさか君に会うとは』
「私も迎えがあなたとは思いませんてしたよ」
M4はすぐ扉を開けて向かい入れる。
『どうしてここに?ここは禁足域だ』
「グリフィンから禁足域に定期的に送られるメールについて調べてほしいと連絡があったからですよ」
ヴェルークトはE.L.I.Dからの侵攻を跳ね除ける部隊だ。
確かに禁足域の近くにいて、寄せ来るE.L.I.Dを切り裂く……なんてのは考えられることだ。
『そんな無茶が……グリフィンで?』
「グリフィンが目立つ手柄を上げた途端、多方面から"ならコレもできるだろ"という無茶振りが増えてきたんです。しばらくしたら、ここより危険と言われるタリンにいく遠征ですよ?禁足域を抜ける場所に行く必要があったので腕試しもしたかったんです」
『……なるほど。それで、君のそばにいる彼女達は?』
AR小隊がまた全滅した話はユーリは聞いてない。
なら、彼女達はなんなのだろうか?当然、疑問に思うだろう。
「私が雇いました。私の新しい手足です」
M4A1は自分の雇った傭兵人形たちの事を"手足"と説明した。
ユーリは彼女達がM4のみに従う、人形達だと分かった。
彼女の資金の流出はこの傭兵を雇うためだったのか。
『分かった。じゃあ、安全な場所まで送ろう。それにしても、驚いた。君も私と同じ"腕試し"をしていたなんて』
「腕試し……?あなたも?」
『丁度、"あの方"からテスト兵器を預かっていてその試験をしていたんだ』
ユーリが端末を弄ると、さっきまで崖や岩だと思っていたものが動き出し、迷彩が解け巨大な蜘蛛のようなロボットが現れた。
「嘘!?」
「気づかなかったぞ……!」
『自律支援機"テイラー"……擬態能力の成績は上場だな。みんなはテイラーの上に乗って援護してくれ。私はテイラーの試験を観察しながら帰るよ』
話を終えると、"テイラー"は動きだし安全な場所まで動き出した。
途中、こちらを嗅ぎつけたE.L.I.Dの襲撃が何回かあったが"テイラー"の容赦のない火力突破と対E.L.I.Dパワードスーツ"カリエス"を纏ったユーリの激しい近接防御により、コレと言った苦労がないまま自分たちが入った所まで帰ることが出来た。
『お疲れ様、助かったよ。全部テイラーにやらせようと思ったが、君たちが上から近づくE.L.I.Dを撃ってくれたから損傷も少ない。いい戦闘データも手に入った。"あの方"も喜んでくれるだろう』
「あの方?」
『……あー、それは』
「それって、私たちに電話してきた人ですか?」
……"あの方"と話したのか?M4A1にそんな事が起きたなんて考えてなかった。
だが、ご丁寧に籠城できる状況でもないのに待っていたという事は本当の事なのだろう。
『M4、2人で話せる?』
────
───
「すまない。仕事が終わったばかりなのに引き留めて」
「そう?私はあなたといられて嬉しいと思ってるわよ?」
傭兵達を先に帰らせた後、M4とユーリは基地の近くにある喫茶店で話をすることにした。
「コーヒーとケーキです」
「ありがとうございます、はい」
M4A1は店員にチップを置くと、コーヒーに口をつけた。
「博物館のデートをした際も喫茶店に寄りましたね」
「そうだね。M4は今も博物館に寄るのかい?」
「ええ、もちろん。いつか、"ギガス"の化石をこの目で見たいわ」
ギガス?ユーリは聞き返した。
そんな恐竜の名前は初耳だったからだ。
「あぁ、ごめん。昔の名前だったわね、ティラノサウルスのことよ」
「知らなかった……」
「2000年には消えた名前よ、知らなくても無理ないわ。それにしても、また私の事をM4って呼ぶのね?レイラって呼んでほしいわ」
「いや、それは……」
「せっかくあなたにもらったレイラという名前もギガスのように儚く聞いてゆく定めなのね……」
あからさまな演技でレイラと呼ばれない現状を嘆くM4A1。
だから、唐突にティラノサウルスの事を言い出したのか。
「悪かった。レイラ」
「……フフ。ごめんなさい、からかい過ぎたわね。そうだ、お話があるんですよね?」
「ああ。まず、禁足域に入っていたことは我々だけの秘密にしておく」
「助かります。それと、貴方が話した"あの方"についてですが……」
少しばかり和んだあとに、やっぱり聞いてきた。
ユーリだってはぐらかせるならそうしたいが、M4A1という子は大人しそうに見えて必要と判断したら徹底して食い下がるタイプだ。
「残念だけど、"俺"も"あの方"のことはそう多く知らない。話してあげられることはもっと少ない。教えてあげられるのは、あの方が言った事は驚くほどよく当たる」
「未来人みたいな人ですね」
もちろん、あの方の外れる事もある。
それでも、考慮する材料になる位にはよく当たる」
「もしかして、今回私達を助けたのもその予言のお陰なんですか?」
「やっぱり鋭いな」
M4A1はやはり賢い、となると自分が次何を聞くのかとか、何をすることになるのか、その予想も大方組み上がってるんだろう。
「あの方の予言だと、君たちはタリンに行くと聞かされた。そして、タリンのその先でカーター将軍らを支持する将兵とぶつかり合うことになるらしい」
「やっぱりタリンへの遠足は建前だったのね」
なんだ、やっぱりタリンに遠足に行くだけでは済まないじゃないか。
どうりでたくさん物資を集める後方支援が増えたわけだ。
M4A1はグリフィンの不自然な動きに一定の納得を得ていた。
「それを聞いた上は、俺たちに君たちと一緒にタリンに行かせることを決定した。近い内にグリフィンの方から発表があるだろう」
「あなた達とまた一緒に戦えるんですか?それは嬉しい話ですね……ええ、本当に」
M4A1は意図せず口角が上がってしまっていた。
この作戦がグリフィン史上もっとも激しく凄惨な戦いになる事を理解しているのに、それでも私は口角を上げた。
それほど私はユーリとまた一緒にいられる時間が貰えることに嬉しい興奮を覚えていた。
「話と言ってもコレくらいなんだが……M4、嬉しいのか?」
「ええまだ貴方との縁が繋がっていたこと、それに私をまだ頼りにしてくれることに」
指摘されて、私が嬉しいと思っている事に気がついた。
きっと、ユーリに指示を出したお上の人や"あの方"はグリフィンを盾にするなり、口実にするなりで"タリンのその先"とやらに行くために利用したいのだろう。
……利用?結構な話だ。
愛している人の役に立てるなら、利用されるのも悪い気はしない。
「ご馳走様でした」
出されたコーヒーとケーキを感触したM4A1は代金をテーブルの上に載せた。
「タリンの後のお話、お引き受けします」
新しい手足なのは傭兵達だけではなかった。
M4A1もなんらかの謀略の手足にけれど、その手足となる少女は潜在一隅のチャンスを手に入れていた。
「次はタリンでお会いしましょう?私の指揮官様?」