◇プリンセス・ナイト
研究所の外、青く晴れた空の下。そして、瓦礫と倒れた少女たちが積み重なる死屍累々の真ん中。スノーホワイトはそこにいた。
ナイトとミントが辿り着いた時、スノーホワイトはまさに相手を薙ぎ倒すという瞬間にあり、魔法少女が3人まとめて斬撃をくらい、血ではなく……綿? のようなものを傷口から漏らして倒れていた。全て見覚えのある顔だ。スノーホワイトやナイトたちが直接出向き、手を下したはずの相手だった。
魔法少女を模した人形なのだろうか。それを操っていたらしき少女は歯を食いしばり、倒れた彼女らを回収し、縫い針で即席の補修を試みている。その背後に歩み寄ろうとするスノーホワイトへ、影でできた獣のようなものが襲いかかる。それを放った者もまたどこかで見覚えがあるが──心の中からそれがダークキューティーだという声がした。あぁ、颯太が好きなアニメの、だっけ。
何がどうだろうと、今は関係がない。構ってはいられなかった。ナイトの相手はスノーホワイトだ。戦っていた相手たちがナイトの存在に気づき、左右に避けていった。キューティーミントは彼女らの介抱に向かい、それによって、スノーホワイトの正面には、ナイトだけが立つ。
「……小雪」
声はきっと聴こえていない。それでも、刃を抜き放つ。あたしが連れ込んだんだ。あたしが連れ戻す、引っ張り出す。目が合った。あの小雪とは思えない、冷たい目。心を殺した修羅の瞳だ。小雪はきっとその奥底にいる。歯を食いしばり、切っ先を向けた。
「こうなったのは……全部あたしのせいだ。あたしが、自分勝手に小雪を巻き込んだ」
「……」
「だから、止めるよ。スノーホワイトを……小雪の所に、取り戻すために!」
瞬間、刃を振りかぶり、既にスノーホワイトが回り込んでいる。攻撃の発生から読まれている。側頭部に叩き込まれた蹴りでバランスを崩し、けれど踏みとどまり、そのまま回転斬りだ。薙刀で受けられ、弾かれて柄の一撃を食らう。それでも立つ。立って、スノーホワイトに向かっていく。その最中、切りかかるナイトが攻撃をひらりと躱された直後、影の獣がスノーホワイトに牙を剥いた。心の声では感知できなかったのだろう、薙刀を握り直して受け止め、押し返し隙を作ってから斬り捨てる。そのすぐ後方から仕掛け、振り下ろし、止められ、スノーホワイトの放つ横薙ぎをこちらも刃で逸らして流す。が、速すぎる。既に次の攻撃の予備動作に入っている。振り下ろされる刃を受け止めようとし、重い攻撃でナイトだけでなく、足元の地面まで衝撃が走り、亀裂が入る。
「っ、ぐ……!」
根性で耐え、よろめく体を押して飛び退いた。自分の頬を叩く。気合いを入れ直し、もう終わったつもりで背を向けようとしたスノーホワイトに刃を投げつけた。投げられながら巨大化した剣は瞬時に届く。薙刀にぶつかり金属音が響くだけだが、その伸ばした刃の上を蹴って己が飛び込み、尻尾を叩きつける。両腕に防がれて大した手応えはない。むしろ掴まれて、振り回された。その間に剣をなんとか手元に回収し、投げつけられたその先で地面に剣を刺して勢いを殺して着地、すぐさまスノーホワイトの目の前に躍り出る。
そして再び剣を振るった時、初めて、その表情が歪むのを見た。
「……っ、何度、来るの! 『近寄るな』!」
突き刺さる心の声がナイトを吹き飛ばす。もう、叩きつけられ慣れてしまった。己の背中に巨大化させた剣を挟み、衝突すると同時に縮ませていくことで衝撃を吸収、激突のダメージを受けないまま次を構える。
そしてその時、戦場に飛び込んでくる何かがあった。てくてくと歩くそれは流行りのマスコット……だろうか。スノーホワイトに向かって飛びかかっていって、あえなく一刀のもとに切り伏せられ、しかし中から飛び出した綿と種が目の前で蠢いた。本命はぬいぐるみではない。急速に発芽し成長し始める植物が、スノーホワイトを拘束しようと動く。彼女は薙刀で振りほどこうとし、伸びた茎の数本は切断されてしまうが、けれど対応しきる前に影絵の茨が襲い来る。そして黒と緑、2つの影が横切って、同時に蹴りを放った。自由を奪われたままのスノーホワイトはそれをまともに食らい、けれどびくともしない。どころか植物も影絵も膂力で引きちぎり、無理やりに動いてこようとする。
「『動くな』!」
ダークキューティーもキューティーミントもその一言で体を強ばらせる。間に合わせなきゃ。全速力で放つ斬撃。無我夢中で駆け出した。彼女の名を、心の中で叫んだ。目が合ったその時、瞳孔を開いたスノーホワイトに、そのまま叩きつけてやる。
振るう最中でちぎった植物をぶつけてずらされ、頬を掠めた。薄く皮が切れ、ひとすじ、赤が滴った。──通っている。これならと喜ぶのもつかの間、スノーホワイトはそれを認識した後、再び冷たい目で心の声を放つ。
「『跪け』!」
