27.四葉の彼方
◇プリンセス・フォーシーズンズ
プリズムチェリーが放った光で敵、特にゲヘナとやらが怯み、もがきながら戦線から離れていく。強烈な光は闇属性には眩しすぎたらしい。残ったクランブルとグラビティに対し、今度はフォーシーズンズから仕掛けていく。
助けたい彼女の手前、できるのは制圧まで。だからといって手を抜けば死ぬのはこちらだ。加減はしない。まずは厄介な魔法のクランブルを狙い、それを庇って前に出てきたグラビティに、4本の武器、4つの属性すべてを使って対応する。
体にかかる重圧は地の力で押し返し、速度を落としてでも動く。振り下ろされる大槌の直撃は避け、こちらも負けじとハンマーを飛ばして応戦。重力に叩き落とされようと、偃月刀に変換して炎の力を爆裂されることで抵抗する。吹き上がった黒煙に顔を覆うグラビティ。重圧が解け、その瞬間に手元に呼び寄せた三叉槍とブーメランで襲いかかる。
両方が同時に掴まれて止められ、塵と化した。クランブルだ。怯えた目のまま伸びてくるその手は、触れたら終わりの凶器だ。風を起こして空気の層を作り阻むつもりが空気の流れすらも破壊して突き進み、ひたすら後退せざるを得ない。
風の方向を自身を押し出すように変え、後方に飛ぶ。チェリーとデリュージは後ろに保ったまま、分裂と再構築で武器を4本に戻す。いくら壊されようが再構築することは容易だ。ただこうも簡単に破壊されていては通じない。であれば──もう少し手荒にならざるを得まい。
4本の武器すべてがハンマーに変わり、回転して魔法力を加速させていく。それぞれの先端から高まったエネルギーが放出され、ひとつに集まり、ひとつの光の束として輝きを放つ。
「フォーシーズンズ・バースト──"
クランブルに向けたビームは両手で受け止められる。突き出した両手を貫くことはなく、残ったのは手に付いた煤だけだ。破壊光線でも駄目なのか。ならばと続けてフォーシーズンズ・バースト"
瓦礫の雨の中、思考を回した。狭い空間ではふたりを背にしたまま戦うのは無理がある。もっと広い空間が欲しい。
「さて……どうしたものかしら」
「あの! 私も、戦います!」
「わかってる! たまに光って補助してくれるだけでかなり助かってるわよ!」
「それだけじゃなくって……! 私が……クランブルを止めます」
「……何言ってるかわかってるの?」
これまでも意識してきた通り、クランブルの扱う風化の魔法は触れられたらそこで一巻の終わり。身体能力で劣るチェリーが戦おうとすれば、未来は見えている。
「駄目っ……チェリーは逃げて……」
デリュージの口からはそれしか出なかった。それでも、とチェリーは続ける。
「あの子はこっちを見ているし、声も届いています。光と音は通してるんです」
「かもしれないけど……それだけで戦うのは無謀よ」
「なんとか、してみます」
フォーシーズンズは歯を食いしばり、頷いた。クランブルとグラビティ、どちらもその魔法は厄介この上ない。ゲヘナが戻ってくるまでに勝負を決めるのは無理がある。クランブルはチェリーに任せる。それには広い空間が必要だ。だったら、作るしかない。
「こっちに誘い込むわ!」
「そっちは壁じゃ」
「道は作るもの! フォーシーズンズ・バースト! "
巻き起こる竜巻の連打に壁が抉れ、やがて壊れると同時にその向こうに飛び込んでいく。手当たり次第に壁をぶっ壊し、壊した瓦礫を追ってくる魔法少女たちに向かって飛ばす。グラビティは撃ち落としてクランブルは風化させてしまい効果はないが、そもそもダメ元だ。集めた瓦礫を凍らせ槍の形に変えて飛ばし、立ちはだかったグラビティが迎え撃ったのを合図に、駆け出す。瞬間、チェリーにアイコンタクトをとり、互いに頷いた。
「っ……! チェリー、今の、クランブルはっ……!」
「よそ見してる暇、あるかしら!?」
