◇メルン・チック
恐らくは、魔王に居場所を知られた。さすがの最強の魔法少女・魔王パムでもあの爆発事故では無事ではいられなかったはず。魔法の国からの救援を待っていたかもしれない。あちらからの接触は有り得る。
だが待っているだけというのもおかしな話だ。メルンはミントを連れ、ゲームセンターを飛び出した。決して、自力でぬいぐるみが取れなかったことに腹を立てたのが理由ではない。最優先事項が出てきたからだ。そう、確実に。
「あっちに飛んで行ったの?」
「は、はい。でもあの……ぬいぐるみまだ1つしか」
「いいの!」
あくまでぬいぐるみは使い捨ての道具。多少ならコスチュームに提げた肩掛けポーチに詰まっている。補充しなくてもなんとかはなる。は ……魔王相手だと思うといくらあっても足りないが、それはそれ。逃す手はないのだ。2人で建物の影に隠れ、メルンは先程取ったぬいぐるみの縫い目に指を突っ込んだ。軽く引き裂き、中身を魔法の綿に詰め替える。手馴れたものだ、大した時間もかからずに作業を終え、魔法の力で強化されたぬいぐるみの背中を縫合。早速指示を出す。
「行くよ! 掴まって!」
「え……?」
キューティーミントは怪訝な顔をしたが、ぬいぐるみの手からシャキンと爪、ついでに背中に虫みたいな羽ができ、その爪を食い込ませてコンクリートの壁を登り始める。メルンはその顔面に腰掛けて、悠々と上を目指す。
「そんなことしなくても……雑草は上に行くものなので」
対するキューティーミントは手を差し出しても取ろうとせず、ただ自身の脚力であっさり駆け上がってしまった。まあ、メルンでもやろうと思えばできるだろうが、そこには魔法少女性が足りないというか。
屋上に着いたら、ミントが言っていた方向に、ぬいぐるみに乗って移動開始だ。魔法の綿で強化したぬいぐるみも、身体能力の高くないメルン自身よりは速いが、さすがはキューティーヒーラー。キューティーミントには追いつけず、時折止まって後ろを確認するなど、かなり気を遣われている。ここで気を遣うなら普段の言行にも気をつけてほしい。
「あ、あの」
その最中、何に気がついたのやら、下方を指して立ち止まるミント。今度は何かとその指の先を見ると、バイクが停まっている。車体には宅配ピザチェーンのロゴが入っており、配達バイクだろうか。問題はそこではない。操縦者だ。露出度の高いドレスのような姿をした少女と、その後ろにもキラキラした少女。あんな格好をしているなら魔法少女であることはすぐにわかる。それに運転手はともかく、後ろの魔法少女には見覚えがある。プフレから写真を受け取っていたはずだ。
「あ、あれ、こっち、見てますよね。どうしましょう……あっ! メルンさん!」
おろおろするミントを無視し、ビルから飛び降りる。ぬいぐるみを下敷きにして尻から着地、綿で衝撃をすべて吸収させると、バイクの魔法少女たちもそれに合わせて降りてくる。
「あんた達、何者?」
「こっちの台詞だけど。同じ魔法少女でしょ? 名乗る時は自分から」
「あ、あぁ、あのごめんなさい、雑草がお騒がせを……」
いつの間にか隣にはキューティーミントがいて、そのくせメルンの後ろに隠れるように立っている。身長の関係で全然隠れていない。肩にその乳を乗せてくるのをやめてほしい。雑草が口を挟んだおかげで話がややこしくなるところだったが、キラキラの魔法少女が前に出て、なんとかしてくれようとする。
「私はプリズムチェリーといいます、この付近の地区の担当魔法少女です。魔法の国の魔法少女さん達ですよね」
「そうだよ。私、メルン・チック。こっちは雑草」
「はい、雑草です」
「雑草……?」
2人して首を傾げているが、キューティーミントの方が混乱を招くので、流しておく。
「プリズムチェリーさん、あなた、行方不明者扱いになってる。私たちはあの爆発事故の行方不明者の捜索をしに来たの」
ここは素直に伝えるべきだろう。その奥にあるプフレの思惑はともかくとして、地区担当者であるプリズムチェリーが無事に見つかったのは喜ばしいことだ。そして続けて、メルンは聞くべきことを聞く。
「他の魔法少女とは一緒? それに彼女は?」
「私? プリンセス・フォーシーズンズ。あまり気にしないで」
にしてはかなり目立つが、雑草も似たようなものか。納得しておく。それよりも──。
「えっと、魔王パムさんとは合流していて」
──来た。当たりだ。他の魔法少女といるのは少々予定外だが、これで確定した。できれば会わせてほしいと告げ、プリズムチェリーとフォーシーズンズは顔を合わせ、特に考えることもなく了承した。
「……あの。フォーシーズンズさんは、魔法少女なのになぜバイクを?」
「チェリーは本調子じゃないのよ。私だけだと、話がこじれた時面倒なことになるしね」
「免許は……」
「頑張って取ったわよ」
このバイクは魔法の乗り物では一切なく、普通にお店のバイクらしい。建物の屋上に戻り、フォーシーズンズのバイクに先導してもらいながら、魔王のもとへと向かう。辿り着いたのは、車体のロゴと同じピザ屋だった。ここが隠れ家なのだろうか。従業員入口から中に入ると、普通に営業中らしく、ピザ窯が稼働しているようだ。
「美味しそうな匂い……」
「でしょ? 後で焼いたげるわ」
もしかして普通に働いているのか。しかも変身したままで。メルンは思わず表情に出してしまうが、慌てた女児らしく美味しそうの方の顔をすることにした。そうして裏の休憩室に通され、中には、明らかに布地の少なすぎる格好をした魔法少女が座っている。魔王パムだ。
