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下級貴族崩れの落ちこぼれ魔法使いであるペリングでも、少し戦えばわかる。今対峙している魔法少女、アルファベータは本国で生産された魔法少女……それも調整を施された高級品だろう。そもそもの性能が違う。
そんな相手に食らいつくには、持てる全部を使うしかない。必死になって身につけた攻撃、強化、その他色々魔法を総動員して、常に詠唱を続ける。自分の固有魔法のおかげで噛んでもスペルミスの範疇だ。目の前の相手、アルファベータの繰り出す拳をどうにか避けながら、口だけは止めない。
「まさに減らず口ですねえ」
火球を打ち出して牽制する間、ひたすらエンチャントをかけたペンを投げつける。魔法のかけられたインクは掠れば強い呪いを擦り付ける。だが絵本の背表紙に弾かれて外れ、諦めず放つ2本目もひょいとかわされてしまう。炎も次第に軌道が読まれ、ほとんど当たり前のように当たらない。呪文を変えるしかないが、生憎ペリングが持つのは初級のものばかり。長い詠唱はアルファベータ相手にしている暇はない。苦し紛れに物質生成に切り替え、魔法の短剣を作り、飛びかかって刃を振り回す。
「おやおやぁ、せっかくの魔法使い、その程度でいいんですか?」
強化魔法を自分と武器にかけ続け、反応速度を上げる。それでもアルファベータには追いつけない。追いつけなくとも、ここは任された。こいつが余裕を見せているうちは、ドッジとマーリーのため、そして──拾ってくれたリーダーのためにも、食らいついてやる。
歯を食いしばって突き出した一撃。それが突き刺さることはなく軽くかわされたうえ、アルファベータに蹴りあげられて、二の腕が折れる。
「……ッ!」
「おや、そこまでですか?」
痛みに次の言葉が出ない。なんでもいい、吐き出しさえすれば詠唱にできる。はずが、吸い込もうとした空気を、アルファベータの拳が強制的に押し戻した。ついでに腹部、どれかの臓器が傷ついて、血を吐く。
「魔法少女で魔法使いとは希少な存在だけに惜しいですね。そうだ、せっかくならば実験体に──」
その瞬間、ぐしゃ、と目の前をカラフルな球体が通過する。アルファベータを巻き込み、彼女ごと建造物に叩きつけ、跳ね回ったかと思うと人型に戻る。マーリーだ。彼女が来たということはと振り返り、こちらに真っ黒な何かが迫っているのを見て、咄嗟の早口詠唱を決める。内容はデタラメだ。早口言葉を噛みながらでもまくし立て、巻き起こった光の渦が黒色を弾く。黒色は少女の形になった。ゲヘナだ。彼女の能力は、この黒い何かを纏って攻撃してくるというものか。恨みのような目をして飛びかかってきたのに応戦し、点灯の魔法を交えながら格闘、どうにか振り払って、ペンを突き刺した。呪いのインクがゲヘナの体に流れ込み、体勢を崩した瞬間を狙ってマーリーが突撃。こちらも吹っ飛ばす。
「ナイス、ペリング! フィーリング、天狗!」
「天狗……あぁ、鼻が
「ゴム・マーリーも大助かーりー! あの真っ黒、極論、苦労!」
「……マーリー、あなた、耳がやられて──」
彼女の傷に気が付き、多少の血止めなら初級の魔法でもなんとかできると思い手を伸ばし、気配から後ろを振り向いた。アルファベータだ。彼女はもう立ち上がり、笑っていた。
「ゴム・マーリーさん! いいお名前……かどうかは置いておき……ようやくお名前を教えてくれましたね」
「……? 名前? 名前が何の
「Gのページ、Gのページ……っと。おぉ、もう、出来上がっていますよ」
