阪神レース場での代替開催となったホープフルステークス。注目を集めているのは3人のウマ娘。
1人は3戦2勝、初戦のメイクデビューこそ落としたものの、2戦をレコード勝ち、また今回のホープフルステークスと同条件でレコード勝ちを経験しているペリースチーム。1番人気だ。
2人目はジャングルポケット。2戦2勝と現在無敗。札幌ジュニアステークスのレースレコードを更新する形で乗り込んできた、フリースタイル・レース上がりのウマ娘。こちらは3番人気である。
そして3人目は──アグネスタキオン。出走したレースはメイクデビューの1戦のみ。しかしその1戦だけで、彼女はクラシックの主役になると太鼓判を押されるほどの強さを見せつけた。本レースの2番人気である。
ジュニア級のG1レースであるホープフルステークス。この3人の誰かが勝つだろうとファンは予想していた。
ストレッチで体をほぐしつつ、ジャングルポケットは周りの雰囲気を感じ取っていた。
(……今までのレースよりも何倍も重い空気だ。これがG1レース、ってことか)
初挑戦となるG1レース。周りのウマ娘達もピリピリとしている。また、彼女特有の野生の勘が告げていた。ここにいるメンバーは強いと。その中でもとりわけ異彩を放っているのが……白衣の勝負服を身にまとったウマ娘だ。
余裕な態度を崩さず、周りにいるウマ娘を品定めしているようにジロジロと見ている。怪しげな笑みを浮かべ、ウォーミングアップをしている彼女……アグネスタキオン。
(トレーナーやフジさんから聞いてる。俺も実際に映像を見たし、なにより本能が告げてる……アイツは、滅茶苦茶はえぇヤツだって)
トレセン学園では変人として有名な彼女。レースの実力は一級品ともっぱらの評判だ。しかも、彼女のトレーナーは凄腕の新人と称されるトレーナー。純スプリンターに三冠を取らせるというとんでもないことをやってのけた、異質なトレーナーだ。
ジャングルポケットは控室での会話を思い出す。
「良いか、ポッケ。アグネスタキオンには気をつけろ。ヤツの強さは……出走するウマ娘の中でも抜けた強さを誇っているはずじゃからな」
「ポッケ、君の強さは認める。けど、タキオンには気をつけた方がいい……私の本能が告げてるんだ」
トレーナーどころか、フジキセキすらも警戒させる相手。ジャングルポケットの心は──燃えていた。
(上等だ……そーいう相手に勝ってこそ、だろ!)
自分は最強になるウマ娘。強い相手に勝ってこその最強だ。ここでアグネスタキオン達を下し、手始めに世代最強であることを証明する。ジャングルポケットは闘志を滾らせていた。
《晴れ空が広がります阪神レース場、芝2000mの戦いホープフルステークスが間もなく始まろうとしています。バ場は絶好の良バ場日和、このバ場ならば師走の寒風もなんのそのとウマ娘達は駆けていくことでしょう。1番人気はペリースチーム、アメリカ生まれ日本育ちのウマ娘。アグネスタキオン、ジャングルポケットと続きます!》
《ジュニア級の最強決定戦と呼んでもいい、豪華なメンバーとなりましたね。さて、どのようなレースとなるのか、非常に楽しみです》
ウマ娘達がゲートへと入る。先程まで喧騒に包まれていた阪神レース場が静まり返った。
《ジュニア級のG1、ホープフルステークス。最後のウマ娘がゲートへと入りました。静寂を切り裂いて今──ゲートが開きましたッ!ホープフルステークス、スタートです!》
静かな空気を壊すようにゲートの開く音が聞こえる。それと同時、ウマ娘達がターフを駆ける音が響き始める。
ホープフルステークスが始まった。
◇
アグネスタキオンは、っと。うん。
「中団……まあ問題はないね」
ジャングルポケットとペリースチームの1バ身後ろにつける形でレースを展開している。先行よりも若干後ろの位置、差しに近いレースをしている。
《レースは向こう正面に入ります。先頭で走るのはウカルディ、ウカルディがペースを握ります!2番手はエフェメロン、ウカルディから遅れること2バ身!エコノアニマル、アキナケスと続いて5番手の位置にペリースチームとジャングルポケットが並んでいます!》
《ジャングルポケットが内に、ペリースチームが外についていますね。ジャングルポケットがやや有利か?》
