◇メルン・チック
プリンセス・アルファベータがこちらに来たのは幸運だった。何せ、メルンがここにいる理由はこいつにある。こいつだけは、逃がさない。
集結してくるシャッフリンは他の魔法少女達に任せ、メルン自身は全ての矛先をアルファベータに向けた。
「……行くよ、みんな」
『
『イエス! マーリー!』
『はいはーい、ひとっ走り行きますかっと』
少女たちのバラバラな返事が脳裏に過ぎる。締まらないから統一しようと話し合ったのが何度流れたことか。結局、決まらず終いになってしまった。
歯を食いしばり、魔法の綿に思考の全てを割く。
ペリングの詠唱、マーリーの射出、ドッチの突撃、一斉に、絶え間なく浴びせ続ける。標識を振りかぶったドッチが起こした強風に乗せて球体と化したマーリーを打ち込み、そこへさらにペリングの唱えた落雷の魔法が降り注ぎ、抜け出しても次の標識が繰り出される。落石が降り注いで彼女を埋めつくし、それらを持ち上げ這い出てきたところに遠距離攻撃を集中させる。魔力の弾丸とゴム毬の弾丸が連射され、砕けた岩が砂埃になった。その向こうから現れたアルファベータがこちらに向かってくる。これには魔法の綿をあえてペリングの中からはみ出させ、その脚を絡めとる。バランスを崩せばまた集中攻撃だ。
歯を食いしばっているようで、アルファベータはまだニヤついている。彼女が手にした絵本から淡い光とともにナイフの雨が溢れ出した。前回の遭遇で逃げる瞬間に使ったものと同じだ。絵本に描かれた事象を起こす魔法は使い切りではないらしい。
あちらは数で押してくるつもりだったろうが、こちらの仲間は選りすぐり。邪魔するシャッフリンは即座にミントが対処、瞬時に距離を詰めて肉弾戦を仕掛け、傷ついてなお強引にねじ伏せる。あとはアルファベータ自身。今でこそ耐えているが、メルンは休まない。仲間たち、その内側で彼女らを動かす綿のひとつひとつ、筋肉の運動すべてをメルンが制御している。絶えず命令を出して、まるで糸の懸かった人形を動かすように。
──ふいに反撃でリズムが狂う。ナイフの射出に対応させるつもりが、ドッチの頬が切れた。けれど、彼女らに流れる血は通っていない。あくまでこれは『ぬいぐるみ』だ。それを理解したアルファベータが大袈裟に声を出す。
「あぁ、これは、これは! なんとお労しい。死した魔法少女が再び立ちはだかるとは何事かと思えば……剥製ではありませんか!」
「お前が、殺したからでしょ」
「おっとそうでした。ですがいいのですか? いい加減眠らせてあげるべきでは? 死してなお戦い傷ついているではありませんか」
「知ってる? ぬいぐるみって、飾って可愛いだけじゃないの」
ドッチの強風注意を床に突き立て、竜巻を起こす。天井に勢いよく叩きつけられ、身構えても上空ではそう逃げることもできない。
「おお? これは!」
天井まで打ち上げた相手にマーリーが飛び込んで蹴りを浴びせ、呪いを込めた魔法のペンを投擲し、絵本と鎌で防ぎ切られた。強風注意から一時停止に切り替えたドッチを向かわせ、今度は物理で止めに行く。アルファベータは依然として嘲笑うようで、ひらひらと躱し、他の魔法少女たちが戦う戦場の間を縫って歩き、やがて必死でシャッフリンと交戦していた魔法少女を見定めると、腕の中に押さえ込んだ。捕まったのはパトリシアの部下だ。仕事の場で見たことがある。
「っ……! 人質のつもり!?」
「いいえ! これはただの補給、性能テストですよ。ジュエルに移したジョーカーの機能が正常に動くか実地テストです」
抵抗する少女をあっさりと解放したかと思った瞬間だった。アルファベータの鎌が一閃、少女の首を落とす。支えを失った首が床に転がり、残った体が倒れ伏す。
「お前……お前ぇっ!」
駄目だ、あいつだけは。3人を一斉に動かして、もっと攻勢を強めていく。絶え間ない攻撃を。ぬいぐるみに疲労はない、メルンの脳さえ力尽きなければいい。そして恐らくは、それよりも先にアルファベータが力尽きるはず。そのためにひたすら、ペリングにもマーリーにもドッチにも突貫させ、すかさず遠距離攻撃を加え、耐えられても続ける。耐えきれなくなるまでやればいい。
「メルンさん!」
ミントの声で自分自身に意識を戻した。いつの間にかシャッフリンがメルン自身を囲んでいる。スペードのジャック、クイーン、キング、そしてエース、勢揃いだ。ミントは飛び込んできてくれ、ばら蒔いた種が発芽、爆発的な成長でジャックとクイーンの顔面に根が伸びて取り込んだ。しかしキングとエースにはかわされた。迫るキングの槍を魔法の綿で包み刺突を無力化、綿ごと上に投げ飛ばして、ここはマーリーを突っ込ませて全身球体化からの突進で撃破。さああとはスペードのエース、という時、既にメルンの目の前に迫っていた。っ、もう間に合わない。こうなったら、刺されてでもアルファベータを……!
