◇シャドウゲール
「あの……本当に大丈夫なんですか?」
「確かに賭けになるが、この状況では無理を通すしかないさ。もしランタンが襲ってきた時は、プリンセス・オクターヴの案内で脱出したまえ」
「それじゃあお嬢が」
「無策で突っ込んでくる私じゃないさ」
シャッフリンだけでなく、プリンセス・オクターヴとプリンセス・ランタンに追われた末、シャッフリンは巻き添えで退場、オクターヴとは交渉をし、味方につけた。残るはランタンで、今はその姿は見えない。が、プフレは彼女のところへ戻ろうと言い出した。
ランタンはオクターヴとは話が違う。彼女はプフレを明確に敵視しており、さらに話が通じない。お得意の話術も顔を見た瞬間に襲いかかってくる相手ではどうしようもないのだ。
そして案の定──戻ってきたプフレを見た瞬間、ランタンは杖を振るって光線を放ち、ぎりぎりでそれを回避、そのままプフレもドリフトUターンからのロケットスタートを決めた。引き止める間もなく風を切って突っ切っていって、呆然とするしかない。さらにランタンが釣られてそれに続き、駆け抜けた後に残った風が冷たかった。背中も見えなくなるまで何も言えないままで、オクターヴとふたり残されて、顔を合わせた。
「行っちゃったね」
「行っちゃいましたね」
「……あの人もああ言ってたし、行こっか?」
いつからか、シャッフリンの姿も見かけなくなっている。ついでに言うと、定期的に研究所が激しく揺れたり、破壊音が響いたりしている。シャドウゲールのことはもはや追いかける余裕すらないんだろう。誘拐はされたが、プフレを脅すためのついでのようなもので、オスク派にとってシャドウゲール自体に用はない、と思われる。ここで騒ぎに乗じて逃げ出せれば、これ以上は巻き込まれないかも。
それを狙うなら、確かにいつ事が大きくなるかわからないランタンは連れて歩けない。オクターヴと2人、とにかく歩き出した。けれどどの場所にも少なからず破壊痕があり、これまでどれだけプフレが縦横無尽に走り回ってきたのかを想像させた。
「シャドウゲールちゃんが大事に持ってる、そのゲーム機ね」
その途中、シャドウゲールがずっとここまで持ってきてしまったゲーム機のことが話題に飛び出した。たしかに合流するまでは大事なものだったが、手放すタイミングを失ったというか、プフレと合流した時点で離せばよかったのに、結局置いていき損ねたというか。
「選んだの、ランタンちゃんなんだ。わたしに、あなたと友達になってほしいって頼み込んできてね。あっ、演技してたとかじゃなくって! きっかけの話!」
どうして、ランタンがそんなことをする必要があるのだろうか。エーコ・EX・ランタンはそんなに世話焼きだったのだろうか。可能性はある。彼女の妹が手のかかる子だったという想像は、難しいが。
同時に、そんなランタンのお願いを受けて、素直にあんなに遊んでくれたオクターヴにも、優しさがある。どうせシャドウゲールはただの人質だったのに、だ。今もこうして、取引があったとはいえ、護衛について案内までしてくれている。
「こっちから行くと出口が近くて……あれっ」
行こうとした通路は派手な破壊によって完全に通れなくなっていた。瓦礫で埋め尽くされていて、魔法少女の膂力なら片付けられないこともないだろうが、それだけの時間がかかる。その間に他の道を通ればいい。けれどそうして回り道として選ぼうとした道も、向こうが瓦礫で埋まっていて、2度目のルート変更を余儀なくされた。こっちならと選んだのは、あまり通りたくはない道らしい。
「なんか怖いっていうか……ちょっと苦手で」
そう言っている理由はすぐに理解する。区画に入ると、いかにもな実験室が広がっていて、よくわからない機器が散乱しており、さらに培養槽の中には真っ黒な人影が浮かび、それがいくつも並んでいた。中には魔法少女の形をしたものもある。なるほど、確かにこれは不気味だ。長居したくない。2人して、互いに何を言うでもなく早足になり、さっさと抜けてしまおうとした。
その時、研究所全体がひときわ大きく揺れた。
「きゃっ!?」
オクターヴもバランスを崩し、彼女はコスチューム付属品の楽器を杖代わりにして耐え、シャドウゲールの手も握って、倒れないようにしてくれた。おかげで無傷で済むが、研究所のよくわからない機器はそうもいかない。今の揺れで、棚の上のものがぐらついて、落ちて、何か別の機器にぶつかった。ボタンが押されたらしく、大きな警告音とともに、扉が閉まる。これは──まずい展開だ。気づいた瞬間、駆け出した頃には遅かった。モニターの表示が変わっている。
『緊急装置作動 強制起動』
培養槽の蓋が開く。中から現れるのは真っ黒な人影が3つ、魔法少女型のホムンクルスが立ちはだかる。それもどこかで見覚えのある魔法少女の複製品ばかりだ。オクターヴにとってもそうらしい。
「っ……! よりによって……こんなのが暴走するなんて!」
オクターヴが構えるや否や、飛びかかってくるホムンクルスたち。周囲が一気に炎に包まれ、魔梨華の頭部に魔法の花が咲く。その花弁は刃のような硬度を持ち、オクターヴがフルートで受け止める。互いに拮抗、その後炎熱で花が弱った途端に押し返し、蹴っ飛ばして炎の中に突っ込ませた。燃やされながらもまた向かってくる魔梨華。さらに炎の中をフレイミィが泳ぐように迫ってくる。
