中山レース場に集った数万のファン。今日ここで、世代で最も速いウマ娘を決める戦い──皐月賞が開催される。
近くにいるファンと誰が勝つか?誰に注目しているか?の会話が広がっている。とはいっても。
「やっぱアグネスタキオンだよな!アレはモノが違うよモノが!」
「他も中々良いのがいるけど、アグネスタキオンが抜けてるって感じだよな」
注目を集めるのはやはりというかアグネスタキオンだった。出走した3戦、そのどれもが印象深い勝ち方をしている彼女。当たり前というべきか。
大差勝ちを収め、怪物としての片鱗を見せたメイクデビュー戦。ジャングルポケットにペリースチーム、世代のトップが集まりジュニア級最強決定戦とも呼ばれたホープフルステークスでの6バ身差圧勝、そして弥生賞で他を寄せつけない3バ身差完勝。この3戦で、アグネスタキオンというウマ娘の強さをファンは思い知らされた。
すでにファンは誰が勝つか?ではなくアグネスタキオンがどう勝つか?なんて予想する者が現れる始末である。それだけの強さを、アグネスタキオンは刻んだのだ。
勿論、そんな声に憤る者もいる。ジャングルポケットを慕うウマ娘達はその筆頭だ。
「なんすかなんすか!世間はタキオンタキオンって!ポッケさんだってスッゲーってのに!」
「ホントだよな。タキオンばっかでふざけやがって!」
ジャングルポケットをずっと慕ってきた彼女達にとっては、この状況は納得いかないところがあるだろう。自分達が慕うジャングルポケットもまた強いウマ娘なのに、注目されているのはアグネスタキオンばかり。怒りたくなるのも当然だった。
ただ、その中でも1人冷静に見ているウマ娘がいる。ジャングルポケット達からはメイと呼ばれているウマ娘だ。
「まー、そんだけアグネスタキオンがすげぇ勝ち方したってことだからな。ド派手な勝ち方をしたウマ娘に注目は集まる、一定しゃーないとこはあるよ」
「メイ、お前ッ!」
「だからこそ、
反論の言葉を遮り、メイは不敵に笑う。その表情は自分が慕っているジャングルポケットの勝利を微塵も疑わない、確信めいた表情だった。
「皐月賞が終わった後に気づくさ。ヒーローは遅れてやってくる、ってことをな」
「お、おぉ!なんかカッコいい!」
たとえ世間がアグネスタキオン一色だとしても、自分達が応援するウマ娘は変わらない。それはこの先も一生変わらないことだ。そう心に決めた3人は改めて応援の声を飛ばす。その光景を後方から見ていたジャングルポケットのトレーナーとフジキセキは微笑みを浮かべる。
「ポッケは良い子達に恵まれたみたいだ」
「その通りじゃな……さて、やれるだけのことはやった。後はポッケが力を出し尽くすだけじゃ」
「……そうだね。タキオンは強敵だ、それでもポッケならっ」
鋭い目でターフを睨むトレーナー。本バ場入場が始まっていた。
応援席の最前列、高村達がいるところに新たな団体が詰め寄る。
「失礼、隣良いかな?聖君」
「天城さん。どうぞ、空いてますので」
「それじゃ、失礼するよ」
天城トレーナー。無敗の三冠ウマ娘であるシンボリルドルフとトウカイテイオーを育て上げた人物であり、アグネスタキオンと同世代であるマンハッタンカフェを担当している男だ。人当たりの良い笑みを浮かべて、高村達に並ぶ。余談だが、マンハッタンカフェのお友だちは高村の頭の上を陣取って楽しそうにしている。最早慣れているのか、高村は反応を示さないが。
ターフを静観している高村に、天城は言葉をかける。
「どうかな?アグネスタキオンの調子は」
「問題ありません。好調を維持しています……マンハッタンカフェは出走しないんですね。出走権を得たのに」
「アハハ……春シーズンは全部体調管理にあてようと思ってね。弥生賞は何とかなったけど、今もちょっとギリギリだから」
バツが悪そうに笑う天城の姿に、少し申し訳なさを覚える高村。
「まぁ気にしないで。別に大事があるわけじゃないから」
「……それならよかったです。お大事に」
「うん。夏……もしかしたら秋になるかもしれないけど、その時は負けないよ」
2人が会話をしている間に、ウマ娘達が続々とターフに姿を現す。その中にはアグネスタキオンの姿もあった。
「自信のほどは?聖君」
天城の言葉に高村は少しだけ考える素振りを見せる。しばらくした後、口を開いた。
「……万が一を起こさないようにトレーニングは続けてきました。ただ、万が一が起こるかもしれないのがレースなので100%勝てるとは断言できません」
「あはは……相変わらず真面目だね、君は」
返ってきた言葉に苦笑いするしかない天城。周りにいるシンボリルドルフ達も苦笑していた。だが、高村は続けて口を開く。
「ですが、僕はアグネスタキオンの勝利を信じています。それだけです」
その言葉に、天城達は少し呆けた後微笑ましそうに笑った。
ターフの上ではジャングルポケットが闘志を滾らせている。
(一生に一度しか出走ができねぇクラシックレース……その初戦である皐月賞。絶対に落とせねぇ)
「……負けねぇ。ゼッテー勝つ!」
頬を叩き気合を入れる。そして彼女が睨むのは──アグネスタキオン。今回の皐月賞における1番人気であり、勝利を確実視されているウマ娘。
ジャングルポケット自身アグネスタキオンの強さはホープフルステークスで痛感している。そして、弥生賞でさらに進化を遂げたこと、この皐月賞でもさらに強くなっていることを知っている。期待されるだけの強さをもっており、期待に応えるだけの実力を兼ね備えている。ジャングルポケットもそれを分かっていた。
(けど、だからって関係あるかよ!勝つのは俺だ!)
