魔法少女育成計画JACKERS   作:皇緋那

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2.方舟

 施設に着くまで、プリンセス・ナイトとは他愛のない話を交わした。小学生から高校生まで時間が経っても、根は変わらない。緋山朱里は緋山朱里だ。社交的な彼女は高校生活の面白エピソードをいくつも持っていて、学生生活では平穏を心がけてばかりの小雪とは違う。ふいに話題が部活動に移り、こちらはなにもやっていない、魔法少女に集中している、と答え、彼女に返す。

 

「あたしも、今はなにも」

 

 意外だった。小学校の時は、男子に混じってスポーツをするほどだったのに。そういえば共通の友人から、陸上選手を目指している、と聞いた記憶が思い起こされる。そのことを口に出そうとすると、プリンセス・ナイトは目を逸らした。

 

「あぁ、陸上? あー……辞めちゃった。もういいの、魔法少女ならもっとずっと速いでしょ」

 

 ──心の声がした。本当の理由は怪我で走れなくなったからだ。奥底に眠った嫌な思い出でも、スノーホワイトは読み取ってしまう。返答がすぐには続けられず、プリンセス・ナイトが先に話題を逸らす。触れられたくない私生活には、なるべく触れぬようにしながら、ふいに彼女が笑う。いつもの溌剌な笑顔ではなく、見守るように微笑んだ。

 

「なんて言うか、さ。小雪が元気そうでよかったよ。昔は見てて心配になるくらいだったし」

「えー、なにそれ」

「あ、着いた。ここ、このゲート通るの」

 

 巧妙に隠された魔法の扉が、プリンセス・ナイトの胸元にある宝石に反応して姿を現した。扉に手をかけ押し開き、到着したのは魔法の国らしい、研究所のような施設だ。厳重なセキュリティを顔認識で突破し、スノーホワイトもそれに続く。

 

「元々はS市の……ほら。爆心地。あの地下に本部があったんだけど、爆発でなくなっちゃって」

「何があったの?」

「爆発。あたしらの本部のはずが、なぜかそこでバトル勃発、からのドカン」

 

 事件に関わっているとは思っていたものの、詳細はわからないという。巻き込まれていなくてよかった安心感が勝ち、自分でも驚くほど、朱里に対する警戒心は薄れていた。そこで周囲から聞こえてくる、見知らぬ魔法少女だという心の声で持ち直した。魔法使いだろうか。ナイトが言っていた「仲間」だろうか。ずんずん歩いていく彼女に聞く間もなく、施設を連れ回される。

 

「あれ。みんなお出かけ中だっけ」

 

 首を傾げながら、次第に連れ回される先が生活エリアではなくなってくる。実験棟のようになり、用途不明の機器類だらけ、まさに魔法使いの構える工房といった雰囲気だ。培養槽の中には黒色の人型が目を閉じており、何かが行われていることを示している。魔法使いが用いるホムンクルスと似ているが、これまで目にしたことのあるホムンクルスとは異なり明確に少女の形をしている。魔法少女型ホムンクルス……と言うべきか。

 ふいに脳裏にあのメールの内容が思い返された。人造魔法少女──恐らくは魔法少女を作り出す方法が従来のものではないということ。だとして、この魔法少女型のホムンクルスを用意する意味は何か。スノーホワイトにはそこまでを推察する魔法の知識はない。

 

「こんな場所、あったっけ」

 

 ナイトの方ですら行き当たりばったりだったらしく、呟きは不安を煽る。苦笑混じりに周囲を見回し、ひときわ大きく2つ並んだ培養槽の中に、浮かんでいる少女の姿を見る。一方は赤と黒、ハートの女王をモチーフとした魔法少女だろうか。眠ったように動かない。

 そしてもう一方。くすんだ黒色は他と同じ。だけど、見てはいけなかったのはその形だ。小柄な背丈、切りそろえた髪、学生服めいたコスチューム、体型や黒子の位置、まつ毛の長さまで。あれは──自分(スノーホワイト)、だ。

 

「っ、何すんのさ、離せって……!」

 

