皐月賞が近づく今日。各陣営気合が入っている。
「もう一本!気合入れていくぞテメェらぁ!」
「ぽ、ポッケさん気合入り過ぎっすよぉ……」
「しゃーないよ。だってアグネスタキオンも出走してくるんだし」
「世間もアグネスタキオン一色だもんな。ポッケさんもいるってのに!」
ジャングルポケット陣営は特に気合が入っていた。特にジャングルポケットが。彼女にとってはホープフルステークスのリベンジ戦となる今回の皐月賞。気合が入るのも当然かもしれない。
ジャングルポケットと併走するのは現在シニア級のナリタトップロード。そんな相手と併走ができるのはジャングルポケット達としても僥倖だろう。
「遠慮する必要はねぇぜトップロード!俺は……日々進化してるんだからよ!」
「ッ!」
ジャングルポケットの外につくナリタトップロード。彼女の強さに目を見開く。
(ポッケちゃん、もうここまで強くなってるんですね!だったら、私も!)
「まだまだ!負けませんよ、ポッケちゃん!」
ナリタトップロードもさらにギアを上げる。ジャングルポケットは、そんな彼女に食らいついていっていた。
彼女達の併走に、ジャングルポケットのトレーナーは厳しい視線を向ける。
(日に日にポッケの末脚は鋭さを増しておる。弥生賞で気持ちがさらに燃え上がったのは間違いない。良い傾向じゃ)
「トレーナー、ポッケの調子はどうかな?」
トレーナーの下にフジキセキが飲み物を差し入れて戻ってくる。
「おぉ、すまんなフジ。絶好調じゃな、弥生賞を見学したことが良い方向に動いた……さらに気合が入っちょる」
「弥生賞後のポッケは空元気じゃなかった、ってことだね」
「タイムもどんどん良くなっとる。じゃが、アグネスタキオンを相手にするならもう少し伸ばしたいところじゃ」
計測したタイムを眺めながら満足げに頷くトレーナー。まだまだ安心はできないが、好調を維持し続けるジャングルポケットならばあるいは、と思うようになってきた。
「いいぞポッケ!その調子じゃ!」
「おうよ!まだまだアガッて行くぜぇ!」
走りながらジャングルポケットは考える。今度の皐月賞のことを。
(世間はタキオン一色だ。ムカつかねぇつったら嘘になる。でも、アイツはそんだけつえぇんだ)
弥生賞で痛感した。アグネスタキオンというウマ娘の強さを。魂が震えるほどの強さ、同世代にあれほどの強敵がいることへの高揚、そんな相手をどう倒すのか?ジャングルポケットが考えるのはそればかりだった。
(くぅ~!皐月賞、ワクワクが止まんねぇ!)
「待ってろよ皐月賞!タキオン!テメェをぶっ飛ばして、俺の強さを世間に見せつけてやらぁ!」
併走中、テンションが上がってそう口走るジャングルポケット。すぐにトレーナーからの怒号が飛ぶ。
「こりゃポッケ!調子に乗るでない!確かにお前さんは好調じゃが、それでもタキオンには遠く及ばんのじゃからな!」
「わーってるよ!でも、今はそうでもこれから先はそうじゃねぇ!俺は成長し続けてんだからな!」
「だから調子に乗るなと言っておる!……あやつめ、本当に分かっておるのか?」
「大丈夫だよトレーナー。ポッケだってちゃんと分かってるさ」
呆れるトレーナーと見守るフジキセキ。皐月賞に向けて気合は十分だった。
ダンツフレームもまた、特に気合が入っているウマ娘の1人である。練習場で、凄まじい大きさのタイヤを引っ張っていた。
「ふんぬぬぬ……ッ!」
タイヤの上ではマチカネタンホイザとオルフェーヴルがメガホン片手に応援している。
「頑張れダンツちゃーん!頑張った先にはきっと良いことが待ってるよ~!」
「まさか貴様の実力はその程度ではあるまい?本気で勝利を望むのであれば、さらに励め。この程度で根を上げるな」
3人は同じトレーナーを持つウマ娘だ。そのトレーナーはというと。
「頑張れ~ダンツちゃーん!頑張ったらニンジンオッチャホイが待ってるよ~!」
「むぎぎぎ……ッ!」
ダンツフレームに応援の声を飛ばしていた。タイヤを引きながら、ダンツフレームは弥生賞のことを思い出す。
(タキオンちゃん、さらに強くなってた……わたしなんかよりもずっと先に……)