精神に響く攻撃は精神を持つならば通じてしまう。ナイトでさえ体を押さえつけてくる力に負けそうになる。それを貫けるのは心の声を持たない存在だ。この場にいる魔法少女たちの援護がくる。ぬいぐるみ、影絵、植物と飛び出してきて、それぞれを切り裂き、それらを操るダークキューティーとキューティーミントに打撃と斬撃を浴びせ、ようやくナイトが立ち上がった時、彼女は突き立てた刃でふたりを貫く寸前だった。
「キューティーヒーラーッ!」
咄嗟に出た叫び声がスノーホワイトの動きを止める。その隙でダークキューティーとキューティーミントが脚技で押し返し、離脱していく。それを援護して、どこからかゴム毬が連射されてぶつけられ、スノーホワイトはこれも薙刀を回転させて防いでいた。しかし反応が、ほんの少しだけ鈍くなっている。好機だと踏んで、今度もナイトから仕掛けた。下段から切り上げるようにした一撃は避けられ失敗に終わり、反撃の回し蹴りは食らってしまった。腹部へのダメージが来て、肺や胃の中にあるものを逆流させながら飛ばされるしかない。
けれどその中で、ナイトを受け止めた者がいた。
「インフェルノ……! よかった、無事で」
「……チェリー! デリュージ! なんで、ここに……って、話してる暇、ごめん、無い!」
「わ、わかってる! あれが……敵?」
「スノーホワイト! 目を覚ますぽん! 乗っ取られてる場合じゃないぽん!」
デリュージの懐から端末が飛び出して、電子妖精が叫ぶ。その声はきっと今のスノーホワイトには届いていない。いや、聴こえてはいるのか。彼女は眉を少しだけ動かした後、薙刀をこちらに向かって投げつけてくる。風を切り回転しながら飛来する薙刀に、デリュージが氷の弾丸、チェリーは彼女が周囲に浮かべた4つの手鏡からの光線で対応。撃墜し、奪い返しに来るスノーホワイトへは手鏡をピュアエレメンツたちの武器に変化させ、宙に浮かぶ刃たちを操り反撃。薙刀を拾い上げるとすぐさま4本とも蹴散らしてチェリーに殴りかかったが、そこまでには間に合った。攻撃を受けたのは割り込んだナイトで、拳を受け止めて、目と目を合わせた。手はビリビリと痛む、どころか骨までやられたかもと誤認するほどだ。それでも、スノーホワイトの手を握ったままにする。
「……ごめん、チェリー。あたしは……あいつの騎士、だからさ。自分がどうなってでも、スノーホワイトを、小雪を止めなくちゃ。後のことは、頼むよ」
「えっ……」
きっと彼女は驚いた顔をしていたんだろう。けれど、これは幼馴染みである小雪への、償いだ。遂げずに戻れる日常なんてありはしない。
そこからは、ナイトの周囲を常に何かが飛び交っていた。切りかかるナイトの脇をすり抜けて、氷や炎が舞い、突如足元から植物が生え、その影からも影で作られた蔓が伸びた。同時に対応を迫られたスノーホワイトは強く踏みしめた足で蹴り上げて礫や火の粉をかき消し、植物は引きちぎる。影も同じだ。こちらには目を向けることもなくナイトの剣は避けて、そこへ飛び込んでくる魔法少女型人形3人組がぶつけようとした標識やペンやゴム毬への対処に移る。へし折って受け止めて、人形には思いっきり打撃をぶつけ、退けるがその頃にはもう次の炎が来ている。
表情を歪めて飛び出して、位置を変えようとするスノーホワイトに、ナイトだけが追いすがった。そして影の茨がひとつまだ残っていて、スノーホワイトが着地と同時に動きを封じられ、ナイトの剣を受け止めざるを得なくなる。
「っ、『触るな』! 『近寄るな』──!」
吹き飛ばされそうになるのを踏みとどまった。スノーホワイトはといえば、叫ぶのに夢中で、防衛が疎かになっている。チェリーから放たれた四色織り交ぜた色の光の束が直撃、それを遮断による無敵の魔法でゆうに耐えてくる。しかしその遮断を使っている瞬間は、誰の声も聴こえていないかもしれない。だから少しは、小細工が通用する。ここに来て飛び込んできた婦警風の魔法少女が大きなサイズの手錠をぶつけ、がちゃり、閉じた。スノーホワイトの動きが止まる。止められたのは一瞬だ。骨を軋ませてでも動き発生源を拳で壊した彼女は、薙刀を振り上げ、注意を援護の魔法少女たちにずらした。
今だ。この隙間、これしかない。
スノーホワイトの懐に飛び込む。小さくしていた刃を、片手で叩きつける。狙うは──既にできている傷。彼女の首筋にある赤い血の痕に向かって振り下ろす。対する薙刀は咄嗟の迎撃に突き出される。攻撃することさえ止めていれば、この時、剣で防ぐことができたかもしれない。けれどこのままでは、小雪を止める手立ては生まれないと見て、ナイトは防御を捨てていた。どうなっても、この攻撃だけは通す、と。
──それはほぼ、同時だった。
ナイトが突き立てた刃と、スノーホワイトが差し向けた刃。ふたつの銀色は確かに、目標に辿り着く。スノーホワイトの肉体に傷をつける、手に伝わる感触。スノーホワイトが振るう薙刀によって心臓を貫かれる、胸の奥から来る感触。ナイトはその両方に囲まれて、ほぼゼロの距離、目の前の白い魔法少女を、そっと、抱きしめた。