◇プリンセス・ナイト
更なる侵入者の出現で研究所内部は大騒ぎとなった。シャッフリンが一斉に移動を始めたのはアルファベータの仕業だろう。
スノーホワイトからの指示は──なかった。彼女は部屋から出てくることもなく、ナイトを半ば追い出して部屋を閉じた後、音沙汰がない。心の声を届けてくることもない。有事だが些細なものだと判断しているのか。慎重な小雪らしくない。
命令がなければ、それぞれの判断で動くしかないわけで。彼女を守り、侵入者を迎え撃つべく、ナイトは背中の剣に手をかけ、部屋の前で警戒にあたっていた。前線には他のプリンセス・シリーズが向かっているはずだ。そうそう彼女らがやられることもないだろうが、騎士として、姫様の傍にいなければならない。
『騎士ごっこ、楽しかった? 姫様の人形さん』
自分の役割だと意識したからか。ふいに、脳裏にゲヘナの言葉が反響してくる。いや、スノーホワイトに拒絶された瞬間から、既にゲヘナの言葉は思考を蝕んでいた。
『姫様はあなたで遊んでるだけ……自分が何かしたのか考えてみたら』
ナイトはなんのためにいる。姫様を守るためで、騎士であるためで、けれど姫様に騎士が必要ないのなら、私はなんなんだ。この剣は、なんなんだ。
「……ねえ、颯太、どう思う?」
答えはない。自分の中に溶けてしまった彼が答えてくれるはずがない。彼は小雪を守るために挑み、散っていった。まだ中学生だったのに。何も知らず、勝手に挫折して生きてきた朱里の数年間は、颯太が失ってしまったものだ。
彼の決意の強さには、記憶は混ざっていても、いまだに触れられないでいる。
「……っ、来た……!」
──やがて、警報の止んだ廊下に足音が響き、ひとりの魔法少女が現れる。その背には4枚の羽。下着同然のコスチューム。ピュアエレメンツの研究所にも現れた魔法少女、魔王パムだ。インフェルノだった自分は敵わないどころか、シャッフリンをなぎ倒していく彼女に助けられてばかりだった。そんな相手とここで出会うとは。
対する魔王パムは、ナイトには何の声をかけることもなく、目もくれなかった。素通りしようとする彼女に剣を突きつけ、行く手を阻む。今の自分はナイトだ。戦う理由がある。
パムの目線がこちらを向いた。敵対者へ向けられる、紅い深淵のような眼だった。無視するなと啖呵をきるつもりだった言葉を、息ごと呑み込んだ。
「それを向けるからには、向かってくる覚悟を持て」
「……当たり前でしょ。あたしはナイト! プリンセス・ナイト! たとえ魔王だろうと、姫様の敵は通さないから」
「姫か。やはりこの先にいるんだな。現身が」
パムの意識はナイトにない。それでいて、彼女の狙いはスノーホワイトだ。ここで止める、やってやるしかない。そう剣を握る手に力を込めた時、パムの羽がひとつ、動いていた。
「
羽が捻じれ黒き槍となってナイトを襲う。咄嗟に剣を巨大化させながら当てて逸らし、凌いだ。床に突き刺さった槍は大きくタイルを抉り、周囲はひび割れ破片が舞う。一瞬の一撃で、これほどか。
「今のに対応するか。新世代プリンセスシリーズとやらも悪くは無いらしい」
「っ……!」
標的がこちらに移る。パムが瞬時に距離を詰め、突き刺さった槍を引き抜きながら振り抜く。が、それが本命じゃない。羽が動いている。上方から降り注ぐは黒い刃だ。無理やり縮小と巨大化で薙ぎ払って耐え、防いだつもりが叩き落とした刃がひとりでに迫ってくる。剣を長剣サイズに変えて刃を正面から打ち砕き、今度こそ止めた。しかし壊した羽はひとつだけ。どころか、まだ2枚しか使っていない。残る2枚はと振り返ると、魔王パムは背中に2枚を残したまま、聖槍を振るい近接戦を仕掛けてくる。金属音が響き、必死に攻撃を受けていなす。通さない、通す訳にはいかない、意地だけで食らいつく。こいつはここで食い止める。そうしないと、スノーホワイトが、スノーホワイトは──。
『姫様はあなたで遊んでるだけ』
「あ──」
頭の中に浮かべた守るべきはずのスノーホワイトの顔が、拒絶の色に変わって、手が震えた。力が抜けた一瞬、パムの槍は剣を弾き、ナイトの片腕を突き刺し、砕いた。遅れて痛みを理解し、手から剣がすり抜ける。声は出なかった。ただ、崩れ落ちる。パムからは失望のような目が向けられ、彼女は命を奪うこともなく、ただ歩き出す。ナイトがどうしても守りたかったはずの扉が、あっさりと破壊され、その先に魔王が足を踏み入れる。
「……何してるんだよ、あたし」
動けなかった。脚はパムにやられてなんかいないのに、片腕が抉られたくらいの痛み、彼女のためなら耐えられると思っていたはずなのに。ただ、煉獄に焼かれるような痛みだけが頭の内側で熱を放っていた。
◇魔王パム
扉の先に待っていたのは想像していたのとは違う魔法少女だった。ハートの女王さながらの、己の他を何とも思っていない、グリムハートはそんな存在だった。今目の前にいるのは違う。もっと小柄、もっと幼く、そしてもっと、冷徹な目をしている。初めて会った時、クラムベリーはこんな目をしていたかもしれない。
「随分と可愛らしくなったものじゃないか、現身。いや──『魔法少女狩り』か」
目の前にいる魔法少女は間違いなくスノーホワイトだ。グリムハートの意匠が混ざり、さらにそこから放たれるそこらの魔法少女とは一線を画した気配からして、これまで噂に聞いていた彼女ともまた違う。クラムベリーの試験を生き残ってしまった被害者ではなく。フレイミィの猛攻をことごとく逸らす正義の使徒でもなく。
少女はゆったりと立ち上がる。善を為すのも悪を敷くのさえ己だと告げるように、薔薇の花が揺れた。
「アークプリンセス・スノーホワイト」
「アーク……それが今の名か」
「……魔王パム。その名前、記憶にはあるよ」
「光栄だな」
もはやここにいるのがグリムハートではないとしても、そこに宿る三賢人オスクの存在と、最大の障壁となるということは同じ。4枚の黒い羽を広げ、パムはスノーホワイトの目を見た。心を殺した目だ。グリムハートの全てを見下した目じゃない。彼女よりも人間としての感情に溢れ、そして、同時に何かが抜け落ちている。
それでもパムのやるべきことは変わらない。相手が変わっていようと、残るのは戦火だけだ。
「先日の続きといこうか」
スノーホワイトは黙ったまま、あらぬ方向に目を向けている。そしてそれが答えのつもりなのか、ぽつりと口から呟きが溢れた。
「……魔王。暴虐の化身。
フレイミィを狩った時と同じ、得物は薙刀だ。スノーホワイトは抜き放った薙刀をくるくると回し、切っ先を向けてくる。これだ。並大抵の魔法少女とは違う特別製だけが持つ重圧。肌で感じ取りながら、心にまで響いてくる。悪い魔法少女は全て滅ぼす、と。
パムは思わず笑っていた。喜悦に身震いしていた。