彼女もまた弥生賞を偵察しに行っていた。そして、みせられたのである。アグネスタキオンというウマ娘の強さを。
自分の立ち位置も分からされた。アグネスタキオンの強さはダンツフレームのずっと先を行っており、自分はアグネスタキオンの後ろを走っているのだと。それだけの強さをあの弥生賞で見せられたのだ。
凄さを抱いた。だがそれと同時に……恐怖を抱いた。対抗心よりも先に、アグネスタキオンの強さに怖れを抱いたのである。
(カフェちゃんも、負けちゃったけどタキオンちゃんに食らいついていってた。ポッケちゃんもどんどん強くなってて……)
「わたしだけ、置いてけぼり……ッ!」
ダンツフレームは自分が劣っていることを自覚している。未勝利戦を勝って、トゥインクル・シリーズで走っているが、一握りの上位層に比べたら決定的に足りない
アグネスタキオン達に比べて明確に劣っていると自覚している。だが、ダンツフレームは。
「わたしだって、わたしだって……!負けたくない!」
諦める気にはなれなかった。実力差があると分かっている、才能の壁というものがあると気づいている。それでもダンツフレームの中に諦めるという選択肢はなかった。
(タキオンちゃんは確かに強い。でも、無敵じゃない!だから、付け入る隙は必ずあるはず!)
「勝って、わたしもセンターに立つ……!真ん中に、立つんだからぁ……!」
一生に一度しか走れないクラシックの舞台。その舞台でセンターに立つ。その思いが、ダンツフレームを突き動かしていた。
彼女の気合いを、マチカネタンホイザ達も感じ取る。
「良いよ良いよダンツちゃ~ん!その調子だーい!」
「その調子で励め。努力することを努々怠るな。王が貴様のトレーニングを見てやる」
「ガンバだよダンツちゃ~ん!高村君とこのタキオンちゃんをアッと驚かしちゃえー!」
ダンツフレームも気合十分である。
一方でアグネスタキオン陣営はというと。
「さぁトレーナー君!今日は滋養強壮に良い薬を作ったんだ!早速試飲したまえ!」
「いいよ」
「相変わらず躊躇がありませんわねあなた」
良くも悪くもいつも通りだった。ただ、さすがに皐月賞が近づいているためトレーニングにも熱が入っている。
玉虫色に光りながらタイムを計測する高村。もはや光っていることに何の感情も出さなくなってきていた。
「……悪くないね。次はバクシンオーと併走しようか」
「やや?この委員長の出番でしょうかッ!」
「しかし委員長君がいるのは心強いねぇ。いつでも強い相手と併走が「さぁ併走しましょうタキオンさんッ!遠慮はいりません、この学級委員長が胸を貸しますよーッ!」強いて問題点をあげるなら強引すぎるところがあるくらいだねぇ」
サクラバクシンオーに引っ張られて併走を始めるアグネスタキオン。いつもの調子だった。
併走が終わった後、アグネスタキオンはいつものアイシングとマッサージを受ける。
「今回のタイムはどうだい?トレーナー君」
「悪くない。ただ、今の君ならもうちょっといけるんじゃないかな?」
言いながら今回計測したタイムをアグネスタキオンに見せる高村。目を通した後、アグネスタキオンは溜息を吐いた。
「良くもなければ悪くもない、普通……といったところか。実験の停滞はあまりよろしくないな」
「……あまり無理をする段階でもないけどね。ただ、ジャングルポケットにダンツフレーム、どっちも調子を上げてきている。油断したら差し切られるよ」
「ほほ~う!それは私にとって朗報だねぇ!」
ライバルとなる2人の好調を聞いて、溜息から一転笑みを浮かべる。
「私が果てへと至るためには彼女達が強くなるのが必要不可欠だ、彼女達が強くなればなるほど、私もさらに速くなるというもの!う~ん、皐月賞が楽しみだ!」
「嬉しそうだね」
「当然さ。もっとも、強い相手という意味ならば誰でもいいのかもしれないがね。現時点で私が興味を惹かれる相手というのは間違いない。私の実験に、多大な影響を与えてくれる存在だ」
彼女の考えはブレない。自分が果てへと到達するために、研究を進めるためにジャングルポケット達と競う。そこに勝ち負けの概念はなく、ただ純粋に己が速くなることだけを求めている。他のウマ娘からしたら異質に見えるだろう。それでも強いのが彼女──アグネスタキオンだ。