 気がついた時には遅い。スノーホワイトたちを取り囲む魔法少女たち。皆同じ姿をしており、トランプの図柄が描かれた布を掛けたコスチューム。そのスートとランクだけが異なっている。ナイトは突如現れた彼女らに押さえつけられ、脅しに突きつけられた槍が嵌められたことを示している。嫌な予想が当たってしまった。どうする。ナイトにも槍を向けているのはどういう意味がある。トランプ少女たちは無表情のままで、なにも話さない。代わりに、奥からこつこつと音を立て、もう1人が現れる。黒いコスチュームで、手にしているのは古ぼけた絵本だろうか。胸元にはナイトと同様の宝石が着けられており、赤黒いハート型は不吉な見た目だ。

 

「……誰さ、あんた」

「この姿では初めてお会いします。私め(ワタシ)は……『プリンセス・アルファベータ』。あなたのお仲間ですよ」

「仲間なら! こいつらをどうにかして!」

「それはできかねます。少し、彼女とお話がございますので。あなたには大人しくしていただかなければ」

 

 プリンセス・アルファベータと名乗った女がこちらへ近づいてくる。部下たちに武器を下ろさせはしないまま、やたらと丁寧にお辞儀をしてみせた。

 

「魔法少女狩り様の方から来ていただけるとは、手間が省け助かりました。実はあなた様にお願いごとが」

「……こんな状況にしておいて、ですか」

「えぇ。『お願い』ですよ。というのも──先日、私めの上司が失態を演じまして。我々オスク派の頭が欠けてしまった」

 

 オスク派──? 

 魔法の国の成り立ちや権力構造について、調べたことはある。始まりの魔法使い、そしてそこへ師事した三人の弟子である『三賢人』。彼らが魔法の国の始祖であり、そして現在も、プク派、カスパ派、そしてオスク派として多数の魔法使いや魔法少女を従えている。魔法使いたちは魔法少女を下に見ている。権力もその通りになっており、魔法少女の管理よりも当然、始祖たる三賢人の派閥が上位。むしろ派閥が部門を牛耳っていることもある。そんな三賢人が一角のオスク派が、スノーホワイトをこんなやり口で脅してまで誘き寄せたかった理由。そんなものがあるのか。

 

「あなた様には、オスク派の『顔』になっていただきたい」

「……顔」

「えぇ。これまで使用していた現身に足りないものをあなた様は持っている。『魔法少女狩り』の知名度は木っ端の魔法少女にさえ知れ渡っているでしょう。それらを我々にお貸しいただく代わりに、地位と力を差し上げましょう」

 

 スノーホワイトだけではどうにもならないことはいくつもあった。スノーホワイトがもっと強ければ、強行的に動けたのなら、命を落とさずに済んだ魔法少女はいる。遡れば──ラ・ピュセルだってそうだ。拘束されているプリンセス・ナイトを見る。颯太の面影が、遺影が、小雪の脳裏に過ぎる。朱里まで同じ目に遭わせたくはない。そのために、罠と承知でここまで来た。

 

「……わかりました」

「あなた様が賢明で何よりです。シャッフリン、槍を下ろしなさい」

 

 指を鳴らすと、トランプ魔法少女たちは武器を収め、今度はスノーホワイトを連行しようと両腕を掴んでくる。ナイトは押さえつけられたままで、悔しさと申し訳なさの混ざった表情だ。撒き餌に使われた彼女に非はない。

 

「では早速ですが……いくつかの処置をさせていただきます」

「処置……?」

「はい。『オスク』になっていただく必要がありますから」

 

 アルファベータにされるがまま、この培養槽と機械たちの方に連れていかれた。魔法の端末やアイテムの類は回収され、ファルを頼ることもできなくなる。透明な円筒型の槽に放り込まれて外の音からも隔絶され、内部からアルファベータが何かの操作を始めたのを見ているしかない。

 

 ランプが点灯し槽が動き出した。横を見れば、先程見上げた、見知らぬ赤の魔法少女とホムンクルスのスノーホワイトが視界に入る。

 自分も同じようにされるのだろうか。音を立てて、槽の中に、ホムンクルス魔法少女が浸かっているのと同じ液体が注がれてくる。瞬く間に満たされていく槽内では身動きも取れなくなり、肺から空気が逃げ出していった。不思議と呼吸の苦しさはないが、濃い魔力に包まれる感覚が気持ち悪い。

