魔法少女育成計画JACKERS   作:皇緋那

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プロローグ
1.月下の再会


「『K県S市における人造魔法少女の調査依頼』」

 

 日課のパトロールを終え、ベッドに寝転がっていた少女、姫河小雪は、メッセージの受信を知らせる通知に顔を上げ、何気なくそれを読み上げた。

 そして魔法の端末に表示されたその文字に、友人からのメッセージの返信でなかったことに少々の落胆を覚えながら、呟く。

 

「ファル」

「はいはいぽん」

 

 ぼんやり浮かび上がった白と黒の球体が甲高い電子音で返事する。マスコットキャラクター、電子妖精のファルだ。以前の持ち主によって改造を施された彼は事件以来その持てる機能を使いスノーホワイトをサポートしてくれる。こうしたセキュリティソフト的な一面もその機能のひとつ。メールそのものに魔法を添付するなんて芸当ができる魔法少女もいるのだ。怪しきは疑ってかかる。

 ファルから少しの沈黙の後、答えが来た。

 

「魔法はかかってるみたいぽん。情報を漏らしたら記憶を消されるとか、そういう類の」

「そう」

「それと写真ファイルがあって、それは──」

 

 ファルが言葉を止めた。彼がこう言い淀んだということは、何かある。セキュリティ警告ならばすぐに反応するはずだ。他の何かを感じ取り、メールを開いた。

 人造魔法少女、覚えのない語だ。K県S市、こちらもスノーホワイトには縁のない土地である。メールの内容を流し読みしながらスクロールを進め、立体映像のファルが何か言いたげに佇むのを尻目に、例の写真ファイルまでたどり着く。映っていたのはひとりの魔法少女だ。女騎士、だろうか。甲殻に覆われた尾を靡かせ、メリハリのある肢体を包むのは水着のようなコスチューム。背中には剣と槍を背負い、露出度はともかく竜騎士という風貌か。

 その姿には心当たりがあった。髪色は記憶にあるブロンドよりもほんのりと赤く染まっており、顔立ちもどこか異なるが──その姿を忘れるはずがない。

 

 魔法少女ラ・ピュセル。岸辺颯太。

 あのクラムベリーの最後の試験にて、命を落とした、姫河小雪の大事な幼馴染み。剣になると誓ってくれた彼の言葉と、二度と会えなくなったあの日のことは、いつまでも心にこびりついて離れない。

 

 岸辺颯太は死んだ。この世にはいない。それは理解している。だが、ここにラ・ピュセルの姿をした魔法少女がいるということには、何かがあるはずだ。先日出会った『肉親と瓜二つの魔法少女に変身した』例を思い出す。面影があるということは、彼女、いや彼を知る人物だということに繋がる。颯太の家族に魔法少女になるであろう人物がいる……とは思えない、が。

 

 いてもたってもいられなくなり、小雪は体を起こす。寝転がって乱れた前髪を軽く整え、ベッドから立ち上がる。そしてもはや感慨もなく、すっと変身を済ませる。衣服が部屋着から花のあしらわれた白い学生服のようなコスチュームに変わり、髪色は日本人離れした桜色になる。

 

「本気で行くぽん?」

 

 ファルの心配はもっともなことである。こんな不審なメールの目撃情報で赴く場所が、よりによって、今最も『何かが起きた』場所なんだから。

 

 ──数日前、K県S市から複数の家屋が消えた。1区画、と言うべきか、被害は両手で数え切れぬ家屋と何人もの行方不明者だった。凄まじい爆発音と共に巻き起こった爆発は衛星写真にも捉えられ、大きなニュースとなっていた。インターネットでは、かつてロシアで起きた謎の爆発伝説と絡め、現代のツングースカ大爆発だと騒がれているらしい。

 原因は大規模な事故、何かの事故とされている。ガス爆発、にしては責任を取る会社が何個あっても足りない。ツングースカのように隕石だったかもしれない、と片付けるには、現代は発展しすぎている。詳細は不明とするしかない。そもそも、爆心地にあった建物は跡形もなく吹き飛んでしまい、原因の特定は人間の社会には不可能だった。もはや人間の警察には手に負えない。まさか廃業した工場の建物から、半径百メートル余りが更地になるとは、誰も想像しなかっただろう。

 

 その爆発に、ラ・ピュセルに似た魔法少女が関わっている。恐らくは、爆発そのものも魔法少女の仕業だ。スノーホワイトは行かなければならない。ファルは止めても止まらないことは知っている。ベッドの上に残されていた魔法の端末を手に取り、再び窓を開く。

 きっと、またしばらく家を空けることになる。外側から窓をそっと閉じて、薄暗くなり始めた夕暮れの空に向かって、建物の屋根を伝って駆け出した。

 

 ◇

 

 件のS市へ入ったのは、日が沈みきった頃だった。

 魔法の国の隠蔽工作なのか、大事件にも関わらず住宅地は平穏であった。多少のヘリコプターや車両が非日常的だが、その程度。ここから、心の声とファルの索敵機能で魔法少女の捜索が始まる。まずは精度を下げてでも、広範囲に網を広げる。

 

「S市の担当者は」

「プリズムチェリーって子ぽん。ただ、丁度、爆発事故の日から連絡がつかないみたいぽん」

 

 ファルの出した画像の少女はキラキラしており、写真の彼女とは異なる。だが担当者が行方不明、か。同じ日ということは、爆発事故に巻き込まれている可能性もある。あの写真の魔法少女ではなくとも、プリズムチェリーの発見もしてあげたい。どちらが引っかかっても構わない、むしろ両方引っかかってほしいくらいだ。

 