彼女の側にフォーシーズンズとプリズムチェリー、向かい合ってメルンとキューティーミントが座る。一方は女児と挙動不審、一方は露出魔揃いの不思議な空間だった。
「合流できたようで何よりです」
2人を迎えに行かせたのは魔王パムだった。彼女にもプリズムチェリーの時と同様、魔法の国から捜索の依頼があったと説明。さすがにこちらには雑草では通じないかと、キューティーミントの名を明かした。なぜか驚いた顔をしていたのはミント本人で、お前の名前だろと心の中で突っ込んだ。
「キューティーヒーラー……ふふ、そうですか」
「あ、そうでした、その、アルタイルさんのお師匠さん、でしたよね。アルタイルさんにもお世話になっていて……」
双子星キューティーアルタイル。魔王パムが主宰する戦闘狂魔法少女サークル『魔王塾』で修行を積んだ卒業生、つまりパムの教え子であり、今では広報部門で活躍しているという有名人だ。いや、当然キューティーミントの先輩であれば、アニメ化された広報部門の魔法少女であり、有名人ばかりなのは必然なのだが。
「せっかく探しに来ていただいたところ申し訳ないのですが……私の仕事は残っていまして」
「と、言いますと」
魔王パムの所属する外交部門は、何らかの思惑を以て、最強たる彼女をこのS市に送り込んだはずだ。プフレがそれを求めているかは知らないが、外交部門にとって言えないようなことがあるのなら、それをかっさらってやるのもまたプフレに売れる恩だろう。
そう思い続けた言葉の後、魔王パムが小さく吸い込んだ息は、フォーシーズンズが机をトントンと叩いたことで言葉にはならなくなった。当の彼女はプリズムチェリーを指し、話すようにアイコンタクトを送る。
「私の友達が、攫われてしまったんです」
曰く。プリズムチェリーと共に活動していた魔法少女達が連れていかれてしまった、と。しかも、恐らくは本国の連中に。名を聞いても、どれも知らない魔法少女たちだった。
主な捜索対象は魔王パムが最優先、ついでにプリズムチェリーも、という程度。その両方が見つかった以上、表の依頼は達成だ。あとは魔王を──といったところ。余計な話に首を突っ込んでいる余裕はない。メルンとしては、どうにかして魔王をひとりにし、油断と隙を突きたい。実際それがあるかと言われると、今は少なくともまったく見えないのだが、理想論を言えばそうだ。
なのだが。ここで思いのほか、仲間、そして困っている人、という点で、キューティーミントに刺さったらしい。彼女は身を乗り出した。
「そ、その、雑草でどこまでお役に立てるかわかりませんが、お力添えできれば」
もしかしたらキューティーヒーラーライトの光とプリズムチェリーの光を反射するコスチュームが重なった、とかだろうか。光を好むのは、なるほど雑草っぽい。プリズムチェリーがぱっと明るい顔になり、何度も頭を下げる。ミントもついでに頭を下げる。
「私は」
その流れを裂いて、メルンは己の意見、というよりちょっとした事情を告げることにした。こちらの仲間たち、ニュイグルミのことだ。万が一のために待機してもらっている仲間たちがいるとして、合流してから考えさせてくれと伝えた。話しながら魔法の端末を取り出す。
ちょうど少し前、メッセージの返信が来ていたらしい。『みんなもう揃って待っていますよ』と、ペリングにしては珍しく誤字も誤変換もないものだった。遅刻したくせに、ずいぶんと偉そうじゃないか。
「わかりました。では……すみませんが、私はもう少しお休みを。付き添いは、またチェリーさんとフォーシーズンズさんにお願いしますね」
「了解。あたし、またバイク出すわね。チェリーもそれでいい?」
「ありがとうございます」
「え、あ……まあ、いっか」
まさか追加の魔法少女を連れていくことになるとは思わなかったが、どちらにせよ、新しい仕事が飛び込んでくるなら変わらないか。連中はどんな顔をするだろう。ペリングは渋りそうだが、マーリーは喜んで乗りそうで、ドッチは人助けなら仕方なくやるだろうか。
そもそもミントと会わせるのも初めてだった。ミントに関しては……誰でも嫌がりそうだ。
というか、連中、揃って遅刻するとは何事だろう。真っ先にするべきはお説教だ。しっかり反省してもらわないと。
皆が再び出発するために動き出す横で、メルンはぼんやりそんなことを考えて、外に出た。
──そして、到着した待ち合わせ場所の街角。ミントを連れて先に着いたその場所に、メルンが見たものは
「は……?」
口元から血を流して倒れている少女。割れた眼鏡が、落ちている書籍が、彼女はMs・ペリングだと認識させる。さっきまであんなメッセージを送ってきたはずなのに、息すらしている様子がない。
もう1人。少し離れた所で、これもまた血の海に倒れている。傍らに落ちているのは道路標識。ドッチウィッチだ。腹部から背中には大きな刺傷があって、あれが致命傷になったことは想像に難くない。
いや、よく見れば、転がっている遺骸はもうひとり分はある。バラバラになっているせいで認識できなかった。ゴム・マーリー、なのだろうか。遺骸には釘が針山のように突き刺さっており、凄惨な有様だった。
そして、その中央に立つ真っ黒な魔法少女。彼女はメルンがぬいぐるみを取り落とした途端、その音でこちらに気がつくと、満面の笑みを浮かべ、歓迎の言葉を述べた。
「わぁお! お待ちしておりましたよ、リーダーさん。皆で一緒に、パーティーの再開といきましょうか」