 操作は続く。魔法の紋章のようなものが外壁に浮かび上がり、光に包まれる。力が強まるにつれて、スノーホワイトの体ではなく、内面に異変が起きてくる。自分が引き剥がされるような、体が自分のものではなくなっていくような感触。体のどこでもない不快感。思わず喉元を掻き毟り、槽の壁に張り付いた。ナイトが何かを叫び、拘束を振り払おうともがいている。だがなにも聴こえない。心の声すら届かない。答えようがなく、喉から出かかった助けを求める言葉も押し殺した。

 隣では、ハートの女王の魔法少女が入っている培養槽が激しい振動を伝えてくる。振り向くと、内容物が破砕され、光の中に解けていくのが見えた。その光景は死に等しく、思わず自分の感覚の失せていく肉体を見る。既に脚先から、光の中で見えなくなっている。逃げなくちゃという本能から、液体の中で壁を叩く。どれだけ叩いてもびくともしない。力が入らない。呼吸が止まる。自分がどこかへ行ってしまう。視界が淀み、落ち込み、沈んで、そして──。

 

 

 ◆

 

 目を開くと、景色は変わっていなかった。

 暴れ疲れたナイトは肩で息をして、シャッフリンたちが無表情に彼女を拘束し、アルファベータは満足そうな顔をして、そのくらいだ。

 

『私』はぐっと拳を握り、無造作に叩きつけた。自分を閉じ込めていた培養槽の透明な壁に亀裂が走り、音を立てて砕け散る。溢れ出した液体が、様子を見ていた魔法少女たちの顔を濡らした。『私』が入っていた槽の前には階段がある。赤と黒になったミニスカートと、腰に着いた薔薇の花を揺らし、少女たちの前に降り立った。アルファベータが目を輝かせ、歓声をあげる。

 

「小雪っ、あんた、大丈夫……いや……小雪、なの?」

 

 ナイトからの言葉には、答える必要性を感じない。ただ現身として(・・・・・)、必要なことだけを告げる。

 

「跪いて」

 

 アルファベータ、シャッフリン、ナイト、例外なく瞬時に膝をつく。魂に響く『心の声』に、並の魔法少女は抗う術を持たない。ただ一言だけで起きた重圧。アルファベータの歓声は高まった。

 

「これが……っ! グリムハートじゃあない……真にオスク派を、魔法の国を救う方舟! 私たちの救世主……。

『アークプリンセス・スノーホワイト』!」

 

 成すべきことは変わらない。悪は許さない。魔法少女でも魔法使いでも、例え何であろうと。




☆白雪姫と七人の魔法少女
◆アークプリンセス・スノーホワイト
「困っている人に心の声を届けるよ」

◇プリンセス・ナイト
「自由自在の剣を使って戦うよ」
◇プリンセス・クランブル
「風化の力を使って敵と戦うよ」
◇プリンセス・グラビティ
「重力の力を使って敵と戦うよ」
◇プリンセス・オクターブ
「音色の力を使って敵と戦うよ」
◇プリンセス・ランタン
「灯火の力を使って敵と戦うよ」
◇プリンセス・アルファベータ
「二十六頁の絵本を使って敵と戦うよ」
◇プリンセス・ゲヘナ
「地獄の力を使って敵と戦うよ」

☆魔法の国の魔法少女たち
◇魔王パム
「四枚の黒くて大きな羽で戦うよ」
◇プフレ
「猛スピードで走る魔法の車椅子を使うよ」
◇シャドウゲール
「機械を改造してパワーアップできるよ」
◇プリンセス・デリュージ
「氷の力を使って敵と戦うよ」
◇プリズムチェリー
「鏡に映し出すものを自由に変えられるよ」
◇プリンセス・フォーシーズンズ
「四季の力を使って敵と戦うよ」
◇キューティーミント
「どこでも育つ魔法の草を育てるよ」
◇メルン・チック
「魔法の綿でぬいぐるみを作るよ」
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