◇プリズムチェリー
フォーシーズンズはプリズムチェリーを抱えたまま、迫り来るシャッフリンの群れを超え、より奥のエリアに進んでいく。警報がずっと鳴り響いていて、赤いランプの点滅が視界を染め続けている。景色は変わったように思えない。
プフレからの情報によると、この先でプリンセス・デリュージを名乗る者からの発信があったという。それもわざわざ他の──スノーホワイトというらしい──魔法少女の端末を使って。とにかく、それしかないなら、それに縋る。望みを込めての行動だった。
「あの、そろそろ降りてもいいですか」
気がつくと、追手の気配はなくなっていた。もう大丈夫だろうと思い、抱えてくれている彼女にそう伝える。
「……あら、そうね。無理はしないで。いざとなったらしがみついていいからね」
軽口には苦笑いをした。警戒を解くつもりはないが、あくまで今の目的は捜索。とにかくこの周辺から入念にやっていくことに決めた。
まず目につくものとして、破壊の痕跡がある。それもクレーターのように凹んでいたり、扉なんかが破損しているなど様々だ。誰かがこの辺りで戦闘していたらしい。デリュージは無事だろうか。
「派手な割に血が少ないのね」
そう言われて、もう少しだけ強く希望を持った。どれだけ祈って信じようとしても、不安はずっと一抹残っていて、プリズムチェリーの足を竦ませる。
それでも破壊の痕跡を辿っていくと、どうやらずっと奥の鉄扉の部屋まで続いているらしい。まずは周辺の部屋から捜索しよう。フォーシーズンズとそう話して決めて、手前の扉が叩き壊された部屋へと踏み込んだ。まず目につくのは粉々になった家具の瓦礫。次には──座り込んだ人影。背にした壁はかなりひび割れており、付近の破壊痕の関係者であることに間違いない。そしてその彼女が、プリンセス・デリュージ、つまり探していたその人であることも間違いなかった。
「デリュージ!」
駆け寄った。こんな早く見つかるなんて。擦り傷だらけでボロボロだが、息がある。俯いた彼女の目がこちらを向いてくれたことで安心して、思わず彼女の手を握った。デリュージは驚き、目を逸らす。立ち上がろうとはしなかった。
「無事でよかった……! みんなは!?」
「……」
答えはない。何度も声をかけて、ようやく、口を開いてくれた。
「……みんな、おかしくなっちゃった」
「え?」
「インフェルノはどこにいるかわからないし……クェイクには攻撃されて……テンペストは……仲間なんて知らないって」
何を言っているのか、何のことかわからなかった。ピュアエレメンツの皆が互いを拒絶しているなんて考えもしなかった。本当にそうだとしたら、ここまで来た理由は──いや、違う。それでも、かけがえのない皆だって、だから助けに来たんだって、フォーシーズンズの問いかけにそう答えたはずだ。竦んだ脚を叩き、再びデリュージの手を握った。
「私は強く……ないけど。行こう、助けに。きっと理由があるだけだよ」
「でも……私は……っ」
それでもデリュージは立ち上がらない。目を逸らし、吐き捨てた。
「私は……チェリーが思うような人間じゃない。一緒には……行けない」
加賀美桜から見た青木奈美は、派手めのグループにいて、魔法少女でもなければ交わることのない、もっとキラキラした世界の住人だ。確かに、こんな暗い顔をした彼女は見たことがなかった。
──だったら、何だっていうんだ。
「関係ない! だって……私が助けたいのは! 他の誰でもない、ピュアエレメンツのみんな! ここにいる、プリンセス・デリュージだから……!」
「そんなの……」
「いい加減にしなさいよ」
フォーシーズンズが割り込んで、急にデリュージの肩を掴んで揺さぶった。力が強いのはフォーシーズンズの方で、デリュージが振り払おうとしても離れない。彼女の眼差しは真っ直ぐデリュージに向いていて、握る手には力が籠っている。