「あなた、クランブルに……チェリーを殺させる気!?」
「なわけないでしょ、あの子がやるって言ったからには、やるって信じてるのよ!」
彼女の襟首を掴み、投げ飛ばす。その瞬間だけ重くなったせいで大して飛ばせないが、もはや関係ない。続けて打ち込んだ風を圧縮した一撃が彼女をはじき飛ばし、距離をとらせる。すかさずそれを追い、チェリーやクランブルのところには行かせない。
後方ではプリズムチェリーが駆け出している。デリュージはその背中に手を伸ばし、立ち上がれない彼女には届かず終いであった。
「さぁて……! こっちはこっちで踊りましょう、ヒーロー気取りさん! 魔王気取りが相手になってやるわ!」
新世代にもあるのかはわからないが──プリンセス・シリーズには燃費という問題がある。ただし
◇プリズムチェリー
なにかやれることを探して、クランブルの目の前に飛び出した。あんなふうに言ったけれど、作戦らしい作戦があるわけじゃない。目くらましが通じたからって、目くらましだけでなんとかなるわけない。フォーシーズンズでも苦戦していたのに。
ならプリズムチェリーにできることはなにか。自分が持っているものを、最大限に使う。それしかない。
身構えるプリズムチェリーに対し、クランブルがまずとったのは攻撃の姿勢ではない。怯えた目を向け、歯を食いしばっている。
「なんなの、来ないで……きゃっ!」
手鏡を向けると、彼女は反射的に顔を隠した。けれど今度映したのは太陽の光ではない。強烈な閃光が来ないことに気がつくとゆっくりと目を開けた。彼女は鏡像を目にするだろう。チェリーの魔法では音は出せず、スクリーンは小さな手鏡だ。それでも、その映像は彼女の目線を吸い込んだ。
「……私……だ」
映し出されたのはプリズムチェリーが持つ記憶だった。そこにはインフェルノがいて、クェイクがいて、デリュージがいて。テンペストもプリズムチェリーもその輪の中だ。皆との付き合いは一番短くて、けれど同じ時間を過ごしてきた。トレーニングルームでじゃれあったり、魔法少女のまま他愛のない話をしながらお菓子をつまんだり、一緒に怪物と戦ったり。クランブルはふらふらと歩み寄り、手鏡を掴み、引き寄せてまで顔を近づけ見つめていた。
「そうだ……そうだ……私……テンペストは……っ」
頭を抱えるクランブル。プリンセス・テンペストとプリンセス・クランブルが混濁している。彼女の中でよみがえろうとする思い出に、彼女自身が苦しんでいる。
「思い出して……! みんな……一緒に帰ろう……!」
「っ……嫌っ……ぁあああっ!!!」
クランブルの目は血走っていた。鬼気迫る表情で、いきなり飛びかかってくる。咄嗟に掴んだ瓦礫の棒を盾にするが、掴まれた傍から魔法の分解による崩壊が始まっている。すぐに盾としての役割は果たせなくなり、プリズムチェリーの目の前に少女の顔が来る。
「ねぇ……何、なにが、起きてるの、あぁ、奪わなきゃ、奪わなきゃ、奪われる、前に」
「お願い……テンペスト」
伸ばされる手。プリズムチェリーは静かに祈り、思い出の続きを見せる。鏡の中のプリズムチェリー達は仲良くトランプのババ抜きなんかしていた。現実は皆バラバラなのに。
揺れて不安定な彼女のその手が体に触れようとし、突風が吹いてクランブルを転ばせる。フォーシーズンズが助けてくれたらしい。彼女はグラビティと依然戦いながらもウインクしてみせた。
尻餅をついたクランブルが立ち上がる。鏡の中では、インフェルノが上がり、残ったのはプリズムチェリーとテンペストだけだった。ババを持っているのはテンペスト。けれど、プリズムチェリーはそれを引き抜いて、続くテンペストの手番で彼女がペアを揃え、プリズムチェリーが残っていた。この後はきっと、インフェルノが罰ゲームと言い出して、色々と赤裸々な話をさせられたのを覚えている。結局エピソードが弱かったみたいで、2番目だったテンペストも巻き込まれ、大騒ぎだった。あれは強く印象に残っている。テンペストも、そうであって欲しかった。