それでもジャングルポケットは折れない。成長しているのはアグネスタキオンだけではない、自分も彼女と同じように、いや、それ以上に強くなったという自信がある。この会場のどこかで見ているであろう自分のトレーナー、仲の良いウマ娘達、そしてジャングルポケットが尊敬してやまないフジキセキ達のことを頭に浮かべ、さらに気合が入る。
一瞬、ジャングルポケットとアグネスタキオンの視線が交錯する。
「「──ッ」」
2人は不敵に笑う。一瞬の交錯の後、ゲートインの時間がやってきた。
ざわめく観客席。発走の時を今か今かと待ちわびる。
《この日がやってきました、クラシックレース皐月賞!中山芝2000mで開催される、最も速いウマ娘を決める戦い!選ばれたウマ娘達がこの舞台に集いました!芝の状態は良バ場の発表、天気も晴れ模様です!》
《やはり最注目はアグネスタキオンでしょう。すでに世代最強と呼び声の高い彼女が、この皐月賞でどんなレースを見せてくれるのか?ファンは注目していますからね。ですが、勿論アグネスタキオンだけじゃありませんよ!》
《えぇ、ジャングルポケットに調子を上げてきているダンツフレーム!この2人にも注目したいところ!ペリースチームとマンハッタンカフェは出走を回避していますが、アグネスタキオンの快進撃を止めると宣言していた2人!果たしてどのようなレースを見せてくれるのでしょうか?》
1人、また1人とゲートに入っていくウマ娘を見守るファン。そして今、最後のウマ娘がゲートへと入る。
《速くなければ戦えない、強くなければ超えられない。そして、この大歓声に応えなければ勝つ資格はない!新たなヒーローの誕生を、伝説の始まりを、一瞬たりとも見逃すな!》
静寂に包まれたレース場の空気を切り裂くように──ゲートの音が響き渡る。同時、ウマ娘達が大地を轟かせ、一斉に駆け出す。
《クラシックレース皐月賞、スタートですッ!》
皐月賞の幕が上がった。
◇
ジャングルポケットは五分のスタートを切ることができた。
(っうし!まずは最初の関門をクリア!)
最内枠からのスタート、スタートで出遅れなかったのは僥倖だった。焦ることなくしっかりと自分のベストポジションにつこうと動く、が。そう簡単にはいかない。全員がベストな位置につけるように熾烈な争いを繰り広げている。
(さすがにそう易々とポジションを取らせてくれねーか!)
そうでなければ面白くない。ジャングルポケットの気持ちは昂っていた。
《激しい先行争いが繰り広げられています。ハナを奪おうとしているのはエフェメロンとクライネキステ、さらにはサコッシュも行こうとしているか!第1コーナーめがけて一塊となったバ群、それぞれのベストポジションにつくために激しい争い!》
《最内枠のジャングルポケットはまずまずのスタートを切れましたが、バ群が内に寄った影響が少し苦しそうですね。これがどう影響するか?》
《そしてアグネスタキオンは現在前から5番手、6番手程の位置につけているでしょうか?中段前の位置につけているアグネスタキオン!まもなく第1コーナーへと入りますウマ娘達、ここで先頭はエフェメロン!エフェメロンが奪った!エフェメロンがペースを握ります!》
ハナを奪ったのはエフェメロン。競り合うようにクライネキステが半バ身後ろにつけており、サコッシュが先頭争いから脱落した形でレースは展開される。4番手はサコッシュから1バ身後ろ、そのすぐ後ろ外目の位置にアグネスタキオンはつけている。アグネスタキオンは内ではなく外を回っていた。
やはりというか、他のウマ娘からも最重要で警戒されているアグネスタキオン。集中的にマークされているのが観客席からでも分かった。ノートを取りつつ、高村は冷静に分析する。
「内で走ったら閉じ込められる可能性を考慮して、か。ただ、外を走るロスも最小限で済んでいる……問題はないね」
「さぁ頑張ってくださいタキオンさーんッ!この学級委員長のように、模範的に皐月賞を制しましょーッ!」
「「頑張れタキオンさーん!」」
アグネスタキオンを応援するサクラバクシンオーとキタサンブラック、ホッコータルマエ。アグネスタキオンの走りを余すことなく観察するドゥラメンテとジェンティルドンナ。第1コーナーから第2コーナーへと入っていった。
地味に出遅れ回避のポッケである。