◇プリンセス・フォーシーズンズ
私は生まれた時から望まれていなかった。
価値のない失敗作。あぁ、そうだ、その通りだ。彼女にとって、私は望み通りのモノじゃなかったのだ。
プリンセス・フォーシーズンズ、及びその変身者は研究所生まれだ。魔法の国謹製のホムンクルスをベースにした魔法少女に近いが、そうではない。才能のある人間を用意して、そこにプリンセスジュエルを与える、という作り方だ。遺伝子操作が云々といった調整の果てに、魔法少女となるために生まれた、デザイナーベイビーというわけだ。
だから私に両親はいない。天涯孤独の身というやつだ。けれど、親代わりだった人はいる。研究所で私を造り、育てたのは田中と名乗る老婆だった。偽名だろう。彼女が何者だったのか、未だに知らないし、知ろうとも思わない。
覚えているのは、あの頃本当に慕っていたこと。穏和に微笑み、教え導いてくれた彼女の他に、私は光を知らなかった。
「よくできました」
訓練で初めて、相手の魔法少女に一撃を入れられた時、褒めてくれた。あの時のお陰で、嬉しいという感情を知れた。心が温かくなる感触を知った。
そして、その光に、捨てられた。
盗み聞きしたところによると、問題は主にコストだったらしい。田中先生は、まず人間を造るという工程が余計だと話していた。そして、性能も理想には及ばなかった、と。このやり方で魔王パムが量産可能であったなら話は違ったが、フォーシーズンズでは魔王パムには遠く及ばない。これなら、性能は押さえても、コストを下げ均一化し、誰でも使えるように設計すべきだという結論に至っていた。
つまりプリンセス・フォーシーズンズは、その設計思想からして理想から外れていた。最初から間違えていたのだ。そんなことを露知らずに生まれてきた私を、きっと煙たがっていたのだろう。
「っ、なんで、なんでですか! 二度と戻ってくるなって……私が、何をしてっ……!」
「貴方は悪くありませんよ、フォーシーズンズ。貴方を取り巻く全てが悪かったのです」
生まれ育った研究所を追放され、それでも私はなんとか戻ろうとした。警備や訓練のため出てきた者に追いすがり、拒絶され、衝動的に叩きのめして、何度でも直談判しようと思っていた。だから、次に向けられたのは田中先生からの連絡ではなく、刺客だった。
まあ、魔王パムに及ばなかったとはいえ、性能はそれなりだと自負している。自分の後に開発されたであろう廉価版、量産型よりは絶対に強い、という自信があった。それも、並の魔法少女ならまとめて相手にできるだけの強さと心得が裏打ちしていた。実際、ほとんどの刺客は退けたし、返り討ちにしてやったことの方が多い。
だけどある時。飴玉使いの少女に手酷くやられ、なんとか命からがら逃げ出した、その日。帰るべき研究所に関する記憶を引っこ抜かれ、あてもなくさまよっていた私を、拾ってくれたのが、ピザ屋さんの店長だった。
彼は生きていく最低限のものをくれた。衣食住に、身分、そして、名前。免許証に書かれた『永谷 四季』の名は彼がつけてくれたものだ。フォーシーズンズだから四季、安直だけど、それ以外ないと思う。
だからこそ、彼を巻き込まないために、
プリズムチェリーと出会った時、その光にあてられた時、これが私のすべきことなんだと悟ってしまったから。巻き込まれて妹分になってしまった人造魔法少女たちの、唯一無二の姉貴分になれるように、追放されてなお生き延びてきたんだと。
「帰ってこなかったら、きっといい死に場所を見つけたってことだから。私のことは忘れていいよ」
なんて、彼に告げたのは自分勝手な別れの挨拶だったけど、受け取ってくれたはずだ。
だからこそ、フォーシーズンズはここまで、プリズムチェリーを守るために戦ってこられた。残してきたものはどこにもない。初めから望まれていなかった私には、そんなものは要らないんだ。ついに来たこの時には、目を閉じるだけ。
なのに、私が届けた四葉を掴んだ少女は、こちらを見て。
「待っていてください」
だなんて。もう駄目だって、わかってるのに、賭けたくなるじゃないか。