手にした絵本をパラパラと捲り、やがてその手が止まる。見せつけられたページには確かに大きな『G』の見出し。そしてその本文とイラストには、最悪の未来。
『Gはゴム・マーリー。五寸釘に塗れて拷問死』
読み終えた時には遅い。イラストにはマーリーが串刺しにされた嫌な光景が描かれ、その通りに、隣のマーリーが呻き声をあげる。見れば、釘が喉に突き刺さっているばかりか、さらに無数に周りを囲んでいる。
「が……ッ……」
「マーリー!?」
呼びかけると同時に詠唱、どうにか釘の群れを払おうと風を起こしても意味はなく、マーリー自身も自分を毬に変えて逃れようとするものの、その毬を釘が追い、次々と突き刺さった。もはや止める間もなく、ペリングの目の前で魔法が解ける。残ったのは、串刺しにされたバラバラの遺体だ。
「……そん、な」
マーリーは明るい奴だった。魔法使いにも魔法少女にも仲間はずれにされてきたなんてペリングの泣き言を、出来の悪いラップで笑い飛ばしてくれた。それなのに。ペリングを、助けに来たせいか。
「お前……ぇッ!」
誤変換すら忘れる勢いで、コスチュームについたペンを全部引っ張り出し、アルファベータに向かって投げつけた。どれも突き刺さらない。ペンは全て、遮って現れた真っ黒な壁に飲み込まれていく。
「おや。助けていただくまでもないのですが」
「……姫様の指示」
「あなたはそればかりですねぇ」
味方が1人減って、2人を相手しなければならない。これまでの有効打は、どれも不意打ち。もうその方法は使えない、ドッチだって2人を相手にしているのだ。怒りに震える唇で、どれだけ乱れても詠唱は続ける。にやつくアルファベータが格闘戦を仕掛けてきて、腹部の打撃でまた血を吐いても、耐える。
魔法使いは汎用性と、最終的な出力で魔法少女に勝る。強力な魔法であればそれだけ必要な詠唱は長くなるが、それを完遂させた時、大抵の魔法少女を凌駕することができる。用意さえ、できれば。せめて、ペリングごとこいつらを。
「……うる、さい。あの子の声が、聴こえない」
手が伸びていた。真っ黒なレースの手袋に覆われた、手。その指先がペリングの口に伸びて、舌を掴み──引き、ちぎった。
口元から流れる血、投げ捨てられる自分の舌。遅れて認識する激痛は焼け付くよう。出ない悲鳴が溢れて止まらない。ゲヘナはその棄てた肉片を一瞥もせず、詠唱が奪われ、跪くしかないペリングを、無造作に蹴りつけた。倒れたまま、立ち上がれない。
「そうだ、いいことを考えました」
ペリングに馬乗りになり、アルファベータはコスチュームをまさぐってくる。抵抗しようとして、殴りつけられて、あっさりと、魔法の端末が奪われる。まさか。やめろ、それは──。
「おやおや。待ち合わせしているネズミがまだいらっしゃったのですね。でしたら……『みんなもう揃って待ってますよ』とでも送ってあげましょうか。
端末は投げ捨てられる。もう利用する気もないらしい。
最悪、だ。こいつらは、絶対、リーダーには会わせたくない、のに。どうか、気づかないでくれ。どうか、私たちのことを、心配しないでくれ。
薄らいでいく視界の中で、そんなことばかりを祈ったのが、ペリングのした最後の思考だった。
◇プリンセス・ナイト
悪い魔女──『ドッチ』と呼ばれていた魔法少女──との剣戟は熾烈を極める。
仕掛けたのは向こうからだった。長柄武器としての標識を受け止めながら、その変化を見る。黄色に黒、添えられた文字は『落石注意』。まさかと思い上を見た。迫る影は当然落石だ。受け止めていた標識を押し返し、剣を巨大化させて岩石を薙ぎ払う。
