14.プリンセスに囚われて
◇シャドウゲール
誘拐されたシャドウゲールが目を覚ますと、そこは知らない部屋だった。窓はなく、周囲には誰もいない。シャドウゲールを拐ったあのプリンセス・ランタンや、プリンセス・オクターヴ、どちらも姿がない。時計のような家具もなく、まるで使っていない倉庫のようだ。これでは時間の経過もわからない。
そして、魔法の端末がなくなっている。案の定ながら、外部との通信手段は残してくれなかったらしい。レンチと鋏は残っているものの、改造できそうな機械類がそもそも部屋にない。あるのは申し訳程度の簡素なベッドだけ。刑務所でももう少し家具があるじゃないだろうか。魔法少女ゆえに他の生命活動が考慮されていないのか。
当然扉は開かない。何度ガチャガチャ鳴らしても駄目だ。力の限り捻っても、レンチで捕まえて全力を出してもダメだった。鍵の機構はなく、魔法の施錠だ。パスワードロックでもあれば、改造して無理やり開けたかもしれないのに。
こんな殺風景の中で何をしていればいいと言うのか。シャドウゲールはとにかくベッドに寝転がり、ただのコンクリートなら壊せるんじゃないかと思い立ち上がった。試しに、扉を殴ってみる。硬い。殴った拳の方が痛い。押さえながら蹲り、扉の破壊は諦める。次は壁だ。なんとなく予想はつくが、やってみるしかない。先程使っていない方の手を握り、さっきより力を込めて、構えた。
「……〜ッ!」
同じだった。魔法による防護がされているのか、傷ひとつない。この様子だと床を殴るのも徒労に違いない。両手がヒリヒリ中で床までパンチする心の余裕はなく、結局また寝転がった。
「……はぁ」
ため息が出る。
あのいつの間にやらお姫様になったらしいエーコ・EX・ランタン──改め、プリンセス・ランタンは、『マモリ』の名を聞かなければプフレもシャドウゲールも殺すつもりだっただろう。
プフレが各所に敵を飽きるほど作っているのは想像に難くない。今いるのは、その始末も厭わない連中の拠点だということになる。そもそも、ランタンはなぜシャドウゲールを拐ったのか。拐って何がしたいのか。いずれ戻ってくるのだろうか。戻ってきたら、聞いておかないと。
あとはもう、やる事もないので、壁に耳をくっつけ、外の音を聞こうとする。集中してそばだててみれば意外と環境音がして、誰かが歩いているらしい。話し声がする。
「アルファベータはネズミがいるって言ってたけど。居ないね! さっきも間違えてシャッフリン潰しちゃった!」
「大丈夫よ。誰にでも失敗はあるものだから」
「それもそっか! あははっ! じゃあこれからも角から飛び出してきたら潰すね!」
血の気の多い魔法少女の話し声だ。冗談ではない。騒げばシャドウゲールもやられるという意識が強くなり、自分の心音が聴こえるくらいじっと静かにした。話し声は遠ざかっていき、しばらく待って、さっきの声がまた帰ってこないのを確認し、ようやく深いため息をついた。余計は神経を使った。簡素なベッドはシーツも硬く寝心地は正直言って良くないのだが、それでも今は癒しだった。もういっそ寝てしまおう、なんて目を閉じ、その時だった。
ズドン、と大きめの音。バタン、何かが倒れる音。ガチャン、解錠される音。立て続けに聴こえてきた明らかに平常ではない環境音に、思わず体を起こす。そして鉄が擦れる重い音と一緒に、魔法少女が入ってくる。オクターヴか、ランタンか。どちらにしたって状況は──。
「シャドウゲール! 無事かぽん!」
「……え?」
聞いたことのある合成音声。ついでに浮かぶ白黒の金魚みたいなマスコット。シャドウゲールをそんなふうに呼ぶ電子妖精ということは、彼に違いないだろう。
ファル。かつてシャドウゲールが巻き込まれたゲームにおいて、ゲームマスターのマスコットとして出会ったのが始まりだ。あの後はスノーホワイトをサポートしていたはずだが。
彼を連れているのは見覚えのない、人魚姫のような水着姿の魔法少女だ。彼女はファルとシャドウゲールが知り合いであることに驚いた様子だった。
「なんとか無事です」
「まさかシャドウゲールも捕まっているとは思わなかったぽん」
「私もですよ。スノーホワイトは……」
ファルからの返答が止まる。同じように、捕まっている、ということらしい。さらにこの水着の魔法少女も仲間が捕まっているということで、どうやらランタンたちはかなりの人攫いらしい。
「他の魔法少女さんたちは」
「閉じ込められてたもので、何も」
「……そうですか」
魔法少女はプリンセス・デリュージと名乗った。プリンセスの冠名を聞いて、オクターヴとランタンのことを思い出し、すぐさま話す。対するデリュージの返答は、そんなプリンセスは知らない、だった。仲間ではないらしい。
「そもそもプリンセス・シリーズって何なんだぽん」
「私にも何がなんだか……」
「あの、私からすれば、そうじゃない魔法少女の方が驚きというか」
互いの情報が噛み合わず、話し合うほどに混乱する。
「とにかく。そのランタンもオクターヴも、相性差とはいえ、ダークキューティーとやり合ってシャドウゲールを拐ってくるなんて、とんでもない魔法少女だぽん。これ以上騒ぎを大きくしたらさすがにまずいぽん」
「せっかく出られたのに戻っていろってことですか」
「仕方ないけどそうなるぽん」
確かにシャドウゲールがついていってもどうしようもないかもしれない。シャドウゲールは戦わない魔法少女だ。ただでさえ追われているデリュージとファルについて回ってもここではお荷物と言わざるを得ない。何よりランタンを逆撫でしてはいけない気がする。
「プフレに位置情報を送って、援軍を呼んでもらうぽん。それまでは」
「……わかりました。頑張りますよ」
きっと生き残るにはそれしかない。なんとか納得して、シャドウゲールはファルとデリュージのことを見送ることに決めた。せめて暇つぶしになる何かは欲しかったが、怪しまれないように贅沢は言えなかった。
扉を閉め、再びパスワードのロックをかけ、静かな部屋に取り残される。あとはただ待つしかない。待っているだけというのは苦痛なもので、簡易ベッドに腰掛ける。
次の音がするまで、そのまま、凝っていたはずのコーヒーのことや、最近の学業のこと、色々と余計なことを考えて気を紛らわせた。
「シャドウゲールちゃん、入るね」
──その、次にした音が、そんな声だ。また聞いた解錠の音とともに、緊張が走る。扉を開いて現れたのは、今度こそ、笑顔を振りまくオクターヴに、ただじっと見つめてくるランタンだった。