《そして2人の後ろにアグネスタキオン、アグネスタキオンが3バ身後ろ7番手追走!今回は中団で様子を見る形だ!隊列は縦に長く広がっています。ここからどう言った展開を迎えるか?》
ドゥラメンテに目配せしてタイムを確認する。
「平均よりやや遅めだ。前につけた方が有利だろう」
「そっか。まぁ……アグネスタキオンが気づいていないはずないんだけど」
「当然ですッ!タキオンさんは優秀な学級委員長ですからッ!」
学級委員長かどうかはともかく、まだ様子見に徹しているわけだ。ただ、動かないと悟ればすぐにでも仕掛ける……そんなところだね。
ノートのページをめくって、アグネスタキオンとジャングルポケットのデータを比較する。
アグネスタキオン
適性:芝A ダートG
距離:短C マA 中A 長A
脚質:逃げE 先行A 差しA 追い込みF
スピード:C+ 462
スタミナ:D 344
パワー :C 409
根性 :D 300
賢さ :C 442
ジャングルポケット
適性:芝A ダートG
距離:短G マB 中A 長B
脚質:逃げG 先行C 差しA 追い込みB
スピード:D+ 367
スタミナ:E+ 267
パワー :D 338
根性 :E+ 297
賢さ :E+ 274
ペリースチームもジャングルポケットと同じくらい。どちらもアグネスタキオンと比較するとかなりの差がある。ただ、番狂わせが起きないとも限らない。
(ま、アグネスタキオンは不安要素を徹底的に排除する。展開はスロー、となると……)
「早仕掛けするだろうね」
「あら、分かりますの?」
ジェンティルドンナの言葉に頷く。レースは向こう正面、半分を過ぎようとしていた。
◇
ジャングルポケットの心は歓喜に震えていた。
(これがG1の空気……!やっべぇ、めちゃくちゃアガるじゃねぇかよ!)
前に経験した2戦よりも強烈に感じるプレッシャー、周りにいるウマ娘達のレベルもはるかに上。そんなウマ娘達とレースができることに、ジャングルポケットは喜びを感じていた。
(けど、最強は俺だ!コイツら全員ぶっちぎって、俺が世代最強のウマ娘であることを証明してやる!)
ジャングルポケットは1番人気のペリースチームをマークしていた。今回の1番人気であり、最も勝ちに近いと目されているウマ娘。ペリースチームをマークすることが勝利に繋がるだろうと信じて疑わなかった。
ただ1つ懸念点を上げるとすれば、アグネスタキオンの存在。
(アイツは俺よりも後ろの位置でレースをしている……動き出しにも注意しとかねぇとな)
気分は高揚しているが、冷静に頭を働かせる。状況を見極め、ベストタイミングで動きだせるように準備を進める。
《第3コーナーを越えて第4コーナーへと入ります!バ群は詰まってきました、先頭は依然としてウカルディ!ウカルディが先頭!単独2番手はエフェメロン!第4コーナーに入ってっ!おぉっとここでペリースチームが動いた!ペリースチームが前へと押し上げる!》
「様子見は終わり!このまま抜け出す!」
第4コーナーでペリースチームが進出を開始。先頭へと襲い掛かる。ジャングルポケットもつられそうになった。
(っ、いや、まだだ。まだ動く時じゃねぇ)
しかし、ジャングルポケットは冷静に待つ。勝利を手繰り寄せるために、動き出しの機会をジッとうかがっていた。
そしてその時が来る。最後の直線、そこに入ったタイミングでジャングルポケットは加速する。
「よし、今っ?」
──その刹那、彼女の横を……ナニカが通り過ぎていった。
(……はっ?んだよ、ありゃあ)
ジャングルポケットの横をするりと抜けて、スキップをしているかのように軽やかに、何事もないかのように彼女は通り過ぎていった。
《第4コーナーを抜けてまもなく最後の直線!ペリースチームが先頭ウカルディとの差を詰める!ペリースチームが先頭にっ!?ち、違う!アグネスだアグネスだ!アグネスタキオンが飛んできた!大外からアグネスタキオンが急襲!一呼吸の間にペリースチームとウカルディを抜き去った!いつの間に上がってきたんだぁぁぁ!?》
思わず呆然としてしまったが、すぐさま我に返って必死に加速をするジャングルポケット。
(確かに速い!ちょぉっと面食らっちまったが、俺なら追いつけるッ!)