「あたしは部外者だけど、さ。あんたの目、助けて欲しいって叫んでるじゃない。取り戻したくないの!? 奪われた、全部」
「……だからって、何かできるわけじゃ」
「するのよ。ただの量産品に成り下がるくらいなら、食らいついて唯一無二の傷を残しなさい。そうでなきゃ、人形と同じ」
何かがフォーシーズンズの怒りに触れたのか。互いの形相はこれまでプリズムチェリーに向けてくれていたものとはかけ離れていた。掴まれたまま、デリュージは何も言わない。沈黙が流れて、痺れを切らしたフォーシーズンズが手を離した。
「……何も知らないのにそんなこと言わないでよ」
離れてから、ぽつりと呟かれて、振り向いて、それを最後にフォーシーズンズは出ていこうとする。どうすればいいのかわからず、最後までデリュージを気にして、置いていかれそうになってようやく追いかけた。追いかけた先で、フォーシーズンズの背中にぶつかって、どうして立ち止まっていたのかはすぐに理解した。その先に立つ魔法少女だ。
「……ふふ、ようやく来た。この地区担当の魔法少女の……プリズムチェリー、ね。そうそう、青木さん……ううん、奈美ちゃんのクラスメイトの。加賀美さん……だったっけ?」
「っ、どうして私の名前を」
「調べたの……あなたのことだけじゃない……たくさん調べたわ……奈美ちゃんのこと」
フォーシーズンズがプリズムチェリーを庇い、手を伸ばしてくれる。けれど現れた黒い魔法少女はチェリーと、その向こうで蹲るデリュージを見て、不気味にくつくつと笑った。
「私はゲヘナ。プリンセス・ゲヘナ。そこにいる奈美ちゃんの……被害者」
被害者? 一体どういう意味なのかわからず、思わず後退る。ゲヘナは口角をずっと上げている。
「さあ、来て……始めるよ……
後方からさらに現れる魔法少女たち。見覚えのある姿に、プリズムチェリーはこんな状況でもぱっと明るくなって、そうもいかないことを思い知らされる。
「テンペスト! クェイク!」
「……はぁ」
テンペストらしき魔法少女はため息をつき、クェイクらしき魔法少女は武器を構える。デリュージの言葉を思い出した。攻撃されて、仲間など知らないと言い放たれた、と。その通りの現実が突きつけられようとしていた。
「あっちの青いのと同じ反応……何、何、なんなの? 怖いなぁ……私の何を知ってるのさ……」
「テンペスト……?」
「私は! プリンセス・クランブル! テンペストじゃない! ソニアじゃない! あぁ、怖い、怖い、誰なんだよチェリーって、プキンって、翔くんって! 誰なのっ!!!」
「落ち着いて、クランブル。怖いものは全部……私が壊すから」
取り乱して癇癪のまま壁を殴りつけたテンペストに、優しく声をかけるクェイク。様子がおかしい。あんな姿は見たことがない。コスチュームも違う。無理やり他のコスチュームを水着に仕立て直したような。
呆然としているうちに、クランブルもグラビティも動き出していた。フォーシーズンズの背中から4本の武器が飛び出し、グラビティの攻撃を跳ね返し、掴みかかるクランブルを退ける。だが攻撃の瞬間クランブルに掴まれた三叉槍がいきなりサラサラと塵になって、さらにグラビティの放った重圧が魔法少女達を襲う。
「っ、なん、で……!」
どうして彼女らが攻撃してくるのか。そうか、このことを言っていた、のか。チェリーは戦慄し、同時に、込み上げてくるものがあった。あの日々に帰るためならば、立ち向かうと決めた心だ。プリズムチェリーにはオスク派も研究所も部門も人造魔法少女も何もわからない。わからなくても、助けたいなら構えるしかない。
襲いかかってくる2人。怯えた顔のままのクランブル。凛々しく冷徹なグラビティ。そして、にやにやと笑っているばかりのゲヘナ。全部の顔に向かって、チェリーは手鏡を抜き放った。
「チェリー・フラッシュ──!」
光が満ちる。咄嗟に少女たちが顔を覆い、重圧が晴れた。守ると決めた。最後まで付き合うと決めた。プリズムチェリーは、ピュアエレメンツだ。