弥生賞を観に来ていたフジキセキ達。目の当たりにしたのは、アグネスタキオンの圧倒的な強さだった。
「流しで走ると思っとったが……まさか領域を見れるとは思わんかったな」
「というか、弥生賞の時点で至ってるって……あそこのチーム本当にヤバいことしてないかな?」
「ウマ娘によって個人差があるとはいえ、クラシック前に到達しているのは才能という他ないじゃろう」
レース内容としては3番手でレースを追走、早いペースになっても焦ることなく俯瞰し続け、第3コーナーで進出を開始。そして第4コーナーで前を走るウマ娘達を躱し、最後の直線で先頭に立った瞬間スパートをかける。王道も王道のレース運びだった。
決して派手というわけではない勝ち方。しかし人々は印象付けられた。アグネスタキオンの圧倒的な強さを、他を寄せつけることのない勝利で、クラシックの主役はアグネスタキオンで決まりだと思わせた。
「やっぱすげぇな~アグネスタキオン!」
「クラシックは彼女で決まりでしょ!もしかしたら、三冠だって狙えちゃうかも!」
「いやいや、ほぼ確実だろ。マンハッタンカフェにも今回勝ったし、これは三冠行けるぜ!」
すでに気の早いファンはアグネスタキオンの三冠を確実視する声も上げるほど。それだけの強さをこの弥生賞で見せたのだ。
「最後の直線でマンハッタンカフェが凄まじい追い上げを見せた。しかし、アグネスタキオンはまだ底を見せておらん」
「恐ろしいね。ファンを魅了するぐらい強かったのに、当の本人はまだ全部を見せていないのは」
「……ポッケが勝つには、相当なトレーニングを課す必要があるじゃろうな」
目を伏せ、己の担当ウマ娘ジャングルポケットのことを考える。彼女もまた強いウマ娘なのは間違いないが、ハッキリ言って現時点ではアグネスタキオンの方が上だ。それは認めざるを得ない。
(皐月賞でどう勝つか?アグネスタキオンは王道のレーススタイル故に崩すのはあまりにも難しい……じゃが崩さんとポッケの勝利はない)
「難しい問題じゃ……どうすればいいのかさっぱり分からん」
「トレーナーさんでも、分からないことはあるんだね」
「当たり前じゃフジ。全く、厄介なウマ娘に育ておって……あの新人め」
フジキセキの軽口に合わせるように答えるトレーナー。彼の口の端は吊り上がっており、笑っていた。
「やってやろうかの。こちらにも武器はある。アグネスタキオンに勝る武器がな」
「決まったみたいだね」
「おう。ひとまず帰ってポッケと「俺がどうかしたのかよ、トレーナー」おぉポッケ。実は……ってぇ!?ポッケぇ!?」
「なに驚いてんだよ……俺も丁度観に来てたんだよ、今回の弥生賞」
唐突なジャングルポケットの登場にトレーナーは飛びあがるほどに驚いた。それによって腰に甚大なダメージを負ってしまったが、フジキセキの助力でなんとか立ち上がる。
ジャングルポケットもトレーナーを労わるが、彼女は──笑っていた。
「やっぱスゲェな、タキオンは……本当につえぇ!」
「ポッケ、お前……」
ジャングルポケットはタキオンの実力を改めて感じ、笑っていた。彼女は強者だと、自分よりも強い相手なのだと歓喜していた。拳を強く握り締め、宣言する。
「でも、俺は負けねぇ!皐月賞でアイツに勝ってやる!首洗って待ってろよぉ、タキオン!」
「……ふっ」
ジャングルポケットの芯の強さを目の当たりにしてトレーナーも笑みを浮かべる。
(アグネスタキオンの強さを観て折れておらん。むしろさらに燃え上がった……こりゃ、あるかもしれんな)
「ポッケ。タキオンに勝つのは茨の道じゃ。それでも突き進む覚悟はあるか?」
「とーぜん!俺は最強になるんだぜ?ここで負けてちゃ話にならねぇ!茨だろうが何だろうが突っ込んでやるよ!」
「……良い気迫じゃポッケ!早速ビシバシ行くぞ、覚悟しておけ!」
トレーナーの言葉に頷くジャングルポケット。彼女達の心は、さらに燃え上がった。
◇
弥生賞の勝利から一日が経ち。アグネスタキオンはというと。
「やぁやぁトレーナー君、聞きたまえよ!」
「うん、反省会だね」
凄く元気そうにしていた。あの日のアイシングは念入りにやったが、特に問題はなし。それよりも今すぐにでも理論を吐き出したいアグネスタキオンを抑えるのに必死だった。時間がないからと今日に回したんだけど、それでも興奮は冷めてない。よっぽどのことがあったんだろうね。
アグネスタキオンは嬉しそうに語る。弥生賞でのことを。
「私は最後の直線で領域を切った。そして弾きだしたんだ……今の私がどこまでいけるのか、最終的に私はどこまで速くなれるのか!考えて、計算して、弾きだした!私が到達しうる未来を!」
「そう。それで、どんな未来が見えたの?」
これだけ興奮しているんだ。それなりのものが見えたと思うんだけど。
「
「……見えなかった?」
「そう!私が至る果て、限界まで力を出し尽くした後に見える景色!それは見えなかった……分かるかい?見えなかったんだよ!」
興奮気味のアグネスタキオン。正直さっぱり意味が分からなかった、けど。
(……待てよ?アグネスタキオンは元々脚が強くない。それを当てはめると)
