◇プリンセス・ナイト
プリンセス・ナイトに与えられた役割は名の通り騎士だ。今となってはオスク派の上に立つアークプリンセス・スノーホワイト、彼女をお守りするためにいる。
今のスノーホワイトは現身だ。現身が何かはよく知らないが、あの『処置』によって、魔法の国の偉い立場になった、らしい。スノーホワイト自身が平気だと言うからそれ以上は深く聞いていない、が、やはり気にかかるものは大きい。
だからこうして、与えられた部屋でじっとしていられず歩き回って、最終的に廊下に飛び出した。廊下ではシャッフリンがバタバタ走っているのとすれ違う。確か、侵入者騒ぎがあったんだったか。クランブルとグラビティが向かっている、彼女らなら心配はいらない。それよりもスノーホワイトのことだ。
アルファベータの言葉は信用ならない。そもそもこの研究所の研究主任のようなものである時点で疑わしい。シャッフリンを使って脅し、無理やりにでも話を呑ませたのだ。あれは交渉ではなかった。今でも許していない。
そもそもこの新世代プリンセス・シリーズは他の魔法少女たちも信用していいのか疑わしい。そもそも元の人物を知っているクランブルやグラビティ、受け答えのできるオクターヴはまでならまだしも、ランタンは完全に精神をやっている。
ついでにゲヘナに関しても、ジメジメしてあまり関わりたくないタイプというか。何を考えているのか全くわからないし、スノーホワイトからもなんとなく信頼されていないし。
「そうだね……まだこれから……もっと……審判を……」
そう思いながら歩いている時に限って、ゲヘナが丁度通りがかった。彼女は何かをひとりでぶつぶつ呟きながら歩いていて、それを眉間に皺を寄せて見るナイトの姿に気がつくと立ち止まった。
「……あ」
「誰と喋ってるの?」
「……関係ないことでしょ」
睨まれてしまった。やっぱりこうなるかと思ったが、ゲヘナはそれだけじゃなく、すれ違いざまに囁いてくる。
「騎士ごっこ、楽しかった? 姫様の人形さん」
「なっ……!」
「姫様はあなたで遊んでるだけ……自分が何かしたのか考えてみたら」
明らかに嫌われている。そこまで言われるほどだったか。思わず振り返って、ゲヘナは自らの体を黒い泥で覆っていた。あれに触れればどうなるかは、例の征伐で知っている。防御体制だ。この臆病者、と出かかった言葉を飲み込んだ。スノーホワイトのことを考えて切り替える。早足で急いだ。
気がつけば、スノーホワイトの部屋の前。無駄に豪華な扉の向こうで、彼女は次の救世のためにお休みになられている。
姫君と一緒にいられるのは嬉しいことだ。騎士として剣を振るった時、彼女に声をかけられた時、胸の中には高揚感でいっぱいだった。初めて他人を貫いた手応えさえ霞むほどだった。
だからそうだ、ナイトは騎士として、姫君の様子を見るべきである。ゲヘナのことなど放っておいていい。呼吸を整え、扉を叩こうとして、その前に耳をそばだてた。スノーホワイトの声がする。これは──えずいている、のか。
「っ、う、おぇ……っ」
慌てて扉を開け放つ。うずくまるスノーホワイトを見つけ、駆け寄った。大丈夫かと声をかけ、背中をさすろうとし、手を跳ね除けられる。
「大丈夫……大丈夫だから」
「そんなわけないでしょ! やっぱりあいつ、スノーホワイトの体に何かしたんだって! 今すぐ医務室に連絡とかしようか」
「いらないから」
「じゃあせめて……背中」
「いらない」
「でも!」
「『触るな』!!」
スノーホワイトから流れ込む心の声と、同時に押し付けられる衝撃。体は耐えきれずに吹っ飛び、壁に叩きつけられた。コンクリートがひび割れ、ナイトの肺から空気を吐き出す。ぱらぱらと落ちる破片に、続いてナイト自身も床に崩れ落ちる。
「……痛、いなぁ、もう……!」
ドッチウィッチに食らったよりも凄まじい攻撃。生身なら死んでいるし、そもそも自分でも立っていられるのがやっとなくらい。癇癪にしてはずいぶんな威力だ。背負っていた剣が外れて転がったのを、拾って杖代わりにした。
「小雪、あのさ」
「……違う」
「悪い魔法少女を狩るんだったらさ、私たちが小雪の代わりに」
「違う!」
遮って叫ぶ彼女の冷たい目に、言葉は続けられない。
「姫河小雪じゃない。私は現身、『アークプリンセス・スノーホワイト』……なんだから。悪い魔法少女は……誰かが裁かなきゃ。私が行かなきゃ。何を殺してでも……殺して、でも……うっ……」
再び口元を押さえた彼女に、駆け寄ることさえできなかった。近寄らないで、なんて心の声が響いてくる。
フラッシュバックするのは『悪い魔法少女を倒した』光景。手放される道路標識、目の前で倒れる魔女と、転がる遺体、血の海に沈む文学少女。これはスノーホワイトが思い返しているから、ナイトの脳裏にも溢れだしているに違いない。自らの指示で作り出した死の現場が、それほどまでに彼女を苦しめているのか。
どう受け止めてやればいいのかもわからず、強すぎる心の声に駆け寄ることさえもままならない。ナイトはただ立っていた。スノーホワイトがぐっと、自分の顔を覆う手に力を込め、少しすると心の声が聴こえてこなくなった。見ると、目尻に涙を浮かべたスノーホワイトが無理して笑顔を作っていた。
「ごめんね、プリンセス・ナイト。痛かったでしょ」
この体の痛みより、スノーホワイトの心があげていた悲鳴の方が余程酷い。けれどもうそれを表に出すことはなく、ナイトの両腕の擦り傷をそっと撫でるように確かめた彼女は、傷自体は浅いと判断したのかくるりと踵を返す。
「こんなことしてる場合じゃないよね。悪い魔法少女の巣窟から変えなくちゃ。体制を壊すんだから」
その瞳は冷たいままだ。こちらを向いているが、そこにはナイトが映っていないように思えてならない。
「クラムベリーのいた人事部門。まずはそこから変えちゃおう」
ふわり、歩き出したスノーホワイト。彼女の腰に咲いた、薔薇の造花が揺れている。