砕けた岩が散り土煙になる中、剣が使えないそのうちにドッチが加速、突っ込んでくる。これには蹴りで間に合わせ、剣を構え直した瞬間に変わった標識は『動物注意』。その通りに鋭利な角をした牡鹿の幻影がさらに飛び込んでくる。今度は剣をあえて小さくし、すれ違いざまに首を裂く。鹿の頭が宙を舞い、消えていった。
次に来るのは『強風注意』。巻き起こった竜巻を両断し、ぶつかった柄と刃で金属音が響く。互いに叩きつけ合い、受け止め、逸らし、その度に甲高く鳴り響いた。
変幻自在の標識は打ち合うほどに効力を変え、どうにか対応するために思考を裂く。何度も、何度も、手を変えて繰り出され、間に合わなくなってくる。よろめいた瞬間にぐっと押し付けられた鉄の柄が剣の柄に引っ掛かり、押し返そうと力を込める。歯を食いしばり、同じ表情のドッチが目の前にいて、ナイトは燃える。より強く握り直して、ぐっと鍔迫り合いがドッチ側に近づいた。
「騎士と魔女じゃなきゃ、いいライバルだったかもね」
「それ、悪い魔女に騎士様が言うことじゃないよ」
「どうだか……っ!?」
体が止まる。標識の警告は──『通行止め』だ。
「言っとくけど! 悪い魔女扱いしたのはそっちだかんね」
ドッチはナイトではなく、その後方へ駆けていく。彼女の狙いはずっと、スノーホワイトだったのか。標識の強制力に抵抗し、振り向こうにも振り向けず、どうにか少しの指先だけを動かした。切っ先が斜め下に向く。それでいい、そのまま巨大化させ、棒高跳びの要領で地面から跳ぶ。
スノーホワイトは何も言わず、目の前で振り上げられた標識をただ見つめていた。その間に、割って入るのがナイトだった。全身が強ばったままでも、動かされる事は出来る。振り下ろされた渾身の一撃、それを受けたのはナイトの体だった。呻き声が漏れ、停止指示が解除され、スノーホワイトの隣にまで飛ばされて、それでも地面に刃を突き立て立ち上がった。
「……大丈夫? スノーホワイト」
「おかげさまで」
「そいつはよかった」
「……ナイト」
スノーホワイトは冷たい瞳のままで、表情だけを柔らかく、告げた。
「『負けないで』」
その時から、体に溢れ出した。そうだ、この力を得た時、そして再会できたあの時、掲げたはずだ。朱里は、彼女を守るために剣を振るうのだ。守るための刃なら、何にも負けることはない。
振り抜く瞬間には質量を増して叩きつけられ、瞬時に戻して小回りを意識しながら、今度はこちらからだ。一時停止の標識は、剣で受け止めると同時に切っ先を地面に突き立て、その柄をポールにして蹴りを放つ。側頭部に命中し、魔女の帽子が飛んだ。さらに斬撃が続く。苦し紛れの防御も弾いて、地面に引かれた停止線を切りつけて消し、逃れようとする脚を脚で潰して、突き立てて、貫いて。
肉を裂く感触が、一瞬。感触の後に遅れて認識するのは、深々と突き刺さった刃と、血を吐き出すドッチの姿。浴びる返り血はまだ残る体温で生暖かかった。その体を支えていたナイトが刃を引き抜くと、そのまま少女は崩れ落ち、悪い魔女は倒れ伏す。
「……この、交通、違反者……め。悪い魔女は……どっち、だよ……」
ナイトが悪でも構わなかった。それより以前に、ここにいるのは
「……ここまで。征伐は、終わり。これより撤退」
気がつけば、アルファベータとゲヘナの方も決着がついていたらしい。スノーホワイトの声で我に返る。
「私はもう少し残ります。ネズミが釣れそうなのでね。ゲヘナは?」
「……姫様の指示」
「だと思いました」
アルファベータは自らの判断で残ると言い、スノーホワイトもそれを許可した。ゲヘナはそもそも、そこまでして残る気はないらしい。
「早く帰ろう。姫君も忙しいのだから」
彼女が姫君で、自分はそれを守る騎士で、剣。刀身についた血を振って払うと、姫君の1歩後ろを歩き出す。