◇メルン・チック
待ち合わせ場所に現れた彼女は、変装用のコート、サングラス、マスク、帽子と徹底的に肌を隠しており、むしろ不審であった。
これでは、幼い見た目を活かしてちょっと派手な女児といった雰囲気のコーデに仕上げたメルンが逆に目立つというか。これと並んで女児が歩くと、誘拐犯に見えるのではないだろうか。
「なに、その格好」
「なにって……! 万が一キューティーヒーラーだと知られたら……広報部門の存続に関わります」
「あっそう」
それもそうだが、こんな態度の謎の緑の女を来年のキューティーヒーラーだとは思わないだろう。深くは突っ込まない。
「あ、あの……いきなり雑草を呼び出して……どこへ連れていくつもりでしょうか……?」
「現場に決まってるでしょ」
人事部門長プフレからの依頼、兼無茶ぶりにより、雑草ことキューティーミントと共に調査に赴くことになった。決まったものは仕方がない。仕方がないのだが、鬱陶しいものは鬱陶しいのである。道中のネガティブ発言はひたすら無視し、仲間とのメッセージを確認しつつ、K県S市入りを果たす。
「こっち」
「……あの、現場は……? 爆心地はあちらの方角です……よ?」
来る気ないように見せかけておいてなぜそういうところはわかっているのだろう。仕方なく、仲間たちとの待ち合わせ場所なんだと教えてやる。納得はしていたが、仲間と合流の方に拒否感を示しており、じゃあ雑草はいらなそうなので帰りますと言い出し、例のキューティーヒーラーライトを出すかと思ったが、このくらいでやっていたら1日に何回もやることになりそうで、やめた。
一旦キューティーミントのことは忘れ、メンバーとの待ち合わせ場所をまた確認する。一旦忘れようとするのはこれで本日8回目である。
メルンが率いるチーム『Ennui Groomy』、通称ニュイグルミは、傭兵稼業の魔法少女を集めたチームだ。メルンの眼鏡に適った腕利きを勧誘して結成したのだ、実力は折り紙付きだ。最近仕事が来ないとぼやいたり、半分飲みサークルだが、仕事はしっかりこなす連中である。
依頼を受けたあと、メルンはまず彼女らに連絡をした。こいつはデカいヤマになるぞ、と。彼女らは喜んで、リーダーからの招集なら即座に応じますよと言ってくれた。メルンはその言葉に甘えていいものかを布団の中で小一時間考え、結局招集の合図を送った。集合場所はもちろんこのS市内である。
なのだが。
「……!?」
『ごめんね棒 今起きました』
『新曲のリハで遅れMASS』
『すごい長い渋滞に引っかかっちゃった、動かなーい』
目を疑い、まぶたを擦っても画面の表示は変わらなかった。メンバー3人、皆して数時間単位で到着が遅れると言い出して、つまりそれまでの時間はキューティーミントと2人であることが確定した。絶句して、キューティーミントを見る。
「な、なんでしょう。雑草の顔に何か咲いてますか……?」
「違うけど」
こいつと2人で時間を……潰す? どうすればいいんだ。不審者と女児が2人で行って怪しまれない場所なんて、無い。人前は全部ダメだ。いや、不審者なところはなんとかするとして、ただカフェでお茶するだけなんて耐えられるわけがない。だったら少しでも、何か役に立つことをした方がいい。
「予定変更! ちょっと屈んで」
「え? はい……」
帽子とサングラスをひったくった。手元のぬいぐるみの中に押し込んで没収し、慌て始める彼女の前髪を軽く整えてやり、さっさと歩き出す。雑草がちゃんとついてきているのをたまに確認しつつ、今し方調べた目的地に連れていくことにした。市内を歩くと多少は目を引くが、そもそも平日の昼間で人が少ないこともあって、魔法少女としてはまだ許容範囲だ。
「あの、ここ……ゲームセンターですか?」
「うん。私の魔法はぬいぐるみの魔法だから。ぬいぐるみに綿を詰めて、戦いに使うの」
「なんでゲームセンターで……」
「クレーンゲームなら100円で取れるから、たくさん集められるの」
「そううまくいくものなんでしょうか……?」
「いいから!」