「……ねえ」
ぽつりと、声が聴こえる。
「私は……楽しそうだった? 私……私、私……魔法少女、だった?」
映像を止める。スクリーンが鏡面に戻り、そこにクランブルの顔が映り、少し遅れて、笑顔のテンペストが映し出された。同じ顔立ちだけれど、その衣装はボロ布でなく涼やかな葉の輪を背負っていて、屈託なく笑っている。彼女はそれをどう捉えたのだろう。思い出してくれただろうか。頭を抱えて苦しむ彼女の傍らに髪が舞う。手が触れた髪の根元がボロボロになり、ちぎれているのだ。それが舞って、照明の反射で鈍く光っている。
「……あぁ……ダメだ……これじゃあ……こんな私じゃあ……翔くんは……翔くんの隣には……」
少女は震え、そしてやがて、目の色を変えた。限界まで小さく縮小した瞳孔がプリズムチェリーを見据え、獲物として認識し、手を伸ばそうとして、彼女自身のもう片方の手が止めた。不可解な行動に呆気を取られたままだったが、自ら握った手首が塵を起こしはじめてから気がつく。クランブルの中で、クランブルではない──テンペストが、戦っている。
少女は己の手を己の魔法で劣化させ、捻じ切った。左手がぼとりと床に落ちる。傷口は黒い塵に覆われ、煙をあげ続けていた。
「……ねえ、プリズムチェリー」
「え……?」
「私の中に誰かがいるの……怖くて、怖くて、全部奪いたくて、飢えて、餓えて、仕方なくて……今もチェリーが怖いの」
「そんな……」
「ごめんね、帰れない。怖いの。洞窟から出られない。外の世界は眩しくて、全部奪わきゃ、ボロボロにしなきゃいけなくて、お腹がすいて、うらやましくて」
やっと話ができたと思ったのに、彼女の表情はもうぐちゃぐちゃだった。せめぎ合って、戦って、どうにか攻撃しないでくれることさえ、彼女の必死の産物だ。それが伝わってくるから、もう手鏡に思い出を映すことさえできやしない。ゆらゆらと、クランブルが歩いてくる。残された手で掴みかかってくる。
「終わりにしてくれなきゃ……私が……奪っちゃう。嫌、そんなの嫌、欲しくない、欲しい、欲しくないっ、嫌、嫌嫌嫌──ッ」
「チェリーッ!!」
コスチュームが分解され、これまでと同じ煙があがりはじめたその時、叫んだフォーシーズンズが飛び込み、握りしめた風の刃で彼女を貫いた。背中から胸元を切り裂かれ、呆然とした表情を浮かべたあと、痛みに呻くでもなく、彼女は静かに目を逸らした。
「……帰り、たかったなあ。でもよかった。私、チェリーを殺さなくてすむん……だ……」
ずるり、刃が引き抜かれ、少女はその場に崩れ落ちる。変身が解けて、そこには小学生くらいの女の子が残った。
「そん、な」
わかっている。フォーシーズンズがああしなければ、死んでいたのはプリズムチェリーだった。けれど、助けたかったのに、手を伸ばしたかったのに。そうできなかった。
「テンペストっ!!!」
叫んで駆け寄ってくるグラビティ。彼女が抱き起こしても、少女はもう事切れている。そうして項垂れて、少女から手を離し、グラビティは立ち尽くした。強く握りしめた拳にフォーシーズンズが戦闘態勢を強めるが、彼女はもう大槌を握らなかった。
「これじゃあ、何も守れてないじゃない」
グラビティが絞り出した言葉は、プリズムチェリーにも突き刺さる。フォーシーズンズでさえ、血のついた刃を手にしたまま、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。デリュージだって顔をあげられないでいる。
プリズムチェリーは何をしていればよかったのだろう。皆でいる日々を取り戻したくて、ここまで走ってきたはずなのに。
ぐっと握りしめたただの手鏡に、真っ黒な闇が映っている。部屋の端で蠢く