◇プリズムチェリー
プフレの連絡があってから小一時間後、彼女から再度のメッセージが送られた。そこで指定された地点を合流場所として、皆でS市を出発する。チェリーが外に出た時、魔王パムはもう待っていた。『ぬいぐるみ』を連れたメルンとミントもすぐにやって来て、最後にひとり、フォーシーズンズが遅れて現れる。
「待たせたわね」
「何かあったんですか?」
「何もないわ。なくなったのよ」
半開きの扉の向こうに、ちょうど店長の姿が見えた。彼はゴミ箱から何かを拾い上げている。何かのカード、免許証、だろうか? それをじっと見つめる彼の背中はなんだか寂しげで、フォーシーズンズが何かしたのか、彼女に視線を戻す。
もう歩き出していた彼女はそこにはいなかった。
「あら、チェリー? もう、何かあったのはあなたの方だった?」
軽い冗談で、くすりと笑っている。フォーシーズンズは普段の調子、だと思う。普段の彼女というほど接したわけじゃなくても、わざわざ冗談を言ってくれるなら、緊張はしていない。
自分もあまり気負いすぎてはいけないと、呼吸を整え、それから急ぎ足で皆に追いついた。
「それでは、行きましょうか」
魔王パムの合図で、彼女を先頭に動き出した。
プフレから告げられた待ち合わせの地点はS市の外れだった。プリズムチェリーの活動範囲でも、ピュアエレメンツの活動範囲でもない、ギリギリの外れ。人目につかない場所に隠れて道があり、奥に進むと、人影がいくつもある。フォーシーズンズがプリズムチェリーを手で遮り、魔王パムの羽が先を行き、敵でないことを確かめた。
真っ先に目に付いたのは煌びやかなドレスと、装飾のついた車椅子だった。漂わせる雰囲気はまさに令嬢、といった姿の魔法少女。画面越しに見た通りの眼帯姿の彼女がプフレだ。プフレは周囲に複数名の魔法少女を従えていた。こちらに気がつくと、手を振り来るように促す。
「そろそろ来ると思っていたよ」
「この方々は?」
「人事部門の戦力。つまり私の部下だね。今すぐに動けるメンバーはこれだけになる」
プフレの従えた魔法少女たちはそれぞれただならぬ、独特の雰囲気を漂わせ、調査や情報の共有をしきりに行っている。その振る舞いにあるふわふわとした印象でさえ、きっと実力があるゆえのものなのだろう。事実、魔王パムがそうだった。
「お、ニュイグルミの皆。人事御用達になったってわけ?」
婦警の姿をし、腰に大きな手錠を提げた魔法少女がメルンの方に話しかけに行った。メルンは何も言わずに見つめ返す。隣にいるミントは知り合いではないらしく、メルンの後ろに引っこもうとする。その隣に立っている『ぬいぐるみ』達もまた、なんの反応も示さない。ミントに押されて揺れただけだ。婦警の魔法少女は不思議そうな顔をし、なんだよいつもよりノリ悪いじゃん、なんて言葉を途中で濁らせた。
「あー……そういうこと? そっかー、ドッチの奴……悪いねリーダーさん」
「……別に構わないけど。間違えるくらい私のぬいぐるみが凄いってことだし。私はあいつにやり返すだけだから」
メルンが従えているのはあくまで『ぬいぐるみ』で、動いているのは中に詰めてある魔法の綿のおかげであり、反応を返すことはできない、と言っていた。
婦警の魔法少女は気の毒だという顔をしていたが、メルンが動じることはない。
「この業界にいればそんなこともある。わかつてるでしょ」
「それはそうなんだけど。リーダーさんはそんなドライなタイプに見えないから」
「……まあ。どっちかと言われたら、湿っているかも」
目を逸らしながらも軽口をたたく余裕は、メルンにもあるみたいで、盗み聞きしているだけのプリズムチェリーも少し安心した。
一方でその隣にいたはずのキューティーミントはというと、影を形にしたような漆黒の魔法少女の横へと、控えめながらもどんどん距離を詰めていた。黒い少女の視線が彼女に向くと一気にギュッと縮こまり、やたらと真っ直ぐに気をつけの姿勢となり、おもむろに頭を下げる。
知り合いなのだろうか。広報部門所属だと言うから、知り合いでもおかしくはない。
「あっ、あっ、あの! ダークキューティーさんですよね……!? え、え、えと、あっ! いえ、なんでもありません、その、憧れというか、お会い出来るなんて思いもしなかったといいますか、シリーズの大先輩にお会いできて……」
漆黒の魔法少女に対してひたすら話し掛け続けていたミントだが、ふと口に出した言葉で彼女の目線がしっかりとミントを捉えた。目が合ったのか、ミントの方は大慌てで飛び退き、恐れ多いです、なんて何度も何度も繰り返し、語尾の「す」と語頭の「お」が合体して「そそれ多い」になるほどだった。
すると見かねたのか、わざわざメルンがそこまで歩み寄り、首根っこを掴んで立たせ、ほら名乗る、なんて促し始める。
「え、えと……雑草は雑草で」
「キューティーミントでしょ」
「……はい……キューティーミントです……一応……」
その名を聞くと、黒い魔法少女の目の色が変わった。元々浮かび上がって目立つ赤が、光の尾を引くように見えるほど。
「その名を戴いたのなら」
ミントが息を呑む。
「主人公であれ」
短い言葉だが、そこには何か、彼女にしか読み解けないものがあったらしい。数秒の沈黙の間、ミントは頷き、じっと視線を交わしていた。
なんて、周りの様子ばかりを見ていると、ふいにフォーシーズンズが呟く。
「緊張感ないのね、みんな。あんな連中と戦うんでしょ? 乗り込むんでしょ? もうちょっとあるんじゃないの」
「帰ってこられないことは考えない。死線に送られているとそうなるんだろう」
答えたのは、先に魔王パムと共にこの地点の調査をし、今しがたそれも終えたらしいプフレだった。最悪の事態のことは、考えない。そうだ。プリズムチェリーにとっても、みんなを助けられないかもしれないなんて考えていられない。改めて、胸元に拳を当てて、強く握る。
「そういうものかしら」
フォーシーズンズは小さく呟いて、プフレに呼ばれる方へと行ってしまう。曰く、プリンセスジュエルに反応して魔法が解除される、とのことで、事実、魔王パムやプフレでは何も起きず、しかしフォーシーズンズが触れると光が溢れる。一見何の変哲もない木立の中に、いつの間にかぐにゃりと曲がった空間ができている。魔法の国で使われている空間を繋ぐゲートだ。恐らくは、この先に、皆がいる。そして、皆を襲い攫ったグリムハートやシャッフリン達も。
「突入直前だ。各々自らのやるべき事は把握しているだろう。目標を再確認しようか」
「ですって、チェリー?」
いきなり振られ、目を丸くした。皆の視線が集まっている。ここで言えなくてどうする。
「私は、みんなを、かけがえのない仲間を助けたい! だから、皆さん、どうか!」
声が響く。ある者は頷き、ある者は口角をあげ、ある者は静かに目を伏せ、ある者はチェリーの手をとった。
「今度はあたし達が、奪われたものを奪い返す番ね。さあ! 行くわよ!」