──私は数日間、入院をしていた。体は健康そのもので、凄まじい疲労感と、記憶の混濁のせいで、いまいち何があったか理解できなかったし、いまだに何があったのかはよくわからない。
ただ、とにかく絹乃宮家は心配性で、親戚総出でお見舞いに来られ続けていた。こっちは大丈夫、健康体だと何度も言っていても、検査のたびに不安がっていた。娘が大切なのはわかるが、ちょっと鬱陶しいとは思っていた。
その後に知った事実から、それが妥当な心配であったということを知る。今年の進級に伴うクラス替えまではクラスメイトであり、未だたまには一緒に下校していた間柄の友人、
友人の死は受け止めきれない。けれど、悲しんでばかりで学業が消え去ってしまってはどうしようもない。奏のことは悔やみながらも、これまで通りに戻って生きていくしかない。なのだが学校では耳の早いお嬢様がひっきりなしに心配の言葉をたくさんかけてきて、その対応の方が疲れた。
そんな渦中の人になってしまった私にも、癒しはある。そう、護ちゃんだ。魚山護は私が入院していようと退院していようと魚山護である。私は知的で冷静な観察者だ。入院以前と同じように、護ちゃんのことをしっかり観察しておかなければ。
そういえば、人小路庚江はどこに? まさか、始めから登校していなかったのか。護ちゃんがいて庚江がいない、そんな異常事態は初めてだ。仮に病欠や家庭の事情による外出だったら、従者も一緒になって休みそうなものだが──?
そして、事件は起きた。
気がつけば、目の前に護ちゃんがいる。教室、私の席に、護ちゃんが手をかけている! 近い! 動悸が早くなりながら、彼女を見つめ返した。庚江の傍らに控えていてもお似合いだと思えるということは、彼女もまた庚江同様に麗しい顔面をしているということ。それにこんな距離で直面してしまったら、何も言えなくなる。
「あの、絹乃宮さん」
「は、はいぃっ」
変な気の抜けた返事になってしまった。が、なんとか返事にはなったことに若干の安堵がある。
「お話があるので、帰り道、空いていらっしゃいますか?」
「えっ……あ、は、はい……?」
「でしたら、ご一緒にどうでしょう。そうだ、ゲームでもしませんか。今日はお嬢も居ませんから、気にせずにいきましょう」
まさか、これは。帰り道、一緒に帰ろうなんて、護ちゃんに誘われてしまったのではないだろうか。そんなまさか、これは現実ではなく入院中に見ている夢なのか。疑って己の頬を抓り、痛みで現実を確認した。あまりにも突然の急接近に、思考の処理が追いつかない。護ちゃんが離れていっても、私の動悸は早まったままだった。
もしかして、奏が天国から何かしてくれたのだろうか。きっと彼女も彼女のしたかったことを見つけられていることを祈り、私は浮き足立ったまま授業に臨むのだった。
◇プリンセス・デリュージ
保護されたデリュージとプリズムチェリーは、検査のためこの研究部門に送られてきた。フォーシーズンズのジュエルで無理やり変身した影響か、チェリーはほとんど動けず、ずっと肩を貸し続けて、今、彼女は眠っている。もう目を覚まさないまま数日経ってしまった。
助かったとわかった時は、せめて打ち上げにピザを、だなんて言ってくれていたのに。ベッドの傍らで、見守ることしかできない。
──研究所が襲撃を受けてから、デリュージに何か出来たことがあっただろうか。
テンペストもクェイクも、インフェルノも、目の前で命を散らしていくのを止めることすらできなかった。ピュアエレメンツの皆はここにはおらず、チェリーだってこうして、目を覚まさない。チェリーが無理な変身を重ねなければ、彼女はこうはならなかった。ゲヘナを倒す方法がそれしかなかった、なんて、それならデリュージが使えばよかったのだ。