そのはず、だったのに。
「っ……はぁ、あぁ、さすがに痛いです……!」
「なっ、み、ミント……」
目の前で、ミントの体が貫かれた。息が止まる。顔見知りが死ぬのは何度目だ。メルンのせいか。彼女は明らかにメルンを庇っている。死んででもと考えて、自分を捨てるはずだったのに、そうならなかった。死んでほしくない相手を巻き込んでいる。
「い、嫌だ! やめて! わ、私はっ……そんな、もうっ……もう!」
ミントは血を吐き、口元を拭い、自らの腹部からはみ出した槍を掴んだ。スペードのエースは槍を奪い返そうとしたが、ミントが食らいついたためか捨てて距離を取る。
けれど彼女は傷が広がるのすら厭わずに刺さったまま追って、頬を殴りつけた。返り血でシャッフリンの頬が赤く染まる。さらにそのミントの血液から突然、発芽が始まった。魔法の種が混じっていたのだ。自身の栄養を吸って育ったものが自分を拘束してこようとして、シャッフリンは自ら頬の肉を削いでまで引き剥がし、そのまま肉弾戦に応じてミントを蹴り飛ばす。
床に肉片ごと捨てられてなお、根は伸び続けている。そちらに警戒心を向けた瞬間、ミント本人に向ける警戒が薄くなっていた。それがエースの敗因となる。彼女を襲ったのは倒れたはずのミントだ。苛烈すぎるほどの勢いで組み伏せ、首を絞め、殴りつけ、動かなくなるまでずっと殴り続けていた。エースの頭部が潰れてぴくりとも動かなくなると、ミントからも力が抜ける。手を離して、ふらりとよろめいた。自分に突き刺さった槍を引き抜いて、吹き出る血もそのまま、首だけをこちらに向けた。
「……ごめんなさい、その、雑草……は……少し……」
「ちょっ、ね、ねぇ……?」
「……疲れたので……萎れます……」
支えに入ることもできず、ミントが倒れ伏す。これまでずっと助けてくれた彼女が──。
向こう側でアルファベータが笑っているのが見えた。
「あ……ぁあああああっ!!!」
仲間達を動かしながら、メルン自身も飛び込んだ。ミントを貫いた槍を拾い上げて、お前だけは許すものかと振り回す。感情に任せても当たらないのは知っている。それでも、こいつだけは、この手で。
「スペードを動員して皆殺し……の予定だったのですが。これでは死に損、いえ、殺し損ですね」
もはや言い返す余裕もない。その饒舌な口に綿をねじ込んで黙らせられたらどんなに良いか。
「ですがそれもこれで終わり。あの子を本当の死に損にして差し上げますよ。次のページは……J! 巻き起こりなさい、
巻き起こった凄まじい風に耐えきれず、メルンは仲間たちごと吹き飛ばされ、さらにパラパラと捲られたさらなるページから新たな魔法が襲い来る。今度はVのページから赤と黒の灼熱が噴き出した。火砕流、つまり
後方に迫る灼熱に汗が吹き出る。パトリシアが大声で他の魔法少女たちに伝え、付近では一斉待避が行われている。追ってくるシャッフリンにはダークキューティーの影が襲いかかってバランスを崩させ、転んだシャッフリンがマグマに消えていくのも見えた。
皆の心配はもはや、している暇はない。このままではメルン自身までああなってしまう。走り続けた先で適当な部屋に飛び込んだ。息を切らして、仲間たちを入口の警戒に配置する。
この部屋は誰かが寝泊まりしているのか、ベッドが置いてある。そこにミントを寝かせた。彼女は……まだ息をしている。気がついたメルンは必死で縋り着いた。
「っ……なんで、なんで私のために! 貴方、私なんて庇わなくったって……!」
傷を塞ぐ魔法のはずなのに、受けた傷からは血が流れ続けている。意識が遠のいているのか、目に光がない。呼吸も弱くなっている。どうすればいい。──彼女もぬいぐるみにする、だなんて、最悪の選択肢が脳裏に浮かんで、メルンの呼吸まで荒くなる。スカートの裾を思わず掴み、強く握った。
「おやおや。ここに逃げ込んでいましたか。なんと往生際が悪い」
アルファベータの声がしたその時、ずっと抱えてきたコスチューム付属のテディベアを取り落とした。そのはずみに、中にしまってあったものが溢れ出る。プフレに渡された、小さなライトだった。思わず拾って、振り返る。ペリングが壁に叩きつけられ、マーリーが踏みつけて押さえられ、ドッチの標識と大鎌が撃ち合っている。この瞬間に鎌の一撃がドッチの体を裂き、綿が溢れてしまった。コントロールができなくなってドッチは倒れる。それでもニュイグルミなら、もう少しだけなら持たせられるはず。
せめて、せめてミントだけは逃げてほしかった。
メルンはライトのスイッチを押して、明かりをつける。小さな光だった。
「……がんばれ……キューティーミント。負けるな、キューティーミント! 正義のキューティーヒーラーなんでしょっ……こんなところで……倒れちゃ嫌だよっ……!」
ぴくり。少女の手が動く。メルンは息を呑む。彼女の全身から白い根が伸びて、傷口を縫い止めて塞ぎ、失った体組織を補って、体を押し上げて、立ち上がらせた。目が開く。その眼には、小さなライトの光が確かに宿っていた。
「っ、そうです、ね。呼ばれたからには……声援を受け取ったからには! 雑草とて……雑草でも、ヒロインです……!」
ミントが開いた右手を天に掲げ、それを胸元に勢いよく下げ、ぐっと握った。
「どこでも萌える雑草魂!! キューティーミント!! 」
「ふ、ふふっ、ふはははっ! やっと名前を教えてくれましたねぇ! いいですねえ、キューティーミント……!」