前を走るアグネスタキオンを睨みつけ、烈火の勢いで襲い掛かる。最後の直線でペリースチームを躱し、前にいるのはアグネスタキオンのみとなる。
だが……差は永遠に縮まらない。その事実が、ジャングルポケットを焦らせる。
(なんで……なんで遠ざかるんだよ!?ふざけんな!何がどうなってやがる!)
《アグネスタキオン速い速い!2番手にはジャングルポケットが浮上!ジャングルポケットが猛追するが、アグネスタキオンは独走状態!その差を4バ身、5バ身とつけていく!》
自分の持てる力を全て発揮している。これ以上ないって程にアガっている。なのに、アグネスタキオンとの差は縮まらないどころか開いていく。
ジャングルポケットは痛感する。アグネスタキオンとの隔絶とした差を。自分と彼女の間にはデカい壁があるのだと、走りながらも感じていた。
(……ハ、ここまで速いのかよ、アグネスタキオンッ!)
◇
ふぅン、確かにG1というだけあって強いウマ娘がたくさんだ。私の研究に大いに役立ってくれるだろう!
(本当なら領域を使いたかったところだが……まぁいい。今回は
まだ検証が済んでいない、領域を使うにはリスクが大きい。使わない方がいいだろう。
それにしても素晴らしい、実に素晴らしい!特に今私の後ろを走っているポッケ君は特に良い!私の研究は更なる躍進を遂げるだろう!トレーナー君にも良い報告ができそうだ!
《アグネスタキオンの独走は止まらない!差を縮められないジャングルポケット!これはもう完全に決まりだ!》
後は今回のタイムも気になるところだ。さぁて、どこまで速くなったのかな、私は!
「結果を見せてもらおうか……実験の結果を!」
私の身体がゴールラインを割る。ホープフルステークスは私の勝利で終わった。
《アグネスタキオン独走ゴールイン!これは凄いアグネスタキオン!早仕掛けから最後の直線で先頭に躍り出て、最終的には2着ジャングルポケットに6バ身差をつける形での圧勝!圧巻のレース運び、クラシックの主役はもう決まったでしょう!》
さてさて、タイムはどうなっている「おい、タキオンッ!」……この声は。
「おやぁ?どうしたんだいポッケ君。そんなに血相を変えて」
「……っ」
悔しそうにしているねぇ。今回の負けが余程堪えたのだろう。ただ、
「……今回は俺の負けだ。素直に認めてやるよ」
「そうかい。話がそれだけなら「けど!次はぜってぇ負けねぇからな!覚えとけよこのヤロー!」暑苦しいねぇ。それよりも見たまえよポッケ君」
「……ンだよ」
ようやく確認が取れた。掲示板のタイムには──赤く光るレコードの文字が灯っている。
「私のメイクデビュー、阪神2000mの時よりもさらに速くなった!レコードの文字がそれを証明している!う~ん、実に素晴らしい!こうなると上がり3ハロンのタイムも早急に確認したいところだ!」
「……何言ってんだテメェ」
「なにって……私がさらに速くなったことを喜んでいるだけだが?あ、用件はそれだけみたいだね。それじゃあ私はこれで失礼するよ」
後ろからポッケ君が何か言っているようだが、退散させてもらおう。実験の結果は出た、長居は無用だ。
「インタビューは少々面倒だが……ま、いつも通りトレーナー君が早めに切り上げてくれるだろう」
帰ったら今回の実験をまとめなければ。う~ん、楽しみだ!
レコードを取ったことでウキウキのタキオンは可愛いねぇ。もっと速くなろうねぇ。なお周り。