魔法少女育成計画JACKERS   作:皇緋那

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28.奈落の果てほど美しい

 ◇プリンセス・デリュージ

 

 目を疑い、現実を疑った。目の前で事切れた少女の存在に、頭は回らなくなった。テンペストは純真で、デリュージと違って本当に明るくて。そんな彼女が、プリズムチェリーの伸ばした手を取ることもできず、死んでいった。そんなの受け入れられるわけがない。

 さっきまでの激しい戦いが嘘だったかのように静かになって、ただ変身の解けたテンペストの周りに血溜まりができていく。手を下したフォーシーズンズでさえ呆然としていた。

 

「……クェイク」

 

 プリズムチェリーがふいに呼びかけた。プリンセス・グラビティ、いや、プリンセス・クェイクは立ち尽くしていた。目線だけを向け、戦意は感じられない。

 

「っ、帰ろう、テンペストも、連れて──」

 

 そんなチェリーの声を遮って、目の前を暗黒が埋めつくす。ちょうどクェイクの体を飲み込むようにして、真っ黒な流体が蠢いた。風が吹き抜け、靡いた髪が頬にかかり、やっと理解する。ゲヘナだ。

 真っ先に動いたフォーシーズンズが刃を振り回して闇を払おうとし、しかし刃で裂かれた闇の中にもうクェイクの姿はなかった。吐き出されたのはティアラだけで、カランと音を立てて転がる。そこには黄色の宝石が光っていて、拾おうとデリュージが左手を伸ばし、その手ごと、ゲヘナに踏みつけられ、砕かれた。

 

「ッ……!?」

「あーあ。砕けちゃった」

 

 左手に強い痛みが走る。ゲヘナのヒールのせいでネイルが割れているのだ。指の骨も折れているだろう。だがそんなことはどうでもよかった。クェイクのプリンセスジュエルすら、取り戻すことを許されなかった。見上げると、ゲヘナが笑っている。

 

「クェイクを、どこにやったの」

 

 歯を食いしばって、わかりきったことを聞いた。彼女は笑顔を残したまま、デリュージに顔を近づけてくる。

 

「今、殺したよ」

 

 ああ、そうか。その答えは知っていた。一縷でも希望をゲヘナに見出そうとしたのが間違いだった。

 

「私の闇の中で肉体を分解して、地獄に溶けてもらったの。その手の持ち主と同じように」

「手の、持ち主って」

「知ってるでしょ、クラスメイトの──」

 

 ゲヘナの口から知っている名前が挙げられた。ああ確かに、ネイルを好んで、こんなのをつけていたような。それをわざわざデリュージの手にくっつけて、こうして壊したというのか。

 続けて、ゲヘナはひとりだけではなく、いくつもの名前を並べ、それも同じ目に遭わせたと語った。どれも青木奈美と同じグループにいた女子達で、ということはつまり、その多くが小学生のころに黒崎落果を孤立させていた。落果からすれば奈美と同類の加害者たちだ。そう理解はできても、受け入れることはできない。

 

「ねえ、奈美ちゃん」

 

 わざとらしく、仲が良かった頃のように、下の名前で呼んでくる。

 

「ここが地獄だよ。裏切られた苦しみ、奪われた絶望。全部、私が味わったものより深く味わわせてあげる」

 

 手を踏みつけたままのヒールでぐりぐりと傷口が抉られて、痛みに顔を歪めた。

 

「クラスメイトのみんな。テンペスト。クェイク。その次は……プリズムチェリーね。全部、あなたの元には何も残さない」

 

 ゲヘナの矛先がチェリーに向く。それだけは──止め、ないと。残った右手で槍を握った。はずが、今度は闇がその穂先を押さえつけ、動かせない。必死に引き抜こうとするデリュージを、ゲヘナは眺めている。

 そこへ叩きつけられる4本のハンマー。チェリーを狙う闇の塊がひしゃげて四散、べちゃ、とあちこちに散らばった。フォーシーズンズだ。

 

