3.プリンセス・オン・ザ・バイク
◇プリズムチェリー
「……っ、あっ、ぐぅ……!?」
目が覚めて、最初に感じたのは全身の痛みだった。起き上がろうにも力を込められず、一度諦め、空を見る。月が出ている。とても暗い。ここは何処だろう。ピュアエレメンツの研究所はどうなった。何が起きたのか、思い出そうとして、うまく思い出せない。光、爆発、そうだ、ピュアエレメンツのみんなは無事なのだろうか。魔法の端末を取り出そうとして、見つかったのは大きくヒビの入りうんともすんとも言わないジャンクだった。無駄足を無駄足だとわかってしまったせいで、力が抜けて、また空を見る。
痛みが少し引いてきた気がする。ほとんど気のせいだろうが、自分にそう言い聞かせて身動ぎをした。すると、自分を覆っている黒い布の存在に気がつく。ボロボロになっているが、これは何だろう。
着用した覚えのない黒い布は、布から黒い何かに変わって、ふらふら飛んでどこかへ行く。追いかけなくちゃという気にかられ、プリズムチェリーもなんとか起き上がる。痛む体を引きずり、黒の飛んでいく先についていった。歯を食いしばって我慢さえすればどうにか歩けた。そして黒い何かは、俯せに倒れている誰かの背中にまで飛んでいき、そのままそこが定位置であるかというように浮いている。
倒れている彼女はプリズムチェリー以上にボロボロだ。その短く切り揃えられた髪、下着どころかそれ以下のコスチューム、謎めいた黒い物体、そこまで認識して、ようやく正体を思い出す。
彼女は『魔王パム』。最強と謳われる魔法少女であり、外交部門のエースと言ってもいい。プリズムチェリーからは縁のない存在、のはずだった。彼女と出会ったのは……そう、つい先程、のはずだ。研究所内に現れ、プリズムチェリーとその仲間たちを襲ったトランプの魔法少女から守り、代わりに戦ってくれた。だから、こんなにも傷ついている。
あの黒い布は魔王パムの羽だったのだ。プリズムチェリーを包むことで、あの研究所ごと吹き飛ばすような爆発から守ってくれた。生きているのはそのおかげに違いない。
自分も瀕死の重傷だとはわかっているが、そんな彼女をそのままにしてはいられず、どうにか持ち上げ、背負って歩き出す。どうしてもよろめく。けれどこのまま地面に寝ているよりは良い。
周囲を見回し、とにかく人家のありそうな方向へ向かう。今は、多少人に見つかっても仕方がない。なんとか街灯が見える場所まで来ることはできる。雑木林から道路の方に出て、魔王パムを背負ったまま付近の街路樹に寄りかかった。プリズムチェリーの体力は持ちそうにない。
こんな夜遅くに、通りがかる者なんかいるのだろうか。ここで夜を越したとして、それまで生きていられるのだろうか。
──そう思った、矢先のことだった。目の前に止まる1台のバイク。街灯に照らされたその車体には、何かのロゴが書かれている。あれは……チェーンのピザ屋さん……?
「こんなところで、こんなの拾っちゃうなんて。もう、お店に戻ったら閉店作業があるのに。面倒ね」
降りてきた女性はぼやきながらだが、こちらに来てくれる。周囲を確認すると、懐から何かを取り出した。赤、青、緑、黄色、四色がクローバー型に配置された宝石だ。ピュアエレメンツが変身のために使っているプリンセスジュエルに近い。彼女らの他にも、宝石を使って変身をする魔法少女がいたのか。驚きを覚えつつ、彼女のことを呆然と見ていた。
「プリンセスモード・オン!」
現れるのは煌びやかな魔法少女。下着めいたベースのコスチュームに宝石と同じ四色が至る所に散りばめられて、とてもカラフルな印象を受ける。髪も瞳も四つの色が入り交じった虹色で、その姿はピュアエレメンツよりもむしろプリズムチェリーに近い。
「ギラギラの見た目でよかったわね。地味だったら気づけないところだったわ。ほら、後ろ乗せてあげる」
言われた通り、自分の、キラキラした見た目に感謝した。バイクのヘッドライトの光を反射していたから彼女に止まって貰えた。
「あ、ありがとうございます。あなたは」
「名前? そうね、同業ならやっておかないとね」
「え──」
「重なる四季! プリンセス・フォーシーズンズ! ……ってところかしら! どう?」
ウィンクしながら配達バイクに跨り、その後ろに……いくら魔法少女でもバイク1台に3人は大変だ。振り落とされないように、フォーシーズンズのことも魔王パムのこともしっかり掴んで、夜道を揺られる。街中に入ってすれ違った車の運転手には2度見されていた。やがて到着したのは宅配ピザのお店だった。それもそうだ、フォーシーズンズが乗ってきたバイクのロゴはこのお店のものなんだから。
「あんたも死にかけでしょ。運んだげるから」
魔王パムを渡し、プリズムチェリー自身もひょいと持ち上げられ、ふたりを両肩に乗せるフォーシーズンズ。足と肘で器用に扉を開き、ピザ屋の中の事務所のような場所にまで入っていく。
「ただいまー、店長。怪我人拾ったからよろしく」
「はいはい……え? 怪我人?」
フォーシーズンズに連れられて入った店内には眼鏡をかけた気の弱そうな男性がいて、そして蔑ろにされていた。明らかに一般市民ではない格好の、しかも瀕死の重傷の少女が複数運び込まれたのである。仰天した彼は慌てて救急箱を引っ張り出してくる。長椅子2個に魔王パム、そしてプリズムチェリーがそれぞれ寝かされ、フォーシーズンズは近くにあったキャスター付きの椅子に勢いよくどっかり座った。