「……してトレーナー君。今なら、
先程まで笑みを浮かべていたアグネスタキオン。今度は神妙な顔つきになる。高村は、淡々と答えた。
「
「……成程。なら、大事を取って20%で相手どろう」
「別に君が決めたことに文句は言わないけど、理由は?」
「決まっているだろう?」
アイシングが終わり、アグネスタキオンは立ち上がる。彼女の表情は真面目、冗談を言っている顔ではなかった。
「すでに私は逃げるという選択肢を失くした。どんな手を使ってでも私は自分自身の手で果てへと到達する……それだけだ」
「……そう。ま、これからもアイシングとマッサージを続けよう。いつの日か、全力を出しても問題がないくらいに育て上げるよ」
「頼りにしているよ、トレーナー君」
トレーニングへと戻るアグネスタキオン。その後のトレーニングも順調にこなしていった。
アグネスタキオン陣営も悪くない調子である。
◇
皐月賞が近づいているその日、偶然にも彼女達に出会った。
「お、タキオンにダンツじゃねぇか」
「ポッケちゃんに、タキオンちゃん……」
「偶然だねぇ、我々の帰宅時間が重なるとは」
本当に偶々だ。別のチームに所属している我々が一堂に会するなんてねぇ。ポッケ君は、相変わらず血気盛んというか。私を睨みつけている。余程意識しているのだろう。ダンツ君は……いつも通りだ。
まぁいい、さっさと帰ろう。そう思った時、ポッケ君に腕を掴まれる。
「勝負だ、タキオン」
「……なんだい?藪から棒に。私は早く帰りたいんだが」
「そうツレねぇこと言うなよ。そろそろ皐月賞だよなぁ?」
楽しそうな笑みを浮かべるポッケ君。ふむ、まぁ言わんとしたいことは分かるがね。
「俺はあの時よりもずっと強くなった。テメーが想像しているよりもずっとな」
「ほう、それは私としても喜ばしいことだ!研究に役立つねぇ!」
「……相変わらずわけわかんねーヤツだな。皐月賞じゃぜってー負けねぇ!皐月賞だけじゃねぇ、クラシックレース全部テメーに勝ってやる!」
一点の曇りのない瞳で、ポッケ君は私に宣戦布告をした。ふぅン、悪くない目だ。
(私に本気で勝とうとしている……実にいい!そうでなければ張り合いがない!)
「いいだろう、君の挑戦を受けて立つ……精々足掻いてみたまえよ?」
「上から目線でいられるのも今の内だぜ?皐月賞じゃ逆になってんだからな!」
これならば皐月賞に出走する価値があるというもの!私という存在に挑み、高め合う!フフフ、素晴らしい闘気だ!
そして、ポッケ君だけではない。
「わ、わたしだって!負けないよ!」
「……ダンツ?」
「ほほう、君もかい?」
ダンツ君も、私を睨みつけている。ポッケ君と同じだ、私という存在に敵対心を抱き、威嚇をしているようだった。
「わたしもクラシックに挑戦するウマ娘……2人には負けないんだから!」
「ふぅン?」
「2人みたいに才能があるわけじゃないけど……それでも諦めたくないから!だから勝負だよ、ポッケちゃん、タキオンちゃん!」
素晴らしいッ!ダンツ君にもこれだけの闘気があるとは!フッフッフ、皐月賞が俄然楽しみになってきたよ!カフェが出走を取り止めたのが少しばかり残念だ!
どうやら、ポッケ君もそう思っているらしい。
「バチバチに気合入ってるじゃねぇか、ダンツ!良いぜ、勝負だ!俺が勝つ!」
「負けないよ、ポッケちゃん、タキオンちゃん!」
とはいっても、ここで熱くなるのも私のキャラじゃない。なにより、私にとって重要視すべきは速さの限界の追求だ。
「ま、頑張りたまえよ2人とも。皐月賞は楽しいレースにしようじゃあないか」
「相変わらずスカした野郎だなタキオン!もうちょっとなんかねーのかよ!」
なんか、ねぇ。強いて言うならば。
「まぁ──走る以上私は負けない。精々頑張りたまえ」
「ッ!……なんだ、テメーもバチバチじゃねぇか」
「……っ」
怯むようなポッケ君とダンツ君。しかし問題はないだろう。私を睨みつけているわけだから。
さぁて、皐月賞は楽しい実験になりそうだ!
マチタン・ダンツ・オルフェ……どういう繫がりなんだこれは。