◇シャドウゲール
直すふりをして発信機能を追加したゲーム機は問題なく動作し、今もプフレにこの場所を伝えている。そして建物全体に警報が鳴り響き始めて、シャドウゲールはあの女が何か差し向けたと確信した。彼女が本邸に襲撃をかましてくるような連中に報復しないはずがない。
警報が始まってしばらくは、何か鳴ってるね、くらいでプレイは続行されていた。が、サイレンは止まずにむしろ激しくなり、もはやゲームどころではなくなって、何本めかのマジカルオールスターズゲームは中断され、電源が引き抜かれた。
「大丈夫。ここにいれば安心だと思う」
「あの……見に行かなくてもいいんですか?」
「うーん……でも姫様からは何もないし」
好機だと思った。ここでシャドウゲール一人残して慌てて飛び出して欲しい。
「行った方がいいんじゃないでしょうか。こんな狭い部屋じゃ何かあっても対処できそうにないですし」
「そうかな?」
「私なら大丈夫ですから」
あくまで、友達として、心配しないで、と告げた。オクターヴはすっかり乗せられて、それならとランタンを見た。ランタンはじっとこちらの様子ばかり気にしていた。
「じゃあ……お言葉に甘えて! 行ってくるね! ランタンも! ……ほら、ランタンも! 一応姫様にあなたの監視役頼まれてるんだから!」
オクターヴが部屋を後にして、動こうとしないランタンを置いていきかけて、慌てて彼女を引っ張っていった。シャドウゲールはひとり残されている。扉は開きっぱなしで、こっそり顔を出しても周りには誰もいなかった。どうやらあの見回りのトランプたちはこの警報の原因の所に集まっているらしい。脱出するなら今、か。
シャドウゲールは発信機に改造したゲーム機を抱える。内蔵のバッテリーが生きている間は発信機能は継続されるように改造してある。小脇にゲーム機を抱えているのは明らかに怪しい。けど飛び出すなら今しかない。部屋を出て、とにかく廊下を走る。気がついたら閉じ込められていたシャドウゲールには建物の構造なんて全くわからない。わからないなりに、走る。
──不意に、屋内では普通聞こえない音がした。タイヤが床を刻む激しいドリフトの音だ。すぐそこの曲がり角まで迫り、こちらに一直線。まさかプフレが、なんて思った時にはもう遅く、超高速の車椅子とそこに座る魔法少女が目の前に迫っていた。瞬間、ふわりと体が浮く感覚。抱きかかえられていることを理解したのは、顔のすぐ近くに彼女の顔があるからだった。
「お嬢……!? 自分で来るなんて」
「車椅子に発信先を設定したのは君だろう」
「どこか知りませんけど、敵地のど真ん中ですよ!?」
「……まあいいじゃないか。脱出するなら同じさ」
「そうですかね?」
「ちなみにここはオスク派の施設で、あれは本国の追手だよ」
「全然一緒じゃないですよ!?」
激走する車椅子を追ってくるのはトランプ兵士だ。無表情に走る彼女のエプロンにはスペードのマークが大きくひとつ描かれている。曲がらざるを得ずスピードの出せない室内とはいえ、改造車椅子の速度を追ってくるとは。長い直線に差し掛かり、手回しで加速しようとした途端に後方で風切り音がする。
「伏せろ護!」
頭上を槍が通過する。ナースキャップが撃ち抜かれ、車椅子を追い越して先を行く。そんな通路の先で、壁に突き刺さらんとした槍が丁度曲がり角に差し掛かった人影により弾かれる。オクターヴだ。手には金管楽器が武器として握られ、その人懐こいはずの垂れ目に敵意を込めてこちらを見据える。
「出た、侵入者! シャドウゲールちゃんを離せ!」
「それはこちらの台詞じゃないかね、誘拐犯」
「止まらないなら……きゃっ!?」
「人……小路ィッ!!」