「で。何があったわけ?」
「それは……」
横になって、タオルで傷ついた体を拭かれながら、話し始める。まずは、ピュアエレメンツや研究所の存在から話さなければならなかった。
この街には魔法少女の研究所というものがあり、そこを拠点とし、4人の魔法少女が活動していた。
プリンセス・デリュージ。
プリンセス・インフェルノ。
プリンセス・テンペスト。
プリンセス・クェイク。
今はそこにプリズムチェリーを加えた5人が、『ピュアエレメンツ』だ。彼女らはプリズムチェリーの知っている魔法少女とは異なる特徴を持つ。
魔法の国による認可試験ではなく、研究所で『先生』に見出されたという出自。ティアラやプリンセスジュエルという統一性。魔法少女の力を維持するために行っているという服薬。不定期に現れていた敵・ディスラプターの存在。彼女らはアニメのように、毎週どこかに現れる化け物と戦っていた。
そこまでを話し、フォーシーズンズはなるほどねと頷いた。思えば彼女も『そう』だ。ティアラとプリンセスジュエルを持つ。
「大体察したわ。その研究所っていうの、私が追い出されたところね」
「追い出された……?」
「こっちの話。で、ほら。何があったか、よ」
何があったのかは、正直、プリズムチェリーにはよくわからない。
魔王パムはあの日、研究所に突如として来訪し、ピュアエレメンツを魔法少女にした責任者と話し合わせてほしいと言った。ただ、ピュアエレメンツもその『先生』の正体は知らず、連絡先を持ってはいなかった。
魔法の国からの干渉がされたことで、プリズムチェリーはついにその時が来たと思った。魔法の国とピュアエレメンツ──魔王パム曰く『人造魔法少女』──の間を取り持てるのは、その双方を知るプリズムチェリーだけだ、と。
現実は、その交渉や話し合いが始まるよりも先に、彼女らが現れた。あのハートの女王とトランプの兵士たちだ。グリムハート、シャッフリンというらしい。
彼女らは武力によってピュアエレメンツを捕獲しようとし、魔王パムと激突した。どういう戦闘だったのかは、もはやわからない。ピュアエレメンツ4人総出の全力の必殺技でさえビクともしなかったはずの研究所は戦闘の余波で次々と機能を停止させられて、カメラで様子を見ることもできなかったのだ。最終的には大爆発を起こし──。
「今に至る、と」
「あの、今日って何日ですか」
「え? そんなの携帯見れば……って壊れてるのか。ほら」
見せてもらった日付は、プリズムチェリーが思っていた数字より3つも大きい。つまり、3日間も瀕死のまま気絶していたのだ。ピュアエレメンツのみんなは無事なのだろうか。不安が一気に押し寄せてくる。冷や汗が垂れて、血の気が引いた。
「まず、いいかしら。それはいつの話?」
「3日前です」
「なるほど、やっぱりね。3日前、その研究所があったであろう場所ね。爆発事故で吹き飛んでるわ」
「……っ!? そんな……」
「こんな嘘つく意味ないでしょ。ほらこれ」
見せられた写真はほとんど跡形もないクレーターの写真だ。だが、クレーターを囲む外側の風景は知っているもの。間違いなくピュアエレメンツたちの研究所を中心としている。魔王パムとグリムハートの戦いで、研究所はなくなってしまった、という。
どうすればいいのかわからず、寝転がったまま目線を落としても、視界に映るのは傷ついた自分の体だけだった。
「……ふぅん。なるほど。偶然出会ってしまい、巻き込まれただけの被害者……ってところかしら。おめでとう、これで人造魔法少女なんかとは縁が切れるわね」
「えっ……」
「傷を癒したら、普段の魔法少女活動に戻るといいわ。あんなのに関わるものじゃないわよ」
フォーシーズンズから飛び出す台詞はプリズムチェリーの想像の全く外にあった。言われた通り、プリズムチェリーは巻き込まれただけに過ぎない。ピュアエレメンツとは本来なんの関係もないはずだ。こんな目に遭ったのも、あの研究所にいたせいかもしれない。
助けてくれた優しい彼女ならという期待を勝手に抱いていたんだと、自分で気付く。ぐっ、と、力の入らない手で拳を作る。
「いいえ。私も、ピュアエレメンツ、だから」
フォーシーズンズの目が変わった。
「人造魔法少女なんて量産品でしょう。代替の個体はいくらでも出てくる。私の後に出来た連中なら尚更そのように作られてるでしょう。それでも?」
「私の友達は、あの子たちだけ」
「……いいわね、それ。いいこと言うじゃない」
冷たく、むしろ嫌悪が混ざっていたような顔のフォーシーズンズは、一転して口角を上げた。プリズムチェリーの顎に手をやり、目を合わせてくる。4つの色が重なった瞳は、行方知れずの大事な仲間たちのことを思わせる。
「そう、好きにするといいわ。あなたが手伝ってほしいと言うなら、手伝ってあげなくもないし」
「……! それって」
「でもその前に」
プリズムチェリーの言葉を遮って、フォーシーズンズはパンと手を叩き、立ち上がった。
「今からピザ焼くから。食べなさい。話の続きは、それからね」
──閉店時間じゃ、なかったのだろうか。
真っ先に思ったのはそれだった。