「……邪魔、しないでくれる?」

「こっちの台詞よ」

「チェリーを連れてきて、クランブルを殺した、そこで部外者の役目は終わってるから。地獄に迎える価値もない失敗作が出しゃばらないで」

「……それも! こっちの台詞よッ!!」

 

 フォーシーズンズから放たれる光の束。ゲヘナの顔面を捉えんと突き進み、躱される。それを前提にしたうえで偃月刀を振るい、頸を狙い刃が風を切る。ゲヘナは度重なる攻撃でデリュージから離れていった。黒の流動体が彼女を守り、フォーシーズンズの放つ衝撃波や斬撃を受け止めていく。

 その間にチェリーがこちらに駆けてきて、自分のコスチュームの手袋を外し、使って無理やり、デリュージの左手を止血してくれる。けれど、その力は弱く、震えていた。

 

「……ごめんね……何も出来なくて」

 

 ぽろり、零れた涙。心臓をぎゅっと掴まれたようだった。彼女にはそう言わせたくなかった。プリズムチェリーだけは、泣かせたくなかった。ピュアエレメンツに彼女を巻き込んだのはデリュージだ。テンペストが倒れ伏しても、クェイクが飲み込まれても、湧かなかった実感が、感情が、湧き上がってくる。

 行かなきゃ。私が、やらなくちゃいけない。

 

 強く握りしめた三叉槍を支えに、立ち上がった。もう大丈夫、体力は戻った、これまで使えなかったけれど、今なら。

 

「ラグジュアリーモード、オン……!」

 

 ティアラの青が輝き、体に力が満ち、痛みを忘れる。ラグジュアリーモードは少しの間しか使えない代わりに身体能力を著しく向上させる。

 目標はゲヘナだ。フォーシーズンズとの打ち合いに集中している今なら、と突撃をかまし、振り上げた槍で貫かんとする。あと少しのところで察知され、押し寄せた闇に食い止められる。冷却の魔法により凍らせようとしたが、冷気が吸い込まれていくだけで何も起きなかった。薙ぎ払って離れ、本体を狙うために氷を飛ばす。だがゲヘナの闇は全方位への防御を可能とし、本体を中心にして常に蠢いている。彼女の目がこちらに向き、飛ばした氷柱に合わせるように闇が伸びて、受け止めて飲み込んだ。

 かと思いきや、今度はチェリーに向けて暗闇の中から真っ黒な礫が発射される。ひとつ、ふたつ、飛来する礫を巻き込んで凍らせることで止め、同時にフォーシーズンズが炎を放って残るひとつを潰す。チェリーに迫った脅威を止めた安心もつかの間、闇から作り上げた大槌を振りかざし、嘲笑うようにゲヘナ自身が襲い来る。衝撃を受け止めながら、目の前で歯を食いしばるゲヘナと見つめ合った。

 

「まだ向かってくるなんて! まだ地獄が見足りないみたい」

 

 闇の中から伸びてくる無数の手。中学生くらいの女子のものばかり。そのくせ爪や指の形はそれぞれで、その向こうに無数の人間がいるように見える。ゲヘナに挙げられたクラスメイトの名を思い出す。この中に、その元クラスメイトの手が混ざっているのだろう。多数のクラスメイトが奪われている。

 だけどここには、まだ光があった。

 

「チェリー・フラッシュ!」

 

 チェリーが手鏡から放った閃光で、ゲヘナが大きく怯む。闇がひとまわり小さくなって、伸びていた手も消え、小規模なものは維持出来ずに闇自体が崩壊してしまう。盾が消え、本体を守っていたものが薄くなった。ならば仕掛けるしかない。まだ血が止まったわけではない砕けた左手にも力を込めて、両手で三叉槍を突き入れる。

 

「……っ!! この、闇よ」

「させるかぁっ!!」

 

 作りかけた闇の壁をフォーシーズンズのハンマーが叩き壊す。そのすぐ傍をデリュージが突き抜けて、振り抜いた槍は確かに、ゲヘナの腹部を刺した。肉を突き破る感触とともに、少女から呻き声が盛れる。

