◇魔王パム
魔王とは常に君臨するものであった。魔法少女の界隈において、パムと完全に並び立つ者は無かった。この所はといえば、教え、立ちはだかり、導いてばかりだ。故に、その戦闘の殆どは『受けて立つ』ものだった。
今は違う。圧倒的な気配を持つ現身に、挑むことができる。これに高揚せずしてなんとする。
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槍に変化した羽が目標に向かう。アークプリンセス・スノーホワイト相手には開幕から3本を動員した。対する彼女は1本目に薙刀を振るいその矛先を逸らし、2本目をハイキックで破壊、3本目を最小限の動きで躱し、背後からまた迫ってきた残り2本を振り抜いた一閃で切り裂いた。残る1枚の羽を分裂させて数を取り戻しつつ、光に変えて溜め、息をつかせる間もなく放つ。
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光は薙刀では防げない。圧縮された高エネルギーを持つ光球を直撃させ、爆発が巻き起こる。が、その光の中には変わらぬシルエットがある。無傷だ。勢いは衰えることなく、振るわれた薙刀には手元に呼び寄せた羽を槍に変えて応戦する。
あれを受け切るとは──グリムハートの魔法を受け継いでいるのか。だが薙刀をわざわざ使っている以上、完全な遮断ではないと見るべきか。そもそも攻撃が届かなければ見定められない。
再生成した聖槍を手にし、近接戦闘に持ち込んだパムは、スクリュー状とした羽を向かわせながら一気に攻め立てていく。金属音が何度も響く。薙刀は的確に聖槍の尖端に当てられ、防がれている。
なるほど、発生から読まれている。心の声を読み取る魔法少女狩りの魔法は生きているらしい。そして、その凶悪性は流石といったところか。フレイミィでさえ子供扱いだったわけだ。
ならばと狙いを薙刀に変え、槍とスクリューの同時攻撃で弾く。悟られていても対応が遅れている。間合いに飛び込み、拳を叩きつける。が、硬い、崩せない。駄目かと悟る一瞬のうちにスノーホワイトも仕掛けてくる。足元を払うローキック、からの薙刀の一撃。羽を壁に変えて構え、刃が突き刺さった。その後方から『
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ならばやりようがある。壁を毒液に変え、スノーホワイトにまとわりつかせようとした。跳躍して回避する彼女へさらに閃光をぶつけ、羽を総動員して息をつかせない。次々と迫り来るパムの猛攻に、スノーホワイトは壁を蹴り移動しながら躱す。さらに放ったスクリューに引っ掴んだ家具をぶち当てて相殺、その破片が舞う中に突っ込み、今度は攻勢に出てくる。薙刀との撃ち合いの中、ここでパムは毒液を動かした。並の魔法少女であれば触れるだけで蝕まれる劇毒だ。ただスノーホワイト相手には行動を邪魔する粘液程度の効果しかない。もがく彼女を包み込むようにして毒を操り、しかしスノーホワイトが構え、力を込めて床を蹴りつけた。震脚だ。床に放射状の亀裂が走り、衝撃波で毒液が吹き飛び撒き散らされる。
阻害がなくなった瞬間、風を切って距離を詰めてくる。対するパムも羽を手元に集め、迎撃の体勢をとる。薙刀が振り下ろされ、かと思いきや振り上げられ、反撃の蹴りを放ち、躱し、躱され、潜り抜けた薙刀の隙を狙う。
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3枚を一挙に使った穿孔の技を放ち、スノーホワイトは薙刀の柄で受けて逸らし、後方に流す。そして再び間合いを詰めた格闘戦だ。拳、蹴り、拳、交差する互いの肉体。攻撃を受け止めた手が衝撃で痛む。振り上げようとした脚が踏みつけられて止まり、見上げた瞬間にはもう薙刀が来ていた。残り1枚の羽による防御を間に合わせ、その受け止めた羽を粘液に変え絡めとる。そして未だ回転を続けている穿孔機を呼び寄せる。スノーホワイトの背中目掛け、壁を抉りながら飛来し、突立つ。
「ッ……!」
スノーホワイトの表情が僅かに変わる。歯を食いしばり、注意が羽に向いた。背中を抉らんと回転するスクリューは肉を巻き込むことなく、ただ虚しく空回りを続けた。が、パム自身がその際に放った拳すら回避されず、スノーホワイトの顔面を打つ。硬い。しかし当たっている。殴りつけられて初めてこちらを見ると、彼女は力任せに振りほどき、たたき落としたスクリューをまとめて踏み砕き、大振りな振り下ろしでパムに向かってくる。躱した先で床が砕け、土煙が激しく舞った。
──どうやらここは、我々には狭すぎるらしい。であればと、パムは少しだけ、周囲を顧みないことにした。粘液の羽を呼び戻し、分裂させ、うち2枚を使って光球を生成。2つを回転させて相互に威力を高め合わせ、爆発的な力として──放つ。