 空はもう真っ暗になりつつある。だからこそ、だ。人目につかぬよう夜間に活動する魔法少女は多い。

 夜の街に向けて、耳を傾ける。動物や通行人のちょっとした悩みが混じって聞こえる。落し物で困っている人がいるのに気がついて、そちらへ跳んで助けに回った。地区の魔法少女が行方不明なのだから、不在の間の魔法少女的活動は勝手に代行してもいいはずだ。それを何度か繰り返しつつ、深まっていく夜に高層ビルを飛び回る。

 そして、ファルが反応を見せたのは、最初の人助けから2時間ほど経った頃だった。

 

「魔法少女反応あり、ぽん! これは……!」

 

『振り向かれたら困るな』

 

 ほぼ同時、背後にした気配と心の声。これは間違いなく魔法少女だ。いつでも防御できるように腰の魔法の袋に手を突っ込み、武器を掴みながら、振り向きざまに身構える。剥き出しの警戒心で顔を向け、そこに立っていたのは、写真に映っていたあの子だった。

 

「──おっと。気づかれちゃったか」

 

 謎の魔法少女は驚いた顔をして、両手を挙げた。武器は背負ったままで、握ってはいない。やはりそのコスチュームのほとんどがラ・ピュセルそのものだ。違うのは差し色の赤。髪やコスチュームの一部の色が違い、胸元には赤と金の宝石が2つ、並んで輝いている。これもまた、ラ・ピュセルにはないはずの特徴だ。

 

「来てくれたんだ、スノーホワイト」

 

 警戒はまだ解かない。正体を掴むべく、その顔を見つめた。細く長い瞳孔が見つめ返してくる。

 

「そう睨まないでよ。敵対しに来たわけじゃない」

「あなたは誰」

「誰って、そりゃ」

「そうちゃんは……ラ・ピュセルはもういない。あなたは誰なの」

「……」

 

 言葉を詰まらせ、少女はふっと息を呑んだ。

 

「すごいな、小雪は。颯太のふりじゃ駄目か」

 

 ──姫河小雪を知っている。岸辺颯太のこともだ。目を見開く。いや、そこまでは想像できたはずだ。颯太を騙ろうとした理由まで問い質したい。まだ、武器からは手を離さなかった。警戒心を弱めたのは、次の瞬間からだ。彼女は「プリンセスモード・オフ」の声とともに魔法少女への変身を解き、小雪と同年代の少女の姿に変わる。

 

「あたしだよ。緋山朱里」

 

 ──覚えていた。小学校の頃の、友達。明るい茶髪に染めていたり、鞄に派手なアクセサリーがいくつもついていたり、あの頃とは大きく見た目は変わってしまっているが。それでも顔を見ればわかる。そして同時に納得もした。小雪と颯太の共通の知人なら、小学校で一緒だった人物だ。

 朱里は何やら赤と金、先程胸元についていたものと同じらしき宝石をかざし、今度は「プリンセスモード・オン」の合図で再び魔法少女の姿となる。こうして見れば、顔立ちに少し面影がある。少なくとも颯太のラ・ピュセルよりは、気が強そうだ。

 

「颯太のこと……こうなって初めて知ったんだ。あいつはずっと、小雪のことを心配してた」

「……どうして朱里ちゃんがそれを?」

「ほら、力を受け継ぐとか、そういうやつだから。ラ・ピュセルの意思を受け継いだわけ」

 

 いや、そもそも颯太が『魔法少女育成計画』の事件で亡くなってから3年が経とうとしているのだ。朱里と颯太にどこまで接触があったのだろう。確かに、男子に混じってサッカーに臨む朱里と、それに並ぶ颯太を、小雪が応援する……なんてことは珍しくなく、仲は良かったと思う。けど、小雪を抜きに一緒にいるところはあまり見た覚えがない。

 出身地であるN市からこのS市に引っ越していった朱里が、小雪ではなく颯太とだけ会っている、なんてことはあったのだろうか? 

 

 スノーホワイトの魔法の前に嘘はつけない。往々にして嘘とは見破られたら困るもので、知られたら困る、という無意識は心の声になり、スノーホワイトの耳に届く。今の朱里からそれはない。彼女の心からの言葉だ。

 

「とにかく。これからはあたし『プリンセス・ナイト』が、小雪を守るって」

「……それは嬉しいけど」

 

 その言葉は彼のものだ。いくら朱里といえど、同じことをしてほしいわけじゃない。

 

「それで、早速なんだけど」

「何?」

「あたしの仲間たちと、後援者がいるの。会ってくれないかな」

 

 スノーホワイトはほんの少し考えた後、頷いて返した。朱里、改めプリンセス・ナイトはふっと安心したような顔を見せ、さらにじゃあ決まりだと笑った。先導しようとする彼女がいくつかの家屋の上を跳び、少し離れ、スノーホワイトも続こうとしてファルの声がする。

 

「信用するぽん?」

「朱里ちゃんは嘘をついてないよ」

「プリンセス・ナイト……少なくともファルのデータにはないぽん。故人の魔法少女を他の魔法少女に……っていうのも、信用していいのかどうか」

「そうだね」

 

 ファルの言う通りだ。いくらプリンセス・ナイトがスノーホワイトを陥れようとしていないにしたって、その背後にいる人物のことはわからない。わからないが、それならそれなりに、やり方はある。

 

「もし友達が騙されていたら、連れ戻さなきゃ」

「言ってることめちゃくちゃだけど、自覚あるぽん?」

「あるよ」

 

 罠なら食いちぎってやればいい。そう言っていたのは誰だったか。きっとアニメの中のキューティーオルカだろう。

 向こうで手を振るプリンセス・ナイトの方へ、コンクリートを蹴った。空には月が昇って、冷たく魔法少女たちを照らしていた。

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