 

「うっ……ぐ、う……まだ……まだ、地獄は始まったばかり……連れていくんだから……っ」

 

 デリュージの力で腹部から凍りついていこうとする中、傷口から血ではなく、これまで使っていたのと同じ闇が溢れ出す。爆発的に膨らんで、巨大な両手のシルエットとなり、拳が叩きつけられる。咄嗟に左の腕で防いで、折れ砕ける感覚がして、今度こそこちらの腕は使い物にならなくなった。フォーシーズンズは隣で四つの武器を総動員して防いで傷は食らわなかったが、2人でチェリーのいる場所まで後退させられて、とにかく構え直す。少しづつあの真っ黒な闇の特性はわかってきたものの、明確な対策は、光を当て続けるくらいしか思いつかない。

 プリズムチェリーも同じ結論らしく、手鏡から太陽光をまたしても放っていた。が、この状態のゲヘナは光だけではさして怯まず、暗黒の動きが少し鈍っただけ。

 

「もうチェリーでダメなら、影さえなくなるほどの威力をぶつけてやるしかないわね」

「それほどの威力なんて……」

「あるでしょう、あなたたちにも。必殺技が」

「プリンセスはもう、ここには私だけしか」

「いるわよ。ここに。常にラグジュアリーモードみたいな奴、いるじゃない!」

 

 ゲヘナの操る巨大な闇の両手が迫る中、フォーシーズンズの言葉には乗るしかない。

 

「チェリー! 私たちの近くに!」

 

 呼びかけるとチェリーも理解してくれたらしく、間に走って来てくれる。そして、迫るゲヘナに向かって、同じ形状の三叉槍を構え、また放たれた闇の礫をたたき落として、2人で同時に武器を振り下ろす。障壁が展開されて術者のそのすぐ傍にいる者を護りながら、その外側を滅すべく超エネルギーが巻き起こる。

 

「アルティメットプリンセスエクスプロージョン──!」

 

 名の通りの大爆発が起きる。ピュアエレメンツ2人でさえ半径10メートルを消し炭にする威力を持つ、必殺技だ。より高い出力を持つフォーシーズンズと放ったことにより、さらなる威力を持って生まれた爆発は、魔法少女たちを握り潰そうと広げられていた闇の手のひらを飲み込み、押し潰してしまう。闇は光にかき消され、防御することも構わぬまま、ゲヘナ自身もこの爆発に飲み込まれていくのが見えた。

 

 そして光が晴れた時、ゲヘナはまだ立っていた。が、必殺技に焼かれたその体では立ち続けることもできず、ふらり、バランスを崩して倒れた。

 

「……まだ、これじゃ、終わらない……から」

 

 ゲヘナの全身が闇に包まれて、灰になるかのようにぼろぼろとシルエットが崩れていく。デリュージはそれを彼女が自分の魔法で逃げようとしているのではないかと思い当たり、武器を手に歩み寄り、切っ先を突きつけた。ゲヘナはその様子に、今にも泣き出しそうな顔で応えた。

 

「……ねえ? 奈美、ちゃん? ずっと……待ってたんだよ、謝って、くれる、の……そうしたら……いつだって……許せた、のに」

 

 デリュージにはそれ以上、刃を動かせないままだった。その言葉を最後に、黒崎落果であった人影は無くなってしまう。ここから消え去っただけで、ゲヘナがこれで死んだようには見えなかった。

 消えない死の気配に、空気は張り詰めたまま、どころか、派手に揺るがされている。この戦いが沈黙した後も、研究所全体が揺れているかのよう。

 

「一体向こうで何が……?」

「ねえ、まだいるんでしょ、仲間。探さなくていいの」

 

 そうだ、インフェルノはまだ生きているかもしれない。だとしたら──手遅れになる前に、行かなくちゃ。デリュージはチェリーと顔を見合わせ、頷きあった。

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