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二重の連星が爆ぜ、パム自身は羽を纏い外套として衝撃を防いだ。スノーホワイトごと周囲は光に飲み込まれ、壁や天井が容易く破砕される。これでスノーホワイトがやれるとは思っていない。案の定傷ひとつない、が、戦場は一気に広くなる。外套から槍に変えて放ち、同時に自身も仕掛けた。槍が砕かれる寸前に炎にして防御を貫き、浴びてなお平然とするスノーホワイトに掴みかかる。襟首を掴み、上空へと投げ飛ばすのだ。天井の残骸を砕き、放り出されるスノーホワイト。空中で体勢を整えようとする、そんな暇を与えないため、次の一撃はもう番えてある。
「
次々と飛来する隕石。ひとつめは薙刀が両断、ふたつめは拳で迎撃し爆発、そこへみっつめが直撃。爆炎をあげ、炸裂する。放り出されたスノーホワイトは黒煙を吐き出し、こちらを見た。その目の冷徹に変化はない。彼女は現身がゆえの脚力で宙を蹴り、衝撃波で己を動かした。つまり、空中を蹴った。パムもまた床を叩きつけるように踏みしめ、上空へ飛ぶ。一直線にスノーホワイトと接敵、振るわれた刃を背中の──普段隠している、パム本来の羽を少し大きくし、羽ばたきの揚力で避け、組み付いた。振りほどこうとするスノーホワイトに殴り掛かり、回避され、今度はスノーホワイトの拳が来て、羽で受け流し、今度はパムが拳を放つ、繰り返しだ。
けれどただの繰り返しではない。発生が見切られている、それならそれでいい。スノーホワイトが心の声を読むならば、無意識の外から攻撃するだけだ。
スノーホワイトもようやく気がついたらしい。パムから目線を逸らし、周囲を見回そうとした。余所見をさせるパムではない、アッパーカットで顎を揺らしにかかり、スノーホワイトは手で受け止めた。純粋な握力で潰そうとしてくるが、それよりも先に──パムの背後から飛来した羽が到達する。
自律させパムの意識から切り離してしまえば、そこに心の声はない。鋭い槍がスノーホワイトの鎖骨に突き立った。皮膚を破り、血をわずかながら飛沫かせる。深々と突き刺さることは叶わず、それまでだった。が、スノーホワイトに血を流させた。恐らくだが、読心能力と遮断能力は同時には使えない。現身の魔法を無理やり上乗せした弊害だろう。わずかだが付け入る隙がある。
パムはその成果に笑みを浮かべていたが、直後、痛みが走る。握られていた左手が薙刀にやられた。切断するつもりの刃は骨に阻まれていたが、一刀で切り捨てられぬと見るや否や腱を潰している。力が入らない。なるほどそう来るか。羽をひとつ呼び戻し、傷ついた手に巻き付ける。グローブ状にした羽からさらに爪を生やし、拳でなくとも武器を用意する。
肉を切らせて骨を断つつもりが、切らせたのは腱、断ったのは皮だけ。上等だ、まだまだ終わらない、タネは割れた、ここからが本番の──。
「……は?」
腹部に走る痛み。薙刀ではない。格闘の打撃ではない。熱い。灼熱だ。上空に昇ってゆく光を見て、それが何であるかを理解した。パムを撃った者がいる。
地上を見る。こちらに迫っている。杖とその先のランタンを振り回し、光を放つその姿。知っている。
「光線使い……ッ!」
エーコ・EX・ランタン、かつてパムが手ずから葬ったはずの相手。なぜここにいる。いや、同じ魔法を持つだけの別人か。どちらでもいい。今は構っている暇はない。向かってくる彼女の光線を左手の爪で引き裂いて潰し、羽のひとつを
が、一瞬の対処は最低限。問題は、この後だ。
「ッ……
グローブにしていた羽を壁にして、スノーホワイトの振り下ろしを防ぐ。衝撃は重い。核攻撃にさえ耐える
その羽が、またしても焼け付く痛みに襲われる。振り向いた。エーコ・EX・ランタンだ。傷だらけの彼女が、それでも光線を放ち、パムの羽を貫いていた。既に次を振りかぶっている。羽は自律させたのが2つ。左腕に纏ったのが1つ。止血に使っているのが1つ。自分に回している2つを動かし、スクリューに変えて、その直後にスクリューが砕かれる。スノーホワイトの使っていた薙刀が、あろうことかここに投げ落とされていた。双方の羽は両断し破壊されている。自律した羽を呼び戻すのは──遅い。上空で、スノーホワイトは自らを狙った羽2つを破壊し終えている。目の前でランタンに集った光が、膨れ上がる。まだ間に合うか。本体を、一撃で潰す。
そうして踏み出して、声がした。
「『動くな』」
体が硬直し、振りかぶった拳が止まり、そのまま、パムの体を光が貫いた。
今のは、スノーホワイトの──そうか、まだ、奥の手があったのか。心の声を読む彼女はこの横槍が来ることまで知っていて、必殺の瞬間を待っていたのか。楽しみ過ぎた、ということなのだろうか。
腹の孔から命が溢れ落ちる。スノーホワイトが、すぐ目の前に降り立つ。彼女は地面に刺さった薙刀を抜き、それだけだった。そこに勝利への感情は存在しなかった。
魔王パムの意識は名残惜しさと共に沈んでいく。二度と浮かび上がらない。