遊技機を挟めばただのショッピングより時間つぶしにはなる。引っ張って入店し、1階のクレーンゲームコーナー横の両替機に2枚のお札を突っ込み、軍資金を用意。まずはシンプルな形の取りやすそうなやつからにしようと、最近人気の、なんか小型で可愛らしいキャラクターのぬいぐるみを選ぶ。
普段から魔法に用いているのはせっせと作った手製か、完全に使い捨てるなら引き取った中古品だ。わざわざクレーンゲームを遊ぶことはなく、初体験に近い。だがこのくらいならなんとでもなるだろう、と──甘く見ていた。
「……何これ! 全ッ然! 取れない!!!」
なんとか持ち上げさせることはできても、ぬいぐるみがアームからするっと抜けて、その辺に落ちてしまう。その繰り返しであちこちに移動してしまい、ついには持ち上げることもできなかった。手元の100円玉はあと1枚。筐体の中のぬいぐるみが笑っているのが恨めしくなってきた。
「魔法少女の力で叩いたら壊れちゃいます……」
「わかってるから。加減はしてるんだから。って! それはいいの! ええいもう1回……!」
「でもさっきのはちょっとズレてたと思いますよ……? もう少し手前に」
「……そんなこと言うなら! 1回やってみてよ!」
最後の100円玉をキューティーミントに押し付け、だが彼女は受け取ろうとしない。
「い、いや、雑草もやったことありませんから、そんな……」
「いいから!」
「無駄にしちゃいますよ……」
「もう何回分も無駄にしてるから! 変わらないから!」
「でも……」
やっぱり変なところで譲らない。こうなったらと、気の立っていたメルンは最終兵器として、例のライトを抜き放った。目を丸くするキューティーミントの目の前で点灯し、あの言葉を。
「キューティーヒーラー! がんばえ!!」
周りの人に人影はなく、死角に誰かいたとしても遊技機の音でかき消されて聴こえないくらいの声量で。ライトの光もゲームセンターに埋もれているが、目の前で点けられたものを無視できず、凝視しながら呟いた。
「……それは……その光を……期待を裏切ることは……できません……っ!」
ついに硬貨を受け取り、筐体に向かうキューティーミント。投入してゲーム開始だ。サイドからも位置を確認しつつ、神経を研ぎ澄ましてボタンを押し、離す。ぬいぐるみ本体より少し外れたあたりで止まり、そのまま降りていく。その位置ではぬいぐるみに掠りさえしないんじゃないか。そう思ってため息をつきそうになった時、信じられないものを見る。ぬいぐるみのタグがアームに引っかかって、先程までとは比べ物にならないほどしっかり持ち上げられているではないか。ぬいぐるみは揺られて、シールドを越え、取り出し口からぽろんと落ちた。
「あっ、取れ……ました、どう、でしょう」
差し出されたぬいぐるみを、どう処理すればいいかわからぬ感情のまま受け取り、ありがとうを小声で吐き捨て、思わずタグのヒモを掴んで引きちぎった。手に入ったのはいい、いいんだが、今ので一撃でだなんて。
「あの……メルン、さん?」
「……あぁ、もうっ! 今の何!? どうやるの!?」
「えぇっ? そう言われても……あそこにならひっかけられるかなあと思って……」
「もうっ……ちょっと待って! 追加で両替してくるから!」
「まだやるんですか?」
「1個だけじゃすぐ壊れちゃうかもでしょ!」
本当はメルンの虫の居所が悪いだけだ。大股で、入口すぐ横の両替機のところまでずんずん歩いて、キューティーミントは相変わらずついてくる。そして財布を出そうとした時、後ろのミントが「あ」と声をあげた。何かと思って彼女を振り返り、それから彼女が指差す方を見て、異常を理解する。
目だ。自動ドアのすぐ先、目が浮かんでいる。目はしっかりとメルンやミントをじっと見た後、ぐにゃりと変形し、黒い羽のようなものになって飛び去っていく。
「……な、なんでしょう、今の?」
「黒い羽……まさか」
そうだ、メルンたちは何のためにS市に来たのか。クレーンゲームをやるためなんかじゃない。黒い羽を操る魔法少女──魔王パムの捜索だ。彼女の魔法が生きているなら、本体も生きているに違いない。
何もしていないのに動き出した歯車。メルンはもう、クレーンゲームの悔しさなんて忘れていた。