あ~、何となく分かったような気がする。なんでアグネスタキオンのテンションが上がっているのか。
「……未来が未確定だから、決まった未来じゃないからテンションが上がってるの?」
「その通りさ!脚が壊れるわけではない、なんらかの理由で壊れるなんてこともない!ただ、
「これからの選択次第でどうとでもなる。果てに到達する未来もあれば、その前に脚が限界を迎える未来もある……少なくとも、選択の余地があるのが嬉しいってことかい?」
「う~ん、やはり君は私のことをよく分かっている!というわけでトレーナー君、今日のご飯を頼むよ」
なんて脈絡のない会話のつなぎ方だ。まぁ脚が限界を迎えるなんてことがないためにも、僕のお弁当を要求するなんて繫がりがないこともないけど。
アグネスタキオンにお弁当を手渡す。彼女は早速包みを開けて食べ始め……まだお昼じゃないんだけどな。いいけども。
「さて、いまだに私の未来は確定していない……なので重要なのは今後のことだ。ここまではトレーナー君も理解していることだ」
「そうだね。だから好き嫌いせずに食べようか。強い身体を作るためにも」
「え~!?そもそも君がお弁当に入れなければいい話だろぉ!?」
「いや、しっかりと栄養バランスを考えて作ってるんだから。というか身体を作るために必要なことだから」
「ぐぬぬ……!」
そんな親の仇を見るような目で睨まれても。まだまだ好物の割合が多いんだから許してほしい。
「……まぁいい。トレーニング後もまた重要になってくる。ストレッチにマッサージ、さらに入念に行う必要があるだろう」
「そうだね。そろそろ専門家の人を雇ってみる?」
「必要ない。君が診ればいい話だ」
いや、僕よりも専門家の方がいいと思うんだけど。あくまで僕ができるのは素人が少し齧った程度のものだし。
「私は君の腕を信用しているんだ。今更どこの誰とも分からないような相手に任せるつもりはない」
分かり切っていることを聞くな、と言わんばかりの態度。そこまで信頼されているとちょっと嬉しいな。
「……ま、アグネスタキオンがそれでいいならいいけど。後は佐岳さんが来てるけどどうする?」
「おっと、今日は講習の日か。急がなければならないねぇ」
「それと今後のレースに関しても相談しなきゃだね。皐月賞は確実として……」
弥生賞後もアグネスタキオンは変わらず、である。
今日も今日でVRウマレーターを使う。アグネスタキオンの大目標を凱旋門賞に定めてから、なんとか頑張って使用許可を取っている日々だ。
(……の割には、なんか許可を取れることが増えてきたけど)
チラリとアグネスタキオンを指導している佐岳さんを見る。佐岳さんはURAの職員だ、それなりに偉い立場の人なのは間違いない。
「いいかアグネスタキオーン!日本と同じようなペースで走るんじゃないぞー!欧州の芝は日本の芝と違うからな、スタミナを余分に消費するぞー!」
「分かっているとも!」
……まさか、この人の口利きがあったりしないだろうか?なんか可能性として0じゃないから怖くなってきたぞ。
(考えないようにしよう。今はとにかくトレーニングに集中だ)
気にしないでおこう、うん。
VRウマレーターを使えない日は語学の勉強だ。アグネスタキオンは地頭が良いから特に苦労はしてない。
「……凄いな、満点だ。どんどん吸収するな、君」
「語学もいいが、高地トレーニングはできないかい?スタミナを鍛えておいて損はないと思うが」
「いいだろう!あたし様の伝手を頼ってみる、次から勉強は必要最低限で済ませようか!」
最終的に語学は必要最低限に、残りは全てトレーニングに費やすことになった。佐岳さんが作ったテストも毎回満点だしそれも当然か。
クラシックが近づいているので取材も連日のようにやってくる。アグネスタキオンはクラシック最注目だし当然だ。
「クラシック三冠は既定路線ですか?」
「難しいですね……もし別の目標があれば、三冠全部は走らないかもしれません」
「ふむふむ、必ずしも向かうわけではないと」
さすがにしっかりと言っておかないといけないだろう。
「風の噂でアグネスタキオンが海外挑戦を考えている、というものがありますが……真偽のほどは?」
あ、嗅ぎつけられてるんだ。別に嘘を言う必要はないけど、あまり騒がれるとアグネスタキオンがめんどくさがるだろうしなぁ。
「可能性の1つとしてある、とだけ伝えておきます」
「「「おぉ~!」」」
「三冠に向かう可能性も、海外に挑戦する可能性も平等にあります。今はただそれだけを伝えておきます」
色めき立つ報道陣。後日一面には【アグネスタキオンは海外遠征も視野!狙うはやはり!?】とでかでかと報道された。記事を切り取って、スクラップブックに貼り付ける。
(滅茶苦茶注目されてるなぁ。仕方ないことだけど)
でもちょっと嬉しかったりする。担当ウマ娘が注目されて悪い気はしないのが本音だ。注目されたらその分だけマークもキツくなるけど、それを潜り抜けてこそな感じもある。
(皐月賞の相手もしっかりとマークしておかないとな)
少し楽しみながら今後の予定を立てる。とりあえず、アグネスタキオンのお弁当を作っておこう。
やりたいことが多すぎるんだよぉ!