炎を纏ったままの蔦が伸び、オクターヴを叩く。咄嗟に防御した腕が裂け、表情が歪む。しかし彼女はシャドウゲールの前から退かなかった。
フレイミィは炎の中から燃えながらの蹴りを放ってくる。フルートを振り回して防ぎ、けれどさらに舞い上がった炎に焼かれ、オクターヴの頬や手足に火傷が残る。それでも逃げる素振りは全く無かった。
むしろ豪快にコントラバスを振り回し、斧のように防御と攻撃に使い、魔梨華とフレイミィをどうにか吹っ飛ばし、傷をものともせずに息を吐いた。
「本物に比べたら……こんなの!」
楽器がトランペットに変わり、思いっきり息を吸い込む。あんな炎の中では肺が焼けるようなものだ。それでも吸い込んで、思いっきり吹き付けた。音の衝撃波だ。耳が破裂しそうなほど強烈な振動が駆け巡り、硝子は割れ、炎はかき消された。あれだけの勢いのあった炎が消え、フレイミィは衝撃で壁に叩きつけられ、培養液の中に沈んだ。そのまま黒い泥となり戻ってこない。
これで1体。続く魔梨華に向かって仕掛け、新たに咲いた頭の花からの光線が何度も降り注ぐ中、シンバルでそれを逸らし、距離を詰める。そして振りかぶった瞬間に、シンバルを別の形に変えた。が、同時に光線が放たれて、オクターヴの肩を貫いていた。傷口から血液が流れ出そうとするよりも早く、振り抜く。その形状はサンダードラム。轟音とともに、本物の落雷が迸り、魔梨華ホムンクルスを貫く。さすがの衝撃で内部から破壊されたのか、ホムンクルスは限界を迎え、溶解していった。
そうして残ったのは、傷だらけのオクターヴと、クラムベリーの複製体だ。オクターヴはクラムベリーに対して何かを抱えているんだろう。複雑な表情を浮かべたまま、構えて、そして動き出した。巻き起こる激しい格闘戦。グランドピアノの盾で打撃を受け止め、その影からのパンチ、からの盾をギターにして斧へ変形、振り回して、叩きつけて、受け止められて折られても、すぐにまた別の楽器で食らいつく。
何かしなくちゃ、オクターヴはボロボロになっていくばかり。思い立って、ゲーム機にレンチとハサミを突き立てる。何か、せめて彼女の手助けになるようなもの。考えても煮詰まりきらず、やがてオクターヴがクラムベリーからの強烈な一撃を貰い、シャドウゲールの方に飛ばされてくる。目の前にまで来た彼女を体で受け止めて、一緒になって倒れた。オクターヴの下敷きになりながら、シャドウゲールは彼女に声をかけた。
「逃げる方法を考えませんか、まだ道はあるんですよね!?」
「……ごめんね、無いと思う」
「そんな」
「だから、うん、私が、助けるよ」
「なんで……! あれはただの取引じゃないですか、死んだら意味が……!」
「それだけじゃ、ないよ」
オクターヴは立ち上がる。シャドウゲールが手を貸す余地はない。
「友達になったから」
それすらもランタンに頼まれただけ、あんな少しの間、一緒にゲームをしただけなのに。
「……大丈夫。
「それに……?」
「『クラムベリーの子供達』……クラムベリーが選んだ魔法少女、なんでしょ。だったら、わたしが、守らなきゃ」
それでもなおオクターヴは向かっていく。手にした楽器をピアニカに作り替え、咥え、何か──童謡、だろうか。どこか馴染み深い曲を奏でながら。ああ、そうだ、お嬢の従者になりたてだった頃、音楽の授業で習ったことが──。
呆然としている暇はないはずなのに、メロディに聞き入っていた。それはどうしてか、クラムベリーも同じだった。本人の記憶や精神を持たないはずの複製体であるホムンクルスが、なぜか、立ち尽くしたままだった。
オクターヴが奏でる音を聴く皆の脳裏に広がるのは、太陽に照らされ、光に満ちた世界。太陽を苦手とするホムンクルスは対応が遅れている。そして、距離がほとんどゼロになった時、オクターヴはピアニカをクラリネットに変え、そのまま突き通した。クラムベリーの胴体を強引に貫き、背中から先端が飛び出したまま、クラムベリーはよろめき倒れていった。オクターヴはその様に、ごめんね、と吐き捨て、彼女もまた倒れる。
シャドウゲールが駆け寄った時にはもう遅かった。体から力が抜けている。目を閉じようとする彼女の手を両手で握り、少しだけ、引き止めた。
「……少しだけ、だったけど。友達で……いれて、嬉しかった。
言葉は最後まで続かず、少女が事切れる。同時に変身が解けて、ヒビの入った宝石が胸元から床に転がり、砕けた。
「う、嘘」
しかし──シャドウゲールにとっての衝撃はそれだけには留まらない。変身が解けた少女から離れたようとした時、彼女が見た事のある少女であることを初めて認識した。
プリンセス・オクターヴの中から現れた彼女は、クラムベリーの知り合いとは思えない。護と庚江の通う学校、しかも同学年の生徒だ。確か、吹奏楽部で──つまり、本当に、友達になれるかもしれなかった少女だった。
脳裏に過ぎる可能性が少しずつ真実味を帯びてくる。オクターヴがあろうことか同級生だった、ということは。
シャドウゲールは顔を上げる。進むのは、守ってくれた彼女が残した道ではない。プフレとランタンを探さなくてはならない。振り返って、少女を置いて、駆け出すしかなかった。