音の衝撃波で迎え撃つため楽器を構えたオクターヴだが、その後方から彼女を押し退け割り込んでくる。ランタンだ。彼女の手にした杖が輝き、一閃、光が放たれる。予想外の攻撃に急ブレーキをかけ、それが幸いとなって光線が頭上を通り抜ける。後方を振り返ると、スペードのエースが喉を貫かれて血を吐き、崩れ落ちる瞬間だった。死んだのか。だが追手でなくとも、目の前の敵は残っている。
プフレは自身のことなど構わずに来たのだろう。近くで見れば見るほどに、その白い肌を傷の赤や煤の黒が彩っている。そんな主と、鬼気迫る形相で杖を構えたランタンの姿に、脳裏を掠めるものがある。
──魔法少女、ジップステップ。人としての名は、
そのせいか、勝手に体が動いていた。プフレの手から離れ、杖を振りかぶったランタンとの間に立ちはだかった。
「待って!」
「……マモリ」
ランタンの動きが止まる。これ以上の好機はない。オクターヴがまたしてもこうなったことに対して痺れを切らし、ああもう、と叫びながらこちらに向かってくる。シャドウゲールの首元の布が引っ張られて、プフレに抱き寄せられた。無理やり方向転換し、車椅子が再びロケットスタートを決める。転がっていたスペードのエースは強引に飛び越えた。
「君は……! 自分がああなってもいいのか!?」
スペードのエースの死体のことだろう。勿論そうなりたいわけがない。
「い、いや……だって、ああでもしないと止まりませんよ」
「あれが仮に、地獄の淵から甦った
宍岡衛子。かつてプフレとシャドウゲールを襲ったエーコ・EX・ランタンの正体だという人物だ。宍岡守の姉であった彼女なら、なるほど
だがシャドウゲールには、プフレの危惧するようにはならないという感覚があった。どういうわけだろう。ランタンの向けてくる眼差しが──衛子から守に向けられていた姉妹愛ではないと、そう感じられるから、だろうか。似たような視線を、どこかで浴びているような気がする。……学校? だろうか。
ただ、それは胸に秘めたまま、曲がり角を超えて、来た道を戻りながら言葉を続けた。
「やっぱり、お嬢もそう思ってたんですね」
「あの魔法少女のことかい」
「……はい。プリンセス・ランタンはエーコ・EX・ランタンだって」
「無論だ。もう一方の……についても調べあげてきたとも」
「プリンセス・オクターヴですか?」
「やはりと言うべきか……どちらも『プリンセス』か。まったく、魔法の国は技術の盗用もあっさりとやってのけるか」
「盗用?」
「こちらの話だよ」
こんな時でも始まった。シャドウゲールにはわからない話を、シャドウゲールにはわからないと思って話してくる。いつもなら聞き流しても、こんな状況ではそんなことしていられない。
「して、プリンセス・オクターヴだが。私の調べによると森の音楽家クラムベリーの──」
轟く衝撃波。目の前の通路で横壁が叩き壊され、瓦礫と土煙の向こうから現れるのは弦楽器を大斧のように振り回すオクターヴだった。追いつかれた、どころか追い抜かれている。壁をチェロで殴りつけて破壊し、その中を走ってきたというのか。初対面の敵対的印象と同じ、敵意の眼差しが来る。
「これ以上逃げないで。逃げたら、酷いことしなくちゃいけなくなるから」
プフレは彼女の脅しを前にしても平然としていた。あの身体能力を相手に逃げ回ることを辞め、シャドウゲールから手を離し両手を挙げた。
「お嬢っ……」
「生前の記憶に賭けるさ」
シャドウゲールは黙って見守るしかない。
「……わかった。取引をしないか、プリンセス・オクターヴ」
「嫌。侵入者の話なんて聞かないもん」
「私は人事部門長、プフレだ。人事部門には、かつての所属者のデータがある」
「……それが何?」
「森の音楽家クラムベリーもそうだ」
オクターヴの目が丸くなった。
「我々自身も『クラムベリーの子供達』でね。君の知りたいことだと思うが……どうかな、プリンセス……いや、ミーヤ・オクターブ」
話し終えて数秒。
振り上げていたチェロがみるみる縮み、小さなハーモニカになって、胸ポケットに仕舞われた。助かった、らしかった。