⑨ちゃうわ! 作:ポンコツ太郎
「なーそろそろ離れてくれない?苦しいんだけど……」
8月、博麗神社の境内。うだるような暑さの中、巫女が上に座ったあたしを抱きしめていた。側から見れば微笑ましい光景だろうが、別にあたし達は家族でもないし、そうするまで親しいわけでもない。なのにこうなっているのは、単純にあたしが冷気を操れて、周りがひんやりしているからである。要するに冷えピタ代わりってわけ。
「あとちょっとだけ……」
「んもぉー!フリーハグやってんじゃないんだぞ!」
「あと50分だけだから!」
「長いわ!」
言われて巫女──博麗霊夢は渋々身体を離す。すごく嫌そうだ。口を尖らせて抗議しているが知ったこっちゃない。どうも都合の良い冷房として使われているような気がする。
「まったく……どいつも夏は会うたびこうなんだから。そろそろ金とろうかな」
「いいんじゃない?そんで利益のいくらかをウチに落としてちょうだいなチルノさんや」
「おうじゃあ今の分払ってくれや」
「……ほら、私たち友達じゃない?」
「うわ」
調子のいいやつだと思った。いやマジで。これでも意外と長生きしているんだが、容姿のせいでどうも舐められがちだ。ここ幻想郷では、見た目はあまり当てにならないというに。そういえば、こないだも駄菓子屋のおっちゃんに子ども扱いされた。あんたの目の前にいるのは千年以上生きた妖精だぞ。隙間妖怪みたいに胡散臭く振舞えば舐められないかとも思ったが、自分の姿でやっても中二病のガキにしかならない気がしたのでやめることにする。
「でも仕方ないじゃない。今年は特に暑いんだから、少しくらいいいでしょ」
「だからと言って見つけるなり爆速で追ってきて羽交締めはないでしょうよ」
「だって、貴重な冷房だし」
「うわ」
本当に都合の良い冷房と思われていた。ひどい。まさかみんなもそう思ってるんじゃなかろうな。大ちゃんにもそう思われていたら泣く自信がある。
「それに他の氷精で試したらすぐ溶けちゃったのよね。だから溶けないアンタを探す方がいいってわけ」
「ひ、人殺し……」
「あんたら人じゃないでしょ」
「ひっどいなぁ……」
氷精含む妖精は自然がある限り何度でも復活するとはいえ、酷いもんである。南無。
「恨むなら夏を恨みなさい。なんなら幻想郷中を冷気で覆って涼しくしてもいいのよ?……」
「異変を奨励すな!」
人じゃない者と喋ってあまつさえ異変の奨励だなんて、霊夢は結構いい加減だ。もっとも、大抵何時もこうだとみんな知っているが。この前は「賞味期限も消費期限も同じようなもんよ」とか言ってたし。いや全然違うから。
「…………」
しかし異変の二文字に反応したのか、霊夢は黙りこくってしまった。
「?どったの?」
「いえ……なーんかやな予感がしてね」
「またあ?こないだは人里に妖怪が出たんだっけ?蜘蛛がどうとか」
「そーね……んー」
……霊夢の勘はよく当たる。それもまたみんな知っていることである。主に嫌な予感の時だけど。しかし、ここまで真剣な顔はめったに見ない。近いうちにデカいなにかが来るのだろうか。霧の湖の方を見つめる霊夢の姿を見て、あたしは氷精なのに寒気がした気がした。
「……拝んどこ」
とりあえず巻き込まれませんようにと、博麗神社の神様にお願いしておこう。効果があるかは、正直わからないけれど。というか多分ないけれど。