プロデューサーがあさり先生と親しげに話しているのがモヤモヤする月村手毬 作:のるどすとりーむ
初星学園のプロデューサー科の生徒は、実際にアイドルをプロデュースする仕組みであるため、逐一担当教師への報告や相談をすることが求められている。したがって、担当教師はよくプロデューサー科の生徒のもとを訪れることが多い。
「やあ、順調にやっていますか?」
「あさり先生。はい、もちろんです」
月村手毬のプロデューサーである「彼」も学園の生徒であるのだが……
「……普通、教師がサプライズで訪れてきたりしたら一つや二つ、驚くものなんですけどね……」
「はは、もちろん驚きましたよ。ですが、ちょうどあさり先生に相談したいタイミングでしたので、都合がよいと感じました」
微笑みながら言う彼。
「それならばよかったです……」
苦笑するあさり先生。彼が学生らしくない振る舞いをするのは今に始まったことではない、しかし未だに慣れないあさり先生であった。
「それで、相談したいことなのですが……」
──
ときを同じくしてプロデューサーの部屋に向かっていた人物が一人──
(あれは……あさり先生?いったいなぜプロデューサーの所に?)
彼がプロデューサー科の生徒であり、あさり先生はその担当教師だということをすっかり忘れている手毬。普通に部屋に入ればよかったものの、なぜかドアの近くに隠れ、中を覗き見る。
──
「実は、彼女に『恋愛ドラマ』の役としてトレーニングをしてみたのですが」
(ああ、この間のか。たしかプロデューサーは『伸びしろが十分にある』って褒めてくれてたわね)
「壊滅的に下手でして」
「あらー」
(ええ!?)
思わず声が出そうになり、手で口を塞ぐ。
「なんというか、恋愛が分かってないみたいで、そして何よりも深刻なのは、プロデューサーである私も【恋愛ドラマ】らしい表現というのがよく分かっていなくてですね……」
「演技のトレーナーさんの所には相談したのですか?」
「ええ、しかし『技術は十分であるが、気持ちの面が足りていない』と言われまして、対策の方法が思いつかなくて、先生に相談したいと考えていました」
「なるほど……」
(そんな……私、演技下手だったんだ……)
人しれずショックを受ける手毬。ちなみに「恋愛」以外の演技はパーフェクトであったのを彼女はまだ知らない。
「一番手っ取り早いのは【恋愛】をすることなのですが……まあ難しいですよね」
「そうだ!……あさり先生は恋愛をしたことがありますか?」
「え?何?いきなり?……まあしたことはありますけど……」(一つも叶っていませんけどね)
「ならばここで、私相手に演技をしてもらえませんか?」
「はい?」
(まったく、プロデューサーは一体何を言っているの?)
「あさり先生の演技の手法を私が勉強して、それで彼女に教えてみます」
(そんな理由であさり先生が承諾すると思ってるのかしら?)
「なるほど……じゃあ少しだけ、本当に少しだけ、やってみますよ」
(えぇー……やるんですか……)
「ありがとうございます」
『……あ、〇〇さん今度一緒にお茶しませんか?実は最近いいお店を見つけたんですよね』
今どきそのような方法でデートに誘うなんて正直古いと言えてしまうかもしれないが、あさり先生にとっては精一杯のお誘いだった。だから世代がどうとか、年バレますよとか思ってはいけないのである。
『いいですね』
『……』
『……』
お互い会話ができなくなる。いくら演技とはいえ、教え子に口説いているような構図はあさり先生にとって耐え難いものである上に、そもそもデートに誘った経験すらない彼女にとって、この後はどうするべきかわからないのである。
『そういえば、この間の「ワニ台風」見ました?』
ワニ台風とはちょっと違う意味で有名なパニックB級映画だ。この話題を提供するところからも、あさり先生の趣味が垣間見える。
『ええ、主人公たちが空から降ってくるワニに様々な方法で対抗するのは非常に面白いと感じました』
「ですよね!?ワニシリーズは結構一般的に人気な映画ではないのですが、面白いですよね!?」
ここで少し食い気味になるあさり先生。どうやら今まで話題の合う人がいなかったらしい。
……そしてテンション的に素なのか演技なのか判別がつきにくい
(あれ?なにか空気が…)
『ええ、まあ……』
流石にプロデューサーも少したじろぐ。
「じゃ、じゃあ今度一緒にワニシリーズ一気見しませんか?私の家に、全シリーズ買ってあるんですよ!」
「は、はあ……」
グイグイ顔を寄せてくるあさり先生。どうやら当初の目的を忘れているらしい。
(ちょっと!?いくらなんでもプロデューサーと顔が近くないですか!?)
「ちょ、っと距離が近くないですか?」
「まあまあ、誤差ですよ、誤差」
どんどんと距離が近くなる。
「だ、ダメ!!」
入口付近から叫ぶ声が響く。
……月村手毬は思わず飛び出してしまった。
────
「……コホン、大変失礼なところを見せてしまって、ごめんなさい」
「一応俺が言い出しっぺです。ごめん」
プロデューサーとあさり先生は、手毬の眼の前で正座している。
「……まあ、『演技の練習』という名目であるので、理解はします。しかし!教師と生徒は安易にそういうようなことをするべきではないと思います」
「……あれ、俺達が『恋愛ドラマの演技の練習をしていた』ということをいつ貴女に伝えましたっけ?」
ここでとんでもない質問が手毬に投げつけられる。
「……それは……とにかく、以後気をつけてもらわないと困ります!!」
彼女はごまかした。口が裂けても「最初から見ていた」なんて、言えるはずがなかった。
なぜ言えないかは、彼女自身も分からなかった。
──
今日は呆れたことがあった。
あさり先生とプロデューサーが「恋愛ドラマの演技」の練習をしていた。
……演技と分かってはいたけれど、二人の距離が妙に近くて……なんかとても変な気持ちになった。
プロデューサーが他の人と仲良くしているように見えたから?
……意味がわからない。どうしてそれが、こんな不快になるの?
きっと、気のせい。
──
「月村さん、本日のスケジュールについてなのですが……月村さん?」
プロデューサーが手毬に呼びかけるが、反応がない。
「……ああ、ごめんなさい、。少し気が抜けてました」
「いえ、大丈夫ですが……体調でも悪いのですか?」
「大丈夫です、心配しなくても問題ありません。体調くらい自分で管理できます」
「そうですか……念の為、熱がないか測ってみましょう。自覚症状が薄い場合も考えられますから」
「いえ、本当に大丈夫です──っ!?」
プロデューサーは、自分の額を手で抑えながら、もう片方の手を手毬の額に合わせる。
「うーん……熱は無いみたいですね」
「……──!」
次の瞬間、手毬からとんでもない怒声が飛んできたのは、言うまでもない話であろう。