プリンセス・ゲヘナ──黒崎落果のことは、全てデリュージが、青木奈美が招いた事態だった。それなのに、奪われていったのはデリュージ以外のことばかりだった。そして、そうするしかなかったとはいえ、プリンセス・ゲヘナは完全に消し去られ、オスク派研究所の捜索の末にも遺体すら出てこなかった。黒崎落果は、この先ずっと、行方不明のまま。数多のクラスメイトたちと一緒に、だ。
「理不尽だよね」
いつの間にか、隣に少女がいる。魔法少女だ。咄嗟に身構え、そう警戒しないでと微笑まれた。少女は三つ編みを輪のようにした髪型で、コスチュームは青を基調としていて、少なくともデリュージは全く身に覚えのない相手だ。
「助けてあげようか」
「はい?」
「もし行き場がないんだったら、私たちのところに来ない? 結局、検査だったりの面倒はしばらく
「……ちょっと、その前に。あなた、誰?」
警戒心は剥き出しにしたままで、尋ねる。少女は手をひらひらと動かした後、口元に指を当てて、少し考えた。
「私は……そうだな。『ブルーベル・キャンディ』。そういうことにしておいて」
◇アークプリンセス・スノーホワイト
茶会のテーブルを挟んで座る、眼帯の魔法少女。自らの固有魔法である車椅子から離れて座り、それが武装の放棄を示している。彼女は客人として魔法の国の敷地、しかも三賢人の屋敷になんて招かれながら、悠然とした態度のまま紅茶を吹き冷ました。
「本日はお招きどうもありがとう。私としては、君にだけは会いたくなかったんだがね」
人事部門長、プフレ。彼女の言葉は本当のことだ。事実、スノーホワイトの魔法は彼女の心から数え切れないほど、後ろ暗い話ばかりを読み取り続けている。人造魔法少女計画への関与、あるいは今回の襲撃に関わることも。関与した事件に犠牲者が出ているものも多数ある。
決して正しい魔法少女とは呼べないだろう。善悪でいえば、プフレは悪の側に立っている。それも、自ら望んで。
「構いません。貴方がどうであろうと、今必要なのは貴方の力です」
その目的が私欲とは毛色が違うこともまた心の声でわかっていた。
オスク派は混乱している。突然トップがすげ替わり、さらに同時に事件が明るみになったのだ、当然そうなる。大元はカスパ派であるところの外交および人事部門との衝突、そして魔王パムを含む多数の魔法少女の死。オスク派のナンバーツーである魔法少女は「スノーホワイトのせいではない、スノーホワイトもまた被害者だ」と言ってはくれるが、現身という肉体から逃れることはできず、責務はやってくる。騒動を収めるため奔走している最中にあった。
「人事部門はカスパ派に属する。わざわざ手を貸す理由は?」
「……プク・プックが動いているとしたら」
プフレが少し、眉を動かした。
魔法の国の勢力は入り乱れている。『最強』が陥落し、オスク派が混乱する今、潜めていた勢力が動き出す契機にもなるだろう。現に、プク派周辺や研究部門には噂が立っている。
「何かを起こそうとする者がいるなら、それは好機でもあると思っています」
「好機、ね。危機ではなく」
「はい。勢力図は少しずつ変わっている。なら、いずれ最後には、白紙に戻して書き直せるかもしれない」
「これはこれは。現身様がそう仰るとは。そう簡単に書き直すなんて言っても──」
「我々の利害は、一致させられます」
スノーホワイトが目指す魔法の国は、今あるこの姿とは違う。プフレの思い描く未来もまたそうだろう。見るものが互いに現状の破壊である間は、手を取ることができる。
「いいだろう。有事の時はお互い様だ」
──約束は取り付けた。プク派や研究部門が狙うものはまだ見えないが、いずれそれが訪れた時、味方は多い方がいい。
スノーホワイトは自らの紅茶に角砂糖を溶かす。ひとつ、ふたつ、みっつ。白が赤の中に溶けて、混じり合い、呑み込めるだけに甘くなっていく。
「貴方がまだ『魔法少女狩り』でいるつもりだったとはね」
プフレの声に手を止めた。沈黙が数秒訪れて、それから、彼女の目に向かって答える。
「託されましたから。大事な人に、この世界を、魔法少女を」