ひときわ大きく血を吐いて、もう力尽きる寸前だ。けれど、見届ける。新たな光が、唯一無二の羽化を果たすのを。
◇プリズムチェリー
手にした宝石の四葉から溢れ出す温もり。掴んだ瞬間、必死になってまとわりつく闇を振り払って、プリズムチェリーは構えた。
プリンセスジュエルは魔法少女に変身するためのもの。プリズムチェリーは既に魔法少女だ。魔法少女が魔法少女に変身するなんて、おかしな話になる。けれど、クランブルやグラビティのように、新たな魔法を被せた魔法少女の形だってあった。なら、プリズムチェリーにも、できるかもしれない。やらなくちゃいけない。託されたのだから。
「プリンセスモード! オン!」
掲げた宝石から溢れ出す光。プリズムチェリーはプリズムチェリーのままでありながら、流れ込んでくる全てを受け入れる。自分は何者でもないんじゃないか、なんて不安だって、自分と重ね合わせた。そうして生まれるのは四色の輝き。春の風、夏の炎、秋の地、冬の氷、それぞれが背中に四葉となって現れて、彼女と同じ羽になった。透き通る光は衣装と同一化し、伸びたスカートと髪が華やかに広がって、ティアラの中央に四葉型の宝石が現れる。その煌びやかな姿を己の手鏡で見てしまい、ついに自分がプリンセスになったのだと実感してしまった。
光が晴れる。地上に降り立つ。四季の力を受け継いだ、唯一無二の、枯れない光。
「──エタニティ・プリズムチェリー」
なんて、格好つけすぎだけど。鏡の花が枯れることはなく、光がある限り、鏡もまた光を返し続ける。きっとこの力には、永遠の名が相応しい。
『……また、だ。また私の知らない光……なんなんだ、なんなんだよ、なんでっ、なんで! 加賀美桜! お前ばっかり!』
かつてのクラスメイトもかつての仲間も一斉に動き、こちらに向かってくる。黒い靄が取り付き、彼女らを動かしているらしい。クェイクが振りかぶってきたハンマーを、四葉から変化させたハンマーで受け止めると、押し返してハンマーを鏡に変えた。大きな鏡の中に、映すのは炎。巻き起こった炎がクェイクの遺骸を焼き、灰に帰した。きっとこれでもう闇に囚われずに済むはずだ。
『なんてっ……ことを!』
ゲヘナの闇が集束する。ひとつの大きな、異形の人型になって、その暗黒で出来た両手を伸ばしてくる。プリズムチェリーは避けなかった。ただその突撃を受け止めて、抱きしめる。不意の抱擁はゲヘナの思考を止め、そして浮かび飛び回る4枚の鏡が取り囲む時間を与えた。
「……エタニティ・フラッシュ」
思い出を宿した優しい光。いくらテンペストやクェイクの体が奪われていようと、ゲヘナの手には渡ることのなかった、あのなんでもなくて、輝かしい日々。ピュアエレメンツで過ごした思い出が、光になって、永遠を刻む。そこに闇の居る余地はなく、解けて、消えていく。今度こそ、跡形もなく。
『っ……嫌……地獄がっ……私の……私の……』
「ごめんなさい。私も、みんなも、貴方の地獄にはいてあげられない」
ゲヘナがどれだけ抵抗しようと、プリズムチェリーには傷ひとつつけられなかった。肉体を捨て闇だけの存在になろうが、彼女がデリュージを連れていくことはできない。
「だって。闇の中には、春も、夏も、秋も、冬も、ないんだから」
行かないで、とだけ呟き、それは人型を維持すらできなくなり、やがて消え去った。そこに誰かがいたという証拠すら残らない。最後に残り、転がった闇色の宝石さえ、光の中で塵になって消えていった。
プリズムチェリーは、なりたかった何かに、なれたのだろうか。フォーシーズンズが目を閉じ、事切れているのにふと目を向けて、そこで体力の限界が訪れた。彼女が支えてくれていたのかもしれない。急にふらついて倒れ、デリュージが慌てて受け止めた。
これか、デリュージたちがラグジュアリーモードの使いすぎで気絶しかけていた時の反動は。ただでさえ本人以外のために作られていないプロトタイプを、魔法少女のまま使う荒業をやってのけたのだ。消耗は覚悟の上だった。
「……インフェルノのこと……探さなきゃ」
まだ、少しだけ、やることがある。なのに、動けそうにもない。デリュージの